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第65話 エルメリアへの報告2 -side莉亜

「ど、どういうことですの? ルルエラの剣の皆様が討伐したわけではないと? で、では一体誰が?!」


 狼狽しつつも、バジリスクを倒した相手を尋ねるエルメリア。

 彼女が驚いた要素はふたつあった。今回出現したバジリスクが金剛石(ダイヤモンド)級冒険者がいるパーティでも倒せないという事実と、それほどの強さを誇るバジリスクを倒した者がいるという事実だ。


「追ってくるバジリスクから、われわれは必死に逃げておりました。エルメリア様が貸与してくださった駿馬が無ければ、あっという間に追いつかれていたでしょう。それでも、徐々にバジリスクは迫ってきたのです」


 ジャックの話を瞬きもしないかのように聞き入るエルメリア。ジャックは一旦、出されたお茶をひと口すすり一呼吸置くと、再び語り始める。


「バジリスクの気配をすぐ後ろに感じる中、突然、横から年若い娘の声が聞こえてきたのです。我々に向かって声をかけてきたのですよ! 少女2人と人間のように二足歩行で歩く鳥のような変な獣? です。とにかく彼女らは全力疾走する馬と並走しながら、息を切らす様子すらなく我々に声をかけてきたのです!」


「そ、その方たちは仙技使いなのでしょうか?」


「間違いなくそうでしょうな。あれほど速く走れる身体強化系の技は聞いたことはありませんが、知られていない技術体系は多数あると言われておりますから。ただ、驚くのはここからです」


 ごくり、と唾を飲み込むエルメリア。


「薄い桃色の髪の毛をした少女が、変な獣に命じたのです。『あの大蛇をどうにかしてくれ』と。

 すると、その変な獣は更に走りを加速させて我々を追い抜くと、急に方向転換すると同時にバジリスクの顔面に体当たりしたのです。

 それはとんでもない攻撃力でした。衝突した瞬間、轟音とともに強烈な衝撃波が発生し、我々は思わず馬から振り落とされそうなほどでした。

 そして、後に残ったのは頭部が破壊されたバジリスクの死骸だけだったのです」


 エルメリアは両手を組み、ソファーに座ったまま身じろぎひとつせずにいた。その体勢のまま、ジャックの話に聞き入っていたのだ。

 言葉を一切発することなく、テーブル上をみつめたままのエルメリア。その表情は気品さと清楚さを兼ね備えつつも、何処か表現しづらい憂いのようなものを感じさせた。

 恐らくはその怪しい3人の処遇をどうするのか考えているのだろうか。


 ジャックの目から見たエルメリアの姿は、静かに思惟をこらしているかのように見えていた。

 だからこそ、エルメリアの口から零れた言葉に、ジャックはどっちらけてしまいそうになったのだ。


「あの…… ジャックさん。その少女が連れていた獣さんですが…… どんな姿をしていたのですか? どれくらいの大きさ? どんな声で鳴くの?! わたくしっ! ぜひお会いしたいですっ!」


 つい先程まで目の前にいた、清楚で気品のある美しき公爵令嬢の姿は何処かへ消え去っていた。

 そこにいたのは、まるで動物好きの少女のように目を爛々と輝かせ、はつらつとした笑顔を見せる妙齢の女性だった。


 4年前にエルメリアと知り合って以来、ジャックは彼女に対して心から敬意を払っていた。エルメリアは弱者救済を掲げ、アスターシャにいくつかある孤児院や保護施設の充実。娼館で働く女性のための治療施設を設立するなど、彼女のできる範囲内で様々な活動を行っていた。


 それらの活動を間近で知り、エルメリアからも信頼を得ていたジャックだったが、それでも彼は一歩引き、わきまえた姿勢を崩さずに彼女に接していた。


 それは当然のことだ、彼女は由緒あるカスパート公爵家の御令嬢なのだ。いくら上位クラスの名を知られている冒険者とはいえ、ジャックは孤児院出身の庶民でしかない。

 こうしてテーブルを隔て向かい合っていることですら、本来ならばありえないことであった。彼女が特殊な立場の人間であるとはいえだ。


 このような理由から、ジャックはエルメリアを女性として見たことは一切無かった。見目麗しく、露出の少ない清楚なドレスの上から分かる程、魅惑的な肢体を持っているエルメリアだったが、それでもジャックは彼女を女性として見たことは無かった。


 だが、たった今、エルメリアが見せた、まるで穢れの無い少女のように純粋で可憐な笑顔に、ジャックの心にはじめて揺れが生じたのだった。




◇  +  ◇  +  ◇  +  ◇ 




「ペイペイッペイッ♪」


「ああん♪ カワイイ獣ちゃん? 鳥ちゃん? どっちでもいいわん。どう? お野菜美味しい?」


「ペイッ♪」


 しゅた、と右手を挙げて答える宇宙ペンギン、ユージィ。


 あたしたちは“乙女の祈り亭”の食堂に集まっていた。アンナさんと一緒に食事を取ることになったのだ。


 テーブルに次々と料理を運んでくれる男性はユージィのことを気に入ったようだ。その男性は全身ムキムキな身体をしていて上半身だけ裸エプロン姿のおじ…… お姉さんと自称する、この宿屋の主人であるランランちゃんだ。ブラウン色の長い髪をツインテールにしていて、とっても似合うねっ。

 

 チェックインしたとき、ランランちゃんは不在だったので、顔見世を兼ねて給仕を買って出てくれたということみたい。


 あたしはランランちゃんをひと目見て気に入ったんだけど、武子ちゃんはランランちゃんを見るなり渋い顔をしてしまった。いったいどうしたのかな?


 武子ちゃんの様子が気になったのか、ランランちゃんは声をかける。


「あらん、ふたりとも手が止まっているわよん? 美味しくなかったかしら?」


 クネクネしつつ、ちょっと悲しそうな顔をするランランちゃん。武子ちゃんは無理やり笑顔を作るとランランちゃんに答える。


「い、いえ、美味しいです。た、ただ、今日は色々あったせいであまり食が進まなくて…… あとでお腹が空くかもしれませぬが……」


 それを聞いたランランちゃんは何かを思いついたかのようにパチン、と手を叩くと。私たちに提案してくれる。


「そうだわ、あとでこの料理をバスケットに詰めて持って行ってあげるわ。そうよ、そうしましょ。残したらもったいないしね♪」


 ウィンクを飛ばしながら素敵な笑顔を見せるランランちゃん。武子ちゃんは苦笑しながらお礼を述べていた。


 実はあたしたちの食が進まないのにはワケがある。

 この世界に来て半日以上経つのに、まるでお腹が空かないんだ。正確に言うと、この“あーまめんと”とかいう今の状態だと食事を取ろうという気になれないんだ。いちおう食べることはできるし、味も分かるんだけどイマイチ美味しくない。お腹に入っていく感じがしないんだよね。


 でも、元の状態に戻ったらお腹は空くだろう。ランランちゃんが、バスケットに料理を詰めてくれると聞いて、とてもありがたいと思った。

 やっぱり気持ち的にご飯は食べたいしね。


「そういえば、リアちゃんたちは今後どうするの? たしか身内を探していると言っていたけど。何かアテはあるの?」


 スープをすすっていたアンナさんはスプーンを置いて、あたし達に問いかけた。


 アテ…… そんなものない。あたしたちは、この世界についてまるで知らないんだ。アンナさんにイロイロ聞いてみてもいいケド…… そんなことしたらすっごく怪しまれるのは、あたしにだって分かる。

 そして通報されてケーサツか何かに捕まるかもしれない! イヤ! それはイヤ!


 自分で言うのもナンだけど、あたしって結構な箱入り娘だと思う。自覚あるくらい家族に甘やかされていると感じているし、特にれーにぃは、あたしの言う事なんでも聞いてくれるしね。


 そんなあたしがこんなワケのわからない世界に放り出された以上、普段のように、ノホホンとやっていたら悪い人に捕まってヒドイ目に合わされたりするかもしれない。

 そうだよ、いつもとは比較にならないくらい気を引き締めないと! 


 武子ちゃんは私よりお姉さんだけど、甘やかされているかはともかく、箱入りのお嬢様だし、なにより天然だ。

 ユージィは…… カワイイだけだし。


 うん、この世界では自分で考えて、判断して、責任を取らないといけなくなったんだ。

 そうだよ、気を引き締めないと!


「あの…… リアちゃん?」


 あたしが俯いて黙っていたせいか、心配するような顔であたしの様子を伺うアンナさん。こりゃイカン! しっかりしないと!


「え、あ、ごめんなさい。え、ええと、身内を探すアテでしたよね? はい! まったくありませんっ!」


 ついうっかりバカ正直に告白しちゃう、おバカ美少女なあたし。このバカー!


「そ、そっか。そうなんだ…… う~ん、そうかぁ……」


 考え込むアンナさん。一体何を考えているのかな? 悪そうな人には見えないけど、油断は禁物だ。

 あたしは気まずくなり、うつむき加減に黙り込んでしまう。

 やだなあ、なんて思われているんだろう。


「よう、帰ったぜ」


 そんな空気を吹き飛ばしてくれる存在が現れた。ジャックさんだ。

 ジャックさんは、あたしたちが囲んでいる大きな丸テーブルに近づくと、空いたイスに座る。

 

 その様子を見ていたランランちゃんは、にこやかに駆け寄って来た。


「あらん、ジャック君。今、返って来たのねえ、おかえりなさい♪ 今日もイケメン! イイオトコね♡ 今朝は会えなかったから、あたし寂しかったわよ」


「い、いえ、そんな…… あ、ありがとうございます……」


 クネクネしながら挨拶するランランちゃんを前に、ジャックさんは苦笑しながら義務っぽく返答していた。


「あ、ええと…… あ、僕はエールを貰おうかな。ランランさん、お願いします」


「わかったわ♪ あたしの愛がこもったとびきりのエールを持ってくるわね♪」


 ウィンクをしながら巨体をクネらせ、カウンターの奥に引っ込むランランちゃん。去っていく後ろ姿を見送るジャックさんの目には、疲れが浮かんでいる気がした。


 ジャックさんは、ふう、と一息つくと。あたしの方へ視線を送ってくる。どうやらあたしに話があるみたい。


「えっと、ジャックさん何か?」


「リアちゃん、明日予定はないよね?」


 あるわけがない。完全にノープランです。


「はい、ないです。いちおうこれからどうしようか考えてはいるんですけど……」


「実はね、きみたちに会いたいと言っている人がいるんだ」


「え? だ、だれですか?」


 ジャックさんは少し身体を傾けテーブルに肘をつきあたしに近づくようにして言う。あたしたちの周囲に人は少なかったが、どうやら他人には聞かれたくない話らしい。


「それはね、エリメリア・シィル・カスパート様だよ。このアスターシャを統治するカスパート公爵家のご令嬢さ」

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