第63話 アンナの挫折 -side莉亜
途中で視点が変わります。
「よかった…… よかったよお…… 私の大切な御神刀ッ……」
すがりつくようにしっかりと愛刀を抱きしめながら、毒島武子ちゃんは涙する。これっていわゆる随喜の涙ってやつかな。
ついさっきまでの、横たわり衰弱していくかのようだった武子ちゃんを、あたしは見てられなかった。そこで、あたしは無理やり武子ちゃんを起き上がらせ、ハッパをかけるカタチで、彼女にシステムログアウトの操作をさせたんだ。
そして、あたしの予想通り御神刀を所持した状態で武子ちゃんは光に包まれながら、あたしたちの前に現れたというワケよ。
「よかった…… よかったあっ……」
うむうむ、泣いて喜んでいるねえ。武子ちゃん、これでまともに動いてくれるかな。
しかし、あたしの現在の姿である、このアバターは何なんだろ……。
さっき、大男に思いきり頭を蹴り飛ばされたにもかかわらず、あたしは痛みすら感じないばかりか、ケガもぜんぜん無かった。
見た目はCULOであたしが作ったキャラクターのもの。視界の中にはCULOと似たHPやEF、OHMなどの各種情報表示が。そして、EFスキルの使用方法もおんなじだ。ユージィを呼び出した時に一度使っただけだケド……。
そして、一体どんなテクノロジーであたしたちは、このアバターの中に入っていたのだろうか? 武子ちゃんは日本刀を持ったままで、CULOで作成したプレイヤーキャラクター【ブスジマ・タケコ】の中に入っていたことになる。
そんな技術、あたしは聞いたことはない。いや、そもそも、どう考えても地球とは思えないこの世界に飛ばされた時点で、もうわけわかめ、なんだけどサ。
「ふう……。考えても仕方ないのかな…… あたしにわかるハズもないし」
そうだよね、れーにぃも昔言ってたし『自分でどうにもできない件は後回しだ』れーにぃ良い事言うよね。
ふと、あたしはあることが気になりだす。
アバターの状態を解除する方法は分かったよ。
でもさぁ……。
「うん、新瀬莉亜ちゃんに戻れたのは良いとしてサ…… 再びCULOのアバターになるにはどうするんだろう?」
あたしは何気に自分の頭に片手をやると、ガリガリと掻きはじめる。これはれーにぃの癖が移ったものだった。
「はてはて…… どうしたものかなぁ~ ん? あ、え?」
後頭部に手が触れた時、あたしはその感触に違和感を覚えた。小さな金属のような突起があたしの指に触れたんだ。それはあたしの後頭部に埋まっているかのようだった。
「え? なに…… コレ?」
◇ + ◇ + ◇ + ◇
「あら、アンナちゃんじゃない。おかえりなさい♡ あ、そうだっ、あなたが連れて来た女のコたち、お部屋に案内しておいたわよ。今頃、お部屋でくつろいでいると思うわ♪」
乙女の祈り亭の亭主“ランラン”さんは、快活な笑みを浮かべながら挨拶してくれた。
ランランさんはムキムキな漢だ。身長は天井に届きそうな程で、多分2メルト(メートル)は軽く超えている。隆起した筋肉を見せびらかすように、裸の上半身にエプロンを着けている。昔、冒険者だったらしいが、現在はこの“乙女の祈り亭”を忙しく切り盛りしている。
「そうですか、それならいいです。私も自分たちの部屋に戻りますね」
私はランランさんに伝えると、自分たちの部屋がある二階へ続く階段を昇ろうとする。
「あ、そうそう。アンナちゃん、お夕食はどうするのかしら? あの娘たちと一緒でいいの?」
ランランさんは両手を組み、くねくねと身体をよじらせながら私に訊いてくる。悪い人じゃないし、とても親切なんだけど、このオカマっぷりはなかなか慣れない。無意識のうちに何処か引いてしまう。
私は表情に出さないよう、軽く笑顔を見せながらランランさんに伝える。
「はい、一緒に食べようと思っています」
「わかったわ♪ 時間になったら食堂に呼ぶわね。今日はいいトクラ鳥が出に入ったのよ、メインディッシュはトクラ鳥の塩釜焼よ! 楽しみにしていてね♡」
ランランさんは、盛り上がった筋肉に覆われた巨木のような肉体をクネクネさせながらウィンクしてくる。顔が引きつりそうになるのを必死に堪え、笑顔を作り『楽しみにしています』と答えると、私は階段を上がり二階にある自分の部屋へと向かう。
そして自室として借りている部屋に戻り、ベッドに腰かけ一息つく。
「ふー なんか疲れたな……」
まだ日も落ちていないのに、どっと疲れが襲ってくる。自分がこれほど疲れを感じたのは久しぶりだった。自分が相当なストレスを感じていたことに、今更気付く。
今日は朝からバジリスクの討伐に向かったものの、急ごしらえのパーティを組んだせいで危うく全滅しかける所だったのだ。
あの連中には本当に腹が立つ。肩書や経歴などで判断するのは危険なことだと改めて実感する。やはり見知った者たちと組むのが安心だろう。
私はベッドに身体を沈めると、目を瞑って思索する。そして無意識のうちに、私はつぶやいていた。
「リアちゃんたちって…… 何者なのかな……」
今から1週間前、私たち冒険者チーム“ルルエラの剣”に公爵令嬢であるエルメリア・シィル・カスパート様から依頼が舞い込んできた。
エルメリア様が使っている間諜が、アスターシャ外辺の北東に位置する緩衝地帯“死霊の荒野”にバジリスクが出現したとの情報を手に入れたのだという。
エルメリア様が私たちに命じたのは、もしバジリスクがいたならば即時に討伐し治療薬の素材となる肝を入手してほしいとのことだった。恐らく謎の奇病に苦しんでおられる、エルメリア様の父君ルガリア・ドゥル・カスパート様のためだろう。
リアちゃんたちにはウソをついてしまったが、ルガリア様が病魔に侵されていることは一般人には伏せられているためやむを得なかった。
私たちは、エルメリア様とは以前からお付き合いさせて頂く機会があり、エルメリア様は優先的に私たちに依頼をして下さっている。公爵家の御令嬢であり、帝国領内の法術師として著名なエルメリア様に覚えて頂いていることは、私たちにとっては実に光栄なことであり、そしてチームの評価を高める要因にもなっている。
だが、実利があるから関係をもっているというだけではない。
彼女の弱者を救済するという高潔な精神と、ライフワークともいえる慈善活動などに魅かれて、私たちはエルメリア様の為に微力を尽くさせて頂いているのだ。
それは私たちにとって何よりの誇りだった。
私は考えを戻す。討伐した、いや、討伐されたバジリスクについてだ。
バジリスクは極めて脅威度の高い凶獣だ。そしてバジリスクは存在自体が希少であり、貴重な素材が採れることから、他の冒険者やウェットワーカーたちと争奪戦になる事は予想に難くない。
だからこそ、私たちで真っ先に仕留めなければならなかったのだ。時間が無かった為、やむを得ず“黒の双剣”という冒険者チームと合同で討伐することになった。
ただ、それは早計だった。まさか、共に仕事することになったチーム“黒の双剣”が土壇場で逃げ出すとは。しかも、バジリスクを私たちに押し付けて。
“黒の双剣”はリーダーが白金級、他の5人全員も超金級と極金級である以上、強さに関してはそれなりに信用していたつもりだったが、こんなことになるとは思ってもみなかった。
バジリスクはその特性上、討伐する場合、討伐チームの編成において最低でも白金級の冒険者が6人いることが必須とされている。
白金級の上位冒険者は、帝国領全体の冒険者のうち一割である以上、バジリスクがどれだけの強さか伺えるだろう。
私たち“ルルエラの剣”は私が金剛石級、リーダーのジャック、カントとケントがそれぞれ白金級だ。それに“黒の双剣”を加えて10人の編成ならば、どうにかなるだろうと思っていた。
それがあのザマなのだ。
今回、全滅しなかったのは奇跡と言っていい。バジリスクは想像より頑強であり、恐るべき攻撃手段を持ち、想像を絶する速さを持っていた。エルメリア様が貸与して下さった駿馬でも、あのまま逃げていれば追いつかれていたことだろう。
何が最年少の金剛石級冒険者だ!
22歳で、それも女で金剛石級に上がったのは、帝国領すべての冒険者ギルドの歴史において私が初だという。それを聞いて、私は知らぬうちに舞い上がっていたのだろう。
当初、ジャックは時間を置いて、もっと情報を収集し、人員を集めるべきだと提案していた。
でも、私が押し切ったのだ。エルメリア様のためにと理由はつけたが、本当は己の強さを見せつけたかっただけなのだ。自身の器を見誤り、増長していたことに気付かなかったことは、本当に恥ずべきことだと私は心から猛省していた。
それにしても…… 改めて思う。よく全員死ななかったものだと。いや、“黒の双剣”の連中とはあれ以来会っていないので詳細は不明だが、恐らく無事だろう。私たち“ルルエラの剣”をオトリにして我先にと逃げたのだから。
だけど、彼らだけを責めることはできない。私たちもバジリスクの強さを見誤ったのだ。
バジリスクに関する情報は入手していたが、あの個体はそれを遥かに上回るほどの強さだった。
まず、身体は倍以上の大きさであり、表皮は高い耐久度を持っていた。当初、全員で向かっていったが、まともなダメージは与えたのは私だけという有様だった。
そして初撃以降、まともにやり合うことすら出来なかった。完全な攻撃態勢に移行したバジリスクの攻撃を避けるだけでやっとだったのだ。
あの個体相手ならば、白金級の冒険者が6人どころか、金剛石級が10人…… いや、最高クラスである達人級の冒険者がいなければ倒すことは難しかったかもしれない。
私たちは、自分たちの強さをわきまえず、規格外の凶獣に挑んでしまったのだ。
私は再び自分を責め、挫折感に囚われそうになる。ふと、脳裏にある者たちの事がよぎる。
リアちゃんたちのことだ。
あの3人…… いや、正確には1匹だが。ユージィという獣? が私たちを救ってくれたのだ。
私たちが歯が立たなかったあの特殊なバジリスクを、ユージィはたった一撃で倒してしまった。
ユージィだけではない。彼女らはエルメリア様から借りた駿馬に乗った私たちに、走って追いついたばかりか、まるで道を尋ねるかのように気の抜けた様子で話しかけてきたのだ。
ありえないと思った。あまりに唐突で信じられない光景を見て、私たちは彼女らに恐怖を覚えてしまった。
恐怖のせいなのか、私たちはあまりにも普通に接してしまったのだ。あれほどの強さをもつ生物を使役できるということは、ユージィに見合った強さを彼女らも持っているということになる。
まるで、何かちょっとしたことを手伝ってくれた女のコたちに礼を述べるかのような、そんな対応を私たちはやってしまったのだ。
これは無礼としかいいようがなかった。でも、リアちゃんたちは気にしていないようだった。
リアちゃんたちは何者なのだろうか? つい勢いでこの宿まで連れてきてしまった。勢いというのは本当に恐ろしい、彼女らの素性もわからぬというのに……。
バジリスクの件がある以上、私のカンの信頼度が落ちているとはいえ、リアちゃんたちからは邪悪な印象を受けなかった。明るく健やかな娘たちだというのが私の感想だった。
「リアちゃんたちは…… 何者なのかな……」
私の思考は再び巡ろうとしていた。




