第51話 レシーカ -仇討ち
蜘蛛の子。
そう呼称される賊集団が根城にしている拠点の二階には、主に幹部である副長と、組織の統率者である総長と呼ばれる者が住んでいるという。
階段を上がって二階へ到達すると、広い踊り場の前には堅牢そうな扉があった。漆喰が塗られた美しい扉だったが、木版と鉄板の二重構造になっており、多少のことではビクともしない厳重な扉だ。
扉にはドアノッカーが取り付けられており、その横には物見窓が設けられている。それで訪問者を判別するらしい。
「姐さん、どうする? 開けてもらう? 開きそうな気配ないけど」
オレは扉まで近づき、取っ手を探すが見当たらない。扉は片開きで、こちらから見て反対側からしか開けることができない用だ。
「そうだな、こいつは内側からしか鍵を掛けれないシロモノらしい。正攻法じゃ、こちら側から開けるのは難しいだろうな」
「え、どうすンの? これじゃあ入れないよ?」
オレは周囲から見えないよう、クロークの中に手を突っ込むと、手の先に漆黒の亜空間を発生させ如何にも懐から取り出したかのように、エレメンタルシューターを取り出す。
その様子を見たレシーカは訝しげに俺に尋ねる。
「姐さん、一体ソレ何処に隠していたの?! そんな大きな弓を持っているようにみえなかったのに」
レシーカの疑問はもっともだ。普段はアイテムバッグ欄に、エレメンタルシューターを収納しているのだから。
「レシーカ、ちょっと後ろに下がってろ」
レシーカに後退するように促すと、彼女は素直に従い、オレの後ろに隠れるように下がった。
オレは分厚そうな扉に向けてエレメンタルシューターを向け、弦を引き始める。EFがエレメンタルシューターに充填され始める。
発射口に白色光のエネルギー体が集まっていき、やがてそれは球体状に膨張していった。
「レシーカ、さっきの質問に答えよう。その扉はな、オレがこじ開けてやるよ」
エレメンタルシューターから白色の光弾が扉に向けて発射されると。この階の侵入者を防ぐ役目を申し受けた扉は木っ端微塵になり、その役目を終えた。
◇ + ◇ + ◇ + ◇
「あーあ、扉のむこうで待ち構えていたのね。もっと距離を空けてりゃよかったのになぁ」
木片や金属片がエレメンタルシューターで射った方向へ飛び散っているのと同じく、5人の賊が地に打ち捨てられるように倒れていた。皆、扉が破壊された衝撃に巻き込まれ、吹き飛ばされたらしい。
そのうちの一人の頭を無造作に掴み、顔を上げさせたが完全に気を失っていた。
「レシーカ、行くぞ。レシーカ?」
レシーカは仰向けに倒れている賊を見つめたまま、微動だにしなかった。それから徐々に彼女の表情に怒気がみなぎってくると、鋼鉄の剣を倒れた男に振り下ろそうとする。
オレはレシーカの剣が倒れた賊の首に当たる瞬間、それを手で受け止めた。本来ならば、それは驚愕する光景ではあったのだが、憤怒の念に駆られた彼女の視界には映っていないかのようだった。
「姐さん! どいて! こいつはとうさんを殺したやつなんだ!」
レシーカがトドメを刺そうとした賊は、彼女の仇らしい。オレは彼女の剣を掴んだまま、無理やり至近距離まで引き寄せる。顔と顔が触れるほどの距離だ。
「なんで? なんで邪魔するの!? こいつはとうさんの仇なんだよ?! 姐さんお願い! こいつをアタシにやらせてよ!」
「ダメ」
「子供に言うみたいな言い方ヤメてよ! な、なんでなのさ!!?」
オレはする必要のない深呼吸をすると、つまらなさそうにポリポリと頭を掻いた。そして間近にある、彼女のあどけなさが残る顔を覗き込むようにして、オレは語り掛けた。
「なあ、オレは別に復讐したらダメだとは言ってないだろ。ただな、そいつとは正々堂々戦ってない。だろ? 無防備に寝てるやつの首を落としてどうなる? それが復讐なのか?! そういうことだよ」
「でも、でも、こいつはとうさんを!!!」
オレはレシーカの額に自分の額を当てて語り掛ける。これは真剣な話をする時にやるオレの癖だ。莉亜にもそうしたし、昔もそうした。
彼女は少し面食らったような顔を一瞬すると、オレの目を間近に見つめていた。
「いいか? やるなら正々堂々、戦って復讐しろ。そうしないとな、気位が下がるんだよ。誰のために仇を討つんだ? 親父さんの為なんだろ? なら、誇りを守れ。いいな?」
「……」
オレはレシーカの剣から手を放していく、ゆっくりとだ。
彼女はうつむいたまま、立ち尽くしていた。
オレはあえて何も言わなかった。レシーカは目を伏せたまま、自問自答しているのだろうか、やがて目を瞑り自分の世界に入り込んでいるかのようだ。
そして暫くの時間が過ぎると、彼女は顔を上げ、オレに向き直る。
「ありがと、姐さん。アタシなんとなくだけど分かった。アタシとうさんの誇りを傷つけることはしないよ」
「それでいい、レシーカお前はいい娘だな」
おもむろにレシーカに近づくと、オレは彼女の頭を撫でた。
「えっ、なっ?! ちょっ、ヤめてよッ!」
レシーカはオレから弾かれるように離れると、自身の身体を抱きしめるような仕草をする。
彼女の顔は赤く上気していた。
そんなに恥ずかしさを覚えることなのだろうか?
「ね、姐さん! あ、アタシ子供じゃないんだから、そういうのヤめてよね!」
「ん? ああ、そうか。すまん、いつも妹にやっているクセでな。ごめんごめん」
莉亜を思い出しながら、ついやってしまった。これ、莉亜にも子供扱いしてるようで不快だから、辞めるように言われていたのをオレは思い出した。
「いや、ホントごめん。いつも妹にやっているんでね、ついやってしまったんだ」
「妹さん、いるんだ? 姐さん、妹さんってどんな娘? 何歳? 背丈はどれくらい? 好きな食べ物は?」
レシーカは莉亜に興味があるのか、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。どうやら彼女は平静を取り戻せたらしい、一時はどうなるかと思ったが、うまく収まってくれたようだ。
それにしても、オレは甘くなってしまったな。日本で生活しているうちにそうなったのだろうか。それとも、レシーカを見て、莉亜を思い出してしまったからだろうか。
そんな事を思っていた時、事態は動く。通路の両端の部屋から、男たちがぞろぞろと出てきたのだ。
一階にいた雑魚とは違い、かなりやるようにみえた。
男たちは5人だ。それぞれ、堅気から遠く離れた生活を送ってきた者が放つ、特有の雰囲気をまとっていた。
使用する武器も、めいめいが違うものを装備しており、鋼鉄製の長剣、両手に装備した手甲、トマホーク、鉈、細剣といった具合だ。
「丁度いいところに出てきたな。女性たちは何処だ? 大事な商品だ。まさか殺してはいないのだろう? 殺していたら、全員命はないと思えよ。
それでだ、こちらとしては無駄な戦闘はしたくない。とっとと武装解除して、女性たちを返してもらおう。そうすりゃ殺さないでおいてやる」
男たちはオレの忠告に耳を貸す様子もなく、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
ああ、そうか。どうやらこいつらも、こちらの強さが分からないのか? オレたちのことを知っているのではないのか? それとも、オレの推測より、こいつらの実力は上なのだろうか?
まあ、いい。これから殺り合えば分かることだ。
「レシーカ。自分の身を守ることだけ考えろ。いいな?」
「う、うん。わかったよ……。姐さんも気を付けて」
オレは5人に向けて、おもむろに歩みを進める。
ふと、先ほどのことがあって、莉亜の事を思い出してしまう。この世界に来てから毎日、妹の事を考えなかった事は無いにせよ、こんな状況で思い出すとはどうかしていた。
でも考えずにはいられない。こんなおぞましい世界に、平和な世界で育った娘が送り込まれたなど、到底容認できるものではない。
早く情報を掴まなければ。この賊集団、蜘蛛の子の首領を捕縛すれば、何か莉亜に関する情報が得られるのだろうか?
そう考えると、殺気が無駄に沸いて来る。
さあ、来いよ。さっさと終わらせてやる。




