第50話 蜘蛛の子 -エイジオ・グラベル
今回は3人称です。
エイジオ・グラベルは今年で40歳を迎える。
エイジオはブリッツェン地方の一部に領地をもつ貴族、グラベル侯爵の七男として、この世に生を受けた。
エイジオは生まれながらに、仙気に対する高いポテンシャルを見せるだけでなく、武道一般に関しても六人の兄たちより優れた才能を示した。
エイジオが一五歳になった時、彼は決断を迫られることとなる。世間一般の貴族の子息と同様、エイジオは家を出なければならない。彼は自身の進路を決めなければならなかった。
家督を継げるのは、当然、長男だ。たとえそうならなかったとしても兄たちのいずれかが継ぐだろう。
エイジオは他の兄たちと同様、騎士としての修行積むため、どこかの貴族に従騎士として仕えることにしたのだろうか? 答えはNOだ。
エイジオは家と決別することにしたのだ。
彼には幼い頃から憧れている職業があった。
それは【冒険者】だ。
【冒険者】とは凶獣から人々を守る為に、依頼を受けて凶獣を討伐する、いわゆる凶獣専門の傭兵だ。
すべての【冒険者】は必ずどこかの【冒険者ギルド】に所属することが求められる。
昔、帝国に仕えていた伝説級の絶仙が働きかけて、冒険者ギルドの原型となる組織を作ったと言われており、現在も帝国が後ろ盾となり健全な運営がなされているという。
冒険者に対する世間的な評価は、二分されることが多い。
一方では、凶獣から民を守る守護者。もう一方では、腕っぷしはあるが、食い詰めた無法者が従事する仕事。
世間的にみて、冒険者と名乗った場合、あまりいい印象を持たれることは多くないのが現状である。
ただし、ごく一部の者たちは違う。
英雄と呼ばれるほどの活躍をした冒険者は、世間からは一目置かれる存在だ。
冒険者はそれまでの働きにより、階級が与えられる。
銅級から始まり、最上級が達人とよばれる階級である。
達人階級の者は、漏れることなく英雄と呼ばれる者たちなのだ。彼らが残した逸話は、それこそ英雄譚として語り継がれているほどだ。
もっとも、数は少ない。仙技使いは数多くいるものの、その領域まで到達できる強さを持つ者は、ほんの一握りだ。
だからこそ、伝説的な達人級冒険者に憧れる者は後を絶たない。自分もその選ばれた一人になれるのではないかと、若気の至りで冒険者組合に登録してしまう者は珍しくない。
エイジオも、その一人だったのだ。
幼い頃、祖父に聞かせてもらった達人級冒険者の英雄譚を、大人になってもエイジオは忘れることはなかったのだ。
エイジオは実家を出た後、ブリッツェン地方でも最も規模の大きいギルドに所属することになる。
仙技と武術の才能に恵まれていたこともあって、エイジオは五年という短い期間で白金級冒険者にまで上り詰めるまでになった。
彼は思った、自分には才能があるんだと、選ばれた存在なんだと。そもそも白金級冒険者になれるのは全体の1割に満たないと言われているのだから。
その白金級にエイジオは5年で到達したのだ! 彼は完全に舞い上がっていた。自分の人生は順風満帆だと思っていた。
しかも、一緒にパーティーを組んでいた女性、エミリー・ラングと恋仲になれたのだ。 エミリーはエイジオが、3年前にパーティーを組んでから、ずっと憧れていた女性だった。
エミリーは見目麗しいだけでなく、法術師として有能な女性だった。
何よりも、性格は優しく思いやりがあり、時間ができると孤児院に行き、自身が受け取った報酬の一部を寄付したり、子供たちに勉学や教養を教えるなど、人格的にも申し分なかった。
そのエミリーもあと少しで白金級に到達するだろう。現在の彼女の階級は極金級なのだから。
若くして才能ある冒険者のカップルは、人生最高の瞬間を迎えたとも言っていいだろう。
ただ、幸せは続かなかった。
人生とは、突如として暗転するものなのだ。
エイジオは、今日に至るまで、あの日のことを忘れたことはない。
それは春先とはいえ、まだ寒さの残る海月の頃だった。
当時、彼が月極契約で宿泊していた宿に、衛兵とギルド職員がエイジオを逮捕する為にやってきたのだ。
エミリー・ラング殺害の容疑者として。
エミリーが河原で遺体となって見つかったのだ。遺体は首をへし折られ、強姦された跡があったという。
当然、エイジオは無実だ。
しかし、ありとあらゆる証拠や状況が、エイジオを犯人であるかのように仕向けていた。訳を話しても信用されず、冒険者としての資格もはく奪され、エイジオは幸せから一転、奈落の底に叩き落とされたのだ。
カビ臭く湿った留置所でエイジオは考えた、一体誰が……。
心当りはあった。一緒に冒険者パーティを組んでいた、ロッドとヒュースとエンゲンスだ。
一週間前、エイジオとエミリーは、ロッドとヒュースとエンゲンスに対しパーティを抜けるとの意向を伝えたのだ。
理由は単純、ロッドとヒュースは銀級冒険者からまるで上がらないのだ。
冒険者パーティが受けられる依頼には、特定の階級以上を必須要件とされる場合がある。
ロッドとヒュースが足枷となり、高難易度の依頼をパスせざるを得なかったことが幾度もあったのだ。
これから英雄譚を紡いでいくであろうエイジオとエミリーにとって、これ以上ロッドとヒュースとエンゲンスとはパーティを組むことはできない。それが事実だった。
彼らに事情を説明する際、もう少し配慮があったのならば、こんな悲惨な結末にはならなかったかもしれない。
だが、エイジオは配慮を怠った。彼らのプライドを傷つける言い方をしてしまったのだ。
事実は分からない。だが、のちにエイジオが彼らの行方を調べた際、ロッドとヒュースとエンゲンスの3人は、事件が起こる前の日に姿を消していたのだ。
エイジオは怒り狂い、そして創造神ゼーヴェに祈った。
これは間違いであり、正しいものの為に世界はあるはずだと。
ゼ―ヴェは正しいものを見ていて下さるはずだと。
だが、そうはならなかった。
エイジオはエミリー・ラング殺害の罪で、縛り首に処されることになった。
ところが処刑決行日の前の晩、ひどい地震が起こったのだ。その地震は多くの犠牲者を出すほどの被害を出すことになった。その街に住む多くの人々にとって、それは不幸な出来事であった。
だが、エイジオにとっては幸運だった。頑丈な地下牢は地震の影響を、ほとんど受けなかったばかりか鍵がかかった牢屋の戸が、地震の影響で歪み、外れたのだ。
しかも、事態の収拾の為、衛兵は皆出払っているという有様だった。
これは、まさに神が与えし奇跡だったのだ。
エイジオは逃げた、逃げ続けた。非常にみじめな思いをしながら、迫りくる追手から逃れ続けた。
そして誓ったのだ。必ず、あの3人をみつけだして復讐すると。
野盗に落ちたエイジオは旅人や商人を襲い、金やアイテムを奪って糊口を凌いだ。
やがて、ある程度の蓄えができると、ロッドとヒュースとエンゲンスの3人に復讐するための旅にでることとなる。
しかし、現実は非情だった。
ロッドは別の街で冒険者登録をしているのを突き止めたが、仕事の最中に凶獣に負わされた傷が元で死んでいた。ヒュースは金の貸し借りが元でトラブルを起こし、酒場で無頼漢に斬り殺された。
エンゲンスは特殊な薬草を取りに行く依頼を受注したが、任務の途中で行方不明になってそれっきりだという。
せめて、復讐ができれば、己の内を焦がす煉獄の炎は勢いを弱めるのではないかと思った矢先、もたらされたのは絶望だった。
エイジオは人生における目的を見失い、堕ちていった。そして気付けば、ウェットワーカーとして汚れ仕事を専門とする犯罪者になっていった。
転機が訪れたのは11年前の時だ。
ある貴族が保有している仙晶装具を奪うという任務だった。
だが、任務は失敗し、エイジオは捕まり処刑されることになる。
しかし、まさに首を落とされようとする寸前。
仙晶装具の保有者である、その貴族が声を掛けてきたのだ。
『良い戦いだった。タダのゴロツキじゃないらしい。わたしは人を見る目があってね、仕事を任せられる人材を探していたんだ。わたしは、これから仕事の範囲を広げようと考えていてね。その仕事を君に任せてもいいと考えているんだ。どうかな?』
こうしてエイジオは、その貴族の飼い犬となった。
貴族の名前は、キザシ・コルダート男爵。領地アルカンシェラを治める領主である。
コルダートは立場的には最も低い爵位である男爵だ。にもかかわらず、どういうわけか様々な貴族へ圧力をかけたり、何かを命じたりすることができる力を持っていた。
コルダートの体格は小柄で、屈強さなど微塵も感じさせないが、まるで爬虫類のように常に獲物を探しているような眼をしており、恐ろしく悪知恵の働く男だった。
エイジオは、この男を不気味に思い嫌悪していたが、キザシ・コルダートに忠誠を誓って働くことでしか生きていく道が無い事を彼は理解していた。
エイジオは蜘蛛の子と呼ばれる、いくつかある賊集団のうちのひとつの集団の長になった。
サンスロティ領に拠点を持たされ、その拠点に対してサンスロティ領主であるヴリカ子爵の横やりなど一度も入ったことは無かった。
キザシ・コルダートは恐ろしい男だと、改めて思うこととなったエイジオ。
ある時、コルダートから任務が下される。
その任務とは、エリアス家の領主代行を務めるエリス・エリアスを誘拐するというものだった。
既に二度、その仕事は失敗しているらしいのだ。
指令書によると、エリスを守る騎士たちは強いが、エリス・エリアスは極めて人道的な人物だという。そこで、エリス一行が滞在予定であるルヴロ村を占拠し、村民を人質としてエリス一行に武装解除を迫り、エリスを連れてくるという内容だった。
なお、指令書には機密漏洩を防ぐため、全ての村民は勿論、エリスの護衛を務める騎士や侍女たちを皆殺しにしろと記載されていた。
だが、エイジオは従わなかった。若い女や子供は高値で売れる。男だって労働力として売れるのだ。他国の奴隷商とコネのあるエイジオは、そうやることで私腹を肥やしていた。
これまで似たような仕事はあったが、その度にそういうことをやっていたのだった。
いつか、コルダートに反旗を翻すための資金を、エイジオはそうやって稼いでいた。他にもコルダートに忠誠を誓うように見せかけて、成功した仕事内容を誤魔化し、金をかすめとっていたのだ。
いつしかエイジオは、金や物を執着する人間となっていた。
当初の冒険者として上り詰め、英雄になるという目標など霧散していたのだ。
エイジオにあるのは物欲だった。それだけが生きがいなのだ。
今回の仕事も上手くやれそうだ。エイジオは自身の書斎で、そう、ほくそ笑んだ時だった。
ドアを蹴破るかのように部下が駆けこんでくると、慌てて報告してきたのだった。
「総長! 外で半裸のすごいデブが! ええっと、ピンクの下着をみたいなモンを着た男が、何やら喚き散らしています! どうしますか?!」
こいつは何を言っているのだろう? そうエイジオは思う。この部屋は拠点の二階の奥にあり、窓の類は無い。外の様子はわからなかった。
「いちいち俺に訊くな。下に何人いると思っているんだ? 80はいるんだろ? そいつらを出して殺して来い」
エイジオは手元にあった指令書に目を落とした。それには騎士5人のほかに、やたらと腕のたつ仙技使いが一人いるという。ジスエクス・ニゴレイアルという女の仙技使いだそうだ。
確実に始末するため、エイジオ率いる蜘蛛の子は全員で対処しろと記されていた。
しかも金になる村人を全員殺せときている。バカバカしいとエイジオが鼻で笑った。
100人以上の集団で行く必要が何処にあるというのだ。いままででも似たような仕事はあった。だが、50人もいれば大抵の相手にはどうにかなったのだ。
相手は法術師の男と特殊な弓使いの女と、騎士が五人だけ。それが何故100人以上の人数を動員してまで対処しなければならないのか?
ルヴロ村には50人くらいの人員を置いてきた。十分対処できるだろう。
エイジオとしては、昨日の夜に村で捕まえた30人の女子供をどう捌くか、決めかねている具合だった。せっかく稼げるチャンスなのだ。どういう段取りを付けるか考えねばならない。
部下は出て行った。下が騒がしかったが、恐らく拠点の前にいる男を始末しにいったのだろう。
すぐに静かになる、エイジオはそう考えた。しかし、外の喧騒は収まるどころか、更に大きくなっていった気がした。
苛立ちを感じたエイジオは部下に怒鳴り散らした。
「おい! 何をやっている!? はやく始末せんか!」
「おかしいですね。何を遊んでいるのでしょうか……」
その時だった。爆発音が聞こえた。この二階からだった。音の発生源はこの部屋を出て、先にある階段の前だろう。階段の前には広い踊り場があり、そこからこちらに向かう通路の前には頑丈な扉があるのだ。
二階に上がって来られるのは、一定の階級にある者だけなのだ。普段は鍵を掛けており、こちらに用がある場合、二階の階段から上り下りするたびに、いちいち扉の前に居る護衛に許可を貰わなくてはならない。
面倒だが、これは立派な安全上、必要な措置だった。
その安全がたった今、崩されたのである。
「総長! 大変です! 2人の女が乗り込んできました! ひとりは指令書にあった女だと思われます!」
エイジオの背に汗が流れた。
彼の直感が働いた、イヤな感じがしたのだ。
漠然とした不安を、結局エイジオ・グラベルは振り払うことができなかった。
エイジオ・グラベル ;40歳。元貴族の7男で元白金級冒険者。蜘蛛の子のリーダーとしてコルダートに仕える。




