第49話 村民奪還 -4
レシーカを伴いながら、再び炭焼き小屋の隠し通路を通り、蜘蛛の子の拠点への侵入に成功する。
倉庫らしき部屋を出て、通路を道なりに進むと、例のT字路を最初とは反対の道へと進む。進んだ先には階段があり、昇っていけば恐らくは一階に出るはずだ。
オレは慎重に階段を昇っていく。拠点内において、オーバーヘッドマップに映る熱反応を示す赤点の数は、さほど多くは無い。
マップを縮小して拠点の外を見てみると、案の定オヤジウスらしき赤い点が激しく動き回っている。それを追うかのように、数多くの赤い点の集合体が蠢くように動き、オヤジウスを捉えようとしているが、オヤジウスは賊集団を翻弄しているかのようにみえた。
詳細を確かめたワケではないが、マップに映る熱反応の動きから察するに、オヤジウスを相手にしている賊集団は、かなり手こずっていると見ていいだろう。これならオヤジウスの救援には行かなくてもいいかもしれない。事実、PVCによる通信許可要請は来ていないのだから。
どうやら、この拠点には、さほど人が詰めているというワケではなさそうだ。したがって、拠点の中にいる賊が少ないこの隙を突けば、ここの“総長”とかいう蜘蛛の子の長を捕まえることができるかもしれない。
「おい、レシーカ。ついて来い、踏み込むぞ」
「う、うん。わかったよ姐さん」
「姐さん?!」
レシーカは、オレを妙な言い方で呼んだ。
「うん、姐さん。ダメ?」
「なんでそんな呼びッ! い、いや。まあ、この姿だとそうなるか…… べ、別にいいけどさ」
「???」
レシーカはオレの反応を見て、不思議そうな顔をしている。ジスエクス・ニゴレイアルの外観は、何処からどう見ても女性だ。だけど、中身の意識は男なワケで、なんだろう、とてもムズムズするというか。まるで納得できない自分がいるというか……。
「あの、やっぱり今の呼び方はイヤだった?」
レシーカは少し屈むと上目遣いで、こっちの様子を伺う。おまえのほうが背が高いのに、あざとい事をするんじゃない!
決してグラマラスとは言えないが、15歳とは思えないほどのプロポーションと、それと相反する幼さが残る顔立ち。くりくりとした大きな眼と、少し癖っ気のある紅いセミロングの髪をした少女は、どうやらオレに親しみを抱いているらしい。
出会ってそれほど経っていないというのに。思ったより馴れ馴れしい性格なのだろうか。
「いや、なんていうか、普段そういった呼ばれ方をしないものでな、ちょっと面食らっただけだ」
「そっか、なんか意外。男っぽい口調だし、姉御肌なのかな、って思ってサ。姐さんって呼ぶのが適切かなって」
ほほ笑みを浮かべながら、オレの印象を語るレシーカ。
「ああ、まあ、その、なんだ。好きに呼ぶといいよ」
「うん! わかった、姐さん! そう呼ぶね!」
いっぱいの笑顔を向けてくるレシーカ。体つきは大人だが、心はまだまだ子供といった印象を受ける。
ただ、それだけの事なのに、どういうワケか、オレの心はざわついた。
なんだろう、この気持ちは。
普段、オレが接する機会のあるレシーカぐらいの少女といえば、妹である莉亜ぐらいのものだ。
つい先ほど『自分の身は自分で守れ』とか『おまえの身に何かあっても置いていく』的なニュアンスの事を、偉そうに言ったような気がするが、もう気持ちが変わってしまってきている。
莉亜と歳の近い少女と接しているせいなのか、レシーカを守ってあげたいと考え始めているのだ。
これは、アレか? この世界に来てからというもの、莉亜と接していないせいで不安が募ってきた為、その代償として、そういう事を考え始めているというのか?
イヤイヤ、そんなバカな。オレはシスコンではない。
桜野や高場の友人ふたりは、よくオレをシスコン呼ばわりし、揶揄う事が多々ある。
たしかにオレは妹である莉亜に対して、かなり……いや、それなりに、いや、ほどほどに世話を焼く傾向があるにせよ、それは世話になっている新瀬家の家族として、当然のことをしているだけだ。
――そう、当然のことだ……。
む? ひょっとして、オレは莉亜という存在に対して、無意識のうちに依存していたのだろうか?
「あの、姐さん?」
考え込むオレを心配するように、オレの顔を覗き込むように視界に現れるレシーカ。
「わっ、なんだよ」
「えっ、イヤ。なんか黙ったまんまだったから、つい」
「なんでもない。そ、そうだ。これから連中と対峙するんだからな。気合い入れろよ」
「うん、わかった」
オレは気持ちを切り替えると、レシーカに向かって合図とともに踏み込むことを告げる。
彼女はオレの言葉に黙って頷くと、父親の形見である鋼鉄の剣を握りしめ、構えをとった。
オレは彼女に合図となる言葉を吐く。なんてことないつまらない合図を。
「よし、行くぞ! ついて来い! オレから離れるなよ!」
「ハイ! 姐さん!」
ふたりの女子は一気に階段を駆け上った。
◇ + ◇ + ◇ + ◇
オレとレシーカが階段を駆けあがった先は、リビングというよりは、ラウンジスペースといった感じの部屋だった。それもかなり広い部屋であり、2、30人は余裕で収容できそうだ。
ただし、人気はない。つい先刻まで人がいた形跡があちこちにあり、賭博に興じていたのだろうか、いくつもある大きなテーブルのひとつに目を向けると、プレイングカードと金銭、そして酒瓶とグラスがあり、それを囲むように椅子がある。そのいくつかの椅子は、座っていた者が勢いよく立ち上がったせいか、打ち捨てられたかのように倒れていた。他のテーブルも似たような様子だった。
二つの大きなソファーの間には縦長の大きなテーブルが、挟み込まれたように配置され、そのテーブルの上にも酒瓶や金銭、そして分解掃除をしていたのかクロスボウらしき武器やナイフなどの携帯武器が置かれていた。
オーバーヘッドマップのおかげで誰もいない事は判っていたが、レシーカには判るはずもないため、分かりやすいほどに、顔から汗を流しながら拍子抜けしている。
「惚けている場合じゃないぞ、気を引き締めろ。行くぞ、一階から制圧する。前にも言ったが、人が見当たらないのは、オレの仲間が外で引き付けているせいだ」
オレの忠告を聞き、レシーカは深呼吸をすると、素直に『ハイ、わかりました』と答えた。
さっき上がって来た階段から続くように、上に行けるであろう階段があったが、ここはひとまず置いておく。まずは一階から制圧しなければ。
「あそこに扉がある、とりあえずそこから出るぞ」
ふたりは扉に近づく、マップにはこの先に熱反応があることを示す、赤い点があった。
敵がいるのだ。
「いくぞ」
小さい声で合図を送ると、オレはドアを蹴破る勢いで開けた。
すると広い廊下があった。そして、運悪く三人の男を目が合ってしまう。
「え? なんだオマエ!」
ひとりの男が反応する。しかし、時すでに遅し。オレは一番近い距離にいた男に対し、一気に間合いを詰めると、急所に拳を叩きこむ。
あっさりと男の身体は崩れ落ちた。
続けて残りのふたりも同様だ。不意をついたとはいえ、どうやらオレが本気で動いた場合、この程度の相手ならば、反応すらできないらしい。
レシーカはオレの動きをみて、呆然と立ち尽くしていた。
「おい、レシーカ。どうした? 惚けているんじゃない」
オレの声にレシーカは我を取り戻したらしく、はしゃぐように駆け寄って来た。
「スゴイ! 姐さんスゴイよ! なに、今の動き?! まるで見えなかったよ! え? 仙技なのソレ?! いつ、仙錬? 錬仙したの?! スッゴイよお! しかも素手でやっちゃうなんて! はじめて姐さんが、たった一人で乗り込んで来たときは不安だったんだけど、こんなに強いなんて! やっぱり姐さんはタダ者じゃなかったんだね!!!」
レシーカは興奮が収まらないらしく、質問攻めだ。オレは落ち着くように告げ、なんとかレシーカを抑える。
この拠点にいる敵は少ないとはいえ、この一階にはまだ敵はいるのだ。
オレとレシーカはオーバーヘッドマップに従い、次々と制圧していった。
食堂、厨房、寝床がある大部屋などなどだ。途中、何人かの賊に出くわしたが、いずれも一撃で倒していく。
そのうち何人かは倒す前に組み伏せ、牢から連れていかれた女性たちについて尋問した。
いずれも共通していたのは、上の階で幹部である副長連中が“お楽しみ中”とのことだった。
その言葉を聞き、レシーカの顔が歪む。想像したくはないが、この賊連中は彼女らに対して、醜悪な事をやっているのだろう。
訊き出した内容に、悔し涙を流すレシーカ。オレはレシーカをなだめる。
拠点の一階を制圧して気付いた事だが、この蜘蛛の子が構える拠点は、基本的に木造建築らしい。
飾ったようなデザインや内装はなく、必要最低限のつくりといった感じだ。あくまで一階だけを見回った印象ではあるが。
拠点の外を、頑丈な外壁で囲んでいるとはいえ、ここは、まるで攻め込まれることを考慮していないような構造だと感じた。
これでは賊のアジトというよりは、ただの屋敷だろう。よほど誰も襲ってこないという自信があったのだろうか。
拠点の一階、すべての部屋を探索し終えたので、オレはレシーカと、上に続く階段があったラウンジスペースへと戻った。
「よし、女性たちがいるであろう、二階へ行くぞ。覚悟はいいな?」
「うん、わかった! いつでもいいよ」
レシーカは覚悟を決めた表情をオレに向ける。
父親の形見である、鋼鉄製のショートソードを握る彼女の手には、強い力がこもっているように思えた。
そして、オレとレシーカは上の階へと続く階段を昇るのだった。




