第43話 ルヴロ村 -救出会議
「やりましょう! さらわれた方々を奪還します。エリアス家がこんな非道を見過ごす訳にはいきません」
まさか、というべきか。この発言をしたエリス・エアリスの善人ぶりは常軌を逸しているレベルだ。
現在、オレ達は無人の家を借り、そこで会議をしていた。
この家にいるのはオレとオヤジウス、エリス、リディア、アスライド、騎士4人の計9人だ。
侍女3人は、お茶の用意をしてもらった後、別の部屋で待機している。
蜘蛛の子と呼ばれる賊集団との戦いが終わってから幾分かの時が過ぎ、夜が明けた。
外は既に日が昇り、朝陽が差し込んでいる。
善人を気取ったバカ。
オレはエリスのことを心からそう思った。
エリスが領主代行業を、うまくやってのけられない理由がよくわかる。
無関係の村、他の領地でトゥトエラ領主代行が善行を施してどうするというのだ?
現在、部屋の中には重苦しい空気が漂っている。
何故こんなことになってしまったのか。これにはワケがある。
オレがブルカノ・ブルカンから情報を訊き出した後、ここの領主であるヴリカ子爵に村民救出の嘆願をする為、夜中のうちにルヴロ村から使いの者を出したのだ。
本来ならば今頃、サンスロティの領主ヴリカ子爵は討伐部隊を編成し、さらわれた者たちを救出するものだと思っていたが、そういう事にはならなかった。
使いの者によると、様々な理由をつけて門前払いになったそうなのだ。
なんだろう、どこかで聞いた事があるような話じゃないか?
それと関連があるのかは不明だが、このサンスロティ領主に絡んだことで妙な話がある。
村長曰く、いつもならば三日おきにルヴロ村周辺を巡回しているはずの騎士たちが、一週間近く一度も姿を見せなかったのだという。
これはどういうことなのだろう?
「あの、エリス様…… いえ、領主代行。それは流石にどうかと、そこまでやるのは越権行為に他なりません。サンスロティ領主であるヴリカ子爵に任せるべきでは?」
アスライドがエリスを諫める。だが、それでもめげずにエリスは食い下がる。
「私たちのせいで、この村が襲われたのかもしれないのですよ? 事実、あの者たちは私たちのことを知っていました!」
「知っていたからと言ってコルダート関係とは限りません。蜘蛛の子の副長が言うには、この組織の長が命令して行ったということです。コルダートと関係があるとは確定しておりません。
いえ、そもそもコルダートのせいであっても、我々には関係ないことです。この村の治安を守るのはサンスロティ領主の仕事なのですから」
この村は庇護契約をヴリカ子爵と交わしている。よって、さらわれた女子供を救い出すのは領主であるヴリカ子爵の責任だ。
それに、勝手に他領の領主が村民を救うなど、余計なトラブルを引き起こす可能性が高まるだけだ。
「そ、それでも! 目を背けることはできないでしょう? 早くしないと女性たちや子供が売られてしまうかもしれないのですよ?! 我々は既に関係者なのです!」
エリスが言っていることはむちゃくちゃだ。エリス一行は旅の途中でルヴロ村に滞在しようとしただけのことだ。
表向きには、宿泊の為に立ち寄った村が賊の集団に占領されており、トゥトエラ領主一行に賊が襲い掛かってきたため、やむなく対処したということになる。
オレたちは蜘蛛の子という賊集団を、一部とはいえ蹴散らしたのだ。村を占領していた連中を追っ払っただけでも十分のはずだ。
エリスの言動があまりに聞くに堪えない為、オレは口を挟むことにする。
「エリス、あなたさぁ…… よく今まで領主代行をやってこれたな? いや出来なかったからこの有様なのか。優しさと甘さを混同しているいい例だな」
「なっ?! わ、わたしはお父様のように…… 父はトゥトエラを立派に統治していました、領民にも優しく善政を敷いていたのです。わたしも父のように務めを果たそうとしているだけです!」
「善政ねぇ…… なぁ、アスライド。エリスのオヤジさん、たしかダリウスだっけ? エリスに知らせていないことで何かあったりするか?」
アスライドの方を見ながら答えるよう促す。アスライドはオレに従う理由はないが、エリスに諦めさせる為と思ったのか、彼は渋い顔をしながら無言でかすかに頷いた後、静かに語り出した。
「ダリウス様がまだ、ご存命だった頃のことです。トゥトエラ南東部にある集落で“黒目病”が発生したことをがありましたが。覚えていらっしゃいますか?」
「ええ、覚えています。たしか治療区画を作り、そこに住民を移動させたのち、集落は焼いたと聞いていますが」
黒目病…… この世界における不治の病のひとつだ。オレの知っている限りでは治療法は確立されていない。
発症すれば最後、高熱が出続け目が見えなくなり、そして高熱で全身をやられ息を引き取る頃には、目が腐っていき最後には腐りきった眼球が零れ落ちて、窪んだ眼窩が黒目になったように見えることから、黒目病と言われている。
「あの件ですが、実は騎士たちで集落を封鎖し、集落の民ごと焼きました。その場には私もおりましたし、もちろんダリウス様も立ち合いました」
「そ、そんな?! お父様がそんな残酷なことを!?」
「やらなければ、病が伝染し多くのトゥトエラの民が犠牲になります。やむを得ないことです」
「そんな……」
よほどの衝撃だったのか、エリスはひどく狼狽していた。父親の知らぬ姿を知ったからだろう。
為政者としては正しい判断だと思うが。
これを見ている者は苛立つだろうが、オレは構わず会話に介入する。
「ほらな? これは恐らくだけど、エリスの領主代行に関してだって、エリスの部下たちは見せたくない部分はエリスに伝えず、自分たちだけで対処していたんじゃないのか? まぁ、決定権はエリスにあるわけだから、限界はあるだろうがな。
ああ、そうだな理解したよ。このアタマがお花畑な領主代行ならば、ありえる話だな。こんな領主じゃあ先行き不安だからな、30人中14人もの騎士が何故裏切ったのか、今ならよく分かるよ」
この発言は流石にエリスも頭に来たらしく、表情が厳しくなった。エリスの背後に控えているリディアは、今までにないほどキツイ目でオレを睨んでいる。
オレだって別にエリスをイジメているわけではない。イラついてはいるが。
善意に囚われて、現実を直視しないのはマズイと言っているだけだ。
とりあえず、話がズレてきているので、戻す必要がある。
「話がズレてきたな、戻そうか。いいか、とにかくトゥトエラ領主代行がそこまでするのは駄目。わかった?」
「たっ、助けるだけですよ?! それに直接、村長さんから頼まれたではありませんか?! 弱い女性や子供を助け出すことの何がいけないのですか?! それに私がこの提案をしただけで、何故そこまで言えるのですか?!」
オレは微かなイラつきを覚え、語気を強めながら答える。
「アンタ、現状を理解していないだろ?! オレとオヤジウスはともかく、トゥトエラの領主がやれば越権行為になるんだぞ?
越権行為、言葉を分解すれば無権の代理行為だ。こいつがどういう意味か分からないワケないよな?」
「そ、それは……」
エリスは黙り込む。うつむき目を伏せ、歯を食いしばり何かに耐えているかのようだ。
オレは更に言葉を続ける。
「あと、現実が見えていないようだからもう一つ言わせてもらうがな。
救い出すとか言ったよな? 救出には当然、戦力である騎士たちを使うわけだろ? その中にはオレやオヤジウスも含まれるだろうけど、はっきり言って数が違い過ぎる。蜘蛛の子の拠点には村にいた以上の賊がいるらしいからな」
あの後、アスライドたちが再び尋問した所、いくつか情報を引き出せたらしい。オレと会うまで黙秘していたブルカノ・ブルカンだったが、オレと話した後はどういう訳か尋問に答えてくれたらしいのだ。
「さ、昨夜、村には50人ほどの敵がいたと聞いております。それでも皆さん、奪還したではありませんか?!」
「それは運が良かっただけだ。連中にとって有利な場所というわけでも無かったし、オヤジウスとオレの仙技がうまく作用して連中の気勢をそぐ事に成功したおかげで、流れがこっちに向いたんだ。それで戦いを有利に進める事ができただけだ。つまり、勝てたのは運が良かっただけ」
実際は、オレとオヤジウスが持つアーマメントの能力が高い為、結果的に無双してしまっただけだ。
現実的に鑑みれば、オレとオヤジウスの二人で蜘蛛の子の拠点を襲撃し、村民を救い出すことはできるかもしれない。
だが、この世界から脱出するという目的がある以上、こちらとしては目立たないようにしたいのだ。出来る限り自身の力は知られたくはない。
日本のコトワザで、出る釘は打たれるというし、強者と目されることは、この世界においてロクな目に合わないことが多い。これは経験談な。
少なくとも、オレの家族である妹、莉亜や身内連中と出会うまでは、オレたちのことは出来るだけ伏せていたほうがいい、間違いなくそのほうがいい。
「それにな、エリスよ。トゥトエラは今、むずかしい立場にあるんだろ? 聖女の集いに参加することを隠れ蓑に、他の領地で何か画策している、そう他の領主が考えるとかさ、そういった危惧はないのか? これ以上、他の領地とモメ事を増やしたくないだろ?」
「画策とかッ! そんなことッ! まったく考えていませんッ! 私はただ、目の前で困っている人をッ……」
言葉尻は小さくなっていき聞き取れなかった。
エリスが善人なのは分かる。個人の資質としてはいいだろう、他者を気遣い、優しく接することができる。
だが、為政者の立場としては駄目だ。状況によっては個人の感情を殺し、冷酷な決断をしなければならないのが上に立つものとして必要な資質だ。
「あのさぁ、ちょっといいかな?」
妙にカン高い声が上がる。桜野だった。
「ボクが行くよ。エリスたむ…… いや、エリスは立場上ダメなんでしょ? もちろんエリアス家に所属する騎士たちもダメ。じゃあボクが行けばいいよね?」
一同の視線がオヤジウスに集まっていく。
オレは怒りと焦りが沸き上がってくるのを抑えながら、PVCの通信許可申請をオヤジウスに出す。
しかし、通信許可は下りなかった。桜野が拒否しているのだ。
オレは思わず荒い語調で桜野に向かって言葉を投げる。
「おい、何を考えているんだ?! とんでもない数の敵がいるんだぞ?! どうしようもないだろ?!」
桜野は目を細めて、オレを睨む。
「本当に? どうしようもない? ジスエクス、君とふたりならやり方を間違わなければどうにかなるんじゃないの?」
含みを持たせた言い方で桜野が言う。
こいつ、まさか、またお人好しが炸裂したということか?!
桜野は言葉を続ける。
「ボク、エリスと同じように人が苦しんでいるのが我慢できないんだよ。自分にその苦しみを解消する力があるのなら、何とかしてあげたいんだ。だから、やるよ」
桜野は椅子から立ち上がると、悠然とした歩みで部屋を出ていこうとする。
こいつは本気だろう。こちらにメリットが薄いばかりか、余計なトラブルを引き込むかもしれないというのに、こいつは自分の矜持に従おうというのだ!
「おい、待て! 話は終わってない。座れ!」
「それ、命令? 友達に対して? 時間が惜しいんだよね、座っている暇はないよ。話があるなら移動しながら聞くから」
そういうと、桜野は部屋を出て行った。出ていく際、オレを一瞥することもなく。
クソが。何故こうなる?! どうして赤の他人を、それも会ったこともない連中を?!
他人の為に何かして意味があるのか?!
オレは思案する。どうするのが、もっとも良いのかということを。
「エリス……。エリス・エリアス!」
「は、はい?!」
オレにがなり立てられるように名前を呼ばれ、エリスは驚いた顔でこちらを向く。
「エリス、前に報酬の約束をしたと思うけど、望みの額を払うと言っていたよな? 今でも有効か?」
エリスは黙ってコクコクと頷く。
「10万…… いや、最低でも30万ゼルは覚悟してもらう。いいな?!」
失意の色を浮かべていたエリスの目に、光が戻っていく。暗かった表情が徐々に明るくなっていった。
「やっていただけるのですか? 本当に?!」
「ああ、やるよ。その代わり、報酬は弾んでもらう、いいな」
「わかりました、お約束はお守り致します」
エリスはオレの条件を飲み、了承する。
すぐに立ち上がると、部屋を出て桜野の後を追う。
前にも似たような事があったが、これからもこういう事が続くのだろうか。
オレは苛立ちを必死に抑えながらも、思わず玄関のドアを蹴破りそうになり必死に怒りを抑える。
そして、深呼吸をして一拍置いたのちドアを開けて桜野の跡を追いかけた。
1ゼルは100円くらい。したがって10万ゼルなら1000万円くらい、ワオ。




