第39話 蜘蛛の子 -1
ルヴロ村は周囲を木の柵で覆っており、一定の間隔で凶獣除けである、低純度の仙晶石がぶら下げてある。これは村のつくりとしてはごく一般的なものだ。
二か所ある門には歩哨が一人ずつ立っている。
辺りは夜の帳に包まれて暗くなっており、村に立ち並ぶ家や小屋からぽつぽつと見える灯だけが、光を放っている。
一見した限りでは、ごく平凡な日没後の農村の光景だ。
ただ、このルヴロ村は何処か異様だった。
日が落ちてまだ間もないこともあり、外に出ている村民が少ないというのは理解できる。
だからと言って、人っ子一人見当たらないのはどうだろうか。
オーバーヘッドマップのサイズを縮小し、家の中にいる熱反応を確認する。
すると、村に点在する数多くの家の中に、人がいることを示す赤い点がいくつも表示されていた。
ただ、この規模の村にしては、人の数が妙に多いのだ。
まるで、本来ならばいないはずの人間がいるかのように。
自分たちと同じような旅行客が、多数来ているのだろうか?
エリス一行の護衛隊長アスライドが、宿屋へ行き手続きをしてくるよう、部下に命じた。
現在、村の広場には、エリス一行の馬車3台と2頭の馬がいる。
オレは前方に停車している3人の侍女が乗っている馬車に近づくと、扉越しに指示あるまで馬車から降りないようにと厳命しておく。そして、後方に停車している馬車に居るエリスに、馬車から降りないよう告げた後、リディアに御者を務めるようお願いした。
「え? リディアに? 危険なのでは?!」
意外な提案に驚きを隠せないエリス。オヤジウスの防御法術が機能するから問題ないとオレは二人を説得する。
思っていたより、あっさりとリディアは了承してくれた。
リディアに御者をやらせるのは単純に、一人でも騎士が地上で戦えたほうがいいからだ。
今、やらなくてはいけない事は、この村から馬車を出すことなのだから。
オレは桜野の傍らに近づくと、前方の御者台に乗るよう命じる。オヤジウスのとなりで馬を操作する騎士には申し訳ないが、御者台ならばギリギリ乗ることができるからだ。
そして 部下と警護に当たっているアスライドに、オレの感じた違和感を一部の情報を伏せた上で、それとなく伝える。
「なあ、ちょっといいか? この村の様子おかしくないかな?」
「ええ、確かに。我々も気づいていました。その、なんていうか気配が薄いというか…… 妙な視線を感じるというか…… とにかく様子がおかしいですな」
護衛隊長であるアスライドも違和感を感じていたらしい。
思えば、この村の入口に立っていた歩哨の様子も違和感があった。なんていうか、この村の村民にしては目つきが悪いというか、そう、らしさが感じられなかったのだ。
オレは桜野にPVCの通信を開き、彼に伝える。
《桜野、いつでもEFスキルを使用できる状態にしておけ、何か起こったらエリスと侍女3人の馬車に対して、防護フィールドを張れ。いいな?》
《わかったのヨン。おまかせだヨン》
桜野はいつもの調子で返答する。
オレは身体をすっぽりと包んだ状態になっている純白のマントの下から、エレメンタルシューターを取り出す。何かあれば、すぐに対応できるようにだ。
以上のように準備を整えていると、アスライドの部下が足早に戻ってきた。
「どうだ? 様子は?」
部屋は空いていたか? とは聞かない。アスライドもこの村に留まる気はないのだろう。
部下はアスライドに結果を報告する。
「小さな宿だったので、12人も泊まれないと思ったのですが……。部屋はすべて空いているそうです。
そして妙なことに宿屋の中は静かなものでした。まるで人の気配を感じないというか……。
とにかく、宿の中で会った人間は受付の男だけです。隊長、やはりおかしいですよ、この村は……」
「そうか…… わかった。この村を出るぞ、準備しろ。侍女たちの乗る馬車を頼む」
アスライドの命を受け、騎士は先頭の侍女たちが乗っている馬車の御者台に乗り込む。生き残った5人の騎士のなかで、もっとも若い男だった。年齢はまだ20歳超えたくらいだろうか。
若い騎士が乗り込む際、オヤジウスが白い歯を剥き出しにしながら片手をシュピ! と軽く挙げながら『ハアィ♪ ナイスガイ♪ よろしく頼むのヨン♡』とキモく挨拶する。
若い騎士は困惑しながらも苦笑しつつ、なんとか挨拶を返した。
その微笑ましいやり取りを見届けたオレは、アスライドの元へ行き、指示を仰ぐ。エリス一行の護衛を指揮しているのは彼だからだ。
「とりあえず準備は整った。そっちは?」
「こちらもなんとか」
「オレはどうすればいい? あんたの指示に従うよ」
「ならばお願いしたい。エリス様の乗る馬車が村を出るまで援護を。そして敵影を見つけ次第……」
「おや、どうされました?」
突如、沸いた声に、その場にいた全員に緊張が走る。
「え、ええと。あなたは?」
アスライドが男に訊く。その声には緊張と警戒が混じっていた。
「ああ、すみません。先ほど、あなた様の部下の方が、ご宿泊の手続きに参られたものですから。
せっかくですので、お迎えにあがりました」
「そうですか、これはご丁寧にどうも」
どうやら宿屋の主人らしい。深緑の長袴と着古したシャツを着ていて、長袴の上に前掛けを付けていた。年齢は40前後といったところか。
にこやかな笑みを絶やさないが、どこかワザとらしく不審な感じが拭えない。
アスライドは平静を装いながら言葉を返す。
「せっかく迎えに来ていただいたのに、申し訳ない。これから我々は出発することになりまして、急な予定変更でね」
平静を装うアスライド。性格なのか、嘘が下手なタイプと見た。言い訳が下手な上、声が若干うわずっていたからだ。
「外はもうこんな暗さですし、危ないですよ。どうぞご逗留ください。歓迎いたしますよ……」
宿屋の主人らしき、中年男の口元が不気味に歪む。
にたり、と。罠にかかった獲物を見て舌なめずりをするかのような、邪悪な笑みだった。
こいつは俺たちに声を掛けた際、気配を絶って現れた。つまり、既にソノ気だと考えていい。
ちなみにオレはオーバーヘッドマップを見ていた為、ちゃんと気づいていた。
同時に、家や小屋の中にいるであろう、人の動きにも変化があったことも見逃してはいなかった。
この村、一帯に渦巻く殺意があぶり出されていく。
オレは周囲の空気が変化していくのを感じた。
「おまえら、仕事だぁぁ!!! やれぇぇ!!!」
宿屋の主人を装っていた中年男は、背中から何かを取り出すと、空に向かってそれを撃った。
信号弾だ。
上空に向かってある程度の高さまで打ち上げられると、激しい光と音を発しながら爆発する。一瞬、空から眩い光が降り注いだ。
オーバーヘッドマップに劇的な変化が生じる。村の家々に点在する、人を表すいくつもの赤い点が激しく動きだす。相当な人数だった。
恐らく、軽く50人はいる。
「ケイル! 馬車を出せ!」
アスライドが、がなり立てるように部下に指示する。
ケイルと呼ばれた御者を務める若い騎士が、掛け声を勢いよく発すると。馬の嘶きと共に、馬車は急発進する。
《桜野EFスキル【触れられざる聖域】を展開しろ!》
《分かっているのヨン! 言われなくったって!》
オヤジウスの身体が発光し、閃光とともに碧色に発光する防護領域がエリスが乗る馬車と、侍女たちが乗る馬車に発生する。馬や御者も含めてすっぽりと覆われていた。
「ひゃははは!!! ぶっ殺せぇ!!!」
「なぶり殺しだぁ! ひゃふぁ!!!」
「俺が先だぁ! 邪魔すんじゃねえええ!!!」
村の至る所から、わらわらと襲撃者たちが湧いてくる。いかにも野盗や賊でございと言わんばかりの出で立ちの連中が襲い掛かって来た。
オレ達は村の中央にある広場に居たため、完全に囲まれた状況となった。
はっきり言えば不利だ。
だが、やるしかない。護衛の仕事をしなければ!
「御者のヤロー いただきィィィ!!!」
偃月刀を両手に装備した小柄な男が、正面からオヤジウスとケイルが乗った御者台に飛び掛かる! 男はよほど身軽なのか、それとも錬仙功で肉体を強化したからなのか、高く、そして勢いよく飛びあがっていた。
だが、小柄な男の攻撃は御者台へは届かなかった。触れられざる聖域に攻撃を阻まれた上、その防御領域に弾かれると、そのまま痛烈に地面に叩きつけられる。
「ヒッ?! ひいいいい!!!!!」
そして哀れなことに正面から飛び掛かった為、馬車は猛烈なスピードで直進し、倒れ込んだ小男に迫って行く。
そして馬の蹄は、仰向けに倒れた小男の身体を踏み砕き、馬車の車輪が男を轢いた。
それが二回続く。後続のエリスが乗る馬車がいる為だ。
馬車が通過したあと、全身血まみれになった肉塊が転がっていた。既に無力化されたのが分かったため、息があるかどうかなど、オレには興味が無かった。
騎士たちは4人で固まって陣形を組んでいた。防御陣形ではない、攻撃の陣形だ。
集団に囲まれた際に行うものだった。それでも彼らだけならば、いずれ数の暴力に押され潰されていたかもしれない。
だけど、この場にはオレがいる。
これだけ敵がわらわらと沸くのであれば、的は外さない。
散弾射ちで根こそぎ掃除してやる。
EFスキルランチャーを起動、散弾射ちを選択。
オレはエレメンタルシューターを構えると、群がってくる襲撃者たちに向け、何一つためらうコト無く射ち放った!
白色の光弾が襲撃者たちに襲い掛かる!!!




