第38話 サンスロティ -凶兆
ランディア北東にあるロズノ砦を抜けると、ヴリカ子爵が治めるサンスロティ領がある。サンスロティはランディアの3倍以上もの面積を誇り、目を向ければどこもかしこも広大な平原が広がっている。
広大な土地を生かした農業、酪農業、畜産業などが盛んなことから、ドルフィーラの食糧庫とも呼ばれている。
「いや、すごいね。見渡す限り、平原が地平線まで広がっているかのような」
現在、エリス一行は、サンスロティの街道を悠然と進んでいた。エリスが乗るキャリッジ馬車は金属ばねのサスペンションを装備している為、走行時の振動も少なく、長距離の移動も疲れにくい。
オレは再びエリスと同じ馬車に乗り、この壮大なサンスロティの光景を窓から眺めている。オヤジウス…… いや、桜野は後続の貨物馬車にひとりで乗っている。誰にも見られない今のうちにアーマメントを解除し、HPとEFPの回復に努めている。
どこまで行っても平原しかないのではないか。
そう錯覚する程、広大な平原が続いていたが、長時間馬車に揺られ街道を進むと、今度は黄金の絨毯が目の前に広がっていった。周囲一面輝くような小麦畑がオレ達を迎えてくれる。
「豊穣じゃないか、いい光景だ」
見渡す限り広がる小麦畑を目にして、オレは面白くもないコメントを口にしてしまう。
エリスの専属侍女、リディアは無反応だ。オレに視線を合わせることは無い。
つい先日、オレがエリスに食って掛かったコトをいまだに根に持っているのかもしれない。
彼女は他の侍女と同じエプロンドレスを着込み、頭には白いホワイトブリムを付けている。辺り一帯に輝く小麦よりも明るい金髪の長い髪を束ね、三つ編みにして右肩から垂らしている。時折、毛先をいじり遊ぶような仕草をしていた。
気配りができる性格のエリスは、俺の言を特に気にする素振りも魅せず、まるで相槌を打つかのように自然に答えてくれた。
「そうですね。このサンスロティは農業関連が盛んなことで有名です。わたしはここの乳製品のファンなんですよ。特にお気に入りの牧場が作っているヨーグルトは絶品なんです」
エリスはどこかうっとりとしながら、その乳製品の詳細を語る。それほど美味いのだろう。
「そういえばさ、エリスよ。今日の宿泊先はどこなんだ? 襲撃のことも考えてルートはその日ごとに変えているのだろう?」
「はい、今朝プルートを出た際にルートを設定しました。今日の宿泊先はルヴロ村といって、この先の穀倉地帯付近から少し外れた場所にあります」
オレはエリスと幾つか雑談をしつつ、護衛に励んだ。といっても、オーバーヘッドマップと【複合的情報解析】を併用し、怪しい影がないか警戒するだけだがな。
ルブロ村までの道中は何事もなく進んだ。
不気味なほど、何ひとつトラブルは無かった。
トラブルの懸念といえば、アーマメント状態を解除していた桜野の存在だったが、途中、2回ほどの休憩を挟み、停車することもあったものの、バレることはなかった。
1回目のときは誰も桜野の眠る貨物馬車のそばに行かなかった為、問題はなく。2回目のときは桜野が起き出して来たので大丈夫だった。
半裸のピンク超デブキモヲタオヤジ状態に戻った桜野に、現在の状態を聞いてみたところ、やはりHP・EFP共に完全回復していたそうだ。
これではっきりしたことがある。
CULOにおいて、レベルキャップ状態で仮にHP1、EFPが0だとしても、コントローラー類を動かさずにその場で放置プレイをしていると、1分後には自動回復が作動し、それを約一時間続けるだけでプレイヤーキャラクターは完全回復する。
桜野によると、さらなる検証が必要であるにせよ、現在のところ約3時間程度で完全回復したとのことだ。桜野圭一に戻ったときに身につけていた腕時計を使い、寝入った時間と起きた時間の差から現在は3時間だが、もっと早く起きればどうなるのかを調べたいと言っていた。
また、桜野は退屈な移動時間を利用し、他にも色々調べてみたのだという。
例えば、プレイヤーキャラクター自身、もといアーマメントが装備しているアイテムバッグ欄から、各種アイテムを出し入れする際のことだが。
通常、視界内に表示されているアイテムバッグ欄からアイテムを出し入れする操作をすると、目線の前方にバスケットボール大の漆黒の空間が、丁度手の届く範囲に発生する。
しかし、この一連の操作において、特にアイテムを出し入れするときだが、意識することにより入出口である漆黒の空間を、自身の手の先に発生させることができるらしい。また、空間のサイズの大小も自由に変えられるとのこと。
つまり、これを使えばマントやコートの下などで、誰にも見られないようにアイテムを出し入れすることが可能になるわけだ。これは便利な機能だと思ってしまった。
桜野はやはり、タダの変態ファッションホモキモヲタデブではないのだ。
桜野曰く、ひょっとすると、こういった裏コマンドというか隠し操作のようなものが、他にもあるかもしれないと言っていた。
恐らくいるであろう、この“アーマメント”とかいうけったいなシロモノを作り上げた製作者が、何らかの遊び心を持っているのは、このアーマメントを見ていると感じる気がすると桜野は言っていた。
桜野は自身の性格に合っていたのか、アーマメントに搭載されているギミックを楽しんでいるらしい。
オレはそこまで興味が持てなかった。
オレは前世で死んだあと転生し、日本で生まれ、赤子から人生をやり直してきた。
前世の記憶と現世の記憶が混じり合っているからなのか、それとも前世から引き継いでいる記憶が影響して精神がひねているからなのか不明だが、オレは桜野のような若さ溢れる探求心というモノが薄い傾向がある。他人から見ればどうかは知らないが、自分ではそう感じている。
本来の年齢でいえば、そこらの中年オヤジと同じなのだ。普段から若い連中と付き合っていなければ、ジェネレーションギャップという世代間の相違を感じているハズだ。
一応、表面上はごく普通の若者として学園生活を送っていたわけだし、誰にもバレていないはずだが……。
どうなんだろ?
とりあえず17年生きていて一度も『アナタ、前世の記憶を引き継いでますね?』と、声を掛けられたことはないがね。これはアレだ。若くして子供を産んだお母さんが、いい歳になってもつい若者言葉を使ってしまう感じか? 違うか?
まぁ、好奇心と探究心は、正規ルートで世に生を受けた若者に任せておけばいい。違法ルートで生を受けたなんちゃってな若者は、現実を見ておくとする。
莉亜をはじめとする身内を探し出し、元の世界に帰還する。ただ、それだけだ。
この世界……。
オレの故郷があった前世の世界なんて……。
どうだっていいのだ……。
やがて事は進み、オレたちエリス・エリアス領主代行一行は、サンスロティの農業地帯にある【ルヴロ村】までやってきたのだ。
陽が落ち始め、黄金の小麦の輝きは失せていき、夜の帳が下り始めた頃、俺たちはルヴロ村入りを果たした。
ルヴロ村は、何処にでも見受けられるような小さな農村であり、特別おかしな部分は見受けられなかった。
村に入った時、オレは例の嫌な予感が冴えてしまった。
気のせいかと思ったが、背筋に嫌な汗が流れる感じがしたのだ、あくまで感じだけだが。ちなみにアーマメントの状態だと汗は出ない、そもそも代謝が無いみたいだし。大小の便もする必要が無い。でも飯は食えるのだ。味の感覚も分かるワケで……。
ホントどういうことだ?
ま、それはともかくとしてだ。
村の外観に関して言えば、おかしなところは特に無かった、だが……。
村の内部に関しては、そうではなかったのだ……。
まさか、オレの悪い予感が当たってしまうことになるとは……。
ホント、オレの予感はロクな事がない……。




