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第37話 コルダートへの報告

「失敗しただと?! 倍近い人数がいたのにもかかわらずか?!」


 筆頭執事が渡した経過報告書の内容を読み出した途端、小柄な中年の男は怒声を上げた。

 あまりにもの大声だった為、防音施工した執務室から声が漏れるのではないかと、筆頭執事が懸念したくなる程だ。


 禍々しい雰囲気をまとった小柄な中年の男は、激高すると同時に(もたら)された報告の内容に驚きを隠せない。



「信じられん…… 騎士はともかく、上位クラスのウェットワーカー14人だぞ?! それにエリアスの騎士を5人にまで減らしておきながら、この体たらくとは……」

 


 半数の騎士を裏切らせ、ウェットワーカーたちと共に多数で制圧、その後エリス・エリアスをこの場に連れてくる。ただ、それだけの事だったはず。

 それが、たった一人の仙技使いが横やりを入れただけで失敗したとは、到底信じられることではなかった。



「厳密には8名です。途中、凶獣に襲われ6名を失ったと聞いています。こちらに寝返った騎士が14名とウェットワーカーたちを合わせて22名です」



 白髪の燕尾服を着た筆頭執事は落ち着いた体様(たいよう)を崩さず、主人に詳細を伝える。



「その邪魔をしたという仙技使い…… 何?! 女だと?! それ程強いのか?!」



 報告書に目を通す中、文の一節を読んだ途端、小柄な中年男は再度、声を張り上げた。


 中年男の名はキザシ・コルダート。アルカンシェラ領の領主であり、コルダート家の現当主である。


 少し白髪が交じったダークブラウンの髪をオールバックに撫でつけ、利き目が収まっている右の眼窩には純金の鎖で結ばれたモノクルがはめ込まれている

 領民の平均年収を越える費用をかけて仕立て上げた、上質なブラウン色のスーツを着込み、ワイシャツの首元にはコンチネンタルタイが締められている。


 表面的には、紳士的な雰囲気を持ち合わせていると言えなくもない。


 他にもコルダートは貴金属と宝石を組み合わせた、恐ろしく高価なアクセサリーをいくつか身に着けており、それは彼の持つ権力欲を具現化させたような象徴のようにもみえる。


 主人の問いに対し、一定のトーンを維持した声で白髪の筆頭執事は答える。



「その女は誰とも直接戦った訳ではないようです。ただ、無人の平野に一撃で巨大な穴を穿ったのは事実のようかと」


「ちょっと待て、戦わずに撤退したというのか?! 何をやっているのだ?! ウェットワーカーどもにいくら払ったと思っている?! 私に仕えることになった騎士たちはやる気があるのか?!」



 キザシ・コルダートの怒りは収まらない。戦わずして敵前逃亡など、到底納得できることではない。



「……騎士たちとウェットワーカーの長、たしかタブサといいましたが、いずれも共通の意見を述べております。『凄まじい殺気と、それに見合う実力を相手に認識させるほどの強さを持つ』これが彼らが、その女から感じたことだそうです」



 筆頭執事は表情も変えず、その朴直な印象を崩さぬまま率直に述べた。


 コルダートはいまだ納得できないらしく、机に肘をつき額を押さえながら苛立ちを隠せない様子だ。

 筆頭執事は付け加えるように説明を続ける。それは自身に覚えがあるからこそ言えることだった。



「実力者ほど、戦いにおいて敵の力量を正しく認識します。そして敵わない相手となれば、撤退を選びます。相手の力量を分析できる事も、強者の証明なのです」



 ウェットワーカーたちは金で雇われただけ、裏切ったエリアス家の騎士たちも、命を懸けるほどの義理をコルダートに対して持ち合わせていなかった。命を賭してまで、実力を上回る相手と戦う理由は無い。



「それくらいわかっている! だが…… クソが! ただ、何もせずに撤退などと……」




 頭で理解していても、それを容易に飲み込めるほどコルダートは素直な人間ではない。苛立ちの原因は、予想の範囲外の結果というより、予想外の要因が何故、介入してきたのかということだった。

 その正体不明の仙技使いの女がいなければ、今頃エリス・エリアスはキザシ・コルダートの前で助命を請いながら、這いつくばっているだろう。



「その女は何者なのだ?」


 

 コルダートが筆頭執事に問う、報告書を読む気になれなかったのだ。

 筆頭執事は軽く咳払いをすると、主に情報を伝える。



「ウェットワーカーたちの(おさ)であるタブサという男によると、凶獣に襲われていたところを救ってもらったそうです。一晩だけ行動を共にしていたとか」


「フン、そのウェットワーカーの長は、その女と寝たのか?」


「いえ、そういうことではないそうです。ただ、その女に仕事の手伝いを頼もうとしていたとか、減った仲間のぶんの穴埋めとして」


「フン、女なぞ()()()()()()()の存在ではないか」



 自分が下品な発言を苛立ちのあまり発した事に気付き、コルダートは気を鎮めるよう努めた。



「品が無かった、続けろ」


「はい、女はジスエクス・ニゴレイアルと名乗ったそうです。白いマントで体を覆っており、美しい銀髪が特徴、背丈は165くらいで、細身でしなやかな肢体をしていた、とのことです。

 そして…… ここからが大事な部分ですが、仙晶武具(せんしょうぶぐ)らしき弓を装備していたと」


「弓の仙晶武具? ひょっとして錬仙(れんせん)した仙気を飛ばすのか? そんな芸当ができる連中なぞ、一握りではないのか?」


「仙晶武具を作らせるには相当な資金が要ります。そして使うには相当な仙技使いである必要があります。仙晶光弓(せんしょうこうきゅう)を使用する冒険者は数人おりますが、いずれも金剛石(ダイヤモンド)(クラス)の者たちです。そして調べましたが、ジスエクス・ニゴレイアルなる仙技使いはこのドルフィーラ一帯の冒険者組合(ギルド)に名前はありませんでした。

 偽名の可能性も考慮し、中央も含めたすべてのギルド、名のある傭兵関係も洗っておりますが、それほどの仙技使いならば名も知れているはず。何故、これほどまでに情報が出てこないのか……」



 コルダートは多額の予算を投入し、カスパートが治めるドルフィーラ一帯に対し情報網を構築している。もたらされる情報の収集範囲、貴重さ、正確さ、速さに関しては自信があるほどだ。


 筆頭執事の困惑が伝わって来た為、コルダートは幾分かの落ち着きを取り戻す。


 コルダートが焦るのもムリはない、情勢が変わったのだ。先日、非公式だがドルフィーラ一帯の各領主に布告が発せられた。

 その内容は、エルメリア・シィル・カスパートが絶仙会議にて絶仙として認定された為、カスパート家はエルメリアを次期当主として認めるというものだった。



 実は一か月ほど前、コルダートは7人の絶仙たちが帝都ゼルヴニアに結集しつつあるとの情報を入手していたものの、それがエルメリアに関する事だとまでは分からなかったのだった。



「こんなことでコルダート家の野望が潰えるなぞ…… あってよいことではない。そんなことはあってはならんのだ!!!」



 コルダートは机に拳を叩き付ける。その様子を見ても筆頭執事に動揺はない、いつものことなのだ。コルダートは筆頭執事の前以外で、感情を露わにすることはない。他の人間の前では、冷静沈着な男という印象を崩さない。


 

 キザシ・コルダートは46歳。エリスの父、ダリウス・エリアスと同年代の生まれだ。


 キザシ・コルダートの人生は苦難の連続だった。コルダート家の四男として生まれ、幼いころは病弱で部屋を出られない日が続いた。年の離れた3人の兄たちは武に優れ、恵体であるのに対し、キザシ・コルダートは成長期を迎えても小柄であり、背丈は160にも届かない。


 兄たちのように仙技で身を立てようと思ったが、仙技の才能はからきしだった。その前に、生まれつき練仙(れんせん)量が圧倒的に少なかったのだ。これでは仙技使いとして、武の世界で食べていくことは不可能に近かった。こんな体たらくでは15で成人を迎えた途端、家から放逐されてしまうだろう。

 そして家から追い出された後、彼を待ち受ける将来は良くて物乞いか、悪くて野垂れ死ぬかだろう。

 

 ただ、幸いな事にキザシ・コルダートは、頭脳に関しては3人の兄たちより遥かに優れていた。

 そして、彼には生まれ持った才能があった。それは仙技のような目に見える能力ではない、感覚的な才能だ。


 キザシ・コルダートの才能とは、人の弱点を見抜くことだった。人の弱みを察し、そこに悪びれもなくつけ込む冷酷さもその才能に寄与した。

 それから、これは後天的に身についた事だが、嫌悪している相手や、恨んでいる相手にも平然と笑顔を見せ、取り入り、気に入られる事ができるのも彼の才能だった。


 そして彼は、その優れた頭脳と才能を駆使し、3人の兄たちを仲違(なかたが)いさせる事に成功する。当然、自分には牙が向かないよう、従順で病弱な弟を装って……。


 そして二人の兄は共倒れし、残った長兄は()()()()()()()、若くして亡くなった。


 このとき、キザシ・コルダートは若干14歳。精神は既に少年の純粋さを失い、代わりに得たのは、早熟で歪んだ大人の精神と力への渇望だった。


 意外にも、父親はキザシ・コルダートを責めなかった。むしろ、領主としての才覚ありと彼を認めたのだ。誰にも厳しく歪んだ認識を持つ父をキザシ・コルダートはこの時、初めて尊敬したのだった。


 父親は息子キザシに経験を積ませるため、貴族の令息だけが入学を許される、帝国軍士官学校へと入学させる。


 帝国士官学校は、騎士となる為に必要な従来の方法ではなく、学校独自のカリキュラムにより騎士を育成する。そして卒業すれば騎士としての資格を得られるシステムになっている。


 帝国士官学校が持つ大きな特徴として、卒業後の進路を自由に選べるという点にある。

 それは、この学校が設立された目的として、多くの人間と交流し、様々な価値観を知り、この学校ならではの多彩なカリキュラムを通じ、魅力ある人間を育成するという設立者の意向が関係していた。


 だが、キザシ・コルダートが魅力ある人間性を学ぶことは無かった。その学び舎で見せつけられたのは、力無き者は力ある者に従わなければ、まともな学生生活はできないという、それはまるで現実世界の縮図だったのだ。


 建前上はただの学生であり、校則にも爵位如何で差別はあってはならないとある。

 しかし、現実として親の爵位が低い者や、有力な大貴族と繋がりの無い者は、様々なことで不利な扱いを受け、地べたを()()るしかない。そういった光景が至る所で見られた。


 だが、ごく(まれ)にだが、そうでない者もいる。キザシと同じく男爵という爵位であるにもかかわらず、自身の持って生まれた才能を武器に輝く者もいる。エリスの父、ダリウス・エリアスはそういう選ばれた人間だった。


 ダリウス・エリアスは恵まれた才能を持つ人間だった。降りかかる不当な扱いを、持って生まれた才覚と人間的魅力で跳ね返し、文武両道のもと素晴らしい成績を残し、大貴族の令息からも認められる、そんな人間だった。


 キザシ・コルダートは帝国士官学校で打ちのめされたのだろうか? いいや、そんなことは無かった。

 むしろ彼はこの状況を喜んだ。自分が家督を継ぎ、領主になった際に備え、この世を生き抜くための訓練としてこの学校生活を活用したのだ。


 有力貴族の令息や、その家族周辺の弱みを握り、それらの問題を浮上させかけ、それを自身が解決したように見せかけたあげく、将来のコネとして使う。


 そして、同学年のホープであるダリウスに近づき、人格者であるダリウスが好むような人物を演じ、自身の能力を売り込み、時間をかけ信用させて友情らしきものを醸成させる。気付けばキザシ・コルダートはダリウスと同じ派閥の重要人物となっていたのだ。


 やがて帝国士官学校を優秀な成績で卒業したギザシ・コルダートは、ダリウスが持っていたコネを使い、まんまと自身も騎士として、ダリウスと同じくカスパート家に4年ほど仕えることになる。


 その後、実家に戻り、アルカンシェラの領主である父親の補佐をしつつ、家督を継ぐまでの長い間、自身の力を蓄え続けたのだ。



「どうする…… どうすればいい? 何か方法は……」



 エルメリアが公爵家を継ぐことは、コルダートにとっては予想外だった。

 絶仙たちが帝都に集結しているという情報は入手していたものの、まさかそれがエルメリアを選定するためのものだったとは思いもよらなかったのだ。




「どうやってエリス・エリアスを誘拐できるのか。 護衛している騎士と、仙技使いを含めて始末する方法は無いか?」



 コルダートは筆頭執事に問いかける。

 それに対し、彼は答える。



「その女…… 仙技使いですが、一度はウェットワーカーに加わる素振りをみせたとはいえ、考え直したのはエリアス側に仲間の法術師がいたからだと聞いています。その後、仲間と共にエリアスの護衛についたと聞いております。その女は仲間を重視するタイプと見ていいでしょう」


「それで?」


「はい、それからエリス・エリアスは人格者だと聞いております、ならばそこを突けばよろしいかと」


「もったいぶるな、要点を言え!」



 我慢できなかったらしく、再度コルダートは机を拳で叩き声を荒げる。表情を変えず、筆頭執事は続ける。



「はい、エリス・エリアスは自身が尊敬するエルメリア・シィル・カスパートの影響を受け、弱者救済の政策をトゥトエラで実施しているほどです。彼女のそういった姿勢を()()として、突けばよろしいかと」


「なるほどな…… 貴様の言いたい事がわかった。進めてくれ」



 コルダートはほくそ笑む。有能な執事だ、改めてそう思う。

 


「【蜘蛛の子】を使います。丁度、エリアス達の近くで【仕事】をしていたところですので、指令を出して作戦地域まで集結させます。作戦内容はのちほど書類で提出します」


「よろしい、次はいい報告を…… いや、あの小娘を連れてくるようにしてくれよ」



 コルダートの頭の中で妄想が膨らむ、自分に都合のいい妄想を。

 己が大領主へなる様を、カスパートへ強い影響力を持つ自分を。


 キザシ・コルダートは思う、私はこんな田舎貴族で終わる器ではないのだと。


 彼の力への渇望は収まる気配がなかった。

 


キザシ・コルダート :46歳、アルカンシェラ領主。周囲の領地を併合し、大領主へなる野望を持つ。エリス・エリアスの父とは士官学校の同期生

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