第36話 休憩 -砦
現在、エリス・エリアス一行は、ランディアを抜けサンスロティという領地に入る前に通過しなければならない場所、ロズノ砦に訪れていた。
サンスロティはランディアから見て北東に位置する。
ランディアとサンスロティの間に築かれたこのロズノ砦は、ランディア領主であるゾルダ伯爵が所有する砦だ。
このロズノ砦は築砦されてから、かなりの年月を経たものだ。城壁の至る所にひび割れや亀裂が生じており、良く言えば歴史を感じさせる、悪く言えば廃砦寸前、それはまるで他国の侵略を防ぐことを放棄したかのようだった。
それでもランディアが侵略とは無縁でいられるのは、領主であるゾルダ男爵が公爵家であるカスパート家と所縁がある為とは、あまりにも情けない話ではある。ランディアが他領から見て、あまり魅力的な土地ではない事も理由ではあるが。
このロズノ砦には、通行税を支払ったり通行証を発行する為の受付や、通行者を検める検閲所だけではなく、なかなか充実した施設があった。
このボロい砦の内部は意外にも綺麗に修繕がされており、男女別のトイレ、低料金で休める宿泊施設に庶民的な料理を出す食堂、また驚く事にちゃっかりと土産物を売るコーナーまであったりする。
エリス一行はサンスロティに入る前に、ロズノ砦で少し休憩することにしたのだ。
「フォフォ、これはまたなんと趣がある砦というか……」
「一言で言うとボロいな。簡単に通れそうだ、詰めている兵たちも少ないし」
まるでやる気が感じられない、そう言われても仕方ない様子だった。
ただ、この土地の気風がそうなのかプルートで出会った人たちもそうだし、このロズノ砦に詰めている兵たちもそうだが、何処かのどかな雰囲気を感じた。
「そういえば、エリスたむと侍女ガールズは何処へいったのヨン?」
「さあ、トイレじゃないのか? 女はその辺、何気に面倒だからな」
「ほほう、その姿だと説得力があるのヨン♪ 想像しちゃ、だ・め・だ・ゾ♪」
「相も変わらずホント飽きないな、ある意味感心するわ……」
オヤジウスは何が楽しいのかは知らないが、左足で立ちつつ、右足を両手を使って頭まで上げて、くるくると回転し出した。自由に自分の身体を操作できるのが、そこまで楽しいのだろうか? なんていうか、子供だな。
いや、子供か。本来ならば、オレと二回りくらいは離れているのだ。
日本人として転生したオレに言わせると、皆がそうだとは言わないが、この世界の17歳と比べ日本人の17歳は幼いと感じる。
もちろん、その事について上から目線で物申すと言うわけでは無い。幼いままでいられるというのは幸せな事なのだ。
この世界じゃ15歳で大人扱いだ。年若くとも、大人なのだ。
「そーいえばさぁ? アーマメント解除したら回復するって……」
「こっ、このバカ、サラっというな!」
オレは慌ててPVCを開く。誰も聞いていないとは思うが、用心に越したことはない。
一体誰に用心しているのか、自分でもよく分からないにせよだ。
《クソバカ、俺たちの秘密に関することはPVCでやれと言っただろう。》
《ごめーんヨン、ゆるしてほしいのヨ~ン♪ ゆるしてにゃんにゃん♪》
《おまえ、オレに対してストレステストを実行するのやめろ、いい加減どうにかなりそうだ》
《どうにかなりそうだ…… な・ん・て、我慢しなきゃ、だ・め・だ・ゾ♪ で・も・ね、我慢できないのなら…… しょうがないにゃあ、一回だけだゾ♡》
《ウガァァァァッッ!!!!!!》
オレは頭を抱え、発狂しそうになる。ボブショートの美しい銀髪が激しくたなびいた。
「ねえねえ、ジス様ぁ、ふたりでナニ見つめあってるのぉ?」
突然後ろから話しかけられ、オレは飛びのいた。
「驚いたわ、いつのまに」
「えへへ、ごめんなのぉ」
目の前の侍女は自分で頭を軽く小突きながら、小さく舌を出した。あざとい。
エリスの侍女3人娘のなかで一番年上のパリスだったか?
「なんだ? 何か用かな?」
「えぇ~ だってふたりともぉ、無言で見つめ合ってぇ、激しく心を揺さぶられるようなやり取りを無言でしていた気がしたのぉ」
トロそうな娘だと思ったのだが、意外に鋭いのだろうか?
「ひょっとしてぇ、ふたりは恋人ぉ……」「違います、断じて否」
「返事がはやいのぉ……」
とても残念そうな表情をするパリス。
「そんなオゾマシイ事は冗談でも言わないように。このオレが、こんなキモデブクソオタおっさんとそんな関係になるはずないだろ?」
「え~ じゃあ、ふたりはどんな関係なのぉ~」
近寄ってきてこちらを探ってくるパリス。少し屈んだ状態で上目遣いとは…… あざとい。
「そんなことよか、パリスは何処に行ってたんだ? トイレか?」
「えぇ~ 秘密なのぉ。エリス様たちと一緒に行ってきたのぉ、我慢してたからスッキリなのぉ」
印象通り、やはりトロい娘らしい。
「パ~ リ~ ス~ 何をしているの~ 早く、こっちだよ! みんなでお土産のコーナー見るって!」
スレンダー黒髪ツインテール侍女のイリスだ。
どうやら、パリスを呼びに来たらしい。
「わかったのぉ~ 今、いくのぉ~」
パリスは丈の長いエプロンドレスの裾が邪魔にならないよう、少しだけスカートの前を両手でつまみ上げながら、とてとてとイリスの元へ駆けていく。
「はぁ、なんか疲れる娘だったな」
「ホホう? タイプかね? レズる感じですかヨン?」
「どっからそういう発想が出てくるんだよ?」
オヤジウスの相手に疲れたオレは、ひとり別の場所に行くことにした。
砦の中を軽く見回すと緩い階段が取り付けられた、大きく立派な物見櫓があった。
どうやらそれは観光客向けに、景色を眺める為に作られたモノらしい。
本来の目的に使えよ、と心の中でツッコむオレ。
オレはどういうわけか、足がそちらへ向いてしまった。緩い階段を昇っていくと、知った顔を発見する。
エリスだった。身に着けた水色のワンピースとベージュのストールの控えめな色合いが、風に揺れる鮮やかな金髪を引き立てている。
「よお、どうした? 何を黄昏ている?」
「ジス様……。いえ、その…… 色々と考えてしまいまして。頭が付いていかないのです」
エリスの表情は憂いに満ちていた。ムリも無いだろう、陳情が上手く行くよう便宜を図ってもらうはずの相手が、次期当主になってしまったのだから。
「でも、まあ、良かったんじゃないのか? これで上手くいく可能性が高まった。たしかエルメリア公爵様はエリスの事を気に入っているんだろ? 個人的に手紙までくれたわけだし?」
エリスは無言で頷くと、その美しい二つの眼は、遠くの景色を見つめていた。その横顔には不安の色が消えない様子が見て取れた。
オレも密かに感じ取っていることがあった。
恐らく、コルダートの連中はまた何か仕掛けて来るだろう。
相手はエリスをカスパートに近づけたくないのだ。
近づけたくない、何かがある。
判断材料が乏しいにもかかわらず、オレの胸の中にはある種の確信が育っているのを感じた。




