第34話 絶仙会議
少し遅れました。申し訳ありません。
エルメリア・シィル・カスパートは今年で24歳になる。
政略結婚という概念において、はっきりいって彼女は行き遅れだ。
だが、公爵家の第三子という立場はあるにせよ、既に超一流の法術師として名を馳せる彼女に、結婚は必ずしもやらなくてはならない事では無かった。
24歳という若さで百人近い有能な愛弟子を育て、ゼーヴェ正教法術師聯盟において数多の新しい法術式規格を構築し、その功績はゼーヴェ正教の地位を高めるに繋がっているのだ。
この歳まで、エルメリアが何処へも嫁がなかったのは、それなりに理由があった。
まず、カスパート家のお家騒動だった。兄と弟による、家督をめぐる骨肉の争い。
この争いを収まらずして、カスパートを後にするなど彼女には到底できかねぬ事であった。
次は、病床にある父のことだ。
ルガリア・ドゥル・カスパートは6年前より床に臥せるようになり、その病の原因は不明だった。
不治の病を患った父を救うべく、ありとあらゆる手段を用いて彼女は治療に当たることとなる。
古今東西から取り寄せた様々な薬草、エルメリアが構築した新規格の回復法術。果ては経緯不明の怪しげな万能薬や民間療法にまですがるほど、彼女は多種多様な治療方法を模索した。
だが、そのどれも父ルガリアを癒すには至らなかった。
エルメリアは、心から愛し尊敬する父を置いて他国に嫁ぐなど、到底受け入れられないことだったのだ。
そして、彼女の心にずっとあること。信念と言っても良いそれは、癒しの絶仙【アスターシャ】の血を受け継ぐ者として、弱者救済という彼女の生涯をもって成そうとしている理想だった。
幼いころから聞かされたアスターシャの伝説を、彼女は成長する過程においても曲がらず、くじけず、ただひたすらにアスターシャに近づくべく努力し続けてきたのだ。
伝説によれば、アスターシャは20歳の誕生日を迎えたとき、絶仙としての力に目覚めたと伝えられている。
そして、500年以上前、伝説となった魔人戦役において活躍し、アスターシャは多くの人々を救済したと伝えられている。
エルメリアは、心から自身がアスターシャのような絶仙になれると思い込む程、自信家でも無ければ狂人でもない。
ただ、アスターシャの信念に近づきたい。その純粋な思いが彼女を動かし続けたのだった。
そして、彼女は今、その理想へ確かな一歩を踏み出そうとしているのだ。
今、エルメリアは薄暗がりの部屋にいた。広い部屋だ、高価そうな調度品はあるが、何処か控えめだ。
ごく僅かな灯りがあるが、それは仙洸石がもたらすものだ。それは、この世界でもっとも高価な照明道具だ。
彼女は片膝をつき、目の前に存在するこの部屋の主たちに対し、首を垂れていた。
エルメリアのウェーブがかかった長く美しい金髪が前に垂れ、床に触れそうになる。
彼女が身に付けているものは純白のローブとひとつの指輪だけだ。そのローブは肌が見えるほどの極薄素材で出来ており、それは儀式的衣装として彼女の為に用意されたものだ。
この衣装が持つ意味は“隠すことは何一つ無い”という意思を示すためのものだった。
エルメリアは首を動かさず視線だけを走査する。そしてまず、裸足で冷たい石の床の感触を感じ取り、彼女はあることに気付く。
30畳ほどもあるこの部屋の床一面が、石畳や大理石などの石材だけではなく、仙晶石も多数埋め込まれた床であるという事。そして恐らくは、この部屋の壁や天井もそうであるという事実に、彼女は内心驚愕していた。
恐ろしく高価な仙晶石を多数用いるほど、この部屋の主たちの格が高いということだ。
だが、それも納得がいく。30畳ほどあるこの部屋は、皇帝が住む皇城の中にあるにも関わらず、皇帝ですら勝手に入ることが許されない部屋なのだ。
一部の者しかその所在は知らず、秘匿された隠し通路からしかこの部屋に来ることはできない。
そして、光沢の無い仙晶石が埋め込まれたこの部屋が、ありとあらゆる情報取得魔法や盗聴魔法などによる妨害を遮断する機能を有していることにも彼女は気付いていた。
これではまるで、皇帝陛下より格上のようではないか!
彼女は目の前の者たちが醸し出す厳粛さに、密かに気おされていた。
この2週間、表向きには体調を崩したという体で、自室休養の設定を作った為、彼女の行動は人目にはついていない。長年にわたり信頼関係を構築した、数人の侍女たちとの口裏も合わせてある。
その間、彼女は帝国直轄領にある、秘匿された施設にいた。
そこで絶仙として相応しいかのテスト、つまりはどれだけの錬仙量を持ち、どれだけ持続的な錬仙が可能か等の、絶仙として相応しい能力を持ち合わせているか図る試練に耐えていたのだ。
そして今、彼女は目の前にいる絶仙たちから最終面接を受けている状況だった。
「いや~、エルメリア嬢よ、すばらしい! まさかこれほどとは!!!」
真ん中の椅子に座っていた男が、大仰な身振りをしながら喜びを表した。
暗がりで分かりにくいが、僅かに浮かび上がる輪郭から眼鏡をかけていることが判る。
「ふむ、私も驚いた。その若さで仙法術…… いや失礼、現段階で構築されている法術のほとんどを極め、そしてまさか制限なしの死者蘇生を実現させるとは…… これは認めざるを得ないだろうね」
壮年の男が低く、渋い声で淡々とした口調で述べた。彼はさほどエルメリアには興味が無いようにもみえる。当然、暗がりのせいで姿は見えない。
「フフ…… あたしはイイと思うよ。この娘が加わればぁ? いくらでもケンカできるしぃ?」
声と仕草から若い女だということが判る。エルメリアよりも若年かもしれない。
女のあまりにも邪気のない口調に、エルメリアは背筋が寒くなるのを覚えた。
「それにしても、だ。他の3人は何故いないのだ、ね? 癒しの絶仙の再来なのだ、ぞ? 7人すべての絶仙が集まるべき、だ、と思うのだが?」
特徴的な話し方をする中年の男だった。この男も暗がりが邪魔して姿は分からないが、かなりの大柄だという事は判った。
「しょうがないでしょう~? 帝国所属の絶仙が新たに生まれたのですよ? 帝国外の絶仙がこの場に参上し、新たな絶仙を歓迎するというのは憚れるというものでしょう? むしろ、アナタよく来ましたよね。この中で帝国以外に所属する絶仙はアナタだけなんですから」
眼鏡をかけた男が、またワザとらしい仕草をしながら、何処かおどけた印象を与えるかのように言う。
「わたしは素晴らしい事だ、と思ったからココに来たのだ、よ。実に500年以上もの間、現れなかった癒しの絶仙だ、よ。ぜひこの目で見たいではないか?」
「ふふぅ、あいつらは本音じゃあ帝国大嫌いだからねぇ? まぁ、委任状を持たせた使者を送ってくるだけマシだろうケドぉ? あ、あいつらはオッケーなんだっけぇ? その娘を絶仙として認めるって話ぃ?」
若い女がわざとらしく問いかける。まるで確認するかのように。
「そうだ、委任状はすべて確認した。きちんと各自署名付きだった。今回の会議において決まった内容にすべて同意するとな」
壮年の男はやはり淡々と述べる。感情のあまりのこもってなさに、エルメリアは薄気味悪さを感じた。
その後、4人の絶仙はいくらかの言葉をやり取りしたあと、評決を取ることとなった。
エルメリアを認めるのならば挙手を、認めぬならばそのままだ。
結果は4人全員挙手で一致だった。残りの委任状も含めて完全に一致だ。
4人が立ち上がり、拍手をする。その中には熱狂的に迎えるものもいれば、おざなりなものもあった。
その様子に対し、意外にもエルメリアにはさほどの感動も起きなかった。
ただ、一つだけ彼女には去来する思いがあった。
それはこの絶仙という肩書が、今後多くの弱者を救えるということ、ただそれだけだった。




