第25話 凶獣 -2
トートへと続く森は、漆黒の夜に包まれ不気味にざわめいていた。
今日は月が出ていない。一本道とはいえ先は暗く、当然、舗装などされていないから光源が無ければ先へ進むのも苦労するだろう。
この暗闇の中、あの若者ルドルは、よくぞプルートまで辿り着いたものだとオレは素直に感心した。
オレはというと、そんな暗闇もまるで障害にはならなかった。【複合的情報解析】を作動させ、暗視機能をONにすることで視界は良好だ。
なお、視界データは桜野にも転送済みだ。
俺が先行し、桜野が追従するカタチとなっている。
巨体を揺らしながら、その姿からはとても想像できないほどの速さで、桜野は疾走していた。
「あのさあ、凶獣ってなんなのヨン? あと、その凶獣、なんで死肉熊と呼ばれているんだヨン?」
桜野が凶獣という存在について、死肉熊の名称の由来について訊ねてきた。オレは、ウェットワーカー集団のリーダー、タブサから聞いたという体で説明することにした。
「死肉熊の説明をする前に、凶獣という存在について説明しておく。
凶獣は普通の獣じゃない。通常の獣は、地球の野生動物と同じくらいか? いや、戦闘能力にはもっと差はあるかもしれないが。
凶獣は獣とはまるで格が違う。
身体能力ひとつ取っても、表皮は硬く並の攻撃や仙技では歯が立たない。やつらが放つ単純な物理攻撃ですら、重厚なアーマープレートをいとも簡単に破壊する。
そして、何よりも最悪なのが通常の獣には無い、特殊能力を持っているということだ」
桜野が特殊能力って? と訊いてきた為、オレは種類により様々と返答しておく。
「そして死肉熊についてだが、ごく稀にらしいが戦場跡に出現し死体を漁ることから、そういう名前がついたそうだ。当然、死肉や腐肉しか漁らないってことはないだろうよ、普段は獲物を狩っているだろうし」
前にテレビで見たが、死肉漁りで有名なハイエナも、実際は狩りをして日々の糧を得ていることがほとんどだという。人はイメージに囚われやすいのかもしれない、オレはそう思った。
「それで? ソイツの特殊能力はどんななのヨン?」
「こいつが現れた場所にはな、疫病が発生するんだよ。広範囲に感染する死の病がな。死肉や腐肉を食うからなのかは知らんが、こいつに襲われた村や町は、場合によっては患者ごと焼き払われる」
「え……ちょっと待つのヨン! トートの集落を焼き払われるということなのかヨン!?」
「可能性はある」
「やばいじゃないかヨン! さっさと駆除しないと! はやく行くのヨン!」
桜野の肉体が青白く発光する。まて、アレを使うつもりか?! ちょっと待て、そいつはEFを消費してしまう!
CULOにおいて、すべてのプレイヤーキャラクターに共通する基本技能として【超過走法】というものがある。通常の走る操作よりも高速で移動することが可能になるが、EFを消費する。
「おい、バカ。気軽に使うな! 【超過走法】を使わなくたって、十分速いのだぞ! おい、きいてんのか!」
桜野は止まらない、まるで聞こえないようだ。
コイツは普段からふざけてばかりだが、性根は優しく思いやりのある男だ。
同人活動で得た利益を慈善事業団体に寄付したり、児童養護施設などでボランティア活動をしていたりする。もちろん誰かにいいふらすことも無い。
桜野はオレたちに、その行為を知らせることは無かった。
だが、議員であるオレの父親が偶然それを知り、そして知らされた時、オレは心からコイツのことを尊敬した。
突如、桜野が停止する。
オレと桜野の目前には4つの分岐路があった。
すぐそばに立て札がある。
立て札にはそれぞれの分岐路の行き先が表記してあり、左からトート、セシャト、ヒヒ、トキとある。
「な、なんだよこれ!!! マズイヨン! コレ、読めないじゃん! どのルートを行けばいいのヨン! 日本語か英語で書けヨン!」
桜野ががなり立てるかのように言う。
無茶いうなよ、世界が違うのだから。まぁ少々慌てているのかもしれんが。
そうか、俺たちのこの身体、アーマメントは音声言語は翻訳するけど、文字はそのままなのか。オレはこの世界の言語を知っていて読めるから、ピンと来なかったのだ。
「一番左だ!!!」
オレは桜野より先に駆ける。いちばん左の道に入り、そのまま疾走する。
桜野もオレに続いた。
しばらく進むと、灯りが見えてきた。かがり火じゃなかった、何かが燃えている。
より近づくと、それは家が燃えていることに気付く。他の場所にも火の手が上がっていた。
馬の嘶きが聞こえた。
悲鳴や叫び声が聞こえてくる。
集落を囲むようにして作られた砦柵は一部が破壊され、何者かが侵入したのが判る。そしてその侵入者の姿は、すぐに目の当たりにすることとなった。
集落へ入るとそこは酷い惨状だった。あちこちで火の手が上がり、家々は半壊、もしくは全壊しているものが多数見受けられる。
そして辺りには人がいくつも落ちていた。
正確に言うと、人だった者の残骸だった。
四肢が残っているのならばまだマシなほうで、大半は肉体が欠損、ひどいものなら半分に千切れるか潰されているようなものが見受けられた。
「そんな……なんてことだ……ひどすぎる……」
桜野は片手を口元に当て、堪えていた。
ムリもない、この光景はあまりに地獄絵図だ。
オオオオオオオオ!!!
半壊した大きな二階建ての家から、唸り声と上げながら重低音の足音を立てて、大きな黒い影が出てきた。
本来ならば暗がりで見えにくいが、【複合的情報解析】の恩恵を受けている為、克明にその姿を捉えることができた。
その大きな熊の姿から例の凶獣だとわかる。
頭と足からなる前半部だけ見るならば。
まだ、下半身は半壊した家に隠れている。
そして凶獣であるらしいその熊はゆっくりと歩を進める。やがてその熊は、半壊した家から出てくることで、全身を晒すこととなる。
それは想像外の姿だった。
滾らせた目は赤い妖光を放ち、全身は赤黒い毛で覆われている。
身体は異様な大きさだ。もしも並べて比べたら、熊の中でも最大の大きさをもつシロクマが小型犬に見えるかもしれない。
そしてその熊のもっとも異常で異様な特徴、それは腰の部分から幾つもの触手がうねうねと動き、伸びていた。触手にはヌメり気があり、その長さは相当なものだった。
その触手のひとつが何かに絡みついていた。触手は相当な力があるらしく、ソレを高く持ち上げている。
ソレが何なのか、オレは一目でわかった。
エニャだった。小さな女の子が触手に捕縛されて、高く持ち上げられている。
少女の表情は虚ろだ。意識があるようには思えなかった。
オレは過去の記憶にあったものから、該当する情報をひねり出す。
そう、これは凶獣じゃない。
仙晶石を恐れず、人里に来た訳が理解できた。
これは狂獣だった。凶獣を上回る脅威の存在、アノ場所にしか出現しないはずの存在。
いや、オレの認識が間違っている可能性はあるが……。
頭の理解が付いて行かない状況が、そこにあったのだ。




