第24話 凶獣 -1
表記などの間違いと、つじつまの合わない部分を修正しました。(2018-08-30)
トートという集落は、プルートから一本道の坂を下り、そこから広がる森林道を抜けた後、4つに分かれた分岐路うちのひとつがトート行きのルートだ。他の集落もその分岐路から行くことができる。
距離的にはプルートから、5キルロしか離れておらず、比較的近い距離にあるのがトートの集落だった。
ここには、グラガ町長の姪であるジェーニャとその夫グリド、そして二人の愛の結晶である一人娘エニャが暮らしていた。
そのトートの集落が凶獣に襲われたのだ。
知らせに来た若い男はルベルと言って、トートに住む林業従業者だそうだ。
彼の白のシャツは、汗でびっしょりと濡れ、肌が透けて見えてしまっている。
そうなるほど必死に、全力で走ってきたのだ。
プルートへ救援を乞うために。
「お願いです! グラガ町長、助けてください! 戦える人を出していただきたい! お願いします!」
ルベルは、頭を地面にこすりつけて懇願する。大声を出し続けたせいで、枯れてしまった声を絞り出すかのように必死に、ひたすら助けを願っていた。
「おちつけルベル。何に襲われたのじゃ? 凶獣といっておったが?」
「死肉熊です。ヤツが襲って来たんです!」
その名前を聞いて町民たちに動揺が走る。集まってきた町民たちは、無理だ、どうしようもない、などと口々に騒ぎ立てる。
「バカな! 過去にこの一帯で出現した話など聞いたことがないぞ!」
グラガ町長は驚愕する。
この一帯にも低クラスの凶獣は生息している。それですら、ここ数年の間では目撃した報告すらないというのに。
そもそも、このランディアという領地で、死肉熊などという生物災害級の凶獣が出たとは、過去においても聞いたことが無かったそうだ。
「それで?! ジェーニャやエニャやグリ……いや、被害はどうなっている?!」
グラガ町長は、身内の安否を知りたいのを我慢し、トートの被害状況を聞く。
「ロズロのじいさんが……戦える若衆を率いて、なんとかしようとしたんだけど……じいさん、皆を逃がそうと戦って……俺の目の前で……引き千切られちまったァッ! 俺、なんもできなくて……そしたら、グリドが俺にトートに行けって、助けを呼んで来てくれって……それで俺……必死に、うっ……うわあああああ!!!」
ルベルは地面に突っ伏し、慟哭する。
「ロズロが……死んだ、だと。くそ……金級冒険者まで上り詰めたことを自慢し、過去の冒険譚を語るだけしか能の無いやつが……あんな奴、ワシより長生きすると思っていたのに、クソ! なんであいつが!」
ロズロというじいさんは、グラガ町長の幼馴染で親友だったのだそうだ。年老いても筋骨隆々とした偉丈夫で、この町のギルドに登録されていた兼業冒険者だったという。
なお、幼いころに両親と死別したルベルを引き取り、親代わりになっていたのがロズロのじいさんだった。ルベルは再び、親を亡くしたも同然なのだった。
「すぐに助けにいきましょう。こちらからも人を出します、7人。その内、五人は騎士です、きっとトートのみなさんを救ってくれます」
エリスが厳しい面持ちで提案する。
だが、護衛の騎士たちのリーダーであるアスライドは異を述べた。
「領主代行、それはダメです。その命には従えません」
「トートには、エニャたちがいるんですよ?! わたくしの身の安全は気にしなくて結構です。この町にいれば安全でしょう」
「そういうことを言っているのではありません。死肉熊は並みの凶獣ではないのです。失礼ながら、領主代行はアレの脅威を知らないからそんな事が言えるのですよ」
「エリアス家の騎士が5人いてダメだというのですか?! 」
「いいですか、アレを討伐する場合。最低でも、騎士30人以上は必要なのです。10人以下で活動することの多い冒険者ならば、白金級で固めなければ、全滅は必至なほどです」
金級、白金級という称号、これは帝国領内における冒険者ギルドにおける冒険者たちの階級分けに使われている称号のことだ。
ちなみに従騎士から騎士へと成ったばかりの者の強さを、冒険者の称号で表すと金級相当と言われている。
一番下の階級から、新人級・青銅級・超青銅級・極青銅級・銀級・超銀級・極銀級・金級・超金級・極金級・白金級・超白金級・極白金級・金剛級・超金剛級・極金剛級・達人級という、階級構造になっている。
本来であれば、冒険者という概念は帝国領にしか存在しない為、この強さを表す称号を冒険者以外に使うのは適切ではない。
しかし、強さの程度を表現するのに勝手がいいのか、いつしか一般にも広がり果ては帝国外の諸国にも伝わっているという。
「みなさんは、どれくらいの強さだというのですか?!」
アスライドは少しエリスから視線を逸らすと、バツが悪そうに言った。
「控えめに言わせて頂きますが……がんばっても金級の域は超えないと思います。
エリアス家、筆頭騎士であるラジアル様で、ようやく白金級かと」
「そ、そんなに強いのですか?! 死肉熊というのは、あのラジアルほどの者が何人もいなければ倒せないほどなのですか?!」
「ちなみに白金級の冒険者の数ですが……。帝国全土に登録されている冒険者のうち、白金級は1割もいません。
死肉熊の脅威、わかっていただけましたか」
そのあとアスライドは、『もし、本当に死肉熊だとしたら……何よりも悲惨なのは……。いえ、何でもありません。』と最後まで言わず、言葉を濁した。
エリスは悲痛な面持ちをしながら、両手を自分の口に当て考え込む。この場にいる他の者たちの表情は暗い、そして場の空気はこの上なく重かった。
この場の空気が時間の経過と共に、更に重くなっていくことは、容易に予想がつくほどだ。
「トートの集落には仙晶石は無いのか? ココみたいに壁などに埋め込んで凶獣を遠ざけることはしていないのか?」
重い空気を無視して俺が訊ねる。
すると、グラガ町長が答える。
「ここほどではないが、頑丈な木の柵で覆われている。もちろん仙晶石は等間隔で備え付けられているハズだ」
「妙だな、どんな凶獣でも仙晶石だけは嫌がる、ましてやいくつもの仙晶石で守られた人里だ。襲ってくること自体ありえないハズだが……」
「ジスエクスよ、随分くわしいのヨン?」
オレは平静を務めて答える。
「た、タブサから聞いたんだ。いろいろ話しを聞いたからな」
「ふぅん、随分と仲良くなった感じだ?」
桜野が訝し気なイントネーションで言った。
「そんなことより、早く助けに行ってやってくれ! みんな喰われちまうよォッ!!!」
ルベルが喚くように言った。
「エニャたちを! 助けてあげることはできないのですか?! どうにもならないのですか?!」
エリスの叫ぶように上げる声に、誰も答えない。いや、答えたくないというところだろう。
少しの時間が流れると、グラガ町長が口を開いた。その目は決意したというより、やむを得ない決断をしたという感じだった。
「皆の者、聞いてくれ。かがり火を更に焚いて、町周辺を見渡せるようにしろ。戦える者と町中の男衆を集めて、警備体制を敷け。すべての出入り口を塞ぎ、防御を固めるのじゃ。馬を出して、領主の元へ使いをやって討伐隊を出してもらう。付近の騎士たちのいる詰め所じゃ人数が足らんからな。
みんな! いいな! この町を守るのじゃぞ!
それとルベル、ワシと来い。お前を清めなければならない」
エリスが大声で異を唱える。
「まってください! トートを見捨てるのですか?! あそこには貴方の姪っ子家族がいるのでしょう?!」
「エリアス様、わしはここプルートの町長です。皆を守らねばならんのです。これから失礼を言いますが、お許しください」
グラガ町長はエリスを睨み、怒気を含んだ声でエリスに語り掛けるよう静かに言った。
「小娘のあんたに言われなくてもわかっている。しかし、長というのは決断しなければならない、たとえそれが辛く厳しい決断でもだ。
死肉熊はプルートの全戦力を投入しても勝てない。
そして、死肉熊はこの町へ来るかもしれないのじゃ。ならば、わしは町長としてこの町を守るための算段をつけねばならん。
先の夕食時、あんたは色々と美しい理想論を言っておった。それは素晴らしいことじゃの。
だがのう、理想では誰も救えないのじゃ、現実は理想に追いついてこないのじゃ。わしはあんたに蔑まれても、皆を危険に巻き込むことはできないし、理想的な選択をすることはできないのじゃ。
……エリアス様、失礼をしました。もし、気が済まないのであればこの場で処断してくだされ……」
グラガ町長は、下げた両手を強く握りしめ、何かを必死にこらえているようだった。
エリスは『いえ、構いません……』と言って、口を閉じた。エリスは唇を噛み、拳を強く握っていた、何もできなくて悔しいのだろう。エリスの目には涙が滲んでいる。
その時だった、ピンクのキモオタデブが声を張り上げた。
「みなさん♪ 大丈夫だ、おワタクシとジスエクスの二人で行くヨン。急ぐので、サラダバーだヨン、いやさらばだー、だヨン」
桜野は突如駆け出した。その巨体に似合わぬほどに軽やかに身を翻すと、颯爽と駆け出していった。
その場に残された人々は呆気にとられてしまう。
「あいつ! あのバカ!」
オレもキモヲタピンクデブを追う為、走り出そうとする、その時だった。桜野が走って戻ってきたのだ。
町長の前で停止すると、桜野は町長に尋ねる。
「あ、町長さん。トートってどこの門から出れば行けるのヨン?」
「に、西の門からじゃが……」
「ありがとヨン」
桜野は飛ぶような勢いで駆けて行った。
オレも反射的に桜野の後を追う。
桜野よ、何を考えている。
この町には今日来たばかり、縁もゆかりもないんだぞ。
ましてや、俺たちはこの世界の住人ではないのだ。
善意を施したからとて、自分たちにとって、いいようにはならないのだと。どうしてわからない?
おまえやオレの力が、この世界でトラブルを引き起こす可能性があるのだと、どうしてわからない?
この世界にはできるだけ、かかわってはいけないのだと。
桜野よ、何故、おまえは……そんな……。




