第21話 プルート -side零司
オレと桜野そしてエリス一行は、プルートという小さな町に来ていた。本日の宿泊先を確保する為だ。
エリスは情報がコルダートに漏れていることを踏まえ、出発前の計画ルートとは異なる陸路で、カスパート侯爵家へ向かうことにしたのだ。だので、本来であれば、ここプルートで宿泊することは無いはずだった。
プルートは本当に小さい町だった。豊かな森が与えてくれる林業と狩猟採取が主な産業で、周辺には小さな集落がいくつかある。
小規模の冒険者ギルドはあるものの、登録しているのは引退寸前の中年の戦士や、普段は林業に従事しているような兼業冒険者が数人いる程度だ。
それでも宿泊施設はちゃんとあるらしく、エリス一行の護衛隊長であるアスライド・フリンが、宿屋へ宿泊の手続きに行ってくれた。
オレと桜野は4人の騎士と共にエリスと侍女たちが乗る馬車の、周辺警護を務めていた。
アスライドが戻るまでは、馬車と騎士たちの愛馬と共に、広場で待機だ。広場は余計なオブジェも無く、シンプルで広い面積がある。エリスたち一行が待機するには、うってつけだ。
高級車であるキャリッジ馬車が珍しいのか、数人の子供が寄ってきた。この町、プルートに住む子供だろう。
その内のひとりが馬車に近づくと、声を掛けてきた。
「おねーさん、この馬車スゴイね。おねーさんのなの?」
女の子が、オレに向かって訊いていると気づくには、少々時間がかかった。
自分が女性の姿になっているという意識が、オレに足りないせいもあるだろう。
あと、オレの近くに侍女たちがいるせいもある。
現在、馬車から外に出ているのは、オレと桜野だけではなく騎士4人の他に、侍女3人も広場に出ている。
長時間馬車に揺られていた為、エコノミー症候群という訳ではないにせよ、侍女たちも我慢できなかったのだろう。全身を伸ばし、ストレッチのような事をしながら、新鮮な空気を吸っていた。
ところで、オレに向かって訊いてきたのは7、8歳くらいの女の子だ。ダークブロンドの長い髪を三つ編みにしている。
広場に停車しているキャリッジ馬車は目立つ、こういった田舎に住む小さな子供にとって興味は尽きないのだろう。
「いや、違うよ。そこの馬車の中にいる、女の人の物だよ」
エリスは馬車の中で待機だ。まさか町の中で襲ってくるとは考えにくいが、用心に越したことはない。
専属侍女リディアはエリスと一緒にいた。他の侍女と同様、外に出て新鮮な空気を吸い、羽を伸ばしたいだろうに、感心な事だ。
あとで町の中と、周辺を探索するつもりだ。怪しげな者などを見つけることがなければ、一息つけるだろう。
「ふぇ~ お金もちなの?」
「まぁ、そうなるな」
特別、子供が好きなわけじゃないが、邪険にするほどでも無い。アスライドが戻ってくるまで暇なのだ、適当に相手すれば、そのうち飽きていなくなるだろう。
もちろん警護の手を抜いている訳では無い。【複合的情報解析】は作動中だ。周辺の情報は大雑把だが、手に入れている。
実を言うと、EFスキルはあまり使いたくなかった。理由は後述するのだが……。
「なんでオレの馬車だと思った?」
正直、どうでもよかったが、テキトーに付き合ってやろうと思った。悪態混りに、子供を追い払うのは好きじゃない。
「おねーさん、とってもキレイだから、お姫さまかと思ったのー」
お姫様と言われた場合、もし、オレが女なら喜ぶ所なのだろうか? だが、男なんです。残念!
「お姫様はあっちだ。ずっと南にある、トゥトエラっていう領地のな」
オレは馬車に乗っているエリスを、親指を立てて彼女を指した。
エリスがこちらの様子に気付き、窓から顔を見せる。
「お姫さまー はじめてみたー きれーなの」
女の子はエリスを見て、うっとりとしている。小さな女の子だ、そういうものに憧れる年頃なのだろうか。
エリスは苦笑しながらも、微笑ましいのか柔らかな笑みを、こちらに向けていた。
「ちょっと、エニャ? 何やってるの?」
「あ、おかーさん」
この女の子はエニャというらしい。丁度、母親が迎えにきたようだ。
母親らしき女性は、エニャと同じくダークブロンドの髪をしていて、長く美しい髪を後ろで束ねていた。
年齢は、二十代後半といったところだろうか。
「すみません、娘が何かご迷惑をおかけしたみたいで」
「いえいえ、奥さん。こちらが遊んでもらったようなものですよ」
「差支えなければなんですけど、何方からいらしたの?」
エニャの母親が訊ねてくる、まあ大人でも気になるよな。
「ここから南にある、トゥトエラからです。
こちらのお方はトゥトエラの領主代行を務めておられる、エリス・エリアス様です。
エリアス様は、カスパート公爵家で催される【聖女の集い】に参加するのですよ。現在、その道中なワケです。我々は、エリアス様の護衛を務めている者です」
少々、ワザとらしい説明だが、立派な表向きの理由があるのだ。こういう場合は、声高らかに言っておいた方がいい。
よからぬ事を考えているやつに狙われている時は、特に。
「そうなんですの。ところで、今日はプルートで休んでいかれるの?」
「ええ、そうなんですよ奥さん。いま、うちの隊長が、宿泊の手続きに行ってましてね」
「あら、ここで宿と言えば、カガタのトコでしょ? ダメよ! あんなボロい宿。他領とはいえ、ご領主様をあんな所に御泊めするなんて!」
うむ、カガタさん。酷い言われようだな。
ただ、ほかに泊まるところも無さそうだし、ゼイタクは言えないだろう?
「ああ、そうだわ。このプルートの町長なんですけどね、私の叔父なんですよ。
そうよ! 叔父の家に泊まったらいいわ! それなりに立派な家ですし。ねっ! ねっ! そうしましょう」
両手をパチンと合わせて、妙案を思いつきましたとばかりに、元気な笑みを浮かべる、エニャのお母さん。
「ちょっと待っていて下さいね。すぐそこですから、今、話を通してきますから~」
「あ、ちょっと……」
エニャのお母さんは、こちらの話を聞く間もなく、走り去っていった。
娘を置いたままで。
「行っちゃったよ。ヲイ」
「おかーさん、こーどーりょくがあり過ぎるのが欠点だって、おとーさん言ってた」
「こりゃ、たしかにそうだな」
「ふふっ、勢いのある方でしたね」
エリスがキャリッジ馬車から降りてくる、何処か機嫌が良さそうな様子だった。
「中で待ってろよ。万が一ということもある」
「大丈夫ですよ。こんなに平和な町なんですから」
そういう問題ではないのだが。ま、オヤジウスもいるし、まず大丈夫だとは思うが。
「ふふっ、お姫さまですって。ねえ? ニゴレイアル様?」
「あん? エリスはお姫様だろ?」
「ニゴレイアル様のことをお姫様と呼んでいたでしょ? ねえ? エニャちゃん」
「うん、おねーちゃんきれー」
エリスは何か楽しそうだ。先ほどまで、馬車の中で沈痛な面持ちをしていたくせに。
「言われても、うれしくねえよ」
「その粗暴な殿方のごとき、言葉遣いを直されるとよいかと思います。お姫様に近づけますよ」
「治す気はねえよ、あとお姫様にも近づかねえ」
中身は男だ。直りようが無いね。前世と日本での人生を足せば、相当な時間、男をやってるんだ。
演技をしようかと一瞬、考えなかった訳でもないが、気色悪いからやめた。
男勝りな、流れの冒険者ということにすれば、怪しまれることは無いだろう。
エリスはニヤニヤとまではいかないまでも、笑みを浮かべながら、柔らかな視線をオレに向けている。何か言いたげだ。
「何だよ、何か言いたい事でもあるのか?」
「優しいのですね、権力者以外には」
さっきの馬車でのやり取りを、根に持っているのだろうか。
「優しくねえよ。それに今は別に、アンタに対して悪態はついていないぞ」
「そうですね。ニゴレイアル様」
これは……。
何だよ、何なのこの空気。
エリスにとって、何かの趣か??
めんどくせえな、女ってのは。
エリスは柔和な微笑をうかべながら、こちらを見つめている。
これは何か、こちらが言わないとならない流れだろうか?
「…………ジスでいい」
「……え?」
「ニゴレイアルは呼びにくいだろ、ジスエクスも呼びにくいし、略称でジスでいい。これからはジスと呼ぶといい」
「……わかりました。ジス様」
なんて事はないやり取りだったが、エリスは何処か満足げだ。
「おや、ジスエクスくん、デレですか? デレたのですかぁ~ 百合イベント発生キタコレ!」
桜野が意味の分からないワードを連発しながら、茶化してくる。
「うるせえ、ワケわからんコト言いうな、黙ってろキモオタデブ」
「ムフ♪ ひょっとして一級フラグ建築士になっちゃうかもヨン」
桜野は『ジスエクスくん、この世界で初のフラグ成立達成記念ヨン!』と言いながら、まるでフィギュアスケーターのように、片足を背後から空高く上げ、両手で上げた片足を持ち、その場で高速回転していた。
なお、技名はビールマンスピンという。1981年に世界選手権で優勝した、ビールマンという選手が初めてやってのけたことから、この名称になったそうだ。
フィギュアスケートファンの母さんが、以前言っていた。
てか、その巨体でどうやってやっているんだよ!? ホント、身体やわらけーな、オイ!
CULOのプレイヤーキャラクターの身体【アーマメント】か……。
改めてスゴイと思った。こんなことで気付くのもどうかとは思うが。
「ふふ、仲がよろしいのですね。親子ほど歳が離れていても、まるで同年代の友人の如く振舞えるのは素敵なことだと思います」
「え、親子? 同年代?」
「ええ、お二人の年齢は知りませんが、それくらいは離れていらっしゃるでしょ」
ああ、そうだ。キャラクターの年齢設定はそれくらいなんだ。たしか、ジスエクスが18歳。オヤジウスは45歳だった気がする。
周囲から見たら、俺たちの関係は違和感だらけだろう。気を付けないとな。
「あ、済みません。契約上、お二人のプライベートな話題はいけないのでしたね……」
エリスは一瞬だけ寂しそうな表情をした。エリスを助けた直後、オレが言った事を思い出したのかもしれない。
◇ + ◇ + ◇ + ◇
「ジスエクス・ニゴレイアル様。突然ですが、お願いが御座います。
護衛をお願いしたいのです、我々はこれからカスパート公爵様の元へ行かなければなりません。
そこまでの道中、ニゴレイアル様とオッサンディア様にご助力願いたく存じます」
「いいだろう、報酬の話をしようか」
「はい、無事にカスパート公爵様の元へたどり着けたら、お望みの金額をお支払い致します」
望みの金額か、とんでもない金額を吹っ掛けたらどうするというのか。あえて金額を指定しないことで、こちらが裏切りにくいようにしているのか?
オレは少し間を取り、思案するとエリスに向かってこう告げた。
「金額にはこだわらないさ。普通に護衛を雇った場合の、常識的な金額を払ってくれればいい。
ただし――」
オレは言葉を続ける。これは面倒な事にならないよう、相手に厳命させなければならない。
このように取引できる状況ならば、そうするべきだろう。
「――オレたちに対して、訊きたいことが沢山あるだろう。だけど、それは禁止だ、ムリやり訊くならば、俺たちは降りる。いいか? 俺たちを探ろうとするな。それが護衛を受ける条件だ」
エリスは目線を下げ、地面を見つめていた。
多分、思考を巡らせているのだろう。
僅かな時間が流れたあと、エリスは俺に向き直ると、口を開いた。
「わかりました、それで構いません、お願いします。お二人に対して何も訊かず、詮索しないことをお約束致します。これは他の者にも厳守させます」
「いいだろう、契約成立だ」
◇ + ◇ + ◇ + ◇
オレたちに去られるとマズイことを分かっているのか、エリスは約束を守ってくれている。
真面目だな、そう思った。
オレの知っている権力者の類とは、違うのかもしれない。もちろん、油断はできないが。
そんなこんなで、しばらくするとアスライドが渋い顔で戻ってきた。
何があったのか尋ねてみると、宿屋で宿泊の手続きをしようとしたところ、12人分の空きが無いと断られたという。アスライドが来る直前に、急な団体客が入ったらしく、部屋は6人の相部屋しか無いそうだ。
アスライドはエリスに平謝りしていた。エリス達が宿屋に泊まることにして、アスライドたち5人の騎士は、馬小屋を借りて寝るか、野宿でもするという。
そのときだ。
先程、駆け出して行った、エニャのお母さんが戻ってきた。
エニャの叔父、つまり、このプルートの町長だが。エリス達が来ていると聞いて、ぜひ泊っていって欲しいという。他領とはいえ、領主の方をお迎えできるなんて、光栄だとのこと。
「どうやら……問題は解決したようですね?」
エリスがにこやかに言う。
「ジス様に、また救っていただいのかしら、どうなんでしょう?」
エリスはオレを横目に、
オレは何もしてないよ、と苦笑する。
そう、オレは優しくなんか無い。




