第19話 護衛 -懐疑
エリアス家の爵位を男爵に設定しました。ギミックを考えていたのですが、よく考えたら貴族設定でもよいことに気付いたためです。申し訳ありません。
馬車の振動に揺られながら、オレは流れゆく景色を眺めていた。
馬車のタイプはキャリッジと呼ばれるもので、いわゆる高級車の部類に属する。貴族や金のある商人などでなければ所有できないシロモノだ。
オレはエリスとリディアの3人で、このキャリッジ馬車に乗り込んでいた。
前方の馬車には侍女3人が、後方の貨物馬車には荷物と一緒にオヤジウスが乗っていた。オヤジウスが巨体すぎるせいで、普通の馬車には乗れないのだ。
エリスは暗い面持ちで窓から景色を眺めていた。
いや、違うこれは……悲壮と言ったほうがいいのだろうか。
彼女の表情は不安気だが、瞳には強い決意が感じられる。
その瞳を見たオレは、どういうわけか苛立ちを感じてしまった。
桜野と再会して喜んだ勢いで、つい護衛の仕事を受けてしまったが、マズイことをした気がする。
こいつらについて、タブサから聞いた事以外の情報を持っていないからだ。相手の事を知らないというのは、非常にマズイ。この世界の人間は信用できない。
タブサたちに怪しまれないようにする為、今が一体ゼルヴニア歴で何年なのか、とかすら聞けなかったのだ。
オレが情報の収集に熱を入れていなかったのは、昔、この世界との決別を決意したことが大きいかもしれない。
この世界で死んでから17年経っていると仮定しても、世の様相は相当変化しているだろう。
自分の持っている知識がどれくらい使えるだろうか……。なにせ辺境に住んでいた田舎者だったのだ。中央のことなんかはさっぱり疎い。
今、オレたちがいるのは、ソルダ男爵が治めるランディア領のちょうど中央だとは聞いている。この辺ならわかる。昔、聞いたことはあるからだ。
まさか、オレの故郷に結構近いところに飛ばされていたとは。
とにかくだ、このエリス・エリアスについていろいろ知る必要があるだろう。
オレはエリスに向かって訊くことにする。
「それで、どういう経緯でアンタは、その何たら公爵の所に行くんだ?」
「ニゴレイアル様、その口調はエリス様に失礼ではありませんか? その態度を改めて下さい」
リディアは厳しい顔つきでオレを戒める。オレの態度は彼女にはよほど不快らしい。
オレはリディアの言を気にせず、エリスに問う。
「言葉遣いが気になるならオレは辞めるが? 仕事は受けたが、アンタに仕えた覚えは無いんでね」
オレは出所不明な苛立ちから、エリスに対し不遜な態度を取っていた。勿論分かっている、大人がやっていい態度ではないことぐらい。
オレは冷静に思索する。
そう、オレはこの世界の権力者は嫌いだ、もちろん過去の自分も含めて。
言葉を正確にするならば前世の自分が存在した、この世界が好きではないのだと思う。日本で生活した経験がある以上、そう思うのは仕方ないのかもしれない。
この世界において力が無いことは悪なのだ。無いならば、力が在る者に従わなければならない。法は権力者に都合のよい構造になっていて、個人の権利などは保証されていない。
よし、こうしよう。もし、オレの態度を理由にエリス・エリアスが何か言ってくるのなら、それを理由にして護衛の仕事を降りれば良い。
この領主代行とやらの器が、その程度だということだ。
「ニゴレイアル様。わたくしの所作が、あなた様に不快な思いをさせてしまったでしょうか?」
「いや、別に。ただ権力者が嫌いなだけさ、王やら皇帝やら貴族や領主という類の連中は民をいたぶり喰いモノにして利権を貪り、自分のことしか考えてないロクでもない連中だという認識なんでね。アンタもそれと同類なんだろ?」
リディアは憤慨し反論する。彼女の美しい整った顔立ちは怒りで歪んでいた。
「エリス様はそのようなお方ではありません! 何も知らないクセに! 偉そうに言わないで下さい!」
知ってるさ、この世界で30年以上暮らしたんだぜ? 皇帝、王、諸侯、貴族、領主、騎士、そのほか仙技士や仙魔術師に仙法術師、そして絶仙……。
そういった力を保有する連中が、力なき者たちに何をやっているか。いや、すべては仙気、仙技という、生まれながらの才能に左右される概念があるせいだ。
そんなものが無くても、格差は生まれるというのに……。
ああ、そうだな。こいつらに言ってもムダだろう。凝り固まった考えの連中だ、俺としたことが何を熱くなっているんだか。優先すべきは桜野を始めとするギルドメンバーだ。特にオレの妹、莉亜……。
必ず、見つけ出さなければならないのだ。
こいつら相手に、余計なトラブルを起こすのは避けたほうがいいだろう。テキトーに流しておくか。
「ああ、すみませんね、エリアス様。無礼をお許しください」
「――あなたは! いったい何故そんなッ……」
「リディア、おやめなさい」
エリスはリディアを咎めると、普段やっているだろうビジネス向けの笑みを作りながら、俺に語り掛けた。
「たしかに、わたくしは貴族ですがエリアス家は男爵程度でしかありませんし、エリアス家は代々トゥトエラという地を守護する役目を与えられている家に過ぎません。
ニゴレイアル様はトゥトエラの民ではないですし、わたくしに過剰に敬意を払う必要はありません」
意外だ、オレはそう思った。
記憶にある権力者というものは、称号や地位の大きさにかかわらず不遜なものだ。
だが、この娘にはそれが無い。オレが命の恩人だからとでもいうのだろうか? オレは冷静に思索することにした。
思えば、タブサたち無頼の集団と裏切り騎士を撃退した際、騎士たちにきちんとねぎらいの言葉をかけていた。まぁ、それは他の領主も同様だとは思うが。
驚いたのは、エリスは事態が収拾した後、すぐに乱暴されかけた侍女たちを慰めた。
そのあと、自ら着替えを手伝ったのだ。それについては珍しく身分を問わず、身内だけには優しいタイプの領主だとオレは思っていた。
正直、この侍女たちと関係があるのではと邪推したほどだ。異性をベッドに誘うことに飽きた権力者が、同性に走ることは珍しくないからだ。
ひょっとすると、このエリス・エリアスは、できた領主なのかもしれない。少なくとも人に対する付き合い方に関しては。
オレは考える……苛立つ自分をたしなめ、素直に向き合うべきなのではないかと。昔の自分の狭い常識に囚われる必要はないのかもしれないが。
オレは桜野にPVCの申請を送る。するとすぐにオヤジウスのキモオタ声が聞こえてくる。相変わらず甲高くてウザい声だった。
《おほっ、レイジよ。あまりに寂しくて、おワタクシのアジアNo.1の美声が聴きたくなったのかヨン?》
《どこの異世界のアジアだよソレ》
《フォフォフォ、照れるなヨン♪ ズ・ボ・シ・ダ・ロ♪》
《やっぱ、切るわ》
《マテマテマテマテマテリアル。実を言うと一人だけ貨物馬車で寂しいなッて思っていたのヨン。それで? 何用なのヨン》
《エリス・エリアスについて聞きたい。お前はどう思った? 俺たちを何か利用して企むような輩だと思うか?》
オレは簡潔に桜野に問う。オレが危惧している要素を、この女が持ち合わせているかだ。おかしな連中に係わって、親友を危険な目にあわせたくはない。
桜野はオレより早く、この女と行動を共にしていた。エリス・エリアスという領主代行がどういう人間か知る為にも、情報が必要だった。
《ふむ、あのね。オレ、一週間ほど前にこの世界に来たんだけどね……》
《一週間?! どういうことだ!? オレは昨日だぞ?!》
《そんなコト言われても困るヨン、知らねーヨン》
《わかった、とりあえずソレは置いておこう。続けてくれ》
《彼女と出会ったのは2日前だヨン。かくかくしかじかでエルサという町に来たんだヨン。そしたら、エリス一行がいたんだヨン。エリスと侍女4人と騎士が2人だったかな? あとの騎士は宿泊の手続きと周囲の警戒の為、殆どいなくなっていたのヨン》
その話、明らかに不自然だろ。裏切った騎士たちが関係しているのは間違いなさそうだ。
《てかさ、よくその町に入れたな。その恰好で》
《おワタクシの魅力で魅了しちゃえば、どこでもフリーパスだヨン》
《いや、それムリがあるでしょ》
《ま、それはともかくとしてだヨン》
え、流すのソコ。
《なんかムサそうなオッサン達が騎士2人倒して、エリスが襲われていたんだヨン。それでおワタクシが助けてあげたのヨン。テンプレ展開だヨン》
《その時、エリスはどんな様子だったんだ?》
《そうねえ、『狙うならわたくしだけを狙いなさい!』とか勇ましかったヨン。侍女たち4人を庇うように前に立ってさ》
《なるほど、それは勇気あるな》
《ウフ、思わず惚れちゃうほど責任感溢れる態度だったヨン、エリス様ったらあ。おワタクシ的に美少女が困っていたら、助けてあげるのが世の情けだわヨン》
《おまえホモ好きじゃなかったっけ? どっちだよ》
《だ・か・ら、ファッションホモだヨン》
《いや、だからさぁ……。あ、マズイ》
しまった、エリスとの会話の途中だったのだ。オヤジウスと下らん会話をしたせいで、オレは不自然に黙っていたことになるだろう。
《スマンな、切るぞ》
オレはPVCを解除する。
俯いていた顔を上げると、エリスとリディアがこちらを見つめていた。怪しまれているだろう。
会話の途中で、長い間黙っていたのだから。
「あ、すまない。うっかり考え事に夢中になっていたようだ。ずいぶん黙ってしまっていたようだ」
「え? え、あ、い、いえ、そんなことは無いと思いますが」
「何をおっしゃっているのでしょう? 少し黙っていたとは思いますが、ほんの10秒も無いと思いますが」
エリスは予想外の返事を聞いて、豆鉄砲を喰らった顔だ。リディアは訝し気な眼差しをこちらに向けながら、厳しい口調で答えた。おまえは何を言っているんだ? とか言わんばかりの顔で。
これはどういうことだ? PVCを使って長い間、桜野と会話していたハズ。だのにリディアが言うに、オレは10秒くらいしか黙っていなかったらしい。
なんだ? 一体どうなっている? くそ、ワカラン。ホントどうなってんの?
「あ、あのニゴレイアル様」
エリスはオレの顔を伺うように声をかけてくる。
彼女はオレが仕事を降りないか不安に思っているのかもしれない。
意は決した。エリスを守る仕事をする。どのみち金だってこの先必要だからな。
「少々苛立っていたんだ。わるかった」
「い、いえ。気にしておりません」
「じゃあ、改めて訊く。何故、アンタ達はこういうことになったのか、きちんと説明してほしい」
エリスは元より話すつもりだったらしいのか、時間差なくオレに答えた。
「わかりました。すべてお話いたします」




