第14話 エリス・エリアス
エリアス家の爵位を男爵に設定しました。ギミックを考えていたのですが、よく考えたら貴族設定でもよいことに気付いたためです。申し訳ありません。
エリス・エリアスは今年で18歳になる。
10歳のとき、母を流行り病で亡くし、16歳のときに5歳年下の弟も母と同じ病を患い、母と同じ場所へ旅立った。
跡取りだった弟が早世したことは父には相当堪えたらしく、その後病床に伏すようになった。
トゥトエラ領主である父、ダリウス・エリアスの苦労を間近で見てきたエリスは、父の助けをしたいという思いから、幼少の時からありとあらゆる努力を欠かさず、己のものとしてきた。学問は勿論のこと、教養、礼儀作法、武術、法術、社交術、化粧、美容、料理、家事など、領主の娘として何処に出しても恥ずかしくないほどだ。
まだ母と弟が健在だったころ、父、ダリウスは『エリスが男子ならば、エリアス家は安泰なんだがな』とよく酒の席でこぼしていた。
エリスは父が好きだった。父、ダリウスは常に威風堂々とし、文武に優れ、政にも才覚があった。善政を敷き、領民からも好かれていた。
父、ダリウスは領主として家督を継ぐ前、諸侯であるカスパート公爵家の騎士として仕え、多くの戦で手柄を立ててきた。
男爵という低い爵位であるにもかかわらず、ダリウスがカスパート公爵家に仕えることができたのは、ダリウスの父、エリウス・エリアスが当時のカスパート公爵家当主と学生時代の友人だったからだ。
あの忌々しいコルダート家の嫌がらせにも屈せず、長年領主としての務めを果たしてきた、父、ダリウス。
その父が半年前に亡くなり、エリスは領主代行を務めることになった。
才女とはいえ18歳の少女に、領主代行は荷が重かった。家に仕える者たちは皆、好意的にエリスを補佐してくれた為、何とか政務をやってのけることはできたが、最も頭を悩ますのはコルダート家の問題だった。
コルダート家の領地アルカンシェラは、エリアス家の領地からみて北東に位置する。エリアス家が所有するソルディエート湖の少し先が境界線だ。
コルダート家は先代当主の時代から、北西に位置するノルデェラの領主シアノ家と南にあるトゥトエラ領主エリアス家を併合し、大領主になる野望を実現させるべく行動してきたのだ。
そして、現在のコルダート家当主【キザシ・コルダート】になり、それは苛烈を極めた。エリアス家の守護下にある町や村落を襲い、略奪などを繰り返したのだ。
それは丁度、父、ダリウスが病床に伏せたときからである。
エリアス家の者たちは憤慨し、幾度となくカルダート家とエリアス家の騎士たちは、武力衝突を繰り返した。
そしてダリウスが亡くなったのと同時期に、シアノ家がコルダート家に併合されたとの報が入る。それはエリアス家にとって凶報だった。
エリアス家の主な産業として、紅茶とその他農作物があるが、最も多くの収入を得ているのがソルディエート湖で行われている漁業だ。
ソルディエート湖は古代湖であり、遥か大昔から存在すると言われている。その為、多くの固有種が生息している。
特に香魚と呼ばれる魚は、特産物として知られる高級魚だ。独特の香りを持ち、様々な調理法と相性が良い。特に香魚の飴炊きは、ゼルフィア大陸の貴族や領主たちから人気の高い名物である。
ソルディエート湖はゼルフィア大陸では最大の湖と言われており、観光名所としても名高い。
この湖にはケイラディア山脈から流れるミルド川など、多数の河川が流れ込む。これらの栄養塩類に富んだ河川が、ソルディエート湖を豊かな湖としているのだ。
ソルディエート湖で採れた水産物や農作物などは、友好関係にあるシアノ家の領地を通っていかなければならない為、通行税を支払っていた。
しかし、エリアス家当主だったダリウス・エリアスが亡くなり、エリスが領主代行を務めるようになってから、通行税が5倍になったのである。これではとてもじゃないが産業の利益は出ないどころか赤字だった。
エリスはシアノ家の当主ジルノエ・シアノに直談判に行ったが、温厚で好々爺と知られるジルノエはただ、目に涙を浮かべ平謝りするばかりだった。
父とも昔から交流が深く、信用できる相手だと思っていたが、ジルノエの背後にコルダート家が関わっているのは火を見るよりも明らかだった。
エリアス家は、父が散財せず質素な倹約家だったこともあり、ある程度の蓄えはあった。しかし、いずれそれは尽きる。
どうすればいのか、エリスは苦悩する。
そんな最中エリスの下に一通の手紙が届く。送り先はエリアス家が仕える諸侯、カスパート公爵の第三子、エルメリア・シィル・カスパート公爵令嬢からだった。手紙はエリスの父、ダリウス・エリアスへのお悔みとエリスを慰める内容だった。
エルメリアとエリスは一度だけだが面識があった。4年前の聖女の集いにて、エルメリアに話しかけられたのだ。
4年前、エリスは当時14歳ながらも、ゼ―ヴェ聖教系列の学問所を飛び級で卒業しており、カスパート公爵家領内の法術師界隈で話題になっていたのである。もっとも、エリスは自身を早熟の天才だと思っており、これ以上にはならないだろうと予測していた。
しかし、その話題を聞きつけた当時20歳だったエルメリアが、エリスに聖女の集いの招待状を送ったのである。
【聖女の集い】
約500年以上前に起きた魔人戦役において、人類を勝利に導いた7人の絶仙のうちの一人、癒しの絶仙と呼ばれた聖女【アスターシャ】が卒去した日を偲び、カスパート公爵領内の著名な女性の法術師達が一堂に会することをいう。アスターシャの血族と言われているカスパート家が主催し、年に一度開催される。
聖女の集いにおいて、エリスはエルメリアに話しかけられ、ひどく驚いたのを覚えていた。
公爵令嬢であるエルメリアが最底辺の爵位を持つ辺境領主の娘に対して、みずから話しかけてくるとは思いもよらなかったのだ。
本来ならば、招待されただけでも名誉なのである。
兎にも角にも、この件はエリスの心にずっと残り続けた。
美しく気高く聡明であり、若くして超一流の法術師としての才を持つエルメリアに対して、エリスは心から敬愛した。
そのエルメリアがエリスに手紙を送り、傷心のエリスを気遣ってくれたのである。殺伐としていたエリスの心に僅かながらの癒しの光が射したのだ。
そして、手紙には招待状が同封されていた。
それは、今年行われる聖女の集いへの招待状だったのだ。
◇ + ◇ + ◇ + ◇
「お嬢様、あ、いえ領主代行。大丈夫ですか? 何度か起こしたのですが、まったく反応がなかったものですから」
私の専属侍女、リディアが気遣ってくれた。
私は揺れる馬車の振動にも起きない程、疲れ切っていたらしい。
領主代行になって半年、毎日勉強と落胆の日々だ。私の事を周囲は才女だと思っていたが、現実は厳しすぎた。
それでも歯を食いしばって、毎日頑張って来た。特にあの忌々しい【キザシ・コルダート】のことを考えると、怒りが湧いてくるのだ。
先祖代々、あの土地に何千人からの血を吸わせて根を生やして生き残ってきた。コルダートなどに渡すわけにはいかなかった。
これから私がやろうとしていること。それは公爵令嬢であるエルメリア様を通じ、陳情することだ。コルダート家の蛮行を伝え、我々エリアス家の正当性を主張する。
これが悪手なのは理解していた。領主同士の揉め事は領主が自身で解決しなければならないからだ。
それが出来ないのであれば、領主としての資格が無いとみなされ、領地を取り上げられてしまう恐れがあった。
でも、今の私にはそれ以外思いつかなかった。武力においてシアノ家を吸収したコルダート家との差は、約3倍以上。資金でもそれ以上とされている。
コルダートの領民に対する税の取り立ては厳しく、領地で行っている事業も相当に悪質なことをやって財を築いていると聞いている。
幸い、エルメリア様は私に好印象を抱いてくれている。辺境領主の娘でしかない私のドコを気に入って下さったかは分からないが、言い方は悪くともそれを利用しなければならない所までエリアス家は追い込まれているからだ。
エリアスの領地には筆頭騎士であるバリグスを代理として、領地を守ってもらっている。
私は懐からそっと、聖女の集いの招待状を出し、それを開いて読む。
他の招待者と同じ活版印刷による定型文が書かれていたが、最後の行に手書きで文章と直筆サインが書かれていた。
『4年ぶりにお会いできることを楽しみにしております。 エルメリア・シィル・カスパート』
思わず笑みがこぼれ、瞳の端から涙がこぼれそうになる。
私はぐっと堪えると。目をこすった。
リディアがポットから水をカップに注いで渡してくれた。冷えてはいなかったが、とても美味しく感じた。
そして、改めて決意する。なんとかエリアス家の窮地を聞いてもらわなければと。
何気に胸元のペンダントを軽く握る私。
何か少しでも不安を感じるたび、ペンダントに触れるクセがついてしまったことを私は苦笑する。
そういえば、ずっと警戒していることがある。コルダート家の者たちのことだ。
事実、途中で宿泊の為に寄った町で、襲撃を受けた。まさか街中で襲われるとは思ってもみなかったのと、宿泊の手続きをする為、たまたま護衛の騎士が何人か別の場所に配置されていた故に、襲撃者の動きに対応できなかったのだ。
襲われた時、私はリディアと他の侍女3人と護衛の騎士が2人の、合計7人だけだったのだ。
その際、騎士2名が殺されて、私たちは必死で休憩していた広場から逃げ出した。だが、囲まれてしまい、絶体絶命だった。
ところが、謎のへんた…… いえ、摩訶不思議な格好をした法術師の方が助けてくれたのだ。
ピンク色の半裸の服装をした法術師の方は、見たこともない法術を使い私たちを救ってくれた。襲撃者は逃げて行った。あとから駆け付けた騎士たちの誤解を解くのが大変だったが、なんとか説得した。本当に大変だった。それくらい変なお方だったのだ。
今まで恰幅の良いひとは見たことはあったが、あれほどの方はいなかった。しかもあの巨体で軽々と動けるのだ。凄いという言葉以外に出てこなかった。
私は思わず、そのお方にお願いした。護衛についてほしいと。
騎士たちはいい顔をしなかったが、私の領主代行権限を認識させてまでして、なんとか納得させた。
そのピンク色の半裸の服を着た中年法術師の方は、あっさり了承してくれた。
そういえば『やっほ~い! 異世界モノの定番キタコレ』とおっしゃっていましたが、一体なんのことなのでしょう。
「おい! あれは何だ?!」
私は外の騎士たちの異変に気付きました。窓から見上げると、斜面のほうから何かかが馬車に向かって投げつけられたのです。
そしてその何か強烈な閃光と共に爆音が響き、何か煙とホコリがまき散らされました。窓の隙間から煙が少し入り込み、私は思わずせき込み、嗚咽してしまいました。
その時です、斜面から何者かが複数人、降りてくるのが分かりました。その人たちは殺気を放っていました。明らかに私たちを狙っているのが伺えました。
想定していた、最悪の事態が起こってしまったようです。
エリス・エリアス エリアス家領主代行、18歳。コルダートの蛮行に頭を悩めている。
リディア エリスの専属侍女。
エルメリア・シィル・カスパート 24歳、カスパート公爵の第三子。エリスを気に入っている。




