第12話 傷ついた過去 -side零司
領主の娘の父親の扱いを変更しました。(8月15日)
あれからダラダラと時間が経ち、オレは妹たちを探すこともせず、助けた男たちと行動を共にしていた。
昔からそうだった。誰かに何かを決めてもらっていたのだ。自分から何か行動を起こすということが、オレは苦手だったのだ。
今、オレは男たちと暖をとっている。
二か所に火をおこし、二手に分かれて火にあたる。焚火は男達がやってくれた。
恩人の俺はやらなくてもいいことになった。女だと思われているせいもあるだろうが。
辺りは夜の帳が下り、昼とは違う様相だった。闇夜が周囲を支配していた。
急斜面の下に道が走っている。そこを見下ろせる場所が、今日の野宿先だ。
二人の男が席を立ち、一人は周囲の警戒にあたっていた。時間ごとに交代するようだ。
もう一人はいなくなった。仕事の偵察に向かったらしい。
詳しく聞こうとしたが、躱されてしまった。訊きたいなら、タブサの話を聞けと言うことだろう。
俺は思案する。
これから行動を起こすにせよ、情報が必要だった。
その為に、男たちから情報を引き出すことにした。
無法者の集団8名を率いる男、タブサ。
巷にあふれる無頼の長かと思いきや、どうして中々に教養がある男だった。
装備している鋼鉄製の長剣もそうだが、このタブサという男はただの無頼ではなく、内に秘めたる端然とした何かを感じさせるのだ。
ひょっとしたら、昔は何かしらの地位にあった男なのかもしれない。薄汚れた外套を纏い、人の道から外れた仕事に身を落としても、己が築き上げてきた大事なものは、そう安々とは捨てられないのだろう。
オレとしては、野盗や山賊の類は排除すべき存在と認識していた。それは昔からだ。
前世においても、そういった輩は一切の慈悲なく処断してきたし、現在でもそういった連中には嫌悪を覚える。
倫理というものがあり、多様な選択ができる平和な日本で、そういう犯罪者のニュースを聞くたび苛立ちが募ったのを覚えている。
もし、この連中が無頼の集団だと分かっていたならば、助けなかっただろう。そして、この集団の長がタブサという男でなければ、オレはこの場から立ち去っていただろう。
タブサは妙に魅力のある男だった。オレが必要なだけの情報を手に入れた後でも、まだこの男たちと共にいるのはタブサという無法者の長がいるからだった。
「いや、姐さん。今日はアンタのおかげで命拾いしたよ、心から感謝する。さあ、乾杯しようじゃないか」
そう言ってタブサはオレに酌をする。木製の酒器だ。お猪口に似ていて、大きめの器だった。年季を感じさせ、長い事愛用しているのがうかがえた。
そういえば、堂々と人前で酒を呑むなんて何時ぶりだろうか。
いつもはキッチンで、誰もいない時間に一人で呑んでいる。
共働きで忙しい両親に代わり、オレが家で料理し出すようになったのは3年前のことだ。
その際、隠れて料理酒を少しばかり飲むようになった。ただ、安い料理酒はマズイ。
そこで、料理が旨くなるからという理由をつけ、地元の103年の歴史を持つ酒造メーカーの純米吟醸酒を買ってもらい、料理に使うようになった。勿論、普通の家庭の料理酒より減りは早いがね。
タブサが、白鑞製の大型のフラスクボトルから酒を注いでくれた。なんの酒かと訊くと、廃糖蜜から作った蒸留酒だと教えてくれた。注がれた猪口を見る、濃く深い褐色の液体だった。
猪口に鼻に近づけると、強烈なアルコール臭と濃厚な香りが鼻孔に広がる。アルコール度はかなり高そうだ。地球にある酒で例えるなら、ラム酒に近いのだろうか?
前世ではこういう酒があることは知っていたが、飲む機会が無かった。前世においてオレは酒に関しては酒豪だった。この世界では酒が強いというのは、男としての強さを表す要素のひとつなのだ。
大勢の部下たちと共に、樽に入ったぶどう酒を一晩で空にしたこともある。
懐かしい思い出が脳裏によみがえる。
その思い出を振り払うように、俺は一気に猪口に注がれた褐色の液体を飲み干す。
「おお、姐さん! やるね、いけるじゃないか。熟成酒とはいえ、けっこうキツイ酒なんだがな」
強烈なアルコールが喉を焼くような感覚と、豊潤で濃厚な香りが鼻孔から溢れていく。センスのいい表現が出来るわけではないが、一言でいうなら旨い。そう、旨い酒だった。
「ハハ、そういう飲み方もいいがな、いい酒なんだ。じっくり味わってくれよ」
そう言ってタブサは再び注いでくれる。周りを見ると、他の男たちも干し肉をかじりながら、酒をちびちびとやっていた。仕事前、ということで自粛しろと言われているのかもしれない。
他の連中が飲んでいるのも蒸留酒だが、透明な酒だった。多分、安酒だろう。タブサの酒が特別なのだ。
タブサが干し肉を渡してきた。こいつをツマミにしろということだ。かじるとかなり硬かった。
何度か噛み続け、ひとくち分だけ噛み千切り、何度も咀嚼する。唾液が分泌され、舌がその味を調べていくと、当初、濃い塩漬けだとおもっていた認識が違っていたことを思い知らされた。
この干し肉には、何種類かの香辛料と、塩以外の調味料が使われているのがわかった。その味は、味噌のようにも感じられたが、味噌特有の臭みは薄く上品な香りだ、この味付けは肉の旨味を増すことに寄与していた。
だが、何よりも素晴らしいのは、この干し肉に使われている香辛料だ。変に鼻につくこともなく、香りと刺激が絶妙に合わさっている。この配合は見事と言わざるを得ない。
現代日本でも、たまにビーフジャーキーやらポークジャーキーやらを買っていたが、これほど旨いのは無かった。いったいタブサは、これをどこで買ったのだろうか?
「この干し肉、旨いね。こんなに旨いのは初めて食べた」
「ハハッ! そう言ってくれてうれしいよ。姐さん、実はね……。この干し肉は俺の自家製でね」
以外だった。手作りだとは! そういうこととは縁の無いように思えたからだ。話を聞くと、作り始めてから15年は経つという。時間が空いたときに、干し肉を作るのが趣味なんだそうだ。
「驚いたな、あんたが料理なんてガラじゃないと思ったんだが」
「俺が作るのはこれだけさ。基本、料理はやらねえよ」
干し肉について、更に深く聞いてみることにした。それだけ旨かったのだ。
「ハハ、悪いね。レシピは秘密さ、15年かけてたどり着いた味だぜ。そう簡単には教えられねえよ」
「だろうな、人生でくった干し肉の中で、一番美味かったよ。こんな仕事辞めて、干し肉屋にでもなったらどうだ? まっとうな人生を歩めるんじゃないか?」
タブサは笑いながら、俺のセリフを煙に巻いた。
「そりゃあ、ムリさ、もう日陰しか歩めねえ躰さ。お天道様の下は歩けねえよ
この20年、非道な事をやってきたからな、この仕事しかできねえさ」
力なく笑うタブサの横顔に、オレは言葉が出なかった。
オレは思う、なんて悲しそうな横顔なのだろうかと。
タブサは妙な空気を感じ取ったのか、話題を変える。
「ああ、仕事で思い出した。なあ、姐さん。俺たちの仕事を手伝わないか?」
「仕事? なんだよ? 何をやるんだ?」
「なあ、姐さん、俺はアンタに訊かなかったよな? 何故、こんな辺境に若い女がひとり? 誰でも訊きたくなるだろうよ。でも、俺は訊かなかった」
その通りだった。タブサはオレに対して何も訊かなかった。こんな異様な若い女、誰でも何か一つは訊きたくなるというものだ。
「俺はね、後ろ暗い人間には訊かないと決めている。訊かなけりゃあ、相手の印象もいい。訊けば死ぬ機会が増える。それだけのことさ」
焚火の火光がタブサの正面を照らし、夜の闇とのコントラストが男の心情を語っているかのようだった。
タブサがオレに向き直り、仕事について話し始めた。
「俺たちはこれから仕事をやる。だが、さっきの青尾狼にやられたせいで、6人も失っちまった。これは心もとない。それでな、姐さん、アンタに手伝ってほしい。なぁに、アンタは弓使いだ。遠くから援護してくれたらいい」
「誰かを襲うってことか? 相手は誰だ?」
「この先にある、斜面を下った先の道があるだろ? そこを3台の馬車が通る。護衛は30名ほどだ」
相手は商人だろうか? 3台も馬車を引き連れることのできる人間ならそれなりに地位や金を持った人間ということだ。それを襲うのか?
「馬車に乗っているのはエリアス家の領主の娘だ。もっともその領主は先日亡くなり、現在は娘が領主代行をしているみたいだが」
「娘を誘拐して、身代金でも要求するのか?」
「ハハッ、俺らが依頼されたのは護衛どもを全員始末して、娘を連れてこいって話さ。侍女たちは娼館に売り払うなり、俺らで楽しむなり好きにしろってさ」
「あばば、だのじみ、おんな、おんなあ! あーだまんねえ」
安酒をあおりながらピトという名の、いろいろと足りてない男が高揚としながら、のたまう。
青尾狼にケガを負わされていたが、手当を受け、何事も無かったのように振舞っていた。
「ああ、すまんな姐さん。女のアンタの前で話すのは不快だろうが」
「いい、かまわんよ。それで、護衛は騎士か? 騎士だとしたら30人も相手なら無理じゃないか? オレが参加するとしても9人じゃ勝負にならんぞ?」
騎士は強い、重厚な防具と高威力の大剣で武装し、個人戦闘力は相当なものだ。だが、何よりも脅威なのは集団戦闘にある。日頃から集団戦の訓練を積み、洗練されているだろう騎士の戦闘力は、無法者の集団なぞ倍の人数であっても、ものとしないだろう。
「ハハッ、その辺は問題ないのさ。実はな、ハナシがついているんだよ。その護衛の騎士のうち半分が裏切ることになっている」
仕える騎士がそう簡単に裏切るものだろうか? 俺は訝しむ。
「あまり気乗りしない話だ。うますぎるな。タブサ、あんた良くこの話を受けたな? 雑すぎるぜ」
「そう思うだろうな。だが、そんなこと言っていたらこの商売はできねえ。こっちもギルドを通した仕事なんでね、やらなきゃならねえ。なにせ、報酬はかなりの額なんだ。やる価値は十分にあるぜ」
タブサの眼がギラつくのをオレは見た。仕事に燃える男の眼だった。タブサは話を続ける。
「アンタが入ってくれれば、仕事の成功率は高まる。どうだ? 頼むよ死んだ6人分の報酬をアンタにやるよ。それくらいアンタには価値があると俺は見ている」
買いかぶりすぎじゃないかと謙遜すると、ウソくさいほどに褒めちぎられ、オレは困惑する。
オレに大事に飲めと言っておきながら、タブサは機嫌が良いのかペースが早いようだ。酒が回って仕事に差し障るのではないかと注意すると、酒で仕事に支障をきたしたことは無いと返ってくる。
正直気乗りはしない、だが、オレには目的がある。仲間を探すという目的が。
しかし、どう探せばいいか見当もつかない。
どうする? この無頼漢たちについて行くか? だが、こいつらの仕事内容を聞いた時、平静を装いながらも、苛立ちを感じた。元からこういう無法者は嫌いだったが、日本で暮らしていた影響も加味したのか、更なる嫌悪を感じたのだ。
そこでオレはこう伝えた。お前らが危険な状態になったら助ける、と。
タブサはそれでも良いと言ったのは意外だった。物わかりのいい男だ。ひょっとすると、どさくさ紛れで協力せざるを得ない状況に引き込むつもりかもしれないが。
「よし、決まりだ! 姐さん、呑めよ。俺たちの出会いに乾杯だ!」
空になった猪口に、酒を注いでくれるタブサ。本当に妙な男だ。悪党なのに、どこか好感を持たせる要素がある。
オレは少し、踏み込んで訊いてみることにした。ちょっと茶化して気軽な体で言葉を作る。
「しっかし、あんたさ。日陰者やらお天道様に顔向けできないやら言っていたけどさ、どうなんだ? 結構いい歳なんだし、いつまでもこんな仕事はできないだろ? 誰かいい女でも見つけて真っ当に生きるつもりはないのか? ひょっとしてさ、もうどこかの街にそういう女がいたりしてな」
タブサは口元だけで笑うような仕草をみせると、オレを一瞥し、焚火を眺めながら言った。
「17年も昔かな、俺は郷士だった。父親が急死して20歳で家督を継いだんだ。丁度、そのころ結婚してな、3つ年下の幼馴染と。仕事は忙しく、大変だったが幸せだったよ」
郷士とは、剣を持つことを領主に許された農民のことだ。場合によっては騎士と同等の権利を保障される。元、騎士という例がもっぱらだ。
中央で世代が進み、役職があてがわれなくなり、食い詰めた貴族の子孫が農村に下って、郷士になった例もある。
戦時には、その村の男達をまとめ指揮官となり、領主の元へと馳せ参じるわけだ。
「あんた思ったより若いんだな、見た感じ老けているからさ。もっと上かと思った」
「ハハッ、よく言われるよ。歳の割には老けているってのは」
「それで、奥さんがいたんだろ? どうしてこんな稼業に?」
「ああ、それはな……。姐さん、アンタ、【暴虐の絶仙】って名前聞いたことがあるか?」
ドクン! 心臓が鳴る。久々に聞いたその名前にオレは動揺する。
「いや、知らないな」
なんとか平静を装い、それに努める。突然出たキーワードにオレは心を乱され続けた。とてもじゃないが収まりそうになかった。
タブサは言葉を続ける。感情を昂らせるわけでもなく、淡々としていた。
「オレの女房と子供はな、【暴虐の絶仙】が率いる軍に殺されたんだ。村も、友達も知人もすべて【暴虐の絶仙】が食い尽くしたんだ」
オレはただ黙って聞いた。何一つ言葉を吐けなかった。
ただ、タブサの、彼の言葉に耳を傾け続けた……。
ジスエクス・ニゴレイアル(レイジ) 新瀬家の台所を預かっている。キッチンドリンカー、日本酒好き。
タブサ 趣味は干し肉づくり。ラム酒のような酒をレイジに飲ませてくれた。妻子を失った。
ピト 足りてない男、年齢は意外に若い。女好き。




