第9話 アーマメント -side零司
視界いっぱいに広がった白光が、徐々に消え失せ光の粒子となっていき、空へ消えていく。
先ほどのCULOのようなインジケーター類は、視界から消え去っていた。
だけど、俺の視界に映るのは慣れ親しんだ新瀬家のリビングでは無く、俺は先ほどと同じ陽光に包まれた森の中にいたのだ。
「な…… なんだよ! これは! 俺の家に戻るワケじゃないのかよ!」
俺はおもむろに下を向き、自分の身体を確かめた。
身体は女の肉体から、男の肉体になっていた。
それは俺の身体、新瀬零司の肉体だ。
上半身は黒のタンクトップに、それに重ねるカタチでゴアテックス素材を用いたプロテクターが入った黒のバイクジャケットを着ていた。莉亜に頼まれた買い物から帰宅したあと、少し寒かったのでジャケットをそのまま着ていたのだ。下半身は部屋着にしている着古したジーパン。
これらの服装は、ここで目が覚める前に俺が着ていたものだった。
「も、戻ってる? 俺の身体に」
思わず膝を着く、頭の中が混乱してグルグルと回る。
どうなっているのか。
「ん? えっ? なんだ、これ……あと、この感覚って……まさか……」
俺は違和感に気付いた。ふたつの違和感に。
[ Armament __OFF ]
ひとつは、視界に妙なモノが映っていることだ。それは左下に小さい文字で映っていた。
先ほど、俺がCULOのプレイヤーキャラクター【ジスエクス・ニゴレイアル】だったとき。
本来なら左下にはチャット欄があった場所だ。
つい今しがた、女の体……、もといプレイヤーキャラクターだったときは[ Armament __ON ]と表示されていた箇所だ。
それが、今は[ Armament __OFF ]と表示されている。
「どういう……ことだ? これじゃあまるで……」
Armament……武装、という意味だったか? 武装が解除された状態、とでもいうのか?
つまり今の俺の状態は、武装がない状態ってこと?
わからん、なんなのよ、これ……。
そして、ふたつめの違和感。それは……。
「この大気中に含まれる動力の鼓動…… これは、まさか」
17年ぶりに感じるこの感覚は、肉体を走る仙の流道か。
ああ、そんな…… 17年前、あれほど戻りたいと願ったのに。
叶わぬからこそ、俺は日本人になって生きようとしたというのに……。
「この感覚は……仙気、なのか? ここは俺の故郷があった世界なのか? そうなのか?!」
木々が囁くような葉音を立て、山鳥のさえずりが聞こえる。周囲に人影は見当たらなかった。当然、俺の問いに答えるものは誰もいない。
――仙気
ここが俺の知る世界ならば、この世界では常識と言っていい力。
昔ならば、より強い仙気を持つものこそが、覇権を握ると言っても過言では無かった程の力だ。
「ここは何処なんだろう、俺のいた世界ならば、ゼルフィア大陸の何処かなのか?」
いやいや、仙気があるとしても、俺の故郷があったゼルフィア大陸とは限らない。
別の場所だという可能性も当然ある。
とにかくこれで一つ分かった。オレはゲームの世界に来たワケじゃない。
俺の故郷があった世界に来てしまったのだ。
「なんでまた今更……」
こんな時に何だが、もしもここが俺の知っている世界ならば。当然、仙気が使えるはず。
仙気を感じ取れるのであれば、使える可能性は高かった。正確に言うと【仙錬】ができるかどうか。
「本当にオレのいた世界ならできるか? 17年ぶりだが……」
俺は肩幅に足を開き、手をいっぱいに広げる。こんなことをするのは初伝クラスの頃以来だが、全身で仙気を感じ取る感覚を養うには、この構えが一番なのだ。
「……俺のカラダに入り込んでくる」
次に丹田に力を込め、【仙錬】に入る。
体内に取り込んだ仙気を、己の体内で使用可能にする作業を【仙錬】という。どれだけ純度の高い【仙錬】ができるかが、大事なのだ。
17年ぶりのワリにはいい感触だった。少しの量だが、仙錬が成功した。
体内に己の動力の源として取り込んだ仙気が、仙錬により【錬仙】された仙気へと変わる。
これで、仙気を自分のモノにできた。今、俺の体内にある【錬仙】された仙気は、俺の意思で使用可能だ。多分……。
17年も使っていなかったワリには、あっさりと出来たことに俺は驚いた。前世では血反吐く程度では済まないほどの特訓をさせられたからな。頭が覚えていたというよりは、身体が覚えていたということか。
だが、おかしい。オレは新瀬レイジという人間の身体になっているんだ。
身体が覚えているというのは、適切な表現ではない。やはり知識なのか?
いやいや、ジイ……いや、アイツは仙錬や仙技など仙気を用いた技は、知識や経験の前に肉体が覚えて初めて使えるものだと言った。
あれは頭でっかちになるな、という忠告だと思っていたんだが。
じゃあ、何故使える?
このままでは考えが堂々巡りしそうだ。
いつまでも足を止めているわけにもいかないので、オレは考えるのを止めることにした。昔のことは忘れると決めたのだから。
俺は身体に付いた埃をはらう。そして、現実と向かい合うことにした。
「みんなは何処にいった? 一体どこに……」
目元から涙がこぼれそうになるのを、必死でこらえる。前世と合わせれば、結構な歳だというのに心の弱い自分が情けなかった。
平和な日本で17年暮らしてボケたのだろうか。今の自分は心身ともに弱い、この状況に置かれて初めてオレはそう感じてしまった。
落ち着け、ひとつひとつ、やれる事をするんだ。そう、自分に言い聞かせる。
これから何をするか、考えるべきだ。
木と土の香りが混じった風が、横顔をやさしく撫でる。心地よい風と森のざわめきが心に落ち着きを取り戻させてくれた。
まず、いっしょにCULOをやっていたギルドメンバー5人がどうなったか知る必要がある。
その為には、それぞれの所在を知る必要があるが……
しかし、どうやって知るんだ?
先ほど女の姿……もとい【ジスエクス・ニゴレイアル】だった時にパーティメンバーを確認したが、そこには誰の名前も無かった。
つまりはパーティが解散したということ。
この世界に来たときに解散状態になったのは間違いないだろう。
「あ?! しまった、そうだったか?!」
俺はあることを思い出す。
CULOにおいて、パーティを組むことは誰でもできた。ギルドメンバーでなくとも構わないのだ。
先ほど、俺はパーティメンバーしか確認しなかった。ようするにギルドの項目を確認しなかったのだ。
そうだよ、なぜ、ギルドメンバーの確認をしなかった? パーティメンバーなんてCULOのシステムが一時ダウンしたときなどに、リセットされるのだ。
ギルドメンバーはそうではなかった。
ギルドから脱退しない限り、プレイヤーの状態などをリストから確認できるのだ。あくまでCULOの話だが。
こんなバカバカしい非現実的状況だからこそ、やってみる価値はあった。すでに常識は通用しないのだから。
さっきの身体がCULOのプレイヤーキャラクターと同じ能力をもっているのならば、きっとできるはずだ。
「で、どうやってプレイヤーの状態に戻るんだ? あ?」
ログインするためのPCやゲーム機、そしてSVRヘッドギアは無い。
「……ひょっとして、この視界の左下に点灯している緑青色の文字……コレか?」
[ Armament __OFF ]
これが、ONの状態になれば、【ジスエクス・ニゴレイアル】に戻れるということか? どうやって?
「あーまめんと、おん、アーマメントオン…… アーマメント! オンッ!!!」
試しに言ってみた。何も起きなかった。
虚しかった……。
くそっ! バカみたいだ俺……。
いや、まてまて。
こんなにわざとらしく『現在、武装解除状態ですよ』と、親切に教えてくれているじゃないか?
何かあると考えるのが自然だろ。プレイヤーの状態を解除したら、これでもう終わりです、終わり! なんてことはないじゃないか?
誰が、こんなバカげたことを仕掛けたかは知らない。
だが、何かあるはず……。何か……。
俺は頭を掻きながら思考を巡らせていた。周囲からは、脳の血管に余計なものが詰まってるだとか、脳筋だとか言われている新瀬レイジだが、バカなりに考えなければならない。
何か方法が……。
頭をガリガリ掻きながら考えを巡らす。
「う~む、何か方法は…… え、あ、なにこれ?」
左手で頭を掻くクセがあることを指摘されたのは、6歳の頃だ、母親に言われたのを覚えている。
それは何気に後頭部を触ったときだった。
「ん?なに、なんか硬いモノが、え? ホント、これ?」
目が覚めてからというもの、一体何度『ナニコレ』と連呼したのか。ただ、そう言わざるを得ない程、異様なモノの感触を後頭部に感じたのだ。
それはパチンコ玉くらいの大きさに思えた。金属のような触感であり、触れると温かみを感じる。
明らかに異物が後頭部に埋め込まれているのだ。
その後頭部の異物に触っているとき、視界の変化に俺は気付く。
先ほどからあった視界の左下に表示されていた文字。
〚 Armament __OFF 〛
この緑青色に点灯していた文字が、今は点滅していた。
「なんだ、コレに触ったから、なのか?」
しばらく放置してみた。10秒後に点滅は収まり、緑青色に点灯した[ Armament __OFF ]という、現在の状態表示のような文に戻る。
「これって、もしかして、そういうことか?」
後頭部の小さな異物に触れる。[ Armament __OFF ]が点滅し始める。
ようし、試しにやってみよう。やってもダメなら、俺は脳筋確定でいい。
「アーマメント、オン」
足元から、白色に輝く光の粒子が立ち昇る。
閃光とともに視界が一瞬、光に覆われ何も見えなくなるが、視界を塞ぐ光の壁はすぐに消え去ってさっきと同じプレイヤーキャラクターの視界に戻る。
「戻ったよ、オイ」
オレの姿はジスエクス・ニゴレイアルになっていた。
少し頭が冷静に動き始めているのか、声まで女になっている事に気付いた。
高く、よく通る声だ。
すぐにメインメニュを呼び出すと【コミュニケーション】を選び【ギルド】の項目を選ぶ。そして【メンバーリスト】を選び、項目を呼び出した。
「あ、あ……。
あった、全員いるよ……」
CULOにおいて、ギルドメンバーのリストは、ログイン状態だと各々のプレイヤーネーム表示が点灯し、ログオフだと文字の点灯が消えた状態となる。
ギルド【SMP】の5人のメンバーの名前は点灯状態だった。
「あくまでCULOでの話だけど……。これは、全員がログイン状態ということだ。つまりこの世界にいるとうこと」
完全に憶測だ。ひょっとしたら、何かのエラーかもしれないし、何の関係性もないことだってある。
しかし……気持ちが萎えている状態の俺にとっては光明だ。
「毒島もいる、高場、桜野、KOSAMEさん」
そして何よりも大切な俺の家族。
「莉亜…… よかった……」
俺は声を抑え、涙も流さず、ただ、堪えた。こんなところで、くじけている場合ではないのだ。
皆はこの世界にいるかもしれない、それだけで心が強くなった。
はっ、笑えるな。昔の俺はもっと強かった。ひとりでも気にしなかった。心が強かったはずだ。
ただ、これほど他人の事を心配しただろうか? 愛する家族以外に対しての、思いやりとか心配とか、そういった感情が、地球人になってから顕著になった気がするのだ。それは…… きっといいことなのだろう。
ただ、これからの行動計画を考えた場合、考えるまでもなく最終目的は俺たちの世界への帰還だ。その間、どんな脅威や危険など出くわすか、想像に難くない。
甘い考えなど捨てなければ生き残れないだろう。
俺は確認するかのように行動目的を口にする。
「皆を見つけるんだ……」
俺は歩き出す。この世界のどこかにいるギルドメンバー全員を見つけ出すのだ。
善は急げだ。早速、行動しよう。
俺は思索する。そうだ、こいつの、【ジスエクス・ニゴレイアル】の性能を調べないと。CULOと同じなのかどうか。まずは、スキルだ。こいつが現実の世界でどういった効果をもたらすのか、そいつを調べなければ。
ああ、そうだ、武器の性能も調べなければ。やることは沢山あるだろう。
ジスエクスの能力を知らずして、この先、生き残るのは難しいだろう。
スキルランチャーを立ち上げる。
スキルランチャーとは、素早くスキルを使用するために用いられる、ショートカットのことだ。
どのスキルを使おうか考える。
そのときだった。
妙な音が聞こえたのだ。
何? なんの音だろうか?
何かが聞こえた気がした。気のせい? いや、また聞こえる。
この身体【アーマメント】の状態だからこそ、聞こえるのか?
音の発生源は遠いのか? 森の中だと草木に遮られる為、実際はもう少し近いのかもしれないが。
「え、これって? 人の声?!」
誰かが複数で大声を上げているように聞こえる。 悲鳴や怒声が混じった叫び声のようでもあった。
そのとき、オレは思いつく。
「ああ、忘れていた。こういう時こそ、【EFスキル】だよな」
俺はスキルランチャーから、あるEFスキルを選び出し、選択する。
そうだ、このスキルが適切だな。
俺は、ひとり納得すると、そのEFスキルを発動させた。
ジスエクス・ニゴレイアル(アラセ・レイジ): 前世の世界にゲームのキャラクターらしき肉体を得て降臨した。ログアウト操作をしてみたが、現代日本には帰還できなかった。プレイヤーキャラクターの肉体はアーマメントというらしい。
新瀬零司の肉体は、この世界にある力、仙気を扱えるようだ。




