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十五 異世界から現る赤き竜

 ほとんど泣き声の様な声で、ナチは彼女の手を掴んだ。ナチの胸に飛び込む様に倒れたマオは再び吐血。温かな鮮血をナチの胸に吐き出した。


「マオ? マオ?」


 どうなっている。何が起きているんだ。


 ナチはマオを抱き締めながら必死に名を呼ぶが、マオは既に意識を失っていた。反応は無く、吐息は喘鳴しているかの様に弱々しい。イズが床に降り立ちマオへと駆け寄るが、ナチもイズも何も出来なかった。ただ狼狽し、彼女の名を大声で呼び掛け続けるだけ。


 その声に呼ばれて多くの野次馬が現れるが、彼等はただ傍観しているだけであり、治癒も何もしてくれはしない。


 ナチはマオの口元や胸元に耳を当てた。弱い呼吸、心拍。なのにまた吐血を繰り返す。吐血を繰り返す度に顔は青褪め、生気を失っていく。


 どうすればいい。どうすればマオは助かる。どんな神秘の術を使えばいい。早く厳選しろ。早くこの場で最も合理的な神秘を見つけ出せ。そうしないとマオが死んでしまう。


 ナチは下唇を思い切り噛んだ。動揺を殺す為に強く噛んだ。論理的で怜悧に富んだ思考を生む為に唇が裂けるまで噛み続けた。それでも、ナチの心に冷静が帯びることは無い。唇をただ傷付けただけだ。


 何も思い浮かばない。符術も、神秘の術も何も。


 誰でもいい。誰か、マオを。


「早くしないと、死んじゃうよ、ナチ君」


 背後から聞こえてくる軽薄な声。ナチは視線だけをユライトスへと向けた。自然と目に殺気が灯る。目つきが鋭くなり、途端に怒りが込み上げてくる。


「お前、何をした」


「おおー、怖い怖い。マオちゃんの首筋、見てください」


 ナチとイズは血で赤く染まるマオの髪を払うと彼女の左側の首筋を見た。そこに虫さされの様な痕がある事に気付く。それは先程も目に入った痕だ。


「いやー、ナチ君が一人でバジリフィリスクを倒しに行ってくれて助かりましたよー。この『Bee20(ビートゥエンティ)』をマオちゃんに投与する時に抜き足差し足忍び足しなくて済みましたから」


 スーツのポケットから取り出されたのはプラスチック製の注射器。押子は既に押され、中身は空になっている。それをナチに向けると、ユライトスは表情を消した。途端に冷徹さを帯びるユライトスは無表情で注射器を地面に捨てると、それを踏み潰した。


「説明しよう! この毒は、投与された二十時間後に発症し、消化管を侵し、損傷させます。ですが、私は優しいので、発症から十時間後に完全にトドメを刺す遅効性の毒に改良しました! ちなみに、蜂は全く関係ありません!」


「……当然、解毒薬を持っているんだろ? 渡せ」


「いやでえええす。ですが、私は優しいのでナチ君にチャンスを与えたいと思います」


 ナチはポケットにしまい損ねた符を握り締め、避けた唇から垂れる血を飲み込みながら、口を開く。


「チャンス?」


「あー、そんなに怖い顔をしなくても、ナチ君なら簡単ですよお」


 ユライトスはポケットから透明の液体が入ったプラスチック製の注射器を取り出すと、聖剣を空に掲げる様に両手で持った。


「もし、チャンスを乗り越えた暁にはこの解毒カリバーを進呈します」


「僕は何をすればいい?」


 注射器に入った透明の液体が夕日に照らされて赤く輝き、それを恍惚な表情で見つめるユライトスは顔を痙攣させると白目を剥いた。


「うつくすうぃーーーーーー!」


「早く答えろ!」


 ユライトスはポケットに注射器を戻すと、ナチへと視線を向けた。


「じゃあ、今から呼ぶので待っていてください」


 息を大きく吸ったユライトスは静かに目を閉じ、右手を天にかざした。そして、勢いよく目を開けると体内に溜め込んだ空気を一気に放出する。


「出でよ! ブラックソード!」


 ユライトスの右手から放出される黒い渦。黒き力の奔流。その瞬間に暴風が吹き荒れ、木造のバルコニーを簡単に破壊していく。ナチはイズを左手で抱き締め、宙を飛び交う木片からマオを守る様に彼女に覆い被さった。背中に木片が激突し、くぐもった声と空気が漏れる。


 ナチは視線だけをユライトスの右手に集中し、彼の右手に集まっている黒い渦が形を成していくのを黙って見届けた。形を伴わなかった黒い渦が徐々に形を成し、それは少しずつ剣の形を成していく。剣にしては少し小振りなナイフほどの大きさの剣。


 大気を渦巻く黒い奔流を全て吸収していく黒い剣。ユライトスはその剣の柄を掴むと勢いよく胸の高さまで振り下ろした。


「それは……」


 ナチはイズを地面に降ろすと、その黒い剣に釘付けになった。柄に記された文字。それはナチが知らない文字。けれど、その形状に酷似している剣をナチは知っている。この世界に来てからも一度だけ目にした剣だ。


 それは鍵。世界を渡る力を宿した最強の剣。


「それは何?」


「鍵ですよ。ナチ君も扱っていたんですから、分かりますよね? 忘れちゃいました?」


「だけど、柄の文字が僕の持っていた鍵とは違う」


 ナチは立ち上がり、震える声を引き絞った。視線を鍵から移動させる事が出来ない。ナチが柄の文字を凝視していると、ユライトスは鍵に記された柄の文字をまじまじと見つめだす。


「ああ、ここに記された文字が違うことを言ってるんですか? それは全部で七本もあるんですから……おっと、口が滑った滑った」


 舌を出し、右目を閉じてウインクしているユライトスは「知りたかったら、チャンスを掴み取ることです」と嘲笑めいた笑みを零す。


「それじゃあ、呼びますね」


 ユライトスは鍵の切っ先を広大な海へと向けた。夕日に照らされ、赤く染まる海面。そこに向けて、ユライトスは巨大な黒い渦を飛ばした。山のように著大な黒い渦は歪な楕円を描き、海面を割るほどの暴風を発生させる。それは船着き場に船舶していた無数の帆船を薙ぎ倒し、周囲に大きな波を引き起こす。


 巨大な黒い渦の出現に逃げ惑う人々は出口に向かって我先に駆け出し、酷く慌てた表情を皆一様に浮かべている。誰かが躓き転んでも助ける者は存在せず、罵倒と阿鼻叫喚が飛び交う本性とみっともない程に生への執着が垣間見える光景だった。


 ナチとイズはそれを横目に見ながら、巨大な黒い渦を固唾を飲んで静観した。いや、少し違う。ナチとイズは黒い渦に気圧されて完全に竦んでしまっていた。震える足。息。マオを抱き締める手は自然と強くなっている。


 奇声を発しながら見つめるユライトスの事など気にもせず、ナチとイズは海面に浮かぶ、至大な存在感を纏う黒い太陽の様な煌めきを放つ黒い渦を静黙しながら見つめていた。荒れる波を、揺れる大気を、振動する大地を、全てを引き裂く様にして黒い渦から出現したのはどこまでも大きな赤い翼。


 蛍光塗料でも塗られたかのように夕日に反射して煌めく赤い翼。極太の骨格に、風を捉える為に張られた帆の様な皮膚。そしてその巨大な翼は体を包む黒い殻を邪魔だと言わんばかりに翼をはためかせ、肉体を覆う黒い殻を弾き飛ばした。


 その瞬間に巻き起こった暴風は天災と称されるほどの風圧と風速を宿し、ナチは咄嗟に「大気」の属性を込めた符を起動させ威力を軽減させる。が、それでもナチ達の体は後方に吹き飛ばされる。「大気」を発動した事でナチ達は激しく壁や地面に叩き付けられる事はないが、ナチ以外の人間は風船のように軽々と宙を舞い、港付近にあった露店や家屋などは意図も簡単に倒壊した。


 イズを自身の肩にしがみ付かせ、マオを腕で抱えながらナチはまだ無傷の家屋に降り立った。吹き飛ばされた距離、およそ三十メートル。「大気」で軽減して、この距離だ。ナチは思わず苦笑してしまう。


 まだ苦笑できるだけ余裕があるという事なのか。それとも、諦め故の苦笑いか。


「何だ、あれは……」


 ナチから降り、屋根の上に二本の足で立つイズは先程までナチ達が見ていた海へと視線を向け、震えた声で言った。動揺や困惑を隠すこともせずに、怖いと泣き叫んでいる様な声で彼女は言葉を紡いでいく。


「あんな生物が異世界には存在するというのか……」


 ナチもイズの動揺に乗せられるかの様に海へと視線を向けた。全身が赤く煌めく巨大な異形の影へと視線を誘導させる。


 海面を何度も打ち付ける赤く長い尻尾。巨体を支える為の二本の足は極太で、その先に付いた爪は人の胴体よりも遥かに太い。流れる様な流線形の美しい胴体は娼婦が見せる艶めかしい腰使いを彷彿とさせ、やや細く短い両腕を包むしなやかな筋肉は胎動しているかの様に膨脹を繰り返している。


 大きく発達した下顎と上顎から覗き見える鋭く尖った歯には大量の唾液が絡み付き、それを海面に滴り落としては雨音の様に情緒的な旋律を混乱と悲鳴に包まれているレヴァルに投げかける。


 天を見つめる黒い瞳は雄雄しい力強さを放ち、その僅か後方に伸びる角は稲妻の様な形状を成し、赤銅色の光を仄かに纏う。


 そして、夕日に照らされて反射している全身を包む刺々しい赤い鱗。その鮮麗な輝きを放つ鱗が突如として赤く淡く煌めくと同時に目の前の赤き竜は大きく咆哮した。


 耳をつんざくような咆哮は耳を覆わずにはいられない程の大音量。鼓膜など一瞬で破壊されかねない程の音の奔流は、減衰する事無く赤き竜から離れた場所に立っているナチ達の場所まで届けられる。


 ナチは耳を塞げば問題は無い。だが、イズは違う。イズは人よりも数倍は優れた聴覚を持っている。もし物質を破壊するほどの高いエネルギーを持つ咆哮をイズがまともに聞けば、二度と耳が聞こえなくなる可能性は高い。


 ナチは「大気」を操り、空気を伝わって届いてくる音の奔流を全て後方に受け流していく。けれど、凄まじい音の奔流にナチは顔を顰めた。起動した符に亀裂が入る。


 人の力では抑えきれないというのか。


 ナチがもう一枚符を取り出そうと瞬間に咆哮は突然、鳴り止んだ。


 いや、止めた。黒い衣服を身に纏う男が。


 鍵から放出された黒い渦で口を強引に閉ざし、赤き竜の手足を黒い渦で鎖の様に縛り付けるとユライトスが軽薄な笑みと奇妙な踊りを披露しながら、ナチ達が立ち尽くしている屋根まで飛来してくる。


 ユライトスはナチ達を見下ろせる距離で動きを止めると、戦々兢々と静黙しているナチ達を見て、盛大に笑った。大量に唾が飛ぶほどの大爆笑。路地を真っ直ぐに上がっていく人々も、ナチとイズも、その男の奇妙な行動にただ慄然とした。


 理解の範疇を超えた存在を目にした時に見せる無自覚の行動を全員が無意識に行っていた。


「ナチ君。あのレッドドラゴンを倒せたら、解毒薬も差し上げますし、この鍵についても教えてあげますよ。簡単でしょ? でしょでしょ? 冒険でっしょ」


 それはお前では倒せない、という意味合いが含まれた言い方だった。完全に馬鹿にしている様な嘲笑を浮かべるユライトスは空中で奇妙な踊りを再開している。


 ナチはすぐに言葉が出なかった。レッドドラゴンを倒さなければマオが助からない事も、鍵の情報が手に入らないことも分かっている。なのに、足が竦んでいた。


 翼が引き起こした突風、咆哮が撒き散らした破壊。それによって植え付けられた恐怖がナチに二の足を踏ませる。早く声に出せ、と脳が命令しているのに声帯が震えない。露ほども口が動かない。


 イズがナチを見上げる。群衆がナチを見つめる。目の前のユライトスが歪な笑顔でナチを見る。無責任な期待と希望がナチの下へと収束されていく。


 倒せるのか? あれを僕一人で。


 マオとイズは戦闘には参加できない。この街の戦力などナチが知る由もない。それに参加できたとしても呼吸を合わせ連携を取れなければ、邪魔になる。もし、あの竜がナチの知っている竜だとすれば、むしろ助太刀は必要ない。被害の拡大を推進させてしまうだけだ。


 だが、あれを倒せなければマオは命を落とす。見殺しという結末を受容するしかなくなる。そんな結末を受け入れるつもりは毛頭ないが、あんな強大な力に単独で勝利する事が出来るのか分からない。拮抗すらしない可能性だってある。数瞬の内に消し飛ばされる可能性だって考えられる。


 だけど……。


 震えた唇が、微かに動きを見せようとした時だ。ナチのコートの襟を誰かが引っ張った。弱弱しい力。引っ張れたなどとは言えない様な力で。


 マオがうっすらと瞼を開き、青い瞳をナチに向けていた。


 虚ろな瞳はナチを視界に映しているのか怪しく、口端から零れ落ちる血は彼女の髪を濡らし、浅く貧弱な呼吸を繰り返すたびに彼女の胸は小さく上下する。ナチの襟を引っ張る手に付着した鮮血は彼女の命が失われようとしている事実を明確にナチに教示し、彼女が浮かべる脆弱な微笑みは彼女の意思が毒殺されそうになっている事を意味していた。


 襟を掴むマオの手をナチが握り締めると、マオは確かにナチと瞳を重ねた。


「だい……じょうぶ。おにい……さんは……勝てる……よ。おにい……さんは……わたしの……」


 全てを言い切る前に彼女の口から噴水の様に血が溢れ出した。激しく咳き込む度に嘔吐しているかの様に血は吐き出され、ナチの頬にまで届いたマオの吐血が肌を伝っていき顎にまで到達する。最後に大きく咳き込み、激しく吐血するとマオは意識を失い、瞼は閉ざされた。


 ナチのコートを引っ張ていた手は力を失いぶらりと下がる。振り子の様に揺れる血に塗れたマオの手を見て、ナチは首を横に振った。


 何を迷っていたんだ僕は……。


 こんなにも信じてくれる存在が側に居るのに。背中を後押ししてくれる存在が居るのに。勝手に尻込みして、また情けない返事をするところだった。


 マオを必ず守る。そう決めたじゃないか。イサナとメリナを失ったあの日に。

 

「あれを倒せばいいんだな?」


「おや? おやおやおや? 目つきが変わりましたね。愛の力ってやつですか? たまらないですねえ。愛なんて不確かな感情に突き動かされる青臭さが特に」


「大切だから守る。それだけだよ」


「かっけえええええ! 私も言ってみてえええええええ」


 叫んでいるユライトスを無視して、ナチは群衆へと目を向けた。右から左に流れる様に視線を動かす。そして、すぐにナチは目的の人物を見つける。


 ナチはイズに肩を掴む様に告げ、彼女が肩に乗るのを待った。そして、勢いよく飛び乗ったイズの心地良い重さを感じながら、大気の力でゆっくりと群衆の中に飛び込んだ。


 ナチが路地へと舞い降りると群衆はこぞって道を開けた。恐怖に近い感情をナチに向けながら、ナチ達から離れて行く。血塗れのマオを見て、惨憺たる表情を浮かべて口元を覆う主婦。鋭い目付きで静黙し、正面の景観を殺す様に凝視するナチを見て、肩を震わせている守衛達。


 多くの人々がナチに好奇心と畏怖が濃密に入り混じった視線を向けていた。それらの視線をすべて無視して、ナチは真っ直ぐに目的の人物の下へと歩いて行く。


 宿屋の前。ウェルディを背負うアナイフに、それに付き従うタリア。そこに並ぶように立つシキとエジ。そして、エリルの下へと。


 六人の前に立つと同時に、六人全員がナチを複雑な感情を込めた視線を向けた。


 レッドドラゴンの出現に、血塗れのマオと殺気立つナチ。


 混乱しているのだ、全員。群衆がナチの挙動を黙視する中、ナチはシキへと視線を定めた。


「マオを頼んでいい?」


「あ、ああ。それは構わないが、お前はどうするんだ?」


 マオをシキに預けると、ナチは背後で忠犬の様に静止しているレッドドラゴンを顔だけを動かし、見た。


「あれを倒す」


 ナチは肩に乗ったイズを片手で優しく掴むと、それを揺れる瞳でナチを見つめてくるエリルに引き渡す。その引き渡しの瞬間にイズの体が小さく震えていることに気付いた。顔を顰め、視線を地面に向けている事も。長い耳が彼女の精神を示すかの様に無力に垂れ下がっている事からも彼女の慟哭が聞こえてくるようでもある。


 ナチは彼女に何も言わなかった。言えなかった。何も言わないことが、その人の為になることもある。何も言ってほしくない時が必ずある。


「たおせるのか? あれを?」


「倒すよ。必ず」


「私達に何か手伝えることは無い?」


 ナチは首を横に振り、笑顔を作った。ちゃんと作れているのかは分からない。けれど、ナチは口角を上げ、目を細めた。


「全員で街から逃げてください。ここは戦場になる。最悪この街は消滅する可能性もあります。だから、出来るだけ遠くに逃げて下さい」


「だが、お前一人でどうにかできる相手じゃねえだろ?」


 エジがナチに詰め寄るが、ナチは「どうにかするしかないんですよ、もう」と一蹴した。エジは眉間に皺を寄せはしたが、それ以上の言葉を重ねることは無かった。彼だって理解している。あの竜を倒すにはレヴァルの戦力では到底不可能なことを。誰かが殿を努めなければならない必然性を。


 レヴァルという街が消滅する可能性が決して低くない事実をエジは気付いているのだ。


「では、行ってきます」


「ナチ。必ず勝て。必ずだ。我の仲間が敗北することは許さん。分かったな?」


 イズが嗚咽混じりの声で、けれども力強く言った。ナチはその声で、自然と頬が緩んでいくのが分かった。ナチはイズの頭にそっと触れると、次に虫の息をしているマオの血に濡れる手を握った。


 冷たい手。いつも、ナチの背を叩いて鼓舞してくれた手。常にナチの手を引いてくれた先導の導き手。この手を離すのが怖い。ナチだって理解している。これを離したら最後、次は存在しないかもしれないという事実を。


「行ってくる。必ず倒してくるから、待ってて」


 言葉は返ってこない。ナチをいつも安心させてくれた、あの明朗な声は返ってこない。穏やかで力強い響きを持つ言葉は返ってこない。


 ナチは手の平に付着した彼女の温かな血液を握り締めると、イズ達に踵を返した。群衆を掻き分けて港へと進む度に、突き刺さる無数の視線。


 そんなものは気にならない。これから起こる大事に比べれば、大した問題ではない。マオを助ける大義名分に比べたら有象無象にしか見えない。ナチはポケットから符を大量に取り出すと、レッドドラゴンに焦点を合わせた。


 倒す。異世界の竜だろうが、神だろうが、倒す。必ず殺す。

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