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二十三 急かされる決断

 ナチ達がトリアスへと戻る頃には完全に空は黒一色に包まれ、雲間に隠れた月がその隙間から月光を降り注ごうと躍起になっているが、月光のほとんどは遮られている。


 人気のない村を進み、ナチ達は真っ直ぐにイサナ達が待っているはずの家へと向かって行く。狭い村であるから家はすぐに見えた。家の灯りが点いている事にナチは安堵すると共にナチ達は道場の扉へと近付いていき、少し強めに叩く。


 すると、扉の奥から足音が聞こえてくる。すぐにそれが早足だと気付く。その足音に少しばかりの不安を覚えると共にナチ達は一歩扉から離れた。


 扉が開き、現れたのはイザナ一人。「おかえりなさい」と言った彼女の手には一枚の紙が綺麗に丸められて握られていた。


 ナチもマオもイズもその紙に釘付けになる。今朝、村中に貼ってあった紙ではないという事は一目瞭然だった。紙の色も状態も明らかに新品同様に綺麗で、紙の中央を縛ってある紐は見るからに艶があり、決して安物では無いことがナチ達でも即座に判断する事が出来た。


 そして、その紙の送り主もすぐに思い当たる。


「とりあえず、中へ」


 道場へと入り、扉を後ろ手に閉めるとナチ達はそのまま居間へと通された。ランプの光が煌々と部屋を照らし、その光が深刻な表情で椅子に座っているマルコの表情を鮮明に照らし出す。

 

 ナチ達が居間へと入った瞬間に机を見つめていたマルコの視線は跳ね上がった。縋る様にナチを見つめた後に椅子から立ち上がり、ナチ達を椅子に座る様に促した。ナチ達は椅子を引き、マルコと向かい合う様に座った。


「イサナとメリナは?」


「今は部屋にいます。呼びましょうか?」


「いえ、今は大丈夫です。それよりもその紙は?」


 ナチは首を横に振りながら、イザナが手に持っている紙へと視線を刺す様に送る。


「ナチさん達が帰って来る少し前にフルムさんがトリアスに来たんです。その時に配っていて」


 イザナは縛ってあった紐を解き、紙を開くとそれを机の上に置いた。紙を置くとイザナはマルコの隣に腰を下ろし、再び丸みを帯びようとする紙を押さえる。


「これは?」


 ナチは頬を掻きながら、マオを見る。マオは一瞬ナチの視線の意味が判然としない様だったが、すぐにその意味に気付き、手紙へと顔を深く覗かせた。


 その後にマオが書かれた数行の文章を読み上げていく。


「明日、日の出と共に我が愛しの婚約者であるメリナ捜索を実施する。それに伴い、私に尽力してくれる勇敢なる協力者を募る。協力者には褒美を用意しよう。ぜひ、私に力を貸してほしい。私の愛する婚約者をぜひ、見つけてはくれないだろうか。

 もし、協力してくれる者がいるのならば、暁の頃、トリアスへ迎えに向かう」


 最後にフルムのフルネームを口にすると、マオは手紙から顔を離した。眉を上げながら、息を吐いている彼女に礼を言った後にナチは手紙を再び丸めた。


「トリアスのほとんどの人達が参加を表明していました。フルムさんの部下の他にも友好関係にある貴族の方も協力するとの事で、少なくとも三百人は集まるんじゃないかと」


 マルコが俯きながら、今にも泣き出しそうな声で言った。


 三百人も捜索に参加するという事は超能力の数も三百種類という事になる。三百人という大所帯で森を捜索すれば、一時間も掛からない内に探し物は見つかる。下手をすれば一時間も掛からないかもしれない。


「なるほど……」


「こんなことされたら二人を逃がせなくなるよ」


 それが目的なのだろう。二人をこの家に閉じ込めておけば、二人を炙り出す方法は無数に存在する。


「期限などは言ってましたか?」


「いえ、期限などは特に言っていませんでしたな」


 そうですか、とナチは顎を擦った。期限を設けないのはナチ達の不安を煽り、焦燥感を助長させる為か。それとも二人を確実に捕まえる為の策を選定する時間稼ぎか。


 どちらにしても、ナチ達は永久にこのトリアスに居続ける事は出来ない。ナチ達にも旅があり、それぞれの目的があり、それにはタイムリミットが存在している。


 期限が分からない以上はナチ達も見切りを付けなくてはならなくなる。ナチはフルムにサリスを探す為にこの村へ来たと旅の目的を告げてしまっている。ナチ達が村に長居できない理由を彼は知っているのだ。それも踏まえてフルムは期限を設けなかったのだろう。


 それにフルム主導で捜索の舵を取るというのならば、必ず村に焦点を向けるはず。獲物が眼前に潜んでいると分かっていて、それを逃すはずがない。


 一度、皆さんの家の中を確認させてほしい。二人が潜んでいる可能性がありますから、などと言われたら村人達は簡単にフルムを家に招き入れるだろう。


 そうなれば、イザナ達にも当然声が掛かる。そうなった時に透明化でフルムを誤魔化しきれるか、あまり自信は無い。透明化で二人を村人達から隠せた要因はマオの演技と、村人達が何だかんだと無意識に遠慮していたからだ。


 フルムに同じ策が通じるとは思えない。彼に半端な小細工が通じるとは思えない。


 また、今朝の騒動でフルムは間違いなくナチとマオに対して、警戒と疑念を抱いたはずだ。二人を隠すことが出来る何らかの能力を持っていると疑ったはず。となれば、彼は最初からナチとマオの能力を疑って捜索するはず。もしそうなった場合、透明化など簡単に見破られる。


 それに透明化には視覚の遮断というデメリットが存在する。一度透明化してしまえば、単独での行動は不可能。諸刃の剣すぎる。


 ならば、透明化せずに臨機応変にとも思うが、この家に隠れられる様な場所は無い。外に逃がすにしてもどこに隠すというのか。村の周辺はフルムの部下達が森をくまなく捜索し続けている。身を潜めそうな場所は監視され、夜通し森を歩く兵達。逃がす場所など皆無ではないか。


 ナチは瞼を下ろし、口元を覆う様に手を添えた。添えた手に鼻息が当たる。


「もし、お前が考えた策を実行するというのならば、今しかないのではないか」


 明日の朝になれば早朝だろうが深夜だろうが、膨大な量の兵がトリアス周辺を包囲することになる。圧倒的な物量で囲われてしまえば策は意味を成さない。強行突破で包囲を抜けるしかなくなる。

 

 だがそれはイサナとメリナだけではなく、ここに居る全員を危険に晒す事になる。


 強行突破すれば敵はフルムだけではなく、協力している貴族達も敵に回る。もし、イサナとメリナを逃がす事が出来たとしても、今度はナチ達が逃避行の旅に早変わりだ。イザナとマルコだってトリアスには居られない。


 捜索が始まった後に逃亡しようとするのでは、もう遅い。つまり、ナチ達が二人を比較的安全に逃がす事が出来る時間は今日の夜から、明日の日の出まで。


 ナチが引き延ばせた時間は本当に僅かだったのだ。気休め程度の時間しかナチには稼げなかった。ナチは自嘲気味に口元を歪ませると、瞼を開いた。


「他の貴族の応援はもう来ているんでしょうか?」


「申し訳ありません……」


 申し訳なさそうにイザナが頭を下げる。知っている訳がないよな、と思いながらナチはイザナの顔を上げさせた。


 貴族の応援がいつやって来るのかはもはや調べようがない。ナチ達が動いた時に応援に間に合っていなければラッキー。駆けつけていれば己の運命を呪うしかない。貴族が応援に駆け付けているか駆け付けていないかは、この際どうでもいいのだ。


 もうナチ達が取れる選択肢は限られているのだから。


「僕達が動くのはトリアスの人達が寝静まった深夜帯。それで、大丈夫ですか?」


 ナチはイザナ、マルコ、マオ、イズの順番に顔を向けた。ナチの言葉に同意すれば、あと数時間後には行動を開始する事になる。イサナとメリナを村から逃がす事になる。


 イザナとマルコにとっては永遠の別れにもなり得る決断だ。マオはともかく二人はすぐには返答しないだろうと思っていた。


 だというのに二人は真っ直ぐにナチを見つめ、瞳には力強い意志を灯しながら首を縦に振った。


 肩は震えているのに。手だって震えているというのに。お互いに手を握り締め合って、ナチを真っ直ぐに見つめ、もう一度だけ頷いた。


「私達は皆さんを信じます」


 震えた声で紡がれたマルコの言葉にナチはただ頷くしかなかった。


 二人だって、本当ならこんな決断をしたくはないのだ。本音を言えば二人の娘と笑って暮らせる未来を掴み取りたいのだ。


 どこかで歪んでしまった幸せな未来の光景を誰よりも掴み取りたいと願っているのは、この二人なのだ。だから、この二人はその未来を少しでも確かなものにする為に涙も想いも、心の底に閉じ込めている。

 

「全力を尽くします」


 ナチにはそう言うしか出来なかった。もっと、二人を安心させてやりたいのに。もっと気の利いた言葉で二人の不安を払拭させてやりたかったのに出て来た言葉はあまりにも弱々しい。


 それでもイザナとマルコはナチの言葉に力強く頷いた。


 この二人は信用してくれている。他の誰でもないナチを。ナチ達を。


 だから、この信用には応えねばならない。応えたいと思う。


 ナチは二人に頷き返すとポケットの符に触れた。準備は万全だ。完璧とは決して呼べない様な策だがそれでも準備だけは完璧にした。その結果がどうなるのかはナチにも分からない。知りようもない。


 だから、良い結果にする為に全力を尽くそうと思う。


 後悔しない為に。後悔に苦しまない為に。

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