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八 マルコ

 トリアスに戻ったナチ達を迎えたのは、村人達の懐疑的な視線。イザナの姿を捉えた住人達は表情から友好的な感情を消し、目を細めた。帰って来たぞ、と言わんばかりに警戒心剥き出しの視線を向けて来る。


 村に沈黙が走る。会話は鳴り止み、ナチ達の歩行音だけが響く。誰もナチ達に声を掛けてくる事は無い。近付いて来る者も居ない。ただ、ナチ達に視線を送って来るだけ。


 イザナはその一人一人に軽く頭を下げながら、進んでいった。ナチ達もそれに倣って頭を下げる。が、頭を下げるだけの価値がある連中だとは思えない。

 

 フルムの部下と何も変わらない連中だ。


 真実を知らず、知ろうともせず、表面だけをなぞって真相に触れたと勘違いしている愚か者。その集まり。そのくせ、全くの部外者のくせに被害者面して、イザナを見ているのが癇に障る。


 大変な目にあっているのは当人達とその関係者なのに、どうしてこの部外者達は、他人の不幸を我が物顔で振りかざしているのだろうか。


 一人の人間を迫害する事が本当にフルムの為になると思っているのだろうか。それが本当に誰かの為になっていると信じているのだろうか。そんなにもフルムに恩を着せたいのならば、今すぐにでもその足を動かして二人を探しに行ったらどうだ、と言ってやりたくなる。その衝動が体を支配しそうになる。


 つい、口に出してしまいそうになる。


「こっちです。皆さん」


 朗らかな笑みを浮かべて口を開いたイザナを見て、憤怒に近い感情は心の奥底に沈んでいく。


 ナチは村人達を極力、視界に入れないようにした。今の村人達を見るのは精神的に毒だ。彼等を見ていても湧いてくるのは不快感と怒りだけで、幸福な感情が生まれる気配は全くない。


 ナチは胸に溜まった鬱屈とした感情を吐き出すかのように、息を吐いた。


「苛立っても仕方がないぞ。気持ちは分かるがな」


 イズが、先頭を歩くイザナには聞こえない様な声量で言った。


「怒りを咲かせる種は見ないようにしたから問題ないよ」


「でも、確かに嫌な感じするよね。私達が見ると視線を逸らすくせに、ずっと見てくるし」


「積極的に関わりたくはないが、現状がどうなっているのかは気になる。そんな所だろう。それに他人の不幸は最高級のつまみになるからな。マオ、イザナをよく見てみろ」


「うん? うん……うん?」


 マオは言われるがままイザナの後ろ姿を見つめていた。ナチもそれにつられてイザナを見る。綺麗な青い髪が夕焼けに照らされて煌めき、白く細い首筋が、髪が揺れる度に覗く。


 長い手足や、凛とした佇まいは王に忠誠を誓った騎士を彷彿とさせる。そして時折、ナチ達を振り返っては笑顔を浮かべている彼女は、誰がどう見ても美人でとても一児の母だとは思えない程の若々しさだった。


「イザナを見て、どう思った?」


「えーっと、美人でかっこよくて、細くて。あとは、綺麗で歩き方もかっこよくて、手足も長くて羨ましくて、あと美人」


 イザナの歩き方が少しぎこちなくなった。足を踏み出すリズムが少し乱れた様な気がしたが、気のせいだろうか。耳も夕日を浴びているせいか、真っ赤に染まっている。


「まあ、かなり阿保の物言いだったが、我も概ね同意見だ。イザナは美しい。これは村全体が知っている事実だ。そして、その娘も美しい。美しい母子。これも認めざるを得ない事実。だが、人はその美しさに人は嫉妬する。マオ、お前にも身に覚えがあるのではないか?」


「それ答えるの嫌なんだけど……」


 イズの問いに答えるという事は自分で自分の事を美しいと言っている様なものだ。他人から言われるのと、自分で言うのとでは意味合いが大きく変わってくる。


 言いたくないと思うのも仕方がない事ではあった。


「別に恥ずかしがることではなかろう。お前は美しい。これも事実なのだ」


 イズのべた褒めにマオは少し頬を赤くしながら頬を掻いた。


「まあ言われた事はあるけど、それがどうしたの?」


「平凡な人間の不幸話よりも、美人の不幸話の方がよいつまみになるという事だ」


 確かにと思いながらナチはイザナの後ろ姿を見つめていた。どこか寂寥感を漂わせるイザナの背中を。


「……それイズさんの持論?」


 呆れた様に息を吐きながら、マオは言った。


「シロメリアが言っていた事をそのまま言ってみただけだ」


「シロメリアさんの持論なの、それ? 私の中のシロメリアさんが少し崩れ落ちたよ」


「何を言う。若かりし頃のシロメリアはそれはもう綺麗な娘だったのだぞ。ブラスブルックの男達が連日シロメリアの家へと押し寄せる程にな」


「それは想像できるかも。ん? ていうか、イズさんとシロメリアさんって会ってなかったんじゃないの?」


「会ってはおらぬぞ。我が森の中から勝手に見ていただけだ。森の中で一人というのは暇でな。時折、街を眺めていたのだ」


「律儀に約束守ってたんだね、イズさん。健気……」


 マオが肩に乗っていたイズを抱き締めると、イズの頭に、自身の頬を擦り付けた。「おい、やめろ」とイズは口にしてはいるが、赤い双眸は細められ、安心しきった様にマオの腕に顎を乗せている。


 どう見ても、嬉しそうだった。


「皆さんは仲が良いんですね。羨ましいです」


 イザナは村の中では割と大きい部類に入る木造の家屋の前で立ち止まると、ナチ達へと振り返った。


「まあ、悪くは無いな。そこの言葉足らずの符術使いは対象外だが」


 素直じゃないな、と思いながら、ナチはイザナに視線を送る。先へ進めてくれ、と視線で催促を送る。


「皆さん、こちらに」


 イザナは横開きの扉を勢いよく左から右へと開くと、ナチ達を家屋の中へと促した。ナチ達は家屋の中へと入っていく。そして、最後にイザナが入ると扉を閉めた。


「さあ、奥へ」


 イザナに促されるままに奥へと進む。ナチは床板を歩きながら家屋の中を見渡した。壁に立て掛けられているのは木造の剣。大きい物から、子供でも扱えるような小さい物まで、様々な大きさの木剣が立て掛けられていた。


 それに、大きく立ち回っても問題ない程の広い部屋の床には抉れた様な傷が無数にできている。


「ここは道場なんです。剣を教える為の」


 道場に設置された上げ下げ窓から差し込む夕焼けに照らされたイザナは床に付いた大きな傷に、手で触れながら言った。


「この傷も、剣を教えている時に付いた傷です。イサナが初めて付けた傷でもあるんですよ」


 その傷を慈しむ様に愛しい者に触れる様な手つきでイザナは床をなぞった。口端を僅かに上げ、目尻が少し垂れている。それから指をゆっくりと傷に沿って動かし、イサナとの思い出を語り出した。


 イサナが初めて剣を持った時の話や、イザナに剣で負けて泣き出してしまった時の話。メリナの前で格好つけようとして練習中に怪我を負ってしまった時の話など、思わず微笑んでしまう様なエピソードを嬉しそうにイザナは話してくれた。


「親馬鹿だと思われるかもしれませんが、あの子は優しい子なんです。優しくて、少し抜けてて、とても臆病なのに正義感は人一倍強くて」


「どこかの誰かさんみたいだね」


 マオがナチを見ながら言った。イズもマオの言葉に同意。首を縦に振った。


「確かに少しナチさんに似ているかもしれません。誰かの為に怒れるのは誰にでも出来る事ではありませんから」


 夕日に照らされたイザナに笑顔で見つめられ、ナチは目を逸らした。逸らした先にはマオが居て、視線をまたイザナに戻し、今度は反対方向に動かした。視線が迷子になる。

 

 結局、壁に立て掛けられた木剣を見つめていると、イザナが行きましょうかとナチ達の脇をすり抜け、奥へと進んでいく。道場の奥に設置された扉へと近付いていくイザナに、ナチ達はついて行く。


 扉を手前に引き、奥へと入っていくイザナに続いたナチ達がまず目にしたのは天井に吊るされたランプ。赤と橙の火種が楕円の筒の中で揺らめき、部屋の中を照らし出す。


 ランプから視線を落とすと、次に見えたのは木で作られた簡素な作りの長方形の机と四つの椅子。机の中央には花瓶が置いてあり、そこに挿された一輪の藤色の花がどこか儚げに花弁を下に向けていた。


 向かい合う様に二つずつ並べられた四脚の椅子は所々色褪せ、ひじ掛けは分かり易く白くなっている。長い間使用しているのだろう。壁にぴったりと着く様に置かれた棚には食器やカップ、数冊の分厚い本が棚ごとに置いてあり、棚の一番上の段には、木を粗削りした人形が四つ置いてあった。


「道場と家が一緒になってるんですね」


「はい。道場と言っても村には人が少ないですから。ただの道楽ですよ。普段はこちらで暮らしているんです」


 イザナはナチ達を椅子に座る様に促しながら、部屋の奥へと消えていく。部屋の奥には扉が二つあり、イザナは左側の扉を開け入っていく。


 部屋に消えていったイザナから視線を外し、ナチ達は椅子を引くとそこへ座る。座った瞬間に軋む様な音がしたが、気にせずに座った。ナチの隣に座ったマオも椅子の軋みを気にする事無く、腰を下ろした。イズがマオの肩から、膝上へと移動する。


 生活感が溢れている様で部屋に置いてある物は少なく、机や椅子、食器などの必要最低限の物しか部屋には置いてなかった。部屋の右側に設置された石造りのキッチンやシンクは綺麗に掃除されていて、井戸から汲んできたのか、地面には水が入った木で作られた瓶が置いてある。


 キッチンがある壁に設置された二つの引き出し窓から差し込む夕日が、茶色の床板を照らし出し、細かな傷を浮かび上がらせる。それはイザナ達が歩んできた軌跡。ここで暮らしてきたという思い出の傷を、夕日が鮮明に映し出していた。


「片付いているな。普段から掃除が行き届いている証拠だ」


 マオに抱かれるイズは彼女の膝の上で忠犬の様に座っていた。それから机を右手で擦ると、そんな事を嘯く。姑か、と思いながら、ナチは「そうだね。キレイキレイ」と適当に返した。


「いきなり家に案内されたけど、何かあるのかな? 剣術撲殺地獄?」


 イズの腹と背を触りながらマオが淡々と言った。そして、優しい手つきで毛を撫でるたびにイズは満足そうに息を漏らす。その後も文句を言う事無くマオの好きな様にさせていた。


「部屋からイサナとメリナが出てきたりするんじゃない?」


「天井を貫通してきたりしてな」


「私は窓を突き破って出てくると思う」


 三人とも、そんな事は起こり得ないと理解しながら、イザナの帰還をじっと待った。特に何もする事無く他愛もない会話をしながら、彼女が入っていった扉を見つめた。


 それから、短い時間を椅子に座って待っていると足音が聞こえてきた。足音は二つ。扉の奥から、くぐもった話し声と共に聞こえて来た。


 ナチが椅子の上で姿勢を整えたのと同時に扉が開く。手前に引かれた扉から出て来たのはイザナと長身の男性。イザナよりも頭一つ分は高い。


 赤茶色の短い髪に、優しそうな雰囲気を持つ、体格の良い男性だ。白いシャツの上に赤茶色のベストを羽織り、黒いズボンを穿いている姿は農夫の様にも、鍛冶職人の様にも見えた。


 赤茶色の髪の男性はナチ達を見ると、口角を上げ眉根を下げた。それを見て、ナチとマオは椅子から立ち上がろうと体に力を入れる。


「お気になさらず、座っていてください」


 男性は朗らかな笑みを浮かべながら、両手の手の平を下に向け、数回扇ぐような仕草をした。


「は、はい」


 座ってくれ、と言っていると捉えてもいいのだろうか、と悩みながらもナチ達は脱力し再び椅子に深く座り込む。背筋を伸ばしていると「そんなに固くならなくて大丈夫ですよ」とイザナが男性の横で微笑む。


「初めまして、私はイザナの夫でマルコと申します。この度は妻がお世話になったようで感謝します」


 マルコが軽く頭を下げると、イザナも隣で頭を下げた。


「い、いえ、気にしないでください」


 ナチが顔の前で手を振っていると、マルコとイザナはもう一度頭を下げた。それから二人は椅子を引き、静かに腰を下ろす。やはり椅子が軋んだ音がしたが、二人は気にする事なく椅子に深く座った。


 その後にナチ達は軽く自己紹介を済ませると、すぐに本題に入った。


「皆さんはイサナとメリナを探す手伝いをしてくれると、伺ったのですが」


「はい。仰る通りです」


「それはとても助かります。私と妻の二人だけでは限界がありまして。協力してくれる方が欲しいと、常々思っていたんですよ」


「この広い森の中を二人で探し出すのは至難の業ですからね。心中お察しします」


「そうなの?」


 マオが隣に座るナチのコートをか弱く引っ張ると、浮かび続ける疑問で脳内がパンクしていそうな表情でナチを見ていた。ナチとイズは苦笑を漏らすと、温柔な眼差しをマオへと向ける。


「僕達四人で探しても手掛かり一つ見つからなかったでしょ? それを二人で探すとなると、奇跡でも起きない限りは普通は見つからないと思うよ」


「鉱石や薬草を探す訳ではないのだ。我等が森でイサナとメリナを探している間も二人は森の中を動き続けておる。居場所を特定できず、移動し続ける相手を探し当てるというのは、至難の業、という事だ」


「でも、二人だって寝たり、休憩したりするでしょ?」


「お、冴えてるね。そう。二人も僕達と同じ様に睡眠を取って、疲れたら休憩を取る。寝ている間は当然二人の動きも止まるし見つけられるチャンスも高まるんだけど、僕達は二人がどのタイミングで寝るのか知らないし、分からないからね。探す側としてはそこはあんまり重要じゃないかな」


「普通に夜じゃないの?」

 

 ナチは瞑目しつつ「どうだろうね」と首を横に振った。


「逃避行っていうのは基本的に追われる恐怖との戦いだからね。一日中、誰かに追われる恐怖に常に周囲を警戒し続ける集中力。精神をとてつもない速度で摩耗しながら逃げ続ける事になるから、ゆっくりは寝られないんだよね」


 ナチ以外の全員が、瞠目してナチを見ていた。どうしてそんな事をお前が知っているんだ、と言いたそうにしている懐疑的な視線がナチを射抜く。


「多分、夜も朝も昼も常に気を張ってるはずだし、長く眠れた日なんてないと思うよ。まあでも、二人で逃げてるんなら、片方が寝ている間は片方が見張りしてるんじゃないかな。それなら睡眠時間は歩いて程程度確保できるかも」


「だが、あの子達は普通の村娘なのだ。二人がそんな知恵を巡らしているという保証もない」


「まあ確かに保証はないけど、してる可能性はあるよ。五日も逃げ続けられてるし。五日も逃げるには食料や飲み水の確保や、夜通し逃げる為の知恵とか無いと厳しいよ」


「それは確かにそうだが、そもそもフルムの部下は夜も二人を追っておるのか?」


「はい。深夜にランプの灯りが森を動いているのを何度も見た事があります。おそらく、夜通し探しているのではないかと」


「日中も、ですか?」


 イザナが首を縦に振った。


「朝も昼も夜も、常にフルムさんの部下は森を捜索しています。五日間ずっとです」


「うえーガチじゃん。夜通し変質者に追われたこと思い出して少し鳥肌立ったよ」


「そうですか……。マオちょっと黙って」


 一日中フルムの部下が二人を捜索しているとなると、気を抜ける瞬間など、もはや存在しない。常に外敵に追われている様なものだ。そんな状況を無策で乗り切れるとは思えない。やはり二人は逃走経路や睡眠時間の確保を工夫していると考えた方が良いかもしれない。


「どこか、二人が身を隠しそうな場所などは知りませんか?」


 イサナとマルコは同時に首を横に振った。


「知らないという訳ではないんですが、どこで知ったのか、二人がよく遊んでいた場所にはフルムさんの部下が常に見張っていて近寄れないんです」


「常に、ですか?」


「はい。一度、深夜にも向かってみたのですが、やはりフルムさんの部下が見張っていました」


 ナチは苦渋を表情に浮かべた。


 交代しているのだろう。フルムは貴族だ。それなりの数の部下を従えているはず。その気になれば、遠方から人を雇う事もできる。夜通し二人を探す捜索隊を作り上げる事など、造作も無い事だろう。


「徹底しているな。これでは、二人が捕まるのも時間の問題だ」


「じゃあ、私達も夜に探しに行こうよ」


「いや、夜は大丈夫だと思うよ」


 イズ以外の全員が疑問符を浮かべた様な懐疑的な感情を表情に混ぜた。


「どうしてですか?」


 ナチはイズをちらりと見た。ナチが説明するよりも、森に暮らしていたイズの方が説明役には適任だろう。ナチの視線に気付いたイズは、ふん、と鼻を鳴らすと体を起こした。


「森というのは基本的には光源が存在せぬと前に進めぬ程には真っ暗だ。月明かりも高く伸びた木々が全てを遮ってしまう。だから、お前達は火を用いて行先を照らす。だが、それは同時に自分の居場所を知らせている様なものなのだ。夜目が利き、森に棲む我等からするとお前達の行為は自殺行為だ」


「相手がどこにいるのか分かっているのなら、逃げる事は簡単だよ。ランプから離れて行けばいい」


「でも、それだとイサナとメリナも何も見えないって事になるんじゃないの?」


 イザナとマルコが同意を示す様に小さく首を縦に振った。


「見えなくなる時もあると思う」


「ん? どういう事?」


「フルムの部下は夜通し森を歩いている。それもランプを持って、だ。もう分かるな?」


 マルコが目を僅かに見開かせながら、口を開けた。


「……誰かのランプが、二人のランプに成り代わる、という事ですね」


 ナチとイズは首を縦に振った。マオとイザナも小刻みに首を縦に振っている。どうやら、全員がナチとイズの言っている事に納得してくれた様だ。


「そうだ。夜ならば常に相手の居場所は分かる。夜目が利かないほどの暗い森もフルムの部下が照らしてくれる。必ず安全だ、とは言ってやれぬが、それでも夜は比較的安全だと我は思う」


 それを聞いて、イザナとマルコは安心したように大きく息を吐いた。緊張が抜けていくかの様に肩が下がっていく。


 とは言ってもイサナとメリナが村を離れてから五日。そろそろ限界のはずだ。精神的にも、肉体的にも。例え、睡眠を規則正しく取れていようが、疲労は肉体に蓄積していく。恐怖と焦りは心に蓄積していく。


 イズが言う様にイサナとメリナは戦いとは無縁の普通の少女なのだ。この非日常の毎日が続けば、精神は簡単に崩壊する。極限の緊張状態は精神を侵し尽す。肉体は時間を掛ければ元に戻る。けれども、壊れた精神が元に戻る事はない。壊れた心の破片を一生懸けて、繋ぎ止める人生が始まるだけだ。


 ナチは安堵した様な表情を浮かべる二人を見て、笑顔を浮かべながら、息を吐く。


 タイムリミットを示す秒針が動き出した様な気配がした。


 その時計が回り切った時、二人は捕まっているのだろうか、それとも……。

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