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八 対等性

 二人は書庫を出た後、真っ直ぐシロメリアの仕立屋に帰った。


 予定していた特訓は延期。理由はナチだ。彼の表情に浮かび上がった濃い疲労。誰が見ても疲れていると分かる顔で書庫を出た彼を誰が特訓に誘えるというのか。


 ナチが疲弊している理由は分かっている。ナチは結局、朝から夕方までずっと符術を使用していたのだから。しかも常に神経を尖らせ、集中力を切らさず、マオとコルノンが本を分けやすい様に、本を置く位置にも気を遣ってくれていた。


 疲弊して当たり前だ。


 本人は大丈夫だよ、などと言っていたが、そこはマオが「もう疲れたから、帰ろう」と帰宅を促し、ナチを半ば強引にシロメリアの仕立屋に向かわせた。


 シロメリアの仕立屋に戻ると、シロメリアとネルは当然ながら作業場で仕事中。難しい顔で、二人は服のデザインについて話し合っていた。マオ達は、シロメリアとネルの邪魔にならぬ様に、簡単な挨拶だけを済ませ階段へ。


 足音をあまり立て無い様に静かに階段を上がり、二階へたどり着くと、マオはナチの手を引っ張り奥の部屋へと向かった。そこは彼が与えられた部屋。扉を開けたマオはナチを連れて中へ入ると、部屋の中心に躍り出た。


 部屋の中心に立った所でナチの手を離しマオが振り返る。すると、そこには困惑した表情を浮かべたナチ。マオの行動の意図が読めず、戸惑っているナチにマオは彼に床に腰を下ろす様に指示を出す。


 素直に床に座り胡坐をかくナチの前に、マオも座った。


 向かい合う二人。重なる視線。部屋を満たす沈黙にナチが息を呑むのが分かる。困惑し、マオの表情を窺うように見ているのが分かる。その沈黙を破る為にマオは口を開いた。


「お兄さん」


 ナチの背筋がピンと伸びる。


「は、はい」


「疲れたんなら正直に疲れたって言って」


「まあ疲れてはいるけど、マオと特訓するくらいの力は」


「疲れてるお兄さんと特訓しても意味ないよ。そんなに疲れてるお兄さんと特訓しても強くなんてなれない」


 色濃い疲労が間違いなく集中力を阻害する。ナチから正常な判断と思考を奪う。そんな状態で特訓を行えば、どちらかが大怪我したとしてもおかしくはないし、大怪我をすれば暫く身動きが取れなくなる。それでは本末転倒だ。


「それは、そうかもしれないけど……」


 マオから視線を逸らすナチの言葉はあまりにも弱々しい。眠気を堪えているのか、彼の瞼は何度も無意識に下がろうとし、それに気付いたナチが意識的に瞼を上げる。それを何度も繰り返している。睡魔に意思が抗えていない。ナチの精神はもう限界なのだ。


「お兄さんは一人で旅してるわけじゃないんだからもっと私を頼ってよ。それが出来ないって言うんなら自分の体調管理くらい自分でちゃんとやって」


 少し強い口調で言うと、彼は焦点が合わない瞳をマオへと向けてきた。あらゆる感情が睡魔に喰い尽され表に出ることを許されず、ナチの口は色が伴わない言葉を紡ぐ。


「……ごめん、気を付ける」


 もう目の前に座っているのがマオだと認識できているのかすら怪しい瞳を見て、マオは徐々に苛立ち始める。もう限界なのに弱音を吐かないナチにも、頼りにしてもらえない弱い自分にも。


「いいから、もう寝なよ。限界なんでしょ?」


「いや、別に限界じゃ」


「いいからもう寝ろ!」


 マオはナチの肩を掴むと強引に押し倒した。倒した衝撃で床板が軋み、棚の最上段に置いてあった木箱が床に落下。騒々しい落下音と共に中身が散らばっていく。


 散らばった中身には目を向けず、ナチの腹に馬乗りになったマオはナチの顔に自身の顔を近付けると、無理矢理に視線を合わせた。彼の黒い瞳に自分の青い瞳が映り出す。ナチの息が当たり、マオの吐息がナチに当たる。その熱も艶めかしさすらも気にはならなかった。


「どうしたの?」


 押し倒された衝撃で一時的に眠気が消えたのか、ナチはマオに憂心と困惑が入り混じる視線を向ける。その表情を見た瞬間にマオは歯を食いしばった。こんな時でも他者の心配を真っ先にした彼の優しさが悔しくて、マオはナチのコートを掴む力を強めた。


「疲れたんなら疲れたって言ってよ……。無理をして取り返しのつかない事になったら……」


 思い出す。体調が悪いのに無理をして仕事に赴いたサリスが大怪我を負って帰って来た時の事を。頬に付いた一文字傷から真っ赤な血が絶え間なく流れていたのを。命の灯が失われようとした、あの時の事を。


 あんな思いは二度としたくない。あんな絶望は二度と味わいたくない。


「……そう、だね。ごめん。今度からは気を付ける」


「……うん。分かればいいよ」



 マオは未だに心配そうに見つめてくるナチに笑顔を向けた。すると、彼も安心した様に相好を崩す。本当に安堵した様に。


 私は子供だ。衝動のまま動いて、彼を困らせてしまう。彼の役に立ちたいのに。大人になりたいのに。彼を見ていると、不安が胸を埋め尽してしまう。サリスの様に弱音を吐かず、弱い部分を見せない彼はきっと無茶をする。無理をする。


 それがたまらなく怖い。マオの知らない所で無理をして、亡骸だけが戻って来る。そんな未来を否定できない事が、マオをどうしようもなく不安にさせる。



「約束して」


「約束?」


「私の前では無理をしない約束」


 そう言いながら、マオは左手の小指を差し出した。指切りの催促。この行為に何の効力も無い事は分かっている。これがただの飯事染みた幼稚な行為だという事を分かってはいる。が、そうでもしないとマオは安心できない。不安を払拭できない。


 ナチがマオの小指に自身の左手の小指を絡めようとした時、扉が勢い良く開いた。


「マオ! ナチ! 大丈夫?」


 部屋に響くネルの声。血相を変えて現れたネルが押し倒されたナチと押し倒しているマオを見て絶句した。ネルの背後に立つシロメリアも、二人を見て言葉を失った。


「え? マオが押し倒してるの? え? そっち?」


 その言葉だけで、ネルが何を危惧していたのか、大体想像がつく。ナチが性欲に囚われ衝動的な感情に支配されてマオを襲おうとし大きな物音が鳴ったためにマオが危険なのではないか、と判断し、慌てて二階に駆け上がってきたのだろう。


 そして、その期待は外れ今に至る、という訳だ。


「これは意外な展開……。まさか、マオがこんなにも肉食女子だったとは」


「マオさんは意外と積極的なんですね……。人は見掛けに寄らないとはよく言ったものです」


「ち、違う! これはお兄さんが疲れてたから」


 ネルが口に手を当てながら、艶めかしく微笑む。


「癒してあげようとしたの? 駄目だよー? ナチ疲れてるのに、疲れる様な事させちゃ」


「だから、違う!」


「一階へ戻りましょうか、ネル。お邪魔虫は退散しましょう」


「そうですね。お邪魔虫は退散しましょう」


 顔を見合わせ、悪餓鬼の様な笑みを浮かべると、ネルとシロメリアは部屋から出て行った。扉が閉まる直前、ネルが顔を扉から覗かせた。相変わらず悪餓鬼の様な悪戯心満載の微笑み。


「あまり激しくしちゃだめだよ、マオ。床抜けちゃうから。ね?」


「早く行け!」


 マオは足下に転がっていた糸の塊を投げ飛ばした。その瞬間、扉が閉まる。扉に柔らかく直撃した糸は音も無く床に落下。その場で静止した。


 残された二人の間に、気まずい雰囲気だけが残り、何となくナチと視線が合わせるのが怖くて、視線を扉に固定させる。床に落ちる糸と扉を見続ける。ネルが聞き耳を立てているのではないか、と扉を訝しんで見ていると、ナチがマオの腕を優しく叩く。


「そろそろ降りてくれる?」


「え? ご、ごめん」


 苦笑しながら言うナチの腹から速やかに下りる。そして床へ降りたマオは少しだけナチから距離を取った。顔が紅潮している。熱湯よりも熱い血流が全身を駆け巡っているかの様にマオの体は火照り、全身からじんわりと汗を浮かべていた。心臓が早鐘を打っているのもその影響だろう。


 冷静になって考えれば、ナチを押し倒し彼の上に馬乗りになって、吐息が当たる程の距離に顔を近付けていたというのは、かなり大胆な行動な気がする。いや、気のせいではない。かなり大胆だ。


 事情を知らない者が見れば、まず誤解する。性行為に及ぼうとしているとまず思う。マオがナチを押し倒し強引に迫ろうとしていると、あの状況では思わずにいられない。


 何でそんな大胆な真似が出来たのか、自分でも分からない。他人に体を触られるのは苦手なはずのに。


「マオ」


「は、はい!」


 急に声を掛けられ素っ頓狂な声を上げるマオを見て、ナチは大の字に寝転がると苦笑した。腕を広げ、天井を見上げている。もう目は開いてはいない。瞼を上げる気力すらないのか、彼の瞼は微動だにしない。


「ありがとう」


「う、うん……」


「少し寝るよ、おやすみ」


 すぐに聞こえてくる寝息に、マオは安心すると共に自身の上着をナチに掛けた。彼はマオの上着が体に掛かると安心したように相好を緩め、大事そうにマオの上着を握っていた。それは子供が眠っている時に大事そうに毛布を握り締めている姿と重なる。その穏やかな光景と表情にマオは穏やかに微笑むと、小さな声を紡ぐ。


「おやすみ、お兄さん」


 静かに寝息を立てるナチを起こさぬ様にマオは部屋を出た。部屋を出ると通路は真っ暗で、二階は完全に夜色に染まっていた。階下から零れる光に誘われる様に、マオは壁に手を着きながら階段に向かって歩いて行く。


 階段を降りる途中で漂ってくる紅茶の香り。茶葉の名称は分からないが、それが香ばしいという事は分かる。その芳しい匂いにマオは瞑目して、大きく息を吸った。鼻腔を通り抜けると同時に、マオの胃袋が空腹を訴え始める。野獣が掻き鳴らす咆哮のように荒々しい音。


 それを聞かれたのか、階下から笑い声が聞こえてくる。少し気恥ずかしくなりながらも、マオはゆっくり階段を降り切った。


「お腹空いちゃったの?」


 作業台としても使用している一枚板の机で、向かい合って座っているネルとシロメリアが笑顔でマオを出迎えてくれる。シロメリアが新たに紅茶を注ぎ、ネルの横にそれを置く。シロメリアに礼を言いつつ、マオはネルの横に置いてある丸椅子に腰を下ろした。


「まあね。一日中、書庫の中で本を探してればお腹も空くよ」


 言いながら、紅茶を一口飲む。口の中に広がる香りが、体に溜まった疲労を少しだけ緩和させる。ほとんど休憩も挟まず、食事も摂らずに本を探していたのだから、胃が空腹を訴えたとしても何もおかしくはない。


「書庫にある本って確か、一万冊以上はあったと思うけど。よく一日だけで探せたねえ」


 驚いた様なネルの声。向かいで紅茶を啜るシロメリアも、やや驚愕。


「手伝ってくれた人がいたから。って言っても、お兄さんがほとんど一人で片付けちゃったんだけどさー」


「疲れた顔して帰ってきた理由はそういう事、か。それでマオが癒してあげようとしたと」


 むふふ、と隣でネルが艶やかな視線を送ってくる。


「だから違うってば。ネル、しつこい」


「いけませんよ、ネル。マオさんの善意を馬鹿にしたりしては」


「あ、シロメリアさんずるい。シロメリアさんもさっきまで楽しんでたのに」


「私はいいんです。年の功です」


 紅茶を啜りながら、それ以上は取り合いません、とばかりにシロメリアは目を閉じた。意外にも狡い大人の見本の様な対応を見せたシロメリアに苦笑しつつ、マオは紅茶を一口啜った。


 ネルは「この裏切り者ー」とシロメリアを揶揄しているが、その表情は言葉とは裏腹に笑顔だ。祖母に甘えている孫のように白妙の歯を覗かせている。


 マオが微笑ましく二人を見つめていると、瞼を上げた彼女と視線が重なる。柔和な笑みを浮かべるシロメリアにどぎまぎして、マオは視線から逃げるように紅茶をもう一口啜った。


「にしても、あの本の量を一人で片せるナチって何者なの?」


「ただのお兄さんだよ。符術を使う普通の人」


 戦闘における知識や技術がマオ達よりも遥か高みにいるだけの普通の人間。マオ達と何も変わらない血が通った人間。弱音を吐けず見せず、自身の体調の変化にも気付けず管理もできない、少し抜けた所がある男性。


 それがマオの中に生きるナチの姿。印象。


「そっか。マオはナチを特別扱いしないんだね。感心感心」


 ネルの表情に母の温もりに包まれている様な慈愛に満ちた笑顔が灯る。その表情で見つめられては女性同士といえど気恥ずかしく思う。しかも、その笑顔を向けてくるのが幼少期から知っているネルなのだ。気恥ずかしさに気まずさも追加される。


「素晴らしいです、マオさん」


「あ、ありがとうございます」


 恥ずかしさを隠す為にマオは紅茶を一口啜って顔をカップに隠した。


「私は荒事とはほとんど無関係に育ってきてしまいましたから、強力な能力を宿す方や、戦場に身を置き剣を振るう方達というのは私から見れば、皆一様に恐ろしく見えます。私の能力は貧弱で有って無い様な物で、強い力を持つ方達に襲われれば太刀打ちする事は敵いません。ですから、無意識に荒事から距離を取ろうとしてしまう」


 何か語り出したな、と思いながらカップを両手で握った。ほんのりと温かい。その温もりが指先を通して全身に伝わり、マオの体は心地よい温もりに満ちていく。そしてその温もりがシロメリアの話に集中させるだけの余裕をもたらしてくれる。


「振り下ろされる剣は何度見ても怖いと思いますし、抗うことが出来ない強力無比な能力はそれ以上に怖い。理不尽な力や理解に欠ける力というのはそれだけで怖いと思ってしまう。きっと、そう思っているのは私だけではないと思います」


「分かります。私もお兄さんの事、怖いと思った事があるので」


 ウサギモドキの住処を二人で駆除しに向かった際、彼は異世界の力で異世界の知識を応用して、ウサギモドキを効率的に全滅させた。無表情で、無感情に彼はウサギモドキが息絶える瞬間を黙視していた。あの時胸に抱いた感情は今でも覚えているし、あの時抱いた恐怖は今でも体が覚えている。


 体中の血液が凍結し全身に寒冷を運んだ、あの悍ましい感覚を、私は今も鮮明に覚えている。

 

「私も大事な友を怖いと思ってしまった事があります。私を助けようとして振るった暴力だという事は理解しているのですが、私は彼を怖いと思ってしまった。そして、それは意外と相手に伝わってしまうものなのですよ」


 喉を潤わす為に紅茶を啜るシロメリア。優雅さを感じさせる挙動でカップを机に置くと、シロメリアはマオとネルをゆっくりと見据えた。


「私の恐怖が伝わってしまった時、彼は寂しそうな表情をしていました。寂しそうに笑っていました」


「それは、どうしてですか?」


 マオは少しばかり前傾姿勢になりながら、言った。


「私は彼にとっての特別だったからです。彼は自分が恐れられている事を知っていた。誰もが自分を忌み嫌い、誰も受け入れてはくれない事を知っていたんです。けれど、彼は自分を恐れず、嫌わず、受け入れてくれる特別な存在を見つけていた。それが私でした」


 マオとネルは無言で、紅茶にも手を付けずにシロメリアの言葉に耳を傾けていた。


「ですが、私は彼を怖いと思ってしまいました。最も嫌われたくない存在から「怖い」という感情を向けられた彼は寂しそうに笑っていた。笑うしかなかったんだと思います。特別な関係性を壊したくなくて、彼は笑うしかなかったんです」


「……彼はどうなったんですか?」


 シロメリアは目を閉じて首を横に振ると、カップに両手を添えた。


「分かりません。もう長い間、会ってないですから。ですが、私は彼を傷付けた。特別という関係に固執し、彼に謝ることすら出来ないまま、私は彼を待ち続けている。マオさん」


「は、はい」


 突然、名前を呼ばれマオは慌ただしく居ずまいを正した。それを見て、ネルとシロメリアが穏やかに笑う。


「強い力を有する者は、特別な関係を築く難しさを知っています。自身に向けられる感情の機微に敏感です。それはきっとナチさんも同じ。彼も心の何処かでは特別を求めている。けれど、何処かで恐れてもいる。上から物を言う様で忍びないですが、どうかナチさんと対等な関係を築いてあげてください」


「対等?」


「はい。この夢幻泡沫な人生の中で、本当に対等な関係を築くのは特別な関係を作るよりも難しい。ある意味、特別を超えた特別です。今はまだマオさんを当てにしてもらえないかもしれない。ですが、マオさんが対等を望み、ナチさんと共に在り続けることを願い努力し続けたのならば、きっとマオさんが望む対等性は手に入ります」


「つまり、ナチがマオに振り向いてくれるかどうかは、マオの努力次第って事ですか?」


 いや、違うだろ、と訂正しようとした所でマオが口を開くよりも先にシロメリアが口を開いた。


「そういうことです。マオさんは綺麗な容姿をしていらっしゃいますし、大抵の男性ならば余裕で落とせると思います。ですが、ナチさんは少し手強い。彼は何処か浮世離れしているというか、よく分からない雰囲気を纏っていますから。なので、マオさんがナチさんを振り向いてもらう為には、たくさん経験をして、たくさん学んで、魅力的な女性になる以外方法はありません」


「別に私はお兄さんと恋人になりたいわけじゃ」


「またまたー。結構、露骨に好き好きアピールしてたと思うよ?」


「してないし! そんなアピール!」


「私の前では無理をしない約束。なんて普通言えないよー。ですよね? シロメリアさん」


「ええ。本当に大事な方にしかあのような台詞は恥ずかしくて言えません」


「聞いてたんですか?」


「偶然聞こえてしまったんですよ」


「そうそう、偶然偶然」


「そんな偶然あるかあ!」


 マオが机を強く叩くと、二人はカップを手に持ちながら、優雅に紅茶を啜った。表情には焦りも動揺も無く、悪びれた様子もない。


「仕方が無いではありませんか。若い男女が連れだって部屋に入っていけば、やる事は一つ。私達は心配だったのですよ」


「もし、ナチが暴走したら止めに入らないといけないし、私達もヒヤヒヤしたよー」


「どこから聞いてたの?」


 マオが羞恥と怒りで肩を震わせ、拳を握っていると、唐突にシロメリアが表情を引き締めた。


「私達も最初から最後まで盗み聞きしていたのは悪いとは思いますが、、自重しなければいけない時はしないといけません」


「…………はい」


 最初から最後まで聞いてたのかよ、と内心で呆れつつ、マオは形だけでもシロメリアの言葉に同意を示す。すると、シロメリアは口元に手を当てて、貴族の令嬢のように優美な仕草で頬を緩ませた。


「少し意地悪でしたね、すみません」


「そんな事は……」


 マオが全てを言い切る前に、鳴り出した腹の虫。マオは両腕で腹部を押さえるが腹の虫は鳴り止んではくれず、たっぷりと十秒ほどは鳴り続けていた。


「少し遅くなってしまいましたが、夕食の準備を始めましょうか」


 シロメリアが苦笑し、ネルが盛大に噴き出す。それを見てマオは顔を赤らめながら、視線を落とした。

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