七十三 三者共闘
ナチとクライスが全身に身体強化を施し、三人は高速で移動しながらルーロシャルリに突入した。
街に入ったナチ達を出迎えたのは数えきれないほどの死体の群れ。眼窩や口から零れる砂。
やはり、コトの能力と同じ。砂を操る能力。
ナチは一体の死体を踏み台にして天高く跳躍。全体を見渡すが、能力者は見つけられなかった。どこを見ても、存在するのは死体だけ。
「ミア! 近くにこの砂を操ってる能力者がいるはずだ! 探し出して」
「……いいでしょう。クライス、あなたはリーヴェ達の援護を」
「なんで俺だけなんだよ。ナチ、お前も手伝え……いや、もうやってるな」
ナチは『天日牢』『光』を付加した符を投げ飛ばし、すぐに属性を解放。
リーヴェ達を襲う土砂を霊力の光が理不尽に薙ぎ払っていく。追撃も許さないほどの絶大な攻撃力を兼ね備えた白縹の光が土砂を無に帰し、地上の死体達も肉体ごと消滅させていく。
「《弾丸装填》」
スレイは《夢想銃》をホルスターから引き抜くと、魔力弾丸を込めた。弾倉が眩い光に包まれ、収束すると同時にクライスは引き金を引き続けた。
轟音と共に弾丸が死体を破壊していく。
そしてナチとクライスが死体を破壊し続けたおかげで地上にはリーヴェ達の着地地点が生まれる。そこに導かれるように着地するリーヴェ達の下にナチ達は素早く移動し、合流した。
「ミア、生存者ってすぐに割り出せる?」
「生存確認は既に終了しています。結果は見ての通り。零ですよ」
ナチとクライスがかなりの数を破壊したというのに、未だにナチ達に迫る死体は数えきれない。仮に生存者がいたとしても、街を蔓延る死体達を用いて殺害するだろう。
既にここは人が生きていける環境ではなくなってしまっている。
「能力者は見つかった?」
「能力者は発見できていませんが、『テラリアの天塔』にて二つの熱源が動きを見せているのは間違いありません」
全員が『テラリアの天塔』に視線を向けた。異常に包まれたこの街で唯一不変を保っている建造物に。
「『世界を救う四つの可能性』はまだ生きています」
「なら、僕達は『テラリアの天塔』に向かおう。ここはリーヴェ達に任せても大丈夫?」
「勝て、とは言わないんでしょう?」
クレアが楽し気にそう言い、ナチは微笑を浮かべ頷いた。
「危なくなったら逃げてくれればいい。命を賭してまで戦う敵じゃないよ、こいつらは」
「なら、大丈夫よ。ね、リーヴェ?」
「……死ぬなよ」
リーヴェが苦々しい表情をしながら言い、マナとクレアが送り出すようにナチの背を叩く。心地よい痛みと共にナチは前に歩き出し、眼前に聳える天塔を射抜いた。
助け出すは一人。殺すも一人。
符に刻んだ符術は敵を屠るには十分すぎる代物。敵を倒す武器は既に整っている。あとは敵に接近するだけ。
符を指先で擦りながら、怒りも焦りも心の奥底に閉じ込めていく。思考に混ざる熱を息と共に吐き出していく。視線に乗せるは敵意、殺意。四肢に込めるは洗練された膂力のみ。
「行こうか。足引っ張らないようにね」
「足引っ張った奴は死ぬだけだ。問題ねえよ」
「愚問ですね。あなた方が私の足を引っ張らなければ何も問題はありません」
二人の返答にナチは鼻で笑うと、好戦的な笑みを浮かべた。
「僕の邪魔をしたら殺す!」
ナチは符を投げ飛ばし、眼前の死体達を一掃すると強化された脚力で前進。
「それはこっちの台詞だ!」
「それはこちらの台詞です!」
高速で進むナチに追い縋るように駆けたクライスとミアは銃を放ち、糸を振るい、死体達を薙ぎ払っていく。
協調性のない自由な動きで、味方に攻撃が当たるのも厭わないような乱暴かつ必殺の一撃を次々に三人は放っていく。
だというのに、倒れていくのは死体のみ。消滅していくのは死体のみ。
三人は尋常ならざる速度で前進し続けていく。高速の乱撃を躱しながら、的確に敵を破壊する繊細かつ洗練された身のこなし。
共闘した過去もなければ、元々敵同士だった三人がここまで共に戦えている理由。
それは三人がこれまでに蓄積した経験値が桁外れなだけだ。
おそらく、こう動くだろう。次に放つ攻撃はこれに違いない、と究極的にまで高められた第六感が彼らの行動を予知に近いレベルで察知しているだけ。
たったそれだけで共闘できてしまうほどに彼等は多くの強者と戦ってきた。何度も傷を負い、何度も死にかけ、それでも何度も勝ち抜いてきた。その並外れた経験が彼らに協調性のない共闘を可能とさせている。
白縹の光が燦然と輝くたびにナチは前に進み、クライスの笑声と共に銃声が猛々しく空気を震わせ、殺人糸が宙を舞えば眼前の土砂が薙ぎ払われていく。
三人の攻撃が死体で溢れていた大地に道を作り、『テラリアの天塔』までの道のりを完成させる。
そこをナチ達は迷うことなく駆け抜けていった。破壊された塀を潜り抜け、塔の入り口を破壊。そこからナチ達は塔の内部へと進入した。
簡素な造りの塔内部。遥か先に存在する天井。その頂上部に到達しようとしているオズの姿をナチは確かに捉え、その肩にはマオの姿があった。
頂上部に消えていくオズの姿を見送り、ナチ達が壁に沿うように設置された螺旋階段に向かおうとした瞬間に階段が急激に朽ちていき、壊れていく。
次々に地上へ降り注ぐ階段の残骸を躱しながら、ミアは糸を放出し、残骸を貫いていく。
糸は次々に壁に突き刺さり、固定。
蜘蛛の巣のように糸が張り巡らされると同時に貫かれた階段の残骸が足場のように展開していた。
「あなた方に階段など必要ないでしょう?」
足場と化した残骸の一つにミアは跳び乗ると、地上で自身を見上げている二人を見下げながら言った。
「当然!」
「当たり前だ!」
三人は張り巡らされた残骸を蹴り、壁を蹴り、糸を蹴り、頂上へ駆け上がっていく。危なげもなく三人は上昇を繰り返し、あっという間に頂上へ到達。
地に降り立つと同時にナチは端で地上を見下ろしているオズに接近しようとするが、ミアとクライスに止められ、半ば強制的に制止した。
オズはナチ達に振り向くことなく、ただ地上を見つめ、風雪が吹き荒ぶ音が気味悪く感じるほどに長い沈黙が続いたころにオズはナチ達を一瞥し、口を開いた。
「なぜ、私がコトを弟子に取ったと思いますか?」
「知らない。興味もない。さっさとマオを返せ」
ナチの言葉に耳を傾けることもせずにオズは言葉を続けた。
「コトが私と同じ能力を持っていたからです。私と同じ他者から能力を奪う能力を。私の能力は砂を介さずとも奪えますがね」
「早くマオをこちらに渡せ」
酷く冷たい声。冷笑すら浮かべず、無駄な駆け引きすらもせずにナチは言った。符を握る。
「へえ、じゃあさっきの死体はテメエが操ってたってことでいいんだな?」
「ええ。コトから奪った能力で私が操っていました」
「同種の能力を手に入れて意味があるとは思いませんが」
「コトの能力は奪取した能力を砂に内包してしまう。つまり、彼女から奪える能力は一つだけなのですよ」
「……そんなことはどうだっていい。マオを渡せ」
奥歯を噛み締め、符を握りつぶす。ナチは床を伝ってオズに迫っているミアの『天縛』にすら気付かないほどに冷たい怒りに呑まれようとしていた。
「オズ。素直にそいつをこっちに引き渡すっつーなら、楽に殺してやるくらいの配慮は見せてやる。だから、さっさと渡したほうが身のためだぜ?」
糸は既にオズの足元にまで迫っている。あとは糸に張力を与えるだけ。なのだが、目を細めて笑みを浮かべたオズが視線を落とす。
そして、人の目では視認不可能なはずの『天縛』を的確に踏みつぶし、朽ち果てさせていく。
「私を絶対に殺せると思っているのですね。思い上がりも甚だしい。あなた方は自分達の弱さを自覚すべきです」
その瞬間にオズは腕に抱えていたマオから手を放し、塔の下に無造作に落下させた。笑顔を浮かべ、死が迫る瞬間を待ち望んでいるかのように楽しそうに。
「マオ!」
ナチが駆けだそうとするが、クライスがそれを止めミアに視線だけで合図を送る。
その視線だけでミアは何をすべきか正確に理解し、即座に行動を開始。
床に穴を開け、急速に塔を降下すると塔の内側から『束縛』を発射。マオの体を塔内部へと引き寄せた。マオを受け止め、自身が張り巡らせたままの糸の上で安堵の息を吐き出す。
暴行を受けた跡はない。傷一つない。呼吸も脈も体温も正常。問題は何一つない。
マオの安否を確認し終えるとミアは頭上を見上げ、戻るべきか一瞬迷ったが、すぐに下降することを選択した。頭上から響き始めた激しい戦闘音を聞きながら。




