七十二 合流
ナチ達が街の外れ、戦闘があった場所にたどり着いた時、既に戦闘は終了していた。
そこにいたのは傷を負い、死んだように眠るスレイとコト。
そして、スレイとコトに治癒魔法を施そうとしているクライス、それを物憂げに見つめているマルコとイザナ、クレアの姿だった。キリはコトを無表情で見下ろし、何も言わずそこに佇んでいる。
クライスはナチ達に気付くと、自然な笑みを浮かべ、言った。
「おい、クソ符術師。お前の仲間を助けるのに協力してやるよ」
「どういうこと?」
ナチは敵意を剥き出しにしながら、言った。
「どうもクソもねえ。『世界を救う四つの可能性』を助けるのに、この俺が協力してやるって言ってんだ」
「必要ない。マオは僕が助ける」
「あなた一人では不可能です。私と二人で共闘して敗北したのですから。あなた一人で勝利する可能性は零です」
敗北した、という単語を聞いた瞬間にクライスの口角が狡猾に上がる。
「へえ、お前負けたのか。ほおほお、しかもそこの雑魚と協力して二人で挑んだってのに、負けたのか。なっさけねえ。やっぱりテメエはあの女の助けが無きゃ誰にも勝てねえ、ただのクソ雑魚ってことだ。お前は世界を救う器じゃねえんだよ」
ナチは溜息を吐き、笑顔を作った。
「負けてないし、僕一人だったら勝ててたし」
「それはこちらの台詞です。私一人なら勝てていました。あなたが余計な足を引っ張りさえしなければ」
「いや、最初君一人で戦ってたでしょ。完敗だったでしょ」
「完敗ではありません。拮抗していました。そして、私の実力が大きく上回ったのは明白の事実。誰がどう見ても一目瞭然です」
「事実の捏造はやめてもらえるかな。さっき敗北したって自分で言ったよね?」
「言っていません。あなたの聞き違いでは?」
「嫌だねー。自分の発言に責任を持てない大人って」
「五百歳の老害に言われたくはありません。あなたの無責任な言動で一人の少女は傷ついたというのに、ロリコン野郎」
「おい、今なんて言った? クライスに謝れよ」
「俺を巻き込むんじゃねえ。キリはああ見えて歳取ってんだよ。ってか、いい加減に認めろ。お前ら二人で挑んで負けたんだろうが。またお前ら二人で挑んだところで勝てねえよ」
ナチとミアは今度は何も言い返さなかった。クライスが言っていることは認めたくはないが事実。負けるつもりはないが、勝てる算段が見当たらないのが現状。
「テメエら二人で戦っても勝てねえ。だが、俺が協力するとなれば話は別だ」
「マオを助けるんだろ? なら私も」
クライスはリーヴェを睨み、強引に噤ませた。
「お前、こいつらの動きに合わせられるのか?」
共に戦うということは連携し、呼吸を合わせる必要がある。ナチとミア、この二人の能力を熟知していないのであれば、即座に彼らの動きを読み、放った攻撃の意図を理解する必要がある。
しかも、それを高速移動中に行う必要がある。経験則だけでは彼らと連携を取ることは出来ない。彼らの動きに合わせられる身体能力と打ち消されることのない強力な異能を持ち合わせていなければならない。
故にクライスは問う必要があった。現実を受け止める覚悟があるか、と。この二人との実力差に絶望しないか、と。
「それは……」
「私達は私達にできることをしましょう」
言い淀んだリーヴェの肩を叩いたのはイザナだ。いつの間にか剣を鞘に納めていた彼女はリーヴェから離れ、コトを両手で担いだ。
「そうですね。リーヴェ、街にはまだ生き残ってる人がいるかもしれない。一緒に戦うこと以外にもやることはたくさんある、そうでしょ?」
クレアの言葉に戸惑いながらもリーヴェは一度頷いた。
「あ、ああ」
「ナチさん。あとで改めて挨拶をさせてください。では、我々はこれで」
イザナとマルコに抱かれたキリが恭しく頭を下げながら先導し街から離れ、リーヴェ、クレア、マナは街に向かって歩いていく。その二つの背を見送りながら、ナチはクライスを睥睨し、符を取り出した。
「で? マオの居場所は?」
「『テラリアの天塔』、だそうだ」
「あ、そう」
視界に捉える『テラリアの天塔』。崩壊したルーロシャルリの中で唯一無傷で残っている建造物。そのあとに捉えたのは戦闘の痕跡。魔法を使用した痕跡はなく、剣が振るわれた跡もない。おそらく、クライスもイザナも戦闘には参加していない。鳴った銃声も牽制のようなものだったのだろう。
そんなことはどうでもいい、と言わんばかりにナチは鼻から大きく息を吐き出し、横目でクライスを見た。
「なんでイザナさん達と一緒にいるの?」
「あいつらがお前の手助けがしたいっつーから、俺がわざわざ連れてきてやったんだよ。感謝しろ」
「そっか……」
おそらく、娘二人の落命を吹っ切ることができた訳ではないのだろう。
以前よりも冷たくなった雰囲気。鋭さを増していた殺気。
そして、腰に携えた二本の剣。ナチの記憶が確かなら彼女は二刀を操る剣士ではなかったはず。ナチの見間違いでなければ、二振りあった剣の一つはイサナが使っていた剣のはずだ。
彼女達を守り、彼女の命を奪った剣。
イサナとメリナを忘れないためなのだろうか。まだ憎んでいるという証明なのか。悲しみを薄れさせるためか。無理矢理にでも前に進むためか。
ナチには分からない。触れていいのか、分からない。
「あいつらはただお前を助けたいって言ってんだ。お前は素直に感謝しとけばいいんだよ。難しいこと考えてんじゃねえ」
「そう……だね。そうする」
「お、おお」
「おじさん同士が照れ合っているのを見ると、本能的に気持ち悪さを感じてしまいますので、止めてもらってもよろしいでしょうか。可能でしたら人目のつかない場所で」
「気持ち悪い邪推してんじゃねえ」
「そこのガチおじさんはともかく、僕は見た目おじさんじゃないし」
「そうですね。確かにあなたはおじさんとは言い難い。あなたは五百年の歳月を生きているとは思えないほどに生き方も思考も幼稚。自己分析だけは一人前にできるようですが」
「君は頭良さそうに喋ってるだけのポンコツだけどね」
「聞き捨てなりませんね。発言の撤回を求めます」
「あーもう黙れ、お前ら。『テラリアの天塔』ってあれのことだろ? 内部はどうなってる?」
クライスが塔を指差しながら言い、銃をホルスターに戻した。
「さあ?」
「存じ上げません」
「おい、お前ら。何で知らねえんだよ」
「だって、入ったことないし」
「私も別件で多忙でしたので」
「もういい。直接見れば済む話だ。行くぞ」
クライスがルーロシャルリに向かって歩き出そうとした時だ。
自然とそこに視線が釘付けになる。
雪が舞い降る夜空をリーヴェ達三人がとてつもない速度で駆け回り、その三人を土砂が追いかけ回しているのが見えた。呑まれれば一瞬で命が尽きてしまうような大量の土砂が意思を持つかのように宙を舞い続け、獲物を追っている。
ナチ達三人が抱いたのは純粋な疑問。土砂を操っているの誰だ、と。コトは致命傷を負い、今も生死の境を彷徨っている。それに街とは正反対の方向に進んでいるはずだ。コトではない。
誰だ……?
「とにかくリーヴェ達を助けに行こう!」




