六十六 守りたいもの、失いたくない命
「分かってる。急ごう」
高速移動を繰り返した結果、一分も経たないうちに二人は倒れているリーヴェとマナを発見した。息はある。脈も問題ない。ナチは二人に『火』の属性を付加した符を握らせると属性を発動。冷めきった体に熱を送った。それでも二人が起きる気配はない。
頬を叩いても、肩を揺すっても彼女達は何も反応を示さない。試しに微弱な電気を流しても、二人は目を覚まさなかった。
ミアがリーヴェとマナに駆け寄る中、ナチはマオの姿を探した。どこにもいない。ここにいるのはリーヴェとマナだけ。
マオは一体どこに?
「ナチ、離れていてもらえますか? おそらくこの二人は能力によって強制的に眠らされている」
「どうするつもり?」
「強制的に眠らされているのならば、強制的に起こします。多少の痛みは生じますが、ここで眠られていては私達の身動きが取れなくなる。問答無用で覚醒してもらいます」
ミアは指先から二本の糸を放出するとマナとリーヴェの首に突き刺した。すると三秒後にリーヴェとマナの目が同時に見開き、起床。
その姿はさながらロボットのようで、ミアが糸を抜いた瞬間に二人は視線を彷徨わせ、現実を認識し始めていた。ナチとミアを捉えた瞬間にマナとリーヴェはほぼ同時に再び瞠若。完全に眠気も吹っ飛んだのか、二人は立ち上がりナチ達に詰め寄った。
「無事だったのね」
「ああ、生きててよかったよ」
心底安心したように言ったマナとリーヴェは周囲を見渡し、マオの姿が見えないことに気付くと先程までの安堵の表情が瞬く間に消えた。
「マギリは?」
リーヴェが恐る恐る言った。緊張感が乗った言葉に明確な答えを出せるものはいない。
「あの男達に連れ去られたのでしょう。彼女を攫うメリットが分かりませんが」
「あの二人の目的が分からないと何とも……」
「あの二人の目的はおそらく孤児院の誰かだと思います。厳密にいえば孤児院の誰かの能力でしょうか」
「何でそんなこと分かるんだよ?」
リーヴェは苦渋の表情を浮かべてそう言った。マナも何も言わないが真面目な表情で熟考している。
「あの男は一度孤児院を訪れていますし、シャルの能力が何かを察知する能力だとしたら、孤児院に危機が迫っていると考えるのが最もこの状況に適していると考えられます」
「どういうこと? シャルの能力ってなに?」
ナチはリーヴェからシャルの能力と思われる現象を簡単に説明された。ナチ達がルーロシャルリにたどり着く少し前から孤児院に滞在していると頭痛が発生し、母の好きな花の香りがシャルにだけ感じ取れるようになることを。
「ナチ達が『貴族区』に向かって少し経った頃に、シャルの体調がいきなり崩れたんだ。今はスレイとクレアが孤児院の皆を連れて街を離れてるはずだけど」
「僕達がルーロシャルリに来る少し前からってことは、多分あの男とコトがルーロシャルリに着いたか限りなく近いところにもういたんだろうね。時期的にもシャルの頭痛が発生した頃と一致するから、間違いないと思う」
「ということはあの二人を倒せば、シャルの体調も回復するってこと?」
「息の根を止めてみれば分かるよ」
そう言うとどこか気落ちしたようなマナの表情が分からず、ナチはリーヴェに救いを求めて一瞥した。
「あの男はマナの父親なんだ。だから」
リーヴェが最後まで口を紡ぐ前にナチはそれを遮るように口火を切った。
「悪いけど、マオが捕まっているかもしれない以上、見過ごすことは出来ないし、僕にはあの男を生かしておく道理も理由もない。話し合いたいなら勝手にしていいけど、僕はあの男もコトも殺すつもりで動くから、覚えておいて」
視線を落としたマナを見て、ミアがすかさず口を開く。
「マナさん。あなたが対話を望むというのなら、協力は致します。ですが、私もナチと同意見です。あの二人の息の根は確実に止めるつもりで私も動きます」
「……構いません。父を止めてくれるのなら、どんな形でも私は受け入れます」
迷いが振り切れているようで振り切れていない、力強さの中に陰のある眼差し。強張った頬筋から彼女が奥歯を噛み締めているのが分かる。
それ以上はナチもミアもマナに慰めや同情の言葉をかけたりはしなかった。
ナチもミアも守りたいものがある。失いたくない命がある。それに倫理観のおかしな狂人を説得できると思うほどナチ達は説得や話術に長けているわけではないし、彼等を平和的に止められるとは露ほどにも思ってはいない。
奪うことでしか守ることができないから、迷わずにナチとミアはそうする。その考えを正解とも間違いだとも思わない。一つの選択としてナチとミアは迷わずに選び取る。それが最も確実に守りたいものを守ることができると知っているから。
けれど、もしマナが説得という道を掴み取れるのなら、そうすればいい。
その選択を無意味だとは思わない。
いや、むしろ掴み取ってほしい。その選択をしてよかったと思い知らせてほしいとも思う。自分達もオズと同じ狂人だということは十二分に理解しているから。
「『貧民区』に急ごう」
四人が駆け出そうとしたその時、眼前に佇むルーロシャルリを囲む塀。街の外。その向こう側からこの世界では有り得ない音が虚空に鳴り響く。
銃声。この時代に存在しない武器が奏でる音。それがナチ達の足を止めた。が、すぐに再び駆け出した。
その音を奏でる人間がもしこの世界にいるとしたら一人しかいないのだから。




