六十一 真実②
「ルキはカザキの娘……。元人間……」
ルキ・シラハシ。それがルキの本当の名前。元人間であり、ルキという少女の記憶を完全に継承するために生体パーツを使用している。それがどこなのかは分からないが、生身のパーツを使用している以上は寿命という概念が生まれる。
ルキのこの衰弱は人としての名残。人という枠にまだ収まっている証拠。
ルキが人であるというのなら、何故人形でありながら専用の武装、術を持たないのか説明が付く。人の部分が大きすぎる衝撃に耐えられないからだ。そんな強力な武装を持たせれば、ルキの寿命が瞬く間に終わってしまう。
だから、カザキは武装を一切搭載せずに、最も長く生き永らえられるように最低限の装備だけをルキに搭載したのだろう。
「……ここは……パパの……部屋?」
ゆっくりと目を開き、周囲を見渡したルキは小さく弱弱しい声でそう言った。
「ええ。ここはあなたの父であるカザキ・シラハシの研究室です」
「……じゃあ、私が……元々人間だった……って知っちゃったのね?」
「はい」
ルキはミアの顔を見て、微笑むと目を閉じながら言葉を紡ぎだした。
「……パパとね……いっぱい考えたの……。どうしたら……ミアが信じてくれるか……私のこと友達だって……思ってくれるか……いっぱい話し合ったの……」
「……はい」
「……私は……友達なんて……いたことなかったから……。ずっと……パパとママしか……いなかったから。友達のつくりかた……なんて分からなかった……から」
「……はい」
「だから……ね。いっぱい……パパと……おしゃべりする練習…………したんだよ?」
「はい……はい」
何度も頷き、ミアはルキの手を握った。
「うまくできて……た?」
「そうですね。上手とは言い難いです」
「ミアは……厳しい……わね」
僅かに目を開いたルキはゆっくりとミアに視線を向けた。
「でも、あなたと過ごしたこの九十年は楽しかったですよ」
「そう……よかった……」
ミアの手を握るルキの手に微かに力が入る。
「どうしました?」
ルキは縋るような目でミアを見ると鼻を啜り、嗚咽とともに涙をこぼした。
「怖い……怖いよお……。一人で死ぬの……怖い……」
子供が親に泣き縋るようにルキはそんな弱音を漏らした。ミアは研究室に置いてあるベッドにルキを寝かせると、彼女の右手を両手で握りしめた。
「大丈夫です。私もすぐに追いかけますから。一人ではありません」
「でも……でもお……」
彼女の頭を撫で、前髪を手で払い除けると、ミアは彼女の額に口づけをした。
「再会のおまじないです」
ルキは少し驚いたような顔をした後に、頬を赤らめ、子供らしく無邪気に笑った。
それはミアにではなく、セリに向けた笑顔だとミアは思った。
「えへへ……ミア……なんだか……ママみたい」
「かもしれません」
「でも……ミアと一緒……なら安心だ……ね……」
そう言って、ルキは瞳を閉じた。呼吸も、鼓動も停止する。動力機関『Caspa』も完全に停止した。
ルキの長い旅路はようやく終わりを迎えたのだ。あとはカザキとの約束を守り、ルキとの再会を果たすだけ。
それからミアはカザキとセリ、そしてルキが暮らしていた家が存在した場所にルキを埋葬した。今は何もない平地になっているその場所に三人分の十字架を立てると、ミアは殺人糸『天縛』を放出。自身の首に巻き付けた。
あとは力を入れるだけ。
それだけで私の命も終わる。
ルキと再会することができる。
彼女の不安を拭ってあげられる。恐怖はない。不安もない。だって彼女は待っていてくれているのだから。
何も不安に思うことはない。
ミアが糸を引っ張ろうとした瞬間にミアの中枢が突如として警告を鳴らす。
『自己破壊防衛プログラム起動。全殺人糸起動解除』
放出していた『天縛』が力なく地面に横たわっていく。どれだけ糸に指示を出しても、殺人糸は指示を受け付けない。新たに殺人糸を放出することもできない。『捕縛』も同様。ミアの武装全てがミアの操作権限から一時的に離れてしまっている。これでは自ら命を落とすことはできない。
ルキとの約束を守れない。
ならば、と殺人糸を頼らない方法で自らを破壊する方法を実践するも全て失敗。自分の意思で自己破壊を起こそうとすると仕込まれたプログラムが強制的に危機回避行動を起こしてしまう。
早く逝かなければ、あの子が泣いてしまう。
早くしないと……でも、どうすれば……。
分からない……私はどうしたら死ねるのですか?
どうしたらあなたの下に行けるのですか?
……私はずっとこの世界に一人?
…………嫌だ……。
怖い。
あなたが居なくなった世界で……こんな世界を一人で生きていくのは……怖い。
あなたの声はもう聞こえない。あなたはもう隣にいないのに……どうして私はまだ……この世界で生きているのですか。
もう一度、私の皮肉に怒ってください……。もう一度、私と手を繋いで旅をしてください……。
もう一度だけ……私にあなたを守らせてください。
もう一度だけでいい! もう一度だけでいいですから……あなたの声で、あなたの笑顔とともに私の名を呼んでくれませんか?
ルキ……ルキ……。
誰か私を……私を殺して……。
そうして死ぬことができないまま百年の月日が流れ、途方に暮れていた私の前に彼女は唐突に現れた。
黒く美しい長い髪。左右の色が違うオッドアイの瞳。とても小さな子供が内に秘めているとは思えないほどの強大すぎる力。その幼く無垢な存在に私はどこか高揚感を覚えていた。
やっと私は死ねるかもしれない、と。私は無意識にその少女に希望を見出し始めていた。
「……私のお願いを聞いてくれたら、あなたを壊してあげる」
普通の精神状態であれば、話すに値しない議題。それでも今のミアにとっては希望の光に成り得た。
「あなたのお願いとは?」
「……大切な人との再会」
ミアは息を呑む。彼女は本気で言っていると理解するのに時間はかからなかった。
「……話を聞いてから判断します」
そして、私は彼女の申し出を受けることに決めた。私と同じ願いを持つ少女の願いを。私を壊すことを成功報酬にして。




