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アヴェリアム・コード ~消えゆく世界と世界を渡る符術使い~  作者: ボジョジョジョ
第六章 鋼糸が紡ぐ先には人形と少女がいる
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五十一 一致

「お姉さん強いねー。こんなにあっさり僕がやられるなんてねー」


 四肢を失い、血を垂れ流し、本人の意思とは関係なしに涙を流しているコトはどこまでも快活に言う。痛みなど存在しないかのように、死という概念など存在しないかのように、彼女は軽快に言う。


 死は確かに迫っている。人間という枠組みに収まっているコトが死という概念から逃れることなど出来はしない。


 だというのに、どうしてここまでこの少女は死から目を背けられる。


 私には分からない。


「……あなたは死を恐れないのですか?」


「死ぬのは怖くないかなー。お姉さんだってそうでしょ?」


「ええ、怖くはありません。ですが、死を見るのは恐ろしいことです」


 死を間近に感じれば、それだけで死ぬという意味は理解できる。その事象から生まれる感情、事実、それらは確かに死を見て、触れた者の中に確かに残る。


 その恐ろしさを私は知っている。残される恐怖を、私は知っている。たった一人、ひたすらに青いだけの空を見上げる悍ましさを私は知っている。


「どういうこと?」


「あなたが一生理解することは叶わない価値観の話です」


 ミアは右手を前に出し、自身とコトを繋ぐ糸の束を掴んだ。


「さようなら」


「ええ、さようならです。人ならざるお嬢さん?」


 ミアとナチは同時に目を見開いていた。その声がどこから放たれたのか全く分からなかった。その声が男性のもので、ミアのすぐ隣から聞こえてきたのだと認識するまでに数秒を要した。


 いつからそこに、などと二人が呑気に思っている間に男性はミアの糸を素手で掴むと、笑顔を浮かべた。その瞬間に信じがたい変化が生じていく。


 千切れるはずのない糸が意図も容易く千切れ、朽ちていく。そして、ミアが男から距離を取ろうと後方に跳躍したときにミアは確かな違和感を感じていた。両足に送っているはずのエネルギーが、明らかに減衰している。思い描いていた跳躍と実際の跳躍に大きな差が生じている。


 確かに全力で跳んだはずなのに、男との距離があまりにも近い。近すぎる。この距離では男の追撃を容易く受け入れてしまう。ミアが男の追撃に対応しようと、回避を諦め、防御に徹しようとしたとき、ミアは再び驚愕に目を見開くことになる。


 男の姿がミアの視界から突然消えたのだ。


 有り得ない。どれほどの高速移動を行ったとしても、ミアの目は鮮明に捉えることができる。人間としては最高峰の脚力を持つナチやクライス、マナの高速移動だったとしても完璧に捉えることができる高機能なミアの視覚ユニットが、戦闘中に敵を見失うことなど有り得るはずがない。


「こちらですよ、お嬢さん」


 男は気付けば、ミアの隣に並ぶように立っていた。そして、気付けばミアは塀から真っ逆さまに落下していた。


 何が起きたのかすら、ミアには判然としない。


 この男がミアに対し、どのような攻撃を繰り出したのか、どのような方法でミアを塀から突き落としたのか全く分からないまま、ミアは悠然と塀の上に立つ男の姿を見つめていた。


 いや、正確には男の姿ではない。ミアが見ていたのは男の手だ。


 それを視界に捉えた瞬間にミアは自身の記憶と男の手を照合した。すぐに一致する。完全に一致する。あの男の手をミアは見たことがある。


 あの男は一度孤児院に訪れている。


 ミアが留守を任されたあの日、扉を少しだけ開けた人物。


 間違いない。それはこの男で間違いない。


 ならば、この男は孤児院の誰かを狙っているのか? だとすれば、この男はここで処理しなければならない。ここで命を終わらせなければならない。


 ミアは空中で態勢を整えようと糸を放出しようとしたが、失敗。糸だけではない。何故か全身がミアの意思に反して動きを見せない。違う。動かないのではない。エネルギー伝達が極端に遅くなっているのだ。故に動きが愚鈍。態勢を整えることはもう叶わない。


 急速に離れていく男との距離を漫然と眺めながら、ミアは全身から力を抜いた。瞼を下ろし、落下の衝撃に備えるために未だに動きが愚鈍なエネルギーを背中に回し続ける。


 瞼を下ろした直後。背中を打ち付けていた猛烈な風が突如として収まった。それと同時に人の温もりが背中を通じて全身に伝わっていく。何が起きたのかは目を開けなくともすぐに理解できる。


「後悔しますよ? 私を助けたことを」


「さっさと目を開けてくれるかな。あの男がこっちを見てる」


 ミアが目を開くと、眼前には塀の上を冷淡に見つめているナチの顔がすぐ近くに存在した。視線を右に逸らせば、自身の全身を大事そうに抱えているナチの腕が見える。再び塀の上に目を向ければ、ナチと視線を交錯させ、穏和な笑みを浮かべている男の姿があった。


「君、鍵持ってるんじゃないの? 負けそうだったけど」


 ナチは塀を蹴って、地面に勢いよく着地。ミアを地面に下ろした。しかし、地面に足を着けた瞬間にミアは膝から崩れ落ち、地面に両手を着いたが、肉体を支えることができずに、そのまま倒れこんだ。


「使用するかしないのか、それは私の自由です。それに私が敗北しそうになっていたのはあなたの見間違いです」


「倒れてる人が言っても説得力ないけどね。……能力分かった?」


「判明していたら既に対処しています」


「じゃあ、質問を変えるよ。今の君の体、どうなってるの?」


「……全身に流れるエネルギー伝達速度が著しく低下しています。そのせいで身体能力が低下し、糸の操作にも支障が出ています」


「遮断されたわけじゃないんだ?」


 ミアは地面に片膝をつきながら、塀の上に立っている男を見上げた。


「ええ。問題なくとは言い難いですが、体は動きましたから」


「なら、力の流れを操作する能力なのか……? 一つ聞きたいんだけど」


 ナチは未だに立ち上がることができないでいるミアを見下ろしながら言った。


「どうしてあんなゆっくりの攻撃を躱せなかったの?」

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