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アヴェリアム・コード ~消えゆく世界と世界を渡る符術使い~  作者: ボジョジョジョ
第六章 鋼糸が紡ぐ先には人形と少女がいる
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五十 彼女は笑っていた

『こんにちは、泥棒さん?』


 男女の区別がつかない中性的な声。その声が発せられると同時に映像を埋め尽くす赤い血潮。天井と壁は瞬く間に血で埋め尽くされ、ナチ達が見ていた映像が遮断される。


 ナチは透明化を解き、ミアは接続していた全ての糸を引き戻す。ある一本の糸が部屋に引き戻された瞬間に部屋に仄かに香るのは血の臭いで間違いない。その香りがナチとミアを現実に急速に引き戻し、ミアは糸から滴り落ちる赤い液体を視認した瞬間に窓の鍵を糸を用いて解除。


 そのまま窓を開け放った。


「逃げましょう。私達の侵入に気付いている者がいます」


 マナ、ナチ、最後にミアの順に窓から外に出た。勢いを増している雪も、寒気も気にせずにナチ達は走った。いや、気になどなるはずがない。早鐘を打つ心臓、何者かに発見されたという事実がナチとマナに謎の高揚感を与えていく。


 だが、その高揚感もすぐに焦りに変わる。ナチ達の心を焦燥させる正体。


 それは外に出た瞬間に無数に存在した。


 外に出た瞬間にナチ達に立ち塞がるように立つのはおそらくはルーロシャルリの住人、だったもの。ナチとミアには見覚えがあり、マナには見覚えがない存在。


 ナチ達の前に存在するのは死体。その群れだ。


 どの死体に共通しているのは眼窩から零れ落ちるのは涙でも血でもなく、砂であるということ。その砂は眼窩からだけではなく、口や裂けた腹部からも容赦なく雪崩れていく。


「皆死んで……。でも、どうして動いているの?」


「動いてるのは全身に敷き詰められた砂だよ。肉体じゃない」


「今はこの場を離れるのが先決です。命を落としますよ?」


 目的地などなく、ただはぐれない様に、とだけ伝え、三人は砂が詰まった死体を蹴散らし、躱しながら『貴族区』を全速力で駆け抜けていく。だが、肉体を破壊しても、切断してもやはり効果はない。肉体を失えば、砂が独立して動き出し、多種多様の能力を用いてナチ達に襲い掛かろうとする。


 砂自体を倒すことは不可能。止めようと思うのならば、能力者を倒すしかない。ナチは符に文字を書き込み、それを死体の群れに向かって投げ飛ばした。指先から霊力を放出しながら、詠唱を開始。


「天花の蕾が芽吹くや久しく、舞い散る灰雪、蕭蕭と。ふわりふわりと不香の花が咲き誇る。捕縛符術《雪魄氷鎖》」


 死体に向かって投げ飛ばした符は地面に舞い落ちた瞬間に凍結を開始。半径三メートル程の陣を描きながら、陣からは氷の鎖が次々と生み出されては死体達に向かって飛んでいく。氷鎖に縛られた瞬間に死体達は氷結を開始し、次々に陣へと引き寄せられていく。そして、先程までナチ達の進行を防いでいた死体の群れに逃げ道となる穴が開き、ナチ達はそこに向かって走り出した。


「《雪魄氷鎖》も長くは保たない。今はとにかく走って」


「でも、どこに逃げれば」


 符術が道を作っても、どれだけ前に進んでも死体は次々と増え続けていく。減ることはなく、増え続ける死体。そんな状況でどこに逃げればいいのか、などナチにもミアにも分かるはずもない。そう、逃げ場所はナチにもミアにも分からない。だが、どうすれば死体を止められるのかは分かる。


 倒すしかない、コトを。


「マナ、今のこの状況をリーヴェ達に伝えてきてくれる? もし他の区も同じ状況だったら、マナはリーヴェ達の指示に従って」


 ナチの提案にマナは難色を示す。


「あなた達を残して逃げるなんて……私には出来ない」


「逃げるんじゃないよ。マナは僕達を助けるために行くんだ」


「でも」


「このまま逃げ続けても僕たちは助からない。だけど、リーヴェとマオがいれば、この状況を打破できるかもしれない」


 死体の動きを止めるにはマオとマギリの究極的に優れた凍結能力と、広範囲の敵を氷結させる能力を持つリーヴェの力が現状では最も有効といえる。


「もし、他の区も同じ状況だったら」


「その時はその時だ。もし、同じ状況だったら合図はしてほしい」


 首を縦に振らないマナを見て、ミアは彼女の横に並び口を開いた。


「マナさん。あなたは今足掻いている途中なのでしょう? こんなところで命を落としてもよいのですか?」


「良くはないです。でも、また誰かを見殺しにしてまで生きていたくはありません」


「あなたが助けを乞いに行かなければ、私達は間違いなく命を落とします。無駄死にです。無駄に命を落としたあなたの言葉をイサナとメリナは聞き入れてくれるでしょうか?」


「……意地悪な人ですね、ミアさんは。分かりました。すぐに伝えて戻ってきます。死なないで」


「死なないよ、まだ」


「心配は無用です」


 三人は区を隔てる塀に急接近し、ミアは糸をマナに巻き付け、上に持ち上げた。マナはすぐに塀を超えるほどの高さに到達し、塀の向こう側へと消えていく。そして、地面に着地したのだろう。糸がミアの下へと戻っていった。


「どうしてマナを行かせたの? なんて聞かないよ」


「聞かれたところで答えはしません」


「相当、あのシャルって子を大事に想ってるみたいだね」


 ナチは符を複数枚取り出し、それを死体に向かって投げ飛ばした。


「やることは分かってるよね?」


「あの少女を探せばよいのでしょう? 造作もないことです」


 ミアは塀を垂直に駆け上りながら、全身から空を埋め尽くすほどの糸を放出。そして、塀の頂上部に立つとミアは更に糸を虚空に向かって放ち始めた。


「全殺人糸開放。捕縛目標、コト。捕縛内容、生死問わず」


 ナチは死体が迫っているにも関わらず、呆然と糸を華麗に操っているミアを見ていた。


 圧倒的な質量。人ならざる彼女だからこそ、実現可能な戦闘技術。億を超える糸を同時に操ることなど、ナチには出来ない。いや、人類の誰にも不可能だ。


 やはり、彼女はナチ達と初めて対峙したとき、手加減していた。これだけの実力があれば、満身創痍だったナチなど瞬刻に殺せたはずなのに彼女はナチ達を殺さなかった。


 ミアは本当に世界を滅ぼすつもりがあるのか? そんな疑問が自然と浮かび上がる。


 彼女の目的は一体……。


 ミアが放った糸は『貴族区』に並ぶ建物を一掃し、多量の砂を内包した死体は肉と共に虚空へと舞い上がる。糸が振るわれるたびに轟音と破砕音が響き渡り、『貴族区』が更地に変わるまで、十秒もかからなかった。


 正に兵器と呼ぶに相応しいほどの実力と威力にナチは手に持っていた符を無意識に手放していた。地面に落ちた符が靴の上に乗り、その瞬間にナチは現実に立ち返った。


 それから、更地になった『貴族区』の中心へとようやく目を向けた。。そこには、無数の糸によって宙に吊るされているコトの姿があった。


 土で作られた右腕と右足は既に糸によって破壊されており、左腕と左足も殺人糸によって既に切断され、地面に無残に転がり落ちている。


 糸を伝って滴り落ちる血液は既に多量であることは一目瞭然であり、吊るされたコトの顔色は遠目からでも血色が悪い。だというのに、コトの周囲に集まろうとする土砂は生命力に満ち溢れているかのように動きが機敏だ。


 だが、それもミアの糸が完膚なきまでに薙ぎ払っていく。土砂がコトの下にたどり着くことはなく、時間の経過とともに出血量も増加の一途を辿っている。


 最早、ナチやミアが何もしなくともコトは死ぬ。それほどの出血量。


 だが、そんな絶望的な状況でもコトは笑みを浮かべていた。


 四肢を失い、全身を殺人糸に縛られたこの状況で、彼女は笑っていた。

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