四十六 出発
それから、あっという間に日は落ち、優雅にお茶会をしていたマオ達、クレイ、ミアとシャル、そしてナチの順に九名は協会に集まっていった。九名が集まり他愛もない会話をしていると、礼拝堂の奥から現れる一人の男性。司教。彼は礼拝堂を一瞥し全員が集まっていることを確認すると、彼はまずナチを見た。
「申し訳ありませんが、一度『透明化』というのを我々に見せてもらえませんか。姿形が見えなくなるというのがどうにも」
申し訳なさそうに綺麗なお辞儀をして言った司教に「気にしなくていいですよ」とナチはポケットから一枚の符を取り出し、属性を付加。『光』。
そしてすぐに属性を発動した。
符が発動した瞬間に白縹の光がナチを一瞬だけ包み込み、姿を消し去っていく。あっという間にナチの姿は見えなくなり、ナチの視界は闇に呑まれていく。真っ暗な世界で驚愕と感嘆が入り混じった声を聞きながら、ナチは口を開いた。
「こんな感じです」
「なるほど。確かにこれなら忍び込むのは容易だな」
クレイが声に期待を乗せながら言った。その言葉に他の八名が強く頷いていたが、ミアだけが無表情でナチがいる場所を見つめていた。
「ですが、あなたのその透明化は視界が遮られてしまうのですよね?」
「そうだね。目に届くはずの光も遮断しちゃうから」
「そうですか」
冷淡に言ったミアは右手をナチに向け、そして一本の糸を放出。全員が止めに入ることすらもできない早業で糸はナチに突き刺さった。
「ちょっと何して」
マオが目を見開き即座に臨戦態勢に入ったが、ミアが「止まりなさい。殺意はありません。今は、ですが」と口にしたことでマオは攻撃を中止。だが、敵意を向けた視線を向け続ける。
「今のあなたには何が見えていますか?」
ミアの言葉の意味が分からず、誰もが呆然としている中、ナチだけが反応を見せる。
「これは……僕の視界じゃない。君の視界……?」
「ええ。あなたの脳に直接私が目視している映像を送っています。これで一時的にですが、あなたの符術の欠点を補えます」
「でも、君も透明化すれば、視界が遮られるんじゃないの?」
「私は人ではありませんから。屈折率を調整し、視界を保ったまま透明化することは容易い。あなたの欠点だらけの符術とは違います」
「欠陥だらけの人形に言われたくないけど。持続時間は?」
「明日の早朝まででしたら、問題なく行使し続けることが可能です。そちらは?」
「僕も明日の朝までだったら余裕だよ」
「そうですか。では、さっさと向かいましょう」
「そうだね。マナ、行くよ」
符を取り出し、それをマナに手渡そうとしたが、全員が矢継ぎ早に口を開く。
「お、おい。ちょっと待て! どうやって『貴族区』に入るつもりだ」
クレイの質問にミアもナチも全く同じ回答を全く同じタイミングで言った。
「「塀を飛び越えます」」
「マ、マナはどうするんだよ?」
礼拝堂を出ていこうとするナチとミアに向かって狼狽した様子のリーヴェが声を上擦らせながら言った。だが、ナチもミアも大した問題ではない、と言わんばかりに淡々と答える。
「僕が運ぶから問題ないよ」
「私が運ぶので問題はありません」
横目で視線を交錯させるナチとミア。ミアは無表情のままで、ナチは笑顔を作った。
「真似しないでくれる? 僕はマナとは前から知り合いだし、僕のほうが安心安全に運べると思うんだけど」
「それはこちらの台詞です。彼女は女性であり、異性を気にする多感な時期。人ではないとはいえ同性である私のほうが気兼ねすることなく精神的にも安心安全に運べます」
「本当にそうかな? そんな危険な糸を全身から放出する奴に運ばれるなんて、僕だったら発狂して思わず符術をぶつけちゃうかもしれないな」
「それには私も同意できます。全身から青白い光を放出し、自然界に多大な影響をもたらす術を放つ男に運ばれるなど、正気の沙汰とは思えません。思わず、切り刻んでしまう恐れがあります」
「やれると思う? 破壊するよ?」
「その言葉そっくりそのままお返しいたします。切り刻みますよ?」
二人がそんなやり取りをしている中、クレイがマナの肩を叩く。
「好きなほうを選んでやれ、時間の無駄だ」
「……私も行く必要ありますかね?」
「何故か二人ともマナを指名してるからな。行ってあげてよ」
悲しそうに言ったリーヴェの言葉にマナはため息をつきながら、了承。首を縦に振った。
「じゃあ、ミアさんよろしくお願いします」
「え? なんで?」
「正しい選択です」
「……さっさと行きましょう」
渋々ながら、マナに符を渡したナチはそのまま協会を後にしようと出口に向かおうとした。が、すぐに足を止め、背後を振り返る。
そして、悠然と歩を進め、ナチはマオとイズの前に立った。
「な、なに?」
警戒心むき出しのマオは何度もナチから視線を外しながらも、恐る恐るといったように視線を合わせた。
「帰ってきたら、マオに話したいことがあるんだ。……まあ、それだけ」
自然と視線が落ち、表情に陰が落ちるマオを見て、つくづく自分勝手な人間だな僕は、と思いながらも彼女に背を向け、歩き出した。
それから、シャルに「ちゃんと伝えるのですよ」と優しく言っているミアに懐疑的な視線をぶつけながら、出口付近で待っていたマナと合流し、協会の扉に手を伸ばそうとした時だ。
「お兄さん!」
突然背後から心臓が跳ね上がるほどに大きな声が協会内に響き渡る。
その声は間違いなくマオの声。
振り向かずともナチにはマオの声だとすぐに分かった。ナチは体を少しだけ背後に向け、顔を真っ赤にしているマオに焦点を合わせる。が、マオと視線が重なることはなかった。
虚空を見つめ、それでも小さな声で何かを口にしたマオの言葉はナチの耳には届かなかった。
だが、彼女の口の動きで何を言ったのかは判然とする。
『気を付けて』
たったそれだけでも、ナチは自然と笑みをこぼし、「行ってきます」と彼女に返した。マオに聞こえたかどうかは分からない。それでも早くに帰ろうと思うには十分すぎる言葉だった。
「行こう!」
そして、協会を出た三人は誰にも気づかれることなくマナが驚愕するほどの速度で『貴族区』へと潜入した。




