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アヴェリアム・コード ~消えゆく世界と世界を渡る符術使い~  作者: ボジョジョジョ
第六章 鋼糸が紡ぐ先には人形と少女がいる
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四十四 暖を取りに

「嫌われちゃったかな……」


 貧民区のほぼ中心。そこに存在する大きな池の前でマオはため息を吐きながら水面に自身の顔を映した。酷い顔をしている。言わなければよかった、と後悔しながらも言ってよかったとも思っている自分に少しだけ不思議な感覚を抱きながら、マオは再び水面に息を吐きだした。


 微かに揺れる水面に映し出される自身の顔が歪んで見えて、それが酷く醜く思えてマオは首を振りながら現実から目を背けるように目を閉じた。


 ようやく言えた想い、不満。


 けれど、本心を告げたタイミングが最悪すぎる。ナチのことが好きだ、と公言しているような発言、それでいて『仲間』だと断言されてしまっては彼の答えは深く考えずとも理解できる。


 結果は惨敗。


 彼は間接的にマオの告白を断った。本心を告げられたことに不満はない。心に溜まり続けていた不安という名の膿は消え去り、そして新たな膿が生み出されていく。


 けれど、確かに言えることはこれで彼と私の関係性は変わる。


 旅はこれからも続いていくだろう。それは自分でも何となくそんな気がしている。だけど、これからも前と同じように彼と旅をできるか、は自信がない。直接的ではないにしろ想いを打ち明けたのだから、彼と前のような気軽さで話せるような気はしない。


 マオは閉じていた目を開き、息を呑んだ。

 

 そっか……。私、お兄さんに……。


 急速に熱くなっていく顔、全身。速度を上げていく鼓動。寒空の下だというのに額に浮き出す汗はじっとりとしていて気持ちが悪い。恥ずかしい、死にたい。そんな感情を打ち消そうとマオは冷たい池の水を自身の顔に打ち付けた。その瞬間に冷めていく体温とは反対に鼓動は収まることを知らず、またすぐに体温は上昇していく。そして、もう一度冷たい水でマオは顔を洗った。


『……風邪引くわよ』


 淡々と言ったマギリを睨むようにマオは水面に映る自身の顔を睨んだ。


『うるさい! 分かってるよ、そんなこと!』


『まあ結果はともかく』


『結果はともかくとか言うな!』


『ああ、ごめんごめん。フラれてショックなのは分かるけど』


『まだ完全にフラれた訳じゃないし!』


 心の中で声を荒げるマオに対し、マギリは穏和な笑声を上げた。その予想外の反応にマオは何度も瞬きし、『マギリ?』と問いを投げる。


『あんた、後ろ向きだとばっかり思ってたのに意外と図太いわね。まだ諦めてないんだ?』


『だってまだ旅終わってないし……』


『その意気よ、その意気。あんたには若さという武器があるんだから、最悪……ね?』


『それはなんか嫌だ……』


『冗談よ、冗談。そんなもので出来た繋がりは儚く弱い。すぐに千切れ落ちる。まあナチは色んな物を見すぎてるせいで変に歪んでるけど、軽はずみな行動はかえって逆効果よ』


『なんか私よりお兄さんのこと知っててムカつく』


『そうそう、そんな感じであんたも本音を伝えていけばいいのよ。いつもウジウジ良い子ちゃん演じてないで』


『演じてないし。元から良い子だし』


『で? どうするの? 帰ってお兄さんだいしゅきーって言うの?』


『きも』


『うざ』


『……どうすればいいと思う?』


『知らないわよ。したいようにすれば?』


『だって、帰るの気まずいし』


『早く帰れ』


『ちょっと真面目に聞いてよ』


『真面目に聞いたって帰るか帰らないかの二択でしょうが』


『ここに残るって選択肢が』


『凍死したいなら残れば? そんな選択しようものなら私が無理にでも帰らせるけど。それにさっきのミアって子は味方じゃないってことは忘れてないわよね?』


『分かってるよ。うるさいなあ』


『あの子は紛れもない敵なんだから、こんなところに一人で居ること自体危険なことなのよ? 分かってるの?』


『分かった。分かりました。でも、まだ心の準備が』


 大きなマギリのため息を聞きながらマオは、雪が降り続く淀みを宿したかのような灰色の空を見上げた。日没はもうすぐ。今すぐに彼と会話をする勇気も度胸も今のマオにはない。


 だから、


『お兄さんが明日帰ってきたら、ちゃんと話するよ』


『……もういいわよ、それで』


「おーい、マオー!」


 背後から聞こえてくる声に導かれて振り向くと、そこには駆け足で接近してくるリーヴェとマナの姿があった。マオも二人に歩み寄っていく。二人はマオの姿を視認した瞬間に物憂げだった表情を破顔。心底安心したかのように息を吐いた。


「急に飛び出すから心配したわよ」


「ごめんね。でも、あれはお兄さんが悪い」


 不貞腐れた子供のように唇を尖らせ、そっぽを向いたマオを見て眼前の二人はぽかんと口を開けて呆けていた。


「なんか、思ったより平気そうだな。せっかく慰める言葉を考えてたのにさ」


「ほんとですか? 絶対何も考えてなかったですよね?」


「か、考えてたよ。マオが一発で元気が出るようなとっておきの言葉をさ」


 リーヴェはマオから視線を逸らし、腕を組みながら言った。


「じゃあ、次落ち込んだ時にお願いしますね。それで……お兄さんは?」


「ナチは今イズとクレアさんと一緒よ。一緒に戻る?」


 マナの提案にマオは首を横に振った。


「今はちょっと……」


「そう。なら、もう日没までそんなに時間がないし、どこかで休憩しましょうか」


「だなあ。外は寒いし」


 両腕を大げさに擦るリーヴェを見て、マオが意地の悪い笑みを浮かべる。


「リーヴェさんはシャルちゃんに会いに行かなくていいんですか? また仲直りできなくなっちゃいますよ」


「い、いいんだよ、今は。私は『貴族区』に行かなくてもよくなったし、時間はたっぷりあるんだから」


「どこに行きましょうか? お店に行くなら『商業区』になりますけど」


「二人にお任せします」


 うーんと悩み始めた二人の背後から足音とともに清廉な声が寒空の下に響き渡る。


「なら、良いお店を案内しましょうか、そこの傷心のお嬢さん?」


「クレア! イズ!」


 リーヴェとマナの背後から現れたのは右肩にイズを乗せたクレアだった。寒空の下でも寒冷を感じさせない穏健とした笑みに三人は瞬く間に笑顔になり、イズはマオの肩へと移動。そのままマオに抱かれる形で腕の中に収まった。


「ナチは?」


「んー、さあ?」


「さあって何か話したんじゃないのかよ」


「話したよ。けど、それはナチの口から直接聞いたほうがいいと思う。そういう内容だから。ね?」


 ね? と言ったクレアの視線の先にはイズが居て、イズも同意するように首を縦に振った。そして、首を垂直に上げ、マオを見上げる。


「そう、だな。最初は少し驚くかもしれんが落ち着いて聞くのだぞ」


「どんな内容だよ」


「私達は別に驚かないけど、マオたんは驚く内容。さあ、行こう。暖を取りに」

 

 商業区の方角を指差し、悠然と歩いていくクレアの後を追って、マオ達は暖を取るために商業区へと向かっていった。

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