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アヴェリアム・コード ~消えゆく世界と世界を渡る符術使い~  作者: ボジョジョジョ
第六章 鋼糸が紡ぐ先には人形と少女がいる
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四十二 開いたままの扉

「あんたがお兄さんかあ。見た目はなんか普通だねえ」


 広角を上げ、品質を見定める様な鋭い視線をナチに送るクレアにナチは困惑気味に愛想笑いを浮かべた。


「君はさっきまでと随分雰囲気変わったね。普通に怖いよ」


「あ、そう? さっきまでそこの子と話してた時のナチの方がよっぽど怖いと私は思うけど。ねえ?」


 クレアは臆面もなく言って、リーヴェ達に笑顔で同意を求めた。リーヴェは快活に笑い、マオは頬を掻きながら苦笑い。


「だよなあ。久しぶりに背中がぞわぞわってなったよ」


「私はもう慣れちゃいました」


「我もだ」


「……君はリーヴェと話があるんじゃなかったの?」


 「は?」と蔑むような目でクレアはナチを見た。


「相談? 私が? リーヴェに? あるわけないじゃん、そんなの」


 すると、リーヴェが苛立ちと怪訝が混ざったような表情を浮かべた。リーヴェだけではない、ミア以外の全ての人間があからさまに困惑している。


「じゃあ、なんで残ったの? サボり?」


「失礼な奴だねえ、君は。いや、最初は残るつもりなかったんだけどさ。君達の会話、掘り下げてもいい?」


 蠱惑的にも映るクレアの笑みは決して友好的な笑顔ではなかった。笑っているのは口元だけで、目は鋭いままだ。それに冷たさが加わり、悍ましいと感じるほどの代物へと変貌している。

 

 ナチは特に動揺することもなく、簡素な笑みを浮かべた。


「どうぞ。掘り下げてみて」


 そうして、ナチが口を開こうとした瞬間に一人の少女が大きく手を上げ、「は、はい!」と大きな声を上げた。当然、全員がそちらに視線を向ける。そして、視線が全て少女に向いたところで少女はベッドから下りた。


「どうした、シャル?」


「わ、私ミアお姉ちゃんと一緒に先に孤児院に戻ってるね」


「え? あ、なら私も」


 ミアの手を引っ張り、部屋から強引に出ていこうとするシャル達の背中にリーヴェが声をかけた。だが、シャルは首を大きく横に振った。


「いい! リーヴェ姉ちゃんは残ってて!」


「あ、ああ」


 リーヴェが情けない声を上げるのと同時に二人は部屋を出ていき、扉の近くにいたマオの前髪が激しく揺れるほどには扉が勢いよくしまった。その扉をクレアは優しく微笑みながら、眺めた。


「察しがいい子だね、シャルは」


「え?」


 リーヴェが呆けたように言った。それを見て、クレアが思わずため息をこぼす。


「これから話す内容をミアって子に聞かせたくなかったんじゃない? 私が何を掘り下げようとしてるか気付いて、それであの子を遠ざけたってこと。分かった? 鈍感女」


「それくらい私だって気づいてたぞ」


 再びクレアがため息をこぼし、胸の前で腕を組んだ。


「そういうことじゃないっつーの。まあ、いいけど」


 クレアは椅子に座ると足を組み、リーヴェの脇腹を肘で突いた。


「じゃあ、話の続きね。さっきの子、『世界を救う四つの可能性』とかなんとか言ってたけど、マオのことでいいの?」


 紛れもない質問ではあったが、それはほぼ断定するような言い方だった。その質問を聞いて、ナチは笑顔を崩すことなく言った。


「さあ?」


 言うべきなのだろうか。少なくともリーヴェやマナ達には事の真相を話しておくべきなのだろうか。言っておかなくては後々、迷惑がかかるのは目に見えている。


 別に隠しているわけではないのだから、言えばいいともナチは思う。


 だが、今は余計な誤解、混乱を招くような話題は避けたい。スレイが言ったように、この町を破滅に導く存在だと捉えられれば面倒この上ない。最悪、この町を追い出されかねない。


 それは避けたい。


 負傷し、寒波が地上を覆うこの状況下で、休める環境が存在するというのは幸運な事なのだから。


「へえ、とぼけるんだ。じゃあ、そうだってことで話し進めるから。あの子がマオたんを殺すって明言したけど、あれは何?」


 あのクソ人形、と思いながら、ナチは努めて優しく言う。


 彼女は見ていたのだ。ミアがマオに視線を向けて発言した、僅かな瞬間を。

 

「あくまで可能性の話だよ」


「命を狙われてることは否定しないんだね。なんで?」


「言わなきゃだめなの?」


「言ってほしいなあ」


 甘えたような声で言うクレアからは先程の蠱惑的な美しさは微塵も感じられず、ナチはただ苛立ちを覚えるだけだった。


「や・だ」


「うっざ。あんたさあ、ここに運ばれてきたとき瀕死だったって聞いたけど、あんたも狙われてるんじゃないの?」


「そうとも言えるね」


 クレアの眉間に深い皺が刻まれていく。それを見たクレイとマナが、ナチとクレアを交互に見ては息をのむ。


「そうとしか言えないでしょうよ。それにさっきのミアって子もリーヴェが殺す気で放った攻撃をまともに食らったってのに、今じゃあ傷一つないんでしょ? あんたら何者なの?」


「見た通り、ただの旅人だよ」


「私が聞いた話をまとめると、ただの旅人って括りにあんたを含めることはできないんだけど」


 クレアの表情はいたって真面目だ。声色も突き放されているかのような冷たさを感じる。そして、敵意ともとれる鋭い眼光でナチを射抜きながら、クレアはさらに続けた。


「あの子と一緒に行って本当に大丈夫なの? 潜入には成功したけど二人が派手に殺し合っちゃいました、なんてオチじゃあ困るんだけど。『貧民区』と『商業区』の連中はあんたが思ってる以上に毎日ビクついて暮らしてるんだからさ。あんたからしたら、他所の町の他愛のない事件かもしんないけど」


「そんなことは……」


 そう言いながらも、自分がクレイに向けて言ったことをナチは思い出していた。


 『僕はこの町の出身ではないので痛くも痒くもないですけど』。


 それが他愛もない冗談のつもりだったとしても、切羽詰まった状況の彼らに向けて言えばどう捉えられるのかは、考えれば分かった。わかりやすく軽率で空気が読めていない発言だと今なら気付くことができる。


 クレアが怒りを瞳の奥に抱えている理由にようやく気付きながら、ナチは手を握りしめながら、言った。


「……ごめん。全てを言うことはできないけど、僕達があのミアっていう子に命を狙われてるのは確かだ。でも、心配しないでほしい」


「私達が心配しなくて済むちゃんとした理由があるの?」


「……ない」


「はあ?」


 クレアが思い切り苛立ちを態度と声に乗せて言った。


「けど、彼女はこの町の人間には礼節を払うって言ってたから」


「自分を殺そうとしてる奴のことを信じるの? 頭おかしいんじゃないの?」


「信用してるわけじゃないけど、僕は今生きてるから。マナも一緒にいるなら多分大丈夫だと思う」


 ミアはシャルを傷つけたくないという理由だけでナチを殺さなかった。シャルが部屋を離れた瞬間にナチに止めを刺すことなど容易だったはずなのに。


 彼女の言葉を信用しているわけではない。彼女の言葉が虚偽である可能性は常に脳裏に蠢いている。だが、彼女は自身の言葉を確かに守った。有言実行した。


 彼女は敵であるナチの前で、敵の命よりも一人の子供の安全と命を優先したという事実をナチにまざまざと見せつけた。


 ならば、彼女はナチがこの世界の住人と接触している間は殺してこないはず。そんな安易な考えにナチは到達してしまっていた。それを危険だとは思いながらも、ナチは言葉とは裏腹に彼女の誠意を一抹ながら信用してしまっていたのかもしれない。


 熱のない瞳の奥に、温度を持たない声に乗せられた確かな意思を、ナチは信用に値すると心の奥底では思ってしまったのかもしれない。


 けれど、彼女の提案を呑んだ理由はそれだけではないことはナチも漠然と気付いていた。


「全然腑に落ちないんだけど、マオたんもそう思うでしょ?」


「……はい」


 暗く冷たい、棘を感じるトーンでマオは言った。怪訝な表情に宿る瞳には困惑が色濃く映る。端的に言って、意味が分からない、といったところだろう。


「お兄さん、分かってるの? お兄さんが死んじゃったらおしまいなんだよ?」


「死なない様に頑張るよ」


「頑張るって……。そんな体でもし襲われたりでもしたら、どうするの?」


「全力で逃げるよ」


 足に麻痺が残り、符術の補助がなければ正常に歩行することもままならない今、彼女に勝利することなど夢物語でしかない。愚かな幻想。今は非現実的な妄想に入り浸り、悦に浸っている場合ではない。そう結論付けたナチの言葉をマオは神妙な面持ちで一蹴した。


「……かっこわる。今は勝てないって分かってるのに、今は逃げるしかないって分かってるのに、どうしてそんな選択したの? なんで賛成なんかしたの? 死んだら全部終わりなんだってお兄さんが一番分かってるはずじゃん!」


 鼻息荒く、声を荒げたマオから、ナチは思わず目を背けてしまった。彼女が口にしたことはナチだって理解はしている。理屈としては誰よりも死の意味を理解していると自負することができる。


 故に彼女が放った言葉の真意も理解できているはずだ、とナチは思う。この状況でミアと行動を共にすることがどれだけ危険な行為なのかは、ミアの実力を目の当たりにしたマオならば即座に理解できるだろう。それに誰もが懐疑的に見ると判然としていたのに、何故自分がミアの提案を受け入れられたのかも漠然と理解はしていた。


 ナチは毛布を握りしめる自身の両手を見つめながら、訥々と答えていた。


「……信用して……ほしかったんだ……と思う」


「誰に?」


 少し責めるような、苛立ちを感じる声でマオは言った。


「……僕が負けないって。……僕がマオを殺させないって。大切な『仲間』を僕が守れるって、マオに信用してほしかったんだと、思う」


 それから数十秒経っても返事が来ず、ナチが顔を上げると、下唇を噛み、眉間に皺を寄せ、鋭い瞳に涙を溜めるマオの姿があった。彼女はナチと視線が重なると口を開いた。下唇には歯形がくっきりと残っているのが見える。


「なに……それ……意味わかんない」


「……マオ?」


「大切とか、そんな思わせぶりなこと言って、結局応えられないんでしょ? だったら、期待させるようなこと言うのやめてよ!」


 思考が止まる。全身に鉛が装着したのではないか、と思うほどに体は重く、勢いよく部屋を飛び出していくマオをナチは引き留めることもできずに、呆然と見つめていた。開いたままの扉を全員が無言で見つめること十秒。最初に口を開いたのはイズだった。


「あれほど思わせぶりな発言はよせ、と言っておいただろう。お前は仲間としての線引きができているのかもしれんが、マオにとっては」


「分かってる」


「分かってたら、あんな風に出ていかないでしょうに」


 クレアがため息をつきながら、横目でナチを睨む。クレアだけではない。リーヴェもイズも鋭く険しい視線をナチに送っている。


「……ごめん」


「私たちに謝ったってしょうがないだろ? とりあえず私とマナでマオを追いかけるから、お前は日没まで何もするな。いいな?」


 ナチが小さく首を縦に振った後に駆け足で部屋を出ていくリーヴェとマナを見て、クレアが椅子から立ち上がり、ナチの前に立った。

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