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アヴェリアム・コード ~消えゆく世界と世界を渡る符術使い~  作者: ボジョジョジョ
第六章 鋼糸が紡ぐ先には人形と少女がいる
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三十八 お手伝いさん

 ふう、とナチが一息つくのと同時に一陣の風が窓を強く揺らし、その音に反応してか、眠っているはずのイズが耳を小刻みに動かした。ナチは瞑目しているイズの背を柔く擦りながら、霊力の放出を中断。手に持っていた符をベッドの上に置いた。


「空気がまた冷たくなって来たなあ……」


 ナチは符を一枚取り出し、属性を追加。『大気』『火』。それを床に放り投げ、指先から霊力を放出し、符を起動させる。その瞬間に『火』によって程よく暖められた気温が『大気』によって部屋中を循環し、部屋を隙間なく暖めていく。


 その空気の変化によって、アンテナのように立っていたイズの長い耳が力無く倒れていき、ベッドに気持ち良さそうに着地した。


 背に持たれながら、ナチは窓からルーロシャルリに接近しつつある乱層雲を眺め、ベッドの上に置かれた符に軽く触れた。


「《世界を救う四つの可能性》は後三つ、か……」


 見つけられた《世界を救う四つの可能性》は一つだけ。マオとマギリだけ。あと三つも当然ながら自力で見つけなければならない。だが、他三つに関しては手掛かりすら見つけられていない状況というのが現状。


 しかも、今はユグドラシルから送られてくる最強の刺客を退け続ける必要まで出てきた。


 足りない。時間も、実力も、圧倒的に。


 こんな弱音を吐いてる場合じゃないのに……。


 それにマオの事も……。


 符術の改良に着手しなくてはならないというのに、膨れ上がり続ける焦燥がナチから集中力を奪っていく。


 脳裏に浮かぶマオの表情。彼女が見せた喜怒哀楽が次々と脳裏に浮かんでは流れていく。


 マオとの思い出はどれも大切な記憶。


 初めて一人で異世界を訪れて、初めて出会った人物。この世界で生きる術を教えてくれたのも、この世界で多くの時間を共にしたのもマオだ。


 彼女が居たから、僕はこの世界で生きて来られた。彼女が居たから、僕は第十三曲葬を発動する事が出来た。彼女が居たから、僕は世界を救うこの旅を諦める事なくここまで旅をし続ける事が出来た。


 だけど……それでも僕は……マオの想いには応えられない。


 でも、答えを出す事はできる。その解答が彼女を苦しめる事になったとしても、彼女の想いには答えを出さなくてはならない。


 それが僕に出来る精一杯の誠意。


「もし、こんなことを考えてるって知ったら君はどう思う? ナナ」


 こんな中途半端な僕を君はどう思う?


 僕は……自分が嫌いだよ、ナナ。


 ナチは溜息を盛大に吐いた後に、軽く触れていた符を手に取り、人差し指と中指で挟んだ。それを眼前まで持ってくるとナチは静かに瞑目。霊力の放出を開始した。白縹色の光が指先から溢れ出し、ナチの全身を包んでいく。


 符術術式、構築開始。『我、守護を破る者なり。我、神の御霊を破る者なり。我、天を開く開闢者なり』。符術《天日牢》構築終了。


 符への書き込み完了。続いて符術術式、分解開始。


 霊力排出、分解完了。術式変換開始。


 術式変換完了。続いて、属性変換開始。詠唱起動術式を属性起動術式に変換。


 《天日牢》起動条件霊力量を符に注入開始。


 変換完了まで残り二時間二十二分。


「…………チ!」


 変換完了まで残り二時間二十一分。


「……チ!」


 変換完了まで残り二時間二十分。


「ナチ!」


 耳をつんざく様な大声がナチの意識を強制的に現実に引き戻すと同時にナチは勢いよく左側へ吹き飛び、壁に激突。霊力の放出を中断し、ナチは声がした方向へと視線を向けた。


 そこに居たのは黒く長い耳を立たせているイズで間違いない。


 だが、問題はその後ろだ。


 イズを抱き抱えて満面の笑みを浮かべている黄色の長い髪を一つに結んでいる少女と、無表情でナチを見下ろしている殺人人形の存在だ。


 ナチはミアを捉えた瞬間に毛布を乱雑に引き千切り、符に変換。属性を込める。『大気』。それを投げ飛ばそうとするが、ミアが全く身構えない事でナチは思わず、手を止め、救いを求める様にイズを見た。


 だが、彼女は耳をピンと立たせたまま微動だにせず、ぬいぐるみの様に少女に抱かれている。


「……君は」


 ナチはミアを見ながら、言葉を紡いだ。が、ナチの言葉に反応したのは黄色の髪の少女だった


「私はシャル。こっちはミアお姉ちゃんだよ。お兄ちゃんは?」


「あ、いや、そうじゃなくて。えーっと……とりあえず、こんにちはシャルちゃん。僕はナチって言うんだ。その黒い兎はイズ。シャルちゃん、そっちのお姉ちゃん……とはどういう関係なの?」


 ナチはシャルとミアを交互に見ながら、言った。


「ミアお姉ちゃんはねえ、孤児院に新しく入ったお手伝いさん? かな」


「あ、へえ……お手伝いさん……か。お手伝いさん……なの?」


 ナチがミアにそう言うとミアは凍て付く様な冷たい光を宿した冷眼でベッドに座ったままのナチを見下ろした。


「……はい」


「どうしたの? ミアお姉ちゃん、具合悪い?」


 硬い声色で言ったせいか、シャルがミアを心配そうに見上げ、首を傾げた。


「いえ、問題ありません。シャル、少しの間ですが、部屋の外で待機していてもらえませんか? 私はこの男性と少々お話があります」


「喧嘩?」


「安心しなさい。少し会話をするだけですから」


「……分かった」


 あまり納得がいっていない様子のシャルだが、彼女はミアの言葉通りに部屋を後にした。イズを抱えたまま。


 シャルが部屋を出ていき、扉が閉まった事を確認したナチは符を握り締め、すぐにでも投げ飛ばす準備を開始。ミアは扉が閉まったとほぼ同時にナチに向き直り、一歩後退った。


 そして、ナチが腕を振るおうとした瞬間にミアが右手をナチの顔の前に出し、行動を強制的に制止させた。

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