二十五 彼等の想い
彼の妹への想いがこんなにも強いとは予想だにしていなかった。
彼が『白の監獄』に入り、数百年という時間が過ぎている事実を知った時、彼の心を埋めていた妹への愛情は間違いなく薄れたように思えた。そして、僅かだが彼の心には余白が生まれた。それは小さな小さな余白。
その小さな余白を埋めたのがマオだったのは間違いなかった様に思う。《雪の流刑地》から、マオの心から彼等のやり取りを見て、彼の気持ちが傾きかけていたのを私は確かに見ていた。彼の寂しさを、孤独を一人の少女が埋めたのは間違いない。それを彼自身も自覚していたはずだ。
だから、彼が妹と再会したとしても、彼の気持ちはマオに傾いたままになるだろう、と私は予想していた。彼がレヴァルで見せた怒りは間違いなく本物だったから。マオを失いかけて、彼は本気で怒った。それだけ彼の中でマオという存在は大きくなっている。私はそう思っていた。
けれど、マギリの予想に反して、彼は五百年ぶりに再会した妹を容易く信用した。それに薄まっていた妹への愛情が瞬く間に色彩を取り戻してしまった。彼の心の余白を埋めていたマオという存在は瞬刻に弾き出されてしまった。
マオに気を遣ってか、符術を改良する理由を誤魔化していたが、彼が符術を改良する理由に妹が関わっている事を私は知っている。彼が開発し、けれど彼自身が完成させることを拒んだナチ式符術の完成形。その符術を完成に踏み切らせたのは紛れもなく、ナナだ。
彼女の言葉が意図も簡単に彼を変えた。また、彼が二日間の眠りから覚めた直後に私は漫然とこう思ってしまった。
勝てない、と。彼の中の妹という存在が大きすぎる、と。
甘く見ていた。彼の気持ちを。いや、彼等の想いを。
このままじゃ、マオには勝ち目がない。勝機を作り出すにはマオをけしかけるしかないと私は思った。マオの想いを成就させる為にはまず、彼にマオの想いを明瞭に知ってもらう必要がある。そうすれば彼の心の片隅だとしても、マオの想いは微少でも残るから。変化の兆しを彼に植え付ける事が出来る。
なのに、マオは私の予想以上に臆病で消極的だった。最悪ばかりを想定して決断できない。
そればかりか日常生活に支障をきたしてしまうほどに思い悩んでしまう。
私は忘れていたのだ。
《世界を救う四つの可能性》に勝手に仕立て上げられてしまったせいで事実が霞んでいたが、マオが年相応の少女だという事に。恋に悩み、私から見たら下らない事で、一喜一憂する普通の少女。
出来ることなら何とかしてあげたいと思った。それが余計なお世話だったとしても。無理矢理にでも彼にマオの想いを気付かせてやろうと思ってしまった。そうでもしなければ、現状が変わらない。ただ待っているだけでは想いは届かないし、叶わない。自らが動かなければ、現状は一向に良くはならない。
強引ではあったが、これでマオはスタートラインに立った。かなり特殊で、不利なスタートラインだけれど、ようやくマオはこの出来レースのスタートラインに立ったのだ。
このレースを出来レースのままにするのかは、これからのマオ次第。
この旅には必ず訪れる終わりがある。だが、その終わりはまだ先だ。
まだ世界を救う為に必要な条件が揃っていない以上、旅はまだ続く。その時間こそがマオにとっては好機になり、その間に彼の気持ちを動かせなければ、マオの初恋は終わる。
あんたが勇気を出すしかないのよ、マオ。勇気を出した者だけが恋を実らせる可能性を手に入れる事が出来る。手を伸ばしてるだけじゃ、幸せは手に入らないんだから。
手を伸ばした先に、あんたにとって反吐が出るほどの大人達の陰謀が待っていたとして、それでもナチと共に居たいと願うのなら、私はあんたの力になる。




