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アヴェリアム・コード ~消えゆく世界と世界を渡る符術使い~  作者: ボジョジョジョ
第六章 鋼糸が紡ぐ先には人形と少女がいる
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二十一 衝突

 閉ざしていた瞼を開くと、窓から差し込んでいる山吹色の陽光が一本の光の線となり、空気中の埃を幻想的に煌めかせていた。その美しさにミアが目を細めていると、急速に視界を埋め尽くしていく色取り取りの無数の頭部。そして、様々な感情が灯された視線。呆れ、心配、怒り、動揺。


「なに寝てんだよ、ミア姉ちゃん」


 少し苛立ち混じりにマッドが言った。


「寝ていたのですか? 私が?」


「うん。ぐっすりだったよ。何回も呼んでるのにミアお姉ちゃんピクリともしないんだもん」


 首を縦に振り、心配そうな眼差しをミアに向けたのはシャサだ。彼女はミアの懐に潜り込むと、ほとんど密着している様な距離で動きを止め、髪と同色の赤い瞳でミアを物憂げに見上げた。


「すみません。少し疲れていたのかもしれません」


 ミアは人形だ。人の様に疲労の蓄積によって睡眠を取る様な生理現象は起きない。疲労の蓄積によって、肉体の損傷が起きる事はあるが、それらは自己修復時に改善される為、機能不全が起きる確率は極めて稀だ。


 ミアにとっての睡眠は記憶領域に溜まった情報を整理する時にのみ発生する、とミアはカザキから説明を受けている。またこれ以外の説明を受けていないため、ミアが睡眠を取る際のメカニズムにはミア自身不可解な点も確かにあるが、それを知る術は既に存在しない。


 彼は別の世界で命を落とし、この世界には存在せず、ミアがあまり詳しく知ろうと思っていない。知った所で状況が変化しないのなら、悩む必要は無いだろう。


「休憩は大事」


 やや揺れる視線を向けてくるのはトクだ。何かに怯えている様な、怖がっている様な、人が追い詰められ、逼迫した状況に陥った時に見せる表情と類似している。


「そうですね。ありがとうございます。無断で外出したりはしません……でしたね」


 ミアは両手から放出している『捕縛』を見て、自身が出そうとした問いに自ら答えを出した。『捕縛』に問題は見られない。子供達にミアの糸を抜け出す術はないはずだ。シャサの発火能力は視覚的には美しいと思うが、威力や火力としては糸を焼き切るほどではない、というのがミアの見解だ。


「ミアお姉ちゃんはちゃんと疲れたら休んでね。健康な生活が幸福な人生を引き寄せるんだからね」


 椅子に座るミアの膝に手を乗せるシャサは憂色を表情に全面に浮かべながら言った。誰かが口にした言葉をそのまま引用した、と思える様な台詞だった。


「そうですね。健康は大事です。不健康であり続けたい者など、一人も居ませんから。誰しも健康であり続けたいと思っているし、叶う事なら無病息災の人生を全うしたいと万人が理想を抱いているはず。ですが」


 人は不健康になり、自身の命が脅かされないと不健康の本質を理解しない。健康を損なった時の苦痛を体験しないと、改善に踏み切らない。それどころか、死の淵に立たされてもなお、意識を変革させない者もいる始末。死にたいのであれば、勝手にすればいいと、ミアは思う。だが、それを言葉にし、子供達に伝える事はしなかった。その理由はこの子供達はミアが言おうとしている事を既に理解していると分かったからだ。


 シャサは言った。『ミアお姉ちゃんは疲れたらちゃんと休んでね』と。誰かいるのだ。疲労によって倒れた者が。それが誰なのかは想像に難くない。彼女達は健康が損なわれる事の危険性、苦痛を十二分に理解している。近しい者の体調管理の不備によって。


「ミア姉ちゃんの話は言葉が難しいんだよ。もっと分かりやすく言ってくれよ」


 マッドが強気な口調で普段よりも大きな声で言うと、キッチンにも声が伝わったのか、二つの足音がミア達の居るダイニングへと聞こえてくる。もうこの足音は記憶され、保存されている。間違えることは無い。


「今度ミアに教えてもらいなよ、みんなでさ。教会の庭でも借りて」


 キッチンから頭だけを出して呑気な口調で言ったスレイ。視線を下げればシャルが目を星の様に煌々と輝かせながらミアを見ていた。


「それは私に労働しろという事ですか? 教鞭を取れと」


「まあ、そういうことかな。給料は出せないけど」


「それを私が支払うはずの負債に当ててくれるのであれば特に不満はありません」


「そっか、なら遠慮なくお願いします。シャルも手伝いはここまででいいから。皆と遊んでおいで」


「うん!」


 キッチンに消えていくスレイとは反対にミアに向かって猛ダッシュを開始するシャル。ミアの前に集まっている子供達を掻い潜り、ミアの下へとたどり着いたシャルはミアの膝に手を着いていたシャサを無理矢理に引き離し、彼女は睨む様な目つきでシャサを見つめた。


 子供の力といえど、思い切り引っ張られたシャサは当然よろめく。地面に尻餅を着くと同時に「きゃっ」と小さく悲鳴を上げたシャサの声を聞いてか、キッチンから再びスレイが現れる。


「痛いよ、シャルちゃん。謝って」


「やだ!」


「謝ってよ!」


 乱気流の様に急激に変化したシャルの表情。取っ組み合いの喧嘩に発展しそうな緊迫した空気にミアが言葉を失っていると、スレイがダイニングを駆け、睨み合う二人の間に割って入る。そして、二人の距離を遠ざけると彼はまずシャルへと視線を向けた。


「シャル。ダメだよ。どんな理由があっても家族に暴力を振るっちゃダメだ」


 俯くシャル。下唇が髪切れるのではないかと思う程に力強く噛まれ、力が入った両腕がプルプルと震えている。揺れ動く視線はスレイを、シャサを見た後に子供達全員に向いた。


「……じゃない」


「え?」


 ミアも、スレイも彼女が発した前半の言葉を聞き逃した。故意にでもなく、集中が散漫になっていたわけでもなかったというのに、ほとんど聞き逃していた。けれど、彼女が発したと思われる言葉は予想出来ていた。寂寥と哀痛を滲ませる子供達の表情を見て、スレイとミアはシャルが何を言ったのか、察する事が出来た。


「家族じゃないもん! わたしの本当の家族はちゃんといるもん!」


 シャルが目尻に涙をジワリと滲ませると、スレイは言葉を詰まらせた。何かを言おうとして慌てて引っ込めた。ミアには彼がそのような行動を咄嗟に取った様に見えた。正解が不明瞭になってしまったのだろう、彼自身。シャルに何を言ってあげるべきなのか。どんな言葉を彼女に投げ掛けるべきなのか。


 この場所は孤児院。育児を何らかの理由で放棄、または断念した親達が子供を預ける場所。シャルもシャサもマッドもトクも、他の子供達も全員、望んでこの場所に居る訳ではない。生きる為に、大人達に守ってもらう為にシャル達は孤児院で生活をしているのだ。その事実にミアは初めて意識の焦点を当てた。きっと親と過ごした楽しい記憶が存在する者ほど、孤児院の生活は辛く、虚しいものに見えてしまうのかもしれない、とミアは目を僅かに細めてシャルを見た。


「私達に血縁はありません。ですので、私達が家族で無い事は明々白々の事実です。そして、あなたの言う本当の家族がここにいない事も事実なのですよ」


 睨む様にミアを見上げるシャル。シャルの怒りが瞳の中を乱立し、震える全身からは悲愁を感じずにはいられない。

 

「ちょっと、ミア」


 ハッキリと断言したミアに諫める様な視線を送るスレイをミアは漫然と見つめた。ミア自身、シャルに投げ掛けるべき正しい言葉は分からないし、理解する時は永遠に来ないだろう。


 彼女を傷つけない為にただ甘い言葉を投げ掛けるだけならば、ミアにも出来る。が、それは親を失った事実を、悲しみを一時的に紛らわせ、穴埋めするだけだ。孤児院は子供達を一時的に預かる託児所とは違う。ここは子供達の家であると同時に生活の基盤。これからもシャル達の生活はここで行われ、ここで彼女達は多くの時間を過ごす事となる。つまり、ここに居る限り、親が居ない事実は永遠に付き纏い、悲しみは夏に降る猛烈な豪雨の様に心を蝕み続ける。


 ハッキリと事実を押し付ける事が正解なのかはミアも分からない。だが、何時かは受け止めなくてはならない問題だ。避けられないのであれば、逃げるか、受け止めるしかないのだから。


「確かにここに居る者達は皆、他人。ですが、ここに居る者達はあなたと共に暮らす仲間です。他人である私達があなたの寂しさや悲しみを完全に失くすことは難しいかもしれませんが、紛らわす事は十二分に可能だと私は思いますよ? そう考える事は出来ませんか?」


 納得がいっていない様子のシャルの視界に入り込む様にミアは膝を折り、彼女の視線の中に入り込んだ。


 理想だ。ミアが口にした言葉は所詮、理想論、綺麗事でしかなく、シャルに妥協してくれないか、と妥協案を提示したにすぎない。だが、それは仕方の無い事だ、とミアは思う。シャルが求める理想の改善案「両親との生活」が可能ならば、とっくに両親が迎えに来ているだろうし、スレイたちが彼女を両親に引き渡しているはず。彼女が求める最高の待遇が不可能だからこそ、シャルはここに居るのだ。


 ミアが言葉を重ねようと口を開こうとした時、スレイがシャルの頭を優しく撫でながら、ミアの右隣に膝を抱え、しゃがみ込んだ。窓から差し込む夕陽が彼の安閑とした笑みを優しく照らし出し、緊迫していた空気が少しだけ和らいだ気がした。


「……そう……だね。僕達はシャルの本当の家族じゃない。でもね? 僕達はここで一緒に生活をして、他人でもなくなった。シャルはここに居る皆と仲間になったんだよ?」


 スレイがシャルの右手を取り、ふわりと両手で包み込んだ。その両手を両者は見つめ、二人の視線はゆっくりと上昇し、数秒後に交錯した。それからスレイはシャサの左手を取ると、シャルの右手に重ね合わせ、二人の手を再び両手で柔く包み込んだ。今度はシャルとシャサの瞳が数秒後に交錯する。


「だから、シャルもこの両手で仲間を守ってあげて。リーヴェが皆を守ってくれるみたいに。誰かを傷付けるんじゃなくて、こうやって傷付けちゃった仲間を包んであげられるようになると僕は嬉しいかな」


 スレイの穏やかな笑みを見て、シャサは顔を真っ赤に染め上げ、シャルは幾度も横目でシャサを見て、口を僅かに開きかけては閉じていた。それを繰り返すこと三回。シャルはハンマーを地面に叩き付けるかの様な勢いで頭を下げた。


「シャサ。ごめんなさい! わたし、ミアお姉ちゃんがシャサに取られると思って……みんなもごめんなさい……」


「分かるよ、シャルちゃん。好きな人を取られるかもしれないって思うと辛いよね」


 シャサは自身の両手で力強くシャルの右手を握り締めると、目を輝かせながら言った。ミアとスレイは顔を見合わせ、シャサがシャルの言葉に同意した理由の意味が分からずに首を傾げた。


「まあ、その……なんだ。素直に謝ったから今回は許してやるけど、次からは許してやらねえからな!」


 顔をほんのりと赤く染めるマッドはシャルを直視せず、視線をスレイに向けた状態で言った。マッドの行動にスレイは手で口元を隠して笑いを噛み殺すと、子供達に背を向けて、肩を震わせ続けた。


「うん!」


 満面の喜色を浮かべ、真っ直ぐにマッドの目を見て話すシャルにマッドは顔を茹で上がった蛸の様に赤く染め上げると、三歩ほど後ずさりした。すると、背後に居たトクとマッドが激突し、トクは尻餅を着くと同時ににやりと口角を上げて、マッドを見た。あざけりともからかいとも取れるトクの笑みにマッドは憤慨した様に目を見開き、トクの頭に拳骨を落とす。


 その光景に笑声を上げる子供達。スレイも子供達が笑い声を上げたのを見て、噛み殺していた笑みを開放する。


「おーい! 帰ったぞー!」


 そして、元気な笑い声に包まれた孤児院に響き渡る、扉を開け放つ豪快な音と女性の声。その声色にはやや疲労と焦燥が感じられ、ミアは無言で開いた扉へと視線を移し、スレイは大きく柏手を打った。乾いた音が響き、子供達が一斉に扉へ視線を向ける。すると、泥棒の様に音を立てず、ダイニングへ進入していたリーヴェは視線が自身に一斉に向いた事で動きを止めた。


「え? な、なに?」


 子供達を一様に見て、困惑した表情を浮かべているリーヴェ。それを見て、何事もないかのように微笑むスレイと子供達。


「さ、皆。リーヴェが帰ってきたからご飯にしよう」


「え? なんかあったんじゃないの?」


「ないない。何もないよ。すぐにご飯の用意するから、リーヴェは座って待ってて」


 スレイがシャサを手招きし、二人はキッチンへと流れる様に消えていく。おそらく、シャサの炎で料理を温め直すのだろう。ミアはシャサの腰に装着していた『捕縛』を解除すると、長方形の大きな木製のダイニングテーブルを運ぶ子供達を手伝い、人数分の椅子を並べていく。


 ミアの行動を瞠若したように見つめるリーヴェを無視していると、若い娘の様に元気良く帰宅するカーラとジョゼフを全員で歓迎しながら、賑やかな夕食は始まりを告げた。

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