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アヴェリアム・コード ~消えゆく世界と世界を渡る符術使い~  作者: ボジョジョジョ
第六章 鋼糸が紡ぐ先には人形と少女がいる
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十二 切り替え

「リーヴェも、仕事ばっかしてないで、たまには休まなきゃダメだよ?」


 マオの正面、リーヴェの背後から現れた一人の青年。短くもなく長くもない黒い髪。柔和な雰囲気を醸し出す垂れ目気味の茶色の瞳が呆れたようにリーヴェの背中を見つめ、買い物帰りなのか、手には布袋が抱えられていた。彼はどこか感情を悟らせない安穏とした笑顔を浮かべ、リーヴェの横に並ぶと、マオとマナに小さく会釈する。


「初めまして、リーヴェの幼馴染のスレイと言います」


「何でこんなところに居るんだよ!」


「何でって、買い出しだよ。リーヴェが言ったんでしょ?」


「あ、そうだったそうだった。私が言ったんでしたね。……じゃあ、子供達どうしてんの? まさか子供達だけで」


 リーヴェが浮かべていた温容が鋭さを増し、冷気を帯びていく。怒色にも見えるその表情、その豹変ぶりにマオとマナは密かに息を呑んだが、スレイは悠然と首を横に振った。


「新入りの子に面倒見てもらってるよ。それで、なんでリーヴェ達が商業区に? 今日は崩れた山道を補修しに行くって言ってなかったっけ?」


「いや、また行方不明者が出たんだよ。これで七人目」


 スレイは「あー」と納得した様に首を上下に小さく何度も振った。


「それで我等が『リリア教団』が駆り出された、と」


 からかう様に言ったスレイに対して、リーヴェはしたり顔で言葉を返す。


「そそ。あのポンコツ町長から頼られ過ぎて、超困ってるよ」


「往来でそんな事言ってると、また憲兵に睨まれますよ」


 マナは大袈裟に咳払いし、前方でこちらを怪訝そうに見ている憲兵達を一瞥した。どう見ても憲兵達の表情が友好的ではないのは一目瞭然で、リーヴェはその事に気付いていながらも悪びれた様子は見せない。とは言っても、憲兵達もリーヴェを注意しようとする素振りは無く、あくまで睥睨するだけ、という立ち位置を彼等も崩さない。


 それは教団と憲兵達の関係性をそのまま如実に表している様にもマオには見えた。


「別にいいんだよ。あんな突っ立てるだけで給料もらってる連中の事なんか」


「こらこら。確かに彼等は警備の仕事では何の役にも立たないし、居ても邪魔なだけの木偶の坊だけど、事務仕事があったりするんだから」


「……今のフォローのつもりなの?」


『本音が強すぎて、フォローが死んでるわね』


「フォローよ、一応。さあ、手掛かりを見つけに行きますよ」


 マナがマオの肩を叩き、次にリーヴェの肩を叩いた後に、スレイに頭を下げた。


「あーごめんね。僕が話し掛けたせいで仕事の邪魔しちゃったね」


「いえ、そんな事は」


「じゃ、今日は日が落ちる前には帰るから、ご馳走よろしく!」


「はいはい。二人も今度、孤児院の方に遊びに来てね。子供達も喜ぶと思うから」


 マオとマナは軽く頭を下げつつ、買い物に戻って行くスレイを見送った。どこか上機嫌なリーヴェを先頭に三人は露店の主人達や通行人に聞き込みを開始する。


「二人ってどういう関係なの?」


 マオはマナに耳打ちしながら、流し目でリーヴェの背を見つめた。


「リーヴェさんとスレイさんの事?」


「……うん」


 マオが頷いて答えると、マナは顎に手を添え、考え込む様に頤を僅かに下げた。


「……幼馴染以上恋人未満?」


「……そうなんだ。夫婦なのかと思った」


「まあ、実質夫婦みたいなものよね。同じ家に寝泊まりして、寝食を共にしてるんだし。お互いに他の異性には興味ないって聞いたこともあるわね」


「何それ……。ラブラブじゃん」


「そうね。幼馴染で小さい時から一緒に居るのに、お互いに想い合えるって凄いわよね」


「だよねえ。私は無理だなあ。異性として見れないというか」


 ウォルフ・サリの誰かと恋仲になり、夫婦に、という未来がマオには想像できない。物心ついた頃には一緒に居たリルやシキを今さら異性としては見られないし、サリスは年齢が離れすぎて、もはや親世代だ。あり得ない。ウォルケンにも同年代の男性が居なかったわけではないが、基本的には薄い関係性で留まっていた。


 家族以外で、こんなに長く深く関わった異性というのはナチが初めてかもしれない。いや、初めてかもしれないじゃない。初めてだ。


「二人共、聞こえてるぞ。全く、あいつとはそんなんじゃないっての」


「そう言ってるのは当人達だけですよ。さあ、聞き込みを」


「マナはどうなんだよ。マナだって年頃の女の子だろ? そういう相手の一人くらい居ないの?」


「んー居ないですね。あまり男性に興味がないというか」


 少しだけ考える仕草を取った後に、マナは淡々と答えた。特に何かを匂わせる事もなく、すらすらとどうでもいい事の様に。


「うっわー、最近の若者って感じだね」


「うっわーって何ですか。聞いてきたから答えたのに」


「ごめんごめん。ま、でもいいんじゃない? 人の生きがいなんて他人が決めるものじゃないし、今のマナがしたい事をすれば」


「今の自分がしたい事……」


 マオがぼんやりと考え無しに呟くと、リーヴェとマナが同時にマオの肩を叩いた。優しい表情を浮かべ、朗らかな笑顔を浮かべて、彼女達は小さく頷いた。


「今のマオがやりたい事が見つからないならさ。こうして、ただ時間の流れに身を任せてみるのもいいと私は思うよ」


「今は一先ず、何も考えられないくらいに目の前の物事に集中して見たらどうかしら? あなたは意外と繊細で、悪い方向に熟考するタイプの様だし」


『意外と人を見てるわね。この子達。全部、図星じゃない』


 脳内で馬鹿笑いしているマギリを無視して、マオは二人の目を見た後に、首を縦に振った。そして、唇を尖らせながら、拗ねた様な物言いでマオは言った。


「……意外とって失礼だし。私だってうら若き乙女なのに」


 マオの表情を見て、二人は相好を崩すと、リーヴェはマオの頭を撫で、マナはマオの背を柔く叩いた。その二人の優しい感情を受けて、マオは表情が緩んでいくのを自覚しながら、先を進んでいく二人の後を追い縋った。


 今は余計な事を考えるのは止めよう。今は目の前の事に集中しよう。それが今、私に出来る精一杯の努力だと思うから。

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