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二十七 無血に散り逝く魔導世界

「そうです、クライス・バールホルム。これが私の最期の発明。人類史に残る唯一の魔法《魂の創造(アム・クオリア)》」


 詠唱は無く、シャルロッテが右手を翳すと放出し始める微量の魔力。それは彼女の右手の前に小さな球体を描き出すと、翠色に煌めきだす。


 シャルロッテは作り出した翠色の球体を右の手の平に乗せると、そっと息を吹き掛けた。翠色に煌めいていた魔力が、夏の晴れ空の様な綺麗な青色に変化すると、浮遊し、焔の様に揺らめいていく。


「……ここは……どこ?」


 クライスの声とも、シャルロッテの声とも違う若い少年の様な声が青色の魔力から小さく発せられる。確かにこの魔力の塊から声は響いた。


「魔力から声が……」


「これが魂の創造です。魔素を体内循環魔力と結合させ、外部に放出する際に、魔導機鋼が持つ特殊な魔力力場に干渉させる事で魔力は昇華し、自我を芽生えさせることが可能となります」


「テメエが魔導機鋼にこだわってたのは、この魔法を完成させる為だってのか?」


「その通りです。私は最初から魔導機鋼が持つ魔力力場に焦点を向けていた。魔導機鋼による軍事拡張は二の次ですよ。この魔力力場には魔力を一度破壊し、全ての生命に馴染む万能魔力へと再形成する、という人類の叡智を容易に凌駕する《魔力変換》がこの金属には内包されていました。そして、私はこの特異な《魔力変換》にある術式を追加しました。魔力が一度破壊され、再形成する際に『マナ』という自然生命粒子を吸収させる工程を追加した事で、魔力に自我を芽生えさせることに成功したのです」


「全く分からねえよ。何言ってんだテメエは」


「分からなくても構いません。ただの衒学的な自慢話ですから」


 シャルロッテは手の平の魔力を左手で一撫ですると、二回ほど瞬いた。


「万人の肉体に馴染む、魂の創造。これが魔導機鋼と私の全てを融合させて作り出した魔法《魂の創造》。ですが、この魔法には致命的な欠陥が存在します。それは魂を入れる器が存在しなければ、短時間で消滅してしまうという事です」


 クライスがどれだけ鈍感だろうが、もう気付く。彼女の狙いに。彼女が喰眼を使用してまでやり遂げたかった本当の狙いに。


「下らねえ。《心魂喰う無彩の喰眼》を俺に埋め込んで、国民達の魂を暴食させたのは空の器を作るためだったって事か? テメエは喰眼の魔力を引き出す事が目的じゃなかったのかよ」


「大それた題目を成し遂げるには嘘は必要不可欠なのですよ。約七万人の空の器には既に新たな魂を組み込んであります。後は最後の仕上げのみ。さすれば、私の願いは終わりを迎える事が出来る」


 クライスから一歩、後方に下がるシャルロッテは瞑目し、何者も捉えてはいない。また一歩、二歩、三歩。壁に激突する瞬間に彼女は立ち止まり、瞑目したまま剣を引き抜いた。


 そして、引き抜いた剣を騎士が手に持つ様に胸の前に掲げる。


「切離される二つの運命。乖離する二つの彼我。隔離される二つの生命は今、ここに解き放たれる」


 クライスは動かすだけで激痛が走る肉体をがむしゃらに動かし、ベッドから落ちる様に下りた。何とか受け身を取りつつ、シャルロッテから距離を取ろうとする。


 彼女が口にした言葉は魔術の詠唱呪文だ。魂と肉体を分離させる禁忌魔術《桎梏の拝》。その魔術は喰眼を保持していようが作用されるはずだ。喰眼には魔術を相殺する力はない。クライスにも禁忌魔術は影響する。


 逃げなくてはならない。魂と肉体が切り離される前に。


 クライスは冷たい魔導機鋼の床を這って、扉まで向かう。痛む腕を必死に動かし、未だに麻痺している両足を何とか動かして。


「逃げる必要はありませんよ、クライス・バールホルム」


「テメエの言葉なんざ、信じるわけ……」


 全身の動きを止めることなく、進行方向は扉のままで、クライスはシャルロッテが立っていたはずの場所へと視線を向ける。視線の先にいたシャルロッテと視線が重なった瞬間に、クライスは歯車を失った機械人形の様に動きを止めた。


 彼女の足下に広がる魔術術式が描かれた白色の円陣。煌々と輝く白色の光に包まれるシャルロッテ。彼女の胸から現世に飛び出そうとしている魂の欠片は、水晶の様に透き通っていて、宝石の様に美しい淡い青の輝きを放ち、握り拳大の球体を描く。


 そして、入れ替わりで、彼女が先に創造した幼い魂がシャルロットの肉体へと同化していく。クライスの前でわざわざ魔法を披露した訳を理解するのと同時に、クライスは地面に手を着き、渾身の力で立ち上がった。


 少年の様にあどけない表情を浮かべているシャルロッテの両の手の平に乗った彼女の魂は、青い輝きを損ねることなく宙に浮き、輝きを増していく。


「これでようやく、この国は、この世界は原初に還る事ができる」


 人魂の様に揺らめきながら、クライスの下へ悠然と近付いてくるシャルロットの魂。クライスとの距離が近付く度に右目が疼きだし、眼窩内に激痛が走る。右目を押さえようとするも、痛みは全身を回り、肉体はクライスの命令を完全に無視。


 麻痺した両足は自立する力を失い、その場に崩れ落ちたクライスは顔面を硬い床に勢いよく打ち付けた。鼻血が噴出し、口内に鮮血の生臭い香りと味が広がり、呼吸すら困難になるほどの激痛に、クライスの視界が淀み始める。


「げん……しょ……?」


「この世界において最も不要な存在。私はそれを人間だと思っています。私利私欲のために人を殺し、自然を殺し、絆を利用し、親しき者を貶める。戦火は美しい生態系を粉々にし、戦禍が齎すのは悲劇のみ。勝利しても、敗北しても、正義など、どこにも在りはしない。人だけなのです。こんな醜く、下らない争いをしているのは」


「女帝様は純粋なことで。胸糞悪ぃ」


「私は全ての悲劇を一掃する事を決めました。生態系の頂点に君臨していると勘違いする愚かで害悪な生物を一掃し、悲劇を強引に終幕させる。自然を壊さず、人も殺さず、絆が綻ぶ事の無い、無血の解決策。私は穢れた世界に『無血革命』を起こすのです」


 右目の痛みに耐えつつ、クライスは頭上を浮遊する青く輝く球体を睨み付ける。


「究極に偏った考え方だな。バイアスが泣きながら、テメエに懺悔するレベルだ。悪いが、俺はテメエの意見には賛同しねえ。俺は俺の力でこの先も生きていく。亡命でも何でもして、これから生き延びてやる。世界なんざどうでもいいんだよ」


 穏やかに笑うシャルロットの魂は降下し、クライスの右目の前に鎮座する。あまりの光輝に左目は反射的に瞼を下ろすが、右目はクライスの意思を無視して、開目し続ける。


「あなたは本当に予想通りの返答しか出来ない、つまらない人です」


「女帝様にお褒め頂けるとは光栄だ」


「先に申し上げておきますが、あなたに拒否権はありません。拒否させない準備もすでに整っていますから」


 シャルロッテの言葉に、クライスの眼光は鋭さを増していく。喰眼を通して見つめる彼女の魂を噛み殺す様に瞳に力を入れる。


「あなたの左目には『束縛』の術式を既に刻んであります。あなたの意思を縛り、肉体の操作権限を奪う高等術式『束縛』が。あなたには私が用意した七万の魂を、世界に生きる全ての心を喰らい尽くしてもらう。否が応でも終幕を見届けてもらいますよ」


「ふざけんじゃねえ。誰がテメエの自分勝手な野望に付き合うかっての。部下も国民も騙してたくせに、誰かを頼ろうなんざ虫が良すぎるんだよ」


「言っているでしょう? あなたに拒否権は無いと。これが私の下す最後の命令です。クライス・バールホルム。世界を喰らい尽くしなさい」


 クライスの意思とは関係なしに起動する喰眼と『束縛』。喰眼がシャルロッテの魂を飲み込み、シャルロッテの肉体に同化していた幼い魂も瞬時に捕食する。それと同時に、クライスの意思は『束縛』され、拒否権は奪われ、肉体の操作権限は瞬く間に奪われる。


 体が勝手に動く。先程まで全く動かせなかった足も手も、勝手に動いていく。立ち上がったクライスの右目から膨大な量の無彩色の光が放出され、光は津波の様な怒涛の勢いで壁をすり抜け、天井を突き抜け、獲物を探しに向かっていく。


 放出し続ける無彩色の光によって部屋は埋め尽くされ、クライスの瞳は勝手に閉ざされた。瞼を閉じても、部屋を埋め尽くす光によって闇は広がることは無く、仄かに明るい。


 感じる。無彩色の光が次々と獲物を喰らっていくのを。心魂を喰らっていくのを。七万の命を喰らうのに一時間も掛からなかった。三十分ほどで街は光に包まれ、魂は理不尽に暴食され、心を失った人形が無数に地面に横たわる寂寞な廃都が再び姿を見せる。


 肉眼で直接見なくとも分かる。喰眼が死屍累々の光景をクライスに光を通して伝えてくる。が、積み重ねられていく肉体は全てが生きており、全てが無血。瞳からは一切の光は閉ざされ、呼吸音だけが虚しく雪風に乗って運ばれていく。


 これが部下を欺き、国民を騙していた女が望んだ情景。鮮血が自然を穢すことはなく、戦禍によって悲劇は生まれず、心魂の消失によって争いが生まれる事は永遠にない。静寂で静穏で虚無。


 放出された無彩色の光がクライスの右目に収束していく。膨大な量の魂が喰眼に内包されていく。歓喜の雄叫びを上げる喰眼を無視して、クライスの肉体は動きを見せた。


 扉を潜り、部屋を出ると薄暗い廊下を進み、梯子を昇る。それから高級絨毯が敷かれた道を進み、長い階段を下りると、クライスは無骨な扉を悠揚と開いた。


 扉を開いた瞬間に降り注ぐ凍える様な冷風と雪風には何の反応を示す事無く、クライスの身体は歩みを続ける。何かに誘われる様に、何かに導かれる様に歩き続ける。


 そうして無言で歩き続ける事、二十分。クライスはある場所で立ち止まった。そこは港だ。無数の船が船舶し、波に揺られている大きな港。その無数の船の中にクライスが乗る海賊船も存在する。


 そして、クライスの眼前では小さな船が穏やかな波に揺れ、その小船には三人の男女が絡み合うように倒れている。目は虚ろで、口は半開き。呼吸はしている様だが、どの角度から視認しても生きている様には見えなかった。


 その三人の男女を見た瞬間にクライスの束縛されている心は大きく揺れた。悠然と小船に乗り移る肉体とは反対に、心は激しく揺れ動き、平静を失っていく。


 この三人組はクライス達がグランコリアに向かう前に別れた、若い部下達だ。逃れられない死を恐れ、船を降りた三人。その行為に怨嗟を抱くことは無く、引き留めなかったことに悔恨の念を抱く事も無い。


 だが、三人の姿を見て、ようやく他人事染みていた現実をクライスは事実として認識する。会話をした事の無い人々が倒れているのを見ても、罪の無い幼い子供達が虚ろな瞳で明後日の方向を見つめていようと、クライスの心が揺れ動くことは無かった。


 知らない人間の魂が失われようと、そこに現実を灯すことは無かった。


 けれど、この三人は違う。短い時間でも同じ時を共有してきた大事な仲間で、大切な家族だ。生きて欲しいと願いながら、クライスは彼等を送り出したのだ。


 これが生きていると言えるのか? 言っていいのか? ただ息をして、どこを見つめているのか分からない目をして、心を失ったこの三人を生きていると言っていいのか?


 言えない。こんなのを生きているなんて言わない。生命維持以外の全てを失ったこの状態を生きているなんて、絶対に言えやしない。

 

 クライスは『束縛』から逃れる為に魔力を練ろうとする。強い意思で肉体の命令権限を奪おうとする。だが、肉体はそれを無視。体内循環魔力が変動することは無く、大気の魔素が引き寄せられる事も無い。


 それでも、何度失敗しようと操作権限の奪取を幾重にも繰り返す。何も反応しなくても、何も生み出す事が出来なくても、クライスは意思を奪取しようと躍起になる。『束縛』の術式を解析し、解除方法を模索し、喰眼の制御方法を次々に実践する。


 そうして、束縛の術式を解析し、応用する事で何とか喰眼の制御を可能とするまでに約一年の歳月が流れた。『束縛』は解除され、喰眼を何とか手懐ける事に成功したクライスは心魂を失った意思の無い世界を見下げた。


 結局、クライスは喰眼とシャルロッテの野望を阻止する事は出来なかった。


 世界は色を失い、声を失い、彼女の望み通り原初に還った。人が存在した痕跡を、生きた証を確かに残しながらも、世界はシャルロッテが望んだ色を取り戻した。


 全てが損なわれた世界で唯一人、自由を取り戻した男はグランコリアへと帰還した。知らない他人などどうでもいい。今は家族に会いたい。裏切られたとしても、銃口を向けてきたとしても、俺を少しでも愛してくれた家族の下へ。


 この世界で唯一、俺のことを愛してくれた家族の下へ。



 クライスは全ての船員達の頬に手を添えていく。冷たい。彼等はもう生きてはいないのだ、という冷たさを感じながら、クライスは次々と船員達の肌に柔く触れていく。


 頼む。裏切った事は許すから、何も言わないから、もう一度だけ俺と航海を。俺の側に戻って来てくれ。俺を一人にしないでくれ。


 

 空が色を失っていく。澄明な青が無彩に塗り替えられていく。灰色に塗り替わっていく空の下でクライスは《夢想銃》を自身の右目に突きつける。弾丸は装填してある。引き金を引けば、銃弾は放たれ、クライスの命を散らす。


 そして、長い長い空白の後にクライスは人差し指に力を入れた。これで夢は終わる。想いも消える。男が流した涙ごと、夢想を放つ銃が全てを終わらせる。


 何もかもが終わるのだ。世界も、俺も、何もかもが。


 そして、クライスに終焉を与える銃弾が解き放たれる直前に彼女は現れた。

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