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二十 望まぬ共闘

「おい、ナチ! ババア! こいつらを片付けるまでテメエらは生かしといてやるよ」


 《弾丸装填・蛇》で砂人の一体を撃破し、《刃風の裂傷痕》で二体を撃破。だが、胴体を引き裂いても、腕を引き千切っても、全身を粒子ほどの微細な大きさに霧散させても、すぐに砂は人の形状を取り戻し、複数の能力を再行使する。


 一つ一つの能力は強大ではなくとも、統率が取れた連携を見せ、数十種類の能力が一斉に起動し、襲い来るこの状況ではまともに《弾丸装填》も出来やしない。


「じゃあ、あんた一人で片付けなさいよ。私達は逃げるから」


「マギリに賛成」


「我も同意」


「使えねえ年寄り共だな。おい、ガキ! 『黒』って奴はいたか?」


 空を見上げていたキリはゆっくりと周囲を見渡すと、首を横に振った。その緩やかな挙動にナチとマギリがやや唖然としていたが、クライスは無視。


「……いない。けど、近くには居る」


「ヘタレ海賊より落ち着いてるじゃない、その子」


 《弾丸装填・蛇》が次々と獲物を撃破していくが、それはやはり一時的な機能停止しか成果は得られない。一時停止時間は平均十秒弱。全身を粉砕しても二十秒程度。


「俺はクライスだ。ヘタレ海賊なんて呼ぶんじゃねえ、老害ババア」


 この五十体近い数の土砂、死体の数と比例する異能、破砕された土砂の再修復。


 これを一人の人間が全て同時に行えるものなのか?


 土砂の動きを連携させ、能力を組み合わせる。さらにはクライス達三人の動きに合わせて瞬時に反撃し、破壊された砂人を同時に修復。同時に行わなければならない作業が膨大過ぎる。魔術や超能力、機械の補助も無しに人間の脳のみでの演算処理は不可能だ。


 『黒』と呼ばれている人間の能力は一体なんだ? 土を操る能力。他に何の能力を持っている。


「戦闘中にボーっとしてんじゃないわよ、ヘタレ二人!」


 マギリが作り出した二本の氷剣がクライスとナチの眼前を通り過ぎ、土塊に突き刺さった。驚異的な速度で凍結していく土塊は動きを封じ込められ、能力を発現する事は許されず、透明な氷牢に瞬刻に閉じ込められていく。


「おい、言われてんぞヘタレ。《弾丸装填》」


 弾倉が白く光り輝き、六発の弾丸に魔力が新たに装填される。装填するのは全て氷雪弾。《弾丸装填》を終えた《夢想銃》は光を失い、魔導機鋼製の銃身が陽光に反射して冷艶清美に煌めいていく。


「天花の蕾が芽吹くや久しく、舞い散る灰雪、蕭蕭(しょうしょう)と。ふわりふわりと不香の花が咲き誇る。ヘタレ? 誰ですかそれは? 僕はナチです」


「くそつまんないこと言ってないで、早く符術を発動させなさい」


 娘と母に出て行かれた父親の様な寂寥感漂う表情をナチは浮かべると、左手に持った白縹色に輝く符を眼前に添え、目を閉じた。その瞬間ナチに迫る火球をマギリが氷剣で切り裂くと同時に、ナチは悠然と開目する。


「捕縛符術《雪魄(せっぱく)(ひょう)()》」


 ナチが投げ飛ばした符は、地面に着地すると同時に凍結を開始。《極白の夜》や《絶対零度》に比べると格段に冷気が劣る凍結ではあるが、瞬く間に半径三メートルほどの氷の円陣を描き出す。


 それでも触れれば凍傷は免れない程の高い冷気を有する氷の円陣から放たれるは、無数の氷鎖。流麗に砂人達の全身を縛り付け、氷が触れた部分から凍結を開始。さらに対象を捕縛した氷鎖は、捉えた獲物を氷の円陣へと瞬息に引き寄せ、叩き伏せる。


 次々に氷鎖を生み出し続けては対象を円陣に捕縛してはいるが、マギリの氷に比べるとやはり凍結速度も硬度も見劣りする。現に氷鎖を破ろうと躍起になっている者が現れ始めており、氷鎖に亀裂が入り、氷の円陣が土砂によって埋め尽くされていく。


 けれど、それは大した問題ではないのだろう。これは名の通り捕縛。撃退、撃破を目的としていない捕縛符術。ならば、この符術は見事に役目を果たしている。


「全部捕まえた……。さあ、マギリ、クライス!」


 視認できる全ての砂人を氷鎖で捕縛した事を捉えると、ナチはポケットから無数の符を取り出し、大声を上げる。


「気安く呼ぶんじゃねえ!」


 クライスは氷鎖を破砕しようしている砂人に向けて発砲。荒々しく発砲された弾丸は砂人に直撃した瞬間に凍結を開始。さらにクライスは発砲。発射された弾丸は確実に砂人達を捉え、眼前の敵を永久に氷雪の籠に閉じ込める。


「おい、ババア! テメエ、サボってんじゃねえぞ」


「あんたはさっさと鍵を使って蹴散らしなさいよ!」


 マギリが氷の円陣に集められた砂人を纏めて透明氷で包み込み、火球や舞う土砂すらも氷塊に閉じ込めていく。半端な火力では融解させる事も出来ず、脆弱な威力では彼女の氷は亀裂を入れる事すら敵わない。


「使わねえよ、あんな努力もへったくれもねえ力」


「海賊のくせに殊勝な考え方してるじゃない。あんたみたいなのが一番に鍵を振るいそうなのに」


 ナチの符とクライスの弾丸が円陣の上空で激突し、その瞬間に符と弾丸は巨大な傘の様な氷に変貌を遂げ、円陣を包み込んでいく。氷の傘がマギリの氷を包み込んでいくのと同時にマギリは氷の範囲を拡大し、三人の氷は連結。


 三つの氷は混ざり合い、巨大なドーム状の氷へと構築されていき、ナチとクライスの氷はマギリの氷に侵食されていく。白く濁っていた男達の氷は、純真と純潔を象徴する聖女の様な透き通る無色透明の氷へと生まれ変わっていく。


「最初から最強の力なんか振るって何が楽しいんだ。俺は、俺の力だけでお前達を殺す。テメエ以外の力で掴み取った勝利を勝利とは呼ばねえんだよ」


 クライスはナチとマギリに銃口を向け、怨嗟を込めた視線を送る。


 砂人は全て《雪魄氷鎖》ごと、マギリの氷に閉じ込められ、敵対の意思を示す土砂は消え失せた。村にはクライス達しかいない。


 なのに、何故こんなにも胸騒ぎがする。


 村に蔓延っていた死と不穏は払ったはずなのに、胸を締め付ける正体不明の不穏。不吉と言ってもいいかもしれない。言葉で言い表すには難解で、形容するには情報が足りない、胸を締め付ける何か。


 間違いなく言える事は、その何かはクライスに吉報を届けはしない。幸福をもたらしてはくれない。


 視線を左右に散りばめ、最後に再び前方に向けた。その直線上に佇むナチとマギリも視界に当然映り込む。そして、その二人が浮かべる表情をクライスは食い入る様に見た。自然と瞼が上がっていくのを感じる。


 クライスはすぐに気付いた。いや、気付いてしまったというべきか。


 強張った表情。浮かび上がる息筋。瞬く事もせず、凝った様に動かない怒色混じりの表情を見て、クライスは確信する。背後にいる。クライスが感じた不穏の正体が。


 背後。そこに存在するのは山道。つまり、キリ。


 クライスは銃をナチ達に向けたまま、背後へと悠揚と振り返った。だが、その悠揚さは瞬刻の内にクライスから消え去っていく事になる。


 《夢想銃》を持つ右手は気付けば無気力に垂れ下がり、銃身が太股に触れていた。硬い感触が太股に伝達され、クライスの思考は徐々に優柔を取り戻す。そして、冷えていく思考と怜悧な状況判断能力はクライスに凄惨な現実を突き付けた。


 そこにいたのはキリで間違いない。間違いは無いが、正解でもない。そこにいたのはキリ一人ではないのだから。


 白雪を思わせる真っ白な長い髪は腰辺りにまで伸び、病的なまでに真白な肌は陽光に照らされて、より青白さを強調する。煉瓦色の瞳は愉悦しているかの様に大きく見開かれ、クライス達の視線に気付くと男なのか女なのか判然としない中性的な青年は胡乱に微笑んだ。


 茶色のコートが風に翻り、青年の長い白髪を舞い上がらせる。


 クライスは視線を青年の顔から悠然と彼が手に持っているナイフへと移動させた。赤く濡れる刀身。切っ先に溜まる赤い血液は雫となって落下していく。


 落下する雫は青年の眼下で膝を着いているキリの頬を伝い、顎まで流れ着くと再び落下。既に地面に出来上がった赤い水溜りの上に零れ落ちた瞬間、小さな飛沫が上がり、水面には波紋が浮かび上がる。


 キリは僅かばかり視線を上げた。ナイフの切っ先が向いている先。何を考えているのか判明しない無感情の左目が緩やかに目尻に寄り、クライスを捉える。


 だが、キリの右目はクライスを捉えない。閉じられた右の瞼から流れ出る多量の血液は涙と混じり、静謐に頬を伝っては血の涙を地面に落とし続けていた。


「お前、ガキに何しやがった……」

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