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十九 異常に上塗りされる異常

 いや、違う。失われた命が元に戻る事はない。蘇生。それは自然の摂理に反する蛮行。失われた命は失われたままで在るべきだ。どれだけの悲しみに襲われたとしても、どれだけ空虚で虚無的な絶望に苛まれたとしても、輪廻転生の輪から外れる事は許されない。


 だから、クライスの眼前で、ナチの目前で、マギリとキリの目の前に立つ無数の村人達は生きてなどいない。


 クライスとナチは両者の間に立っている中年男性の死体へと、お互いに冷漠な眼差しを向けた。眼窩からは砂が零れ落ち、口からは吐瀉物の様に土が落下を繰り返し、裂かれた腹からは大量の砂が砂時計の様に流麗に落下している。


 どう見たって生きてなどいない。生命の流動は終焉を迎え、魂という不可視の概念が宿っているとも思えない。けれど、現にこの死体は自立し、ナチとクライスを交互に見ている。


 周囲を見渡せば、土砂から次々と現れる死んだはずの村人達。一人また一人と増えていく村人達は皆一様に眼窩から砂が零れ落ち、口部からは砂が蛇の様に艶めかしい動きで体外へと飛び出している。


「おい、テメエ。屍人術なんか使ってんじゃねえぞ」


「そっちこそ、海賊なんだから死霊術くらい使えるでしょ? 早く術解いてくれる?」


 お互いの主張が真実ではないという事を知りつつも、二人は動力が尽きた凡用人型決戦兵器の様に前傾姿勢で項垂れている屍人の衆を見渡した。


「こちとら海賊だ。死霊に恨まれる事はあっても助太刀されることはねえんだよ」


「こっちも異世界を渡る旅人なんで。この世界で助力してくれる様な死体のお友達には恵まれてないんだ」


「口が減らねえ奴だな」


「お互い様だよ。どうする? 共闘でもする?」


「ああ、そうだな。屍人と共闘してテメエらを殺すのも悪くないな」


「海賊こわ。海賊的思考ってやっぱり意味不明だよ。趣味悪いんじゃないの?」


「テメエもあんなババア連れて旅してんだから十分趣味悪いぜ。このババ專野郎が」


 土砂から出現した死体は三十人を超えたが、まだ動きを見せない。誰かが操っているのは明白だというのに、死人操者の陰すら見えない。術を使用しているのか、超能力を使用しているのかは判明しないが、死体自体に霊力や魔力などの外部からの熱量を感じない。


 安直に考えるのならば超能力で操作していると落ち着けるのが無難な所ではある。が、クライスは結論を曖昧にしたまま、ナチ達を一瞥する。


 ナチとマギリは死んだはずの村人達の出方を探っているのか行動を見せず傍観に徹している。キリだけがこの状況で緊迫した様子を表さず、何を考えているのか分からない無感情の瞳で《夢想銃》を眺めていた。


「うだうだ考えてもしょうがねえ。こういう訳分からねえ概念や存在は蹴散らすに限る」


 クライスは背後で事切れたかの様に佇む死体の一人を竜巻で切り刻み、左側に立つ死体の腹部を蹴り飛ばした。裂いた死体から盛大に噴き出したのは血ではなく赤黒く変色した砂。血を吸った影響か重量が増大し、足裏に伝わる衝撃が鈍重に伝わってくる。


「あーそれは一理あるね。こういう得体の知れない敵は先手必勝に限るよ。時間差で能力が発現するタイプの死霊もいるし」


 紫炎纏う火風が死体を飲み込み、ナチの鋭い蹴撃が死体の両足をへし折った。いや、折れたのではない。脛骨も大腿骨も既に破砕され、肉体を支える役目は果たしてはいない。


 それはクライスが切り刻んだ死体の残骸を見れば一目瞭然だ。切断された両足、首、両腕から覗く肉体内部からは骨の粉末すら視認することは出来ない。この死体には骨も臓器も脳すらも存在はしない。


 つまり、この死体が自立している理由は死霊の魂魄が乗り移った訳ではなく、土砂を操作し、土塊が骨の役目を担っていただけの話。


 人の生皮を被った土の人形。動いているのは死体では無く、土。土の糸に動かされているだけの惨めな傀儡。


「馴れ馴れしく話し掛けてくんじゃねえ」


 クライスは《刃風の裂傷痕》で死体を一掃しつつ、竜巻の方向をナチへと変更する。その間にクライスは膠着状態のキリの下へと駆け出した。マギリの脇をすり抜け、《夢想銃》を傾けては呆然と眺めているキリに手を伸ばす。


 だが、それは寸でのところで阻まれる。キリの腕を掴む直前、クライスの右脇腹に重い一撃を放った何者かによって、クライスは左へ大きく吹き飛んだ。土砂が未だに敷かれている地面を転がり、クライスは死体を数体巻き込みながら静止した。


 村人の死体に手を着くとクライスは素早く立ち上がり、状況を確認。吹き飛ばされた距離およそ十メートル。ナチはクライスが放った《刃風の裂傷痕》を躱しつつ死体を撃破している。マギリはナチの援護に回っている。二人ではない事は簡単明瞭。


 なら、クライスを吹き飛ばしたのは誰だ? 身体強化を肉体に施し、高速移動中のクライスを的確に捉え、吹き飛ばした存在は。


 その正体はすぐに見つかった。クライスとキリの間に立ち塞がる様に立っている一人の死体。中年女性。猫背で腕を垂れ下げ、土に濡れた亜麻色の髪は風に揺れもしない。両足の関節が肉体構造的に有り得ない方向に曲がっているというのに、しっかりと自立している。


「このゾンビ野郎が……」


 クライスが一息で中年女性に詰め寄り、胸部に掌底を撃ち込もうとした瞬間に中年女性の姿が霧散する。本当に霧の様に消えたのではないという事は瞬時に理解した。


 高速で移動した。クライスよりも速く、高速で移動したのだ。土が満遍なく敷き詰められた鈍重な肉体を有しながら、クライスよりも速く。


 クライスは体内循環魔力を更に両足に集中。筋肉保護を上回る量の魔力が込められた両足は即座に悲鳴を上げ始める。身体強化の制限時間がクライスの両足に設けられ、それは約十分。


 十分以上の使用は不可能。それを超えれば両足は文字通り再起不能になる。だが、クライスは制限時間を理解し、両足の筋肉と骨が阿鼻叫喚を上げているにも関わらず、口角を吊り上げる。


 十分で倒しゃあいい。


 簡単な理屈。単純明快な図式。直截簡明な解答。どれだけの負荷が両足に掛かろうとも、倒せばいい。土塊も、ナチも、マギリも、全て。


 全てを殺す技術はこの手の中にある。


「ガキ! 銃を上に投げ飛ばせ!」


 キリが《夢想銃》を上空に投げ飛ばす前にクライスは行動を開始。先程よりも格段に跳ね上がった脚力で高速で動く中年女性の背後に回り込み、強化された右足で中年女性の胴体を真二つに切り裂いた。


 切り裂いた瞬間にキリが上空に《夢想銃》を投げ飛ばし、クライスは膝を思い切り曲げると一気に跳躍する。二メートル付近で《夢想銃》を受け取り、三メートル付近で《弾丸装填・蛇》を六発全てに装填。


 五メートル付近に達した時に装填を終えた《夢想銃》を地上へと向ける。


「……おい、何だテメエは?」 


 クライスの右側。クライスの横顔を覗く異形の姿。赤黒く変色した人の形をした砂が、クライスにぴったりと寄り添う様にして右側で顔を覗き込んでいた。


 自然と視線が下がった。高度にして約五メートル弱。クライスの直下。そこにはクライスが胴体を横一直線に切断した中年女性の死骸が存在するだけ。けれど、そこに最たる異常は存在した。


 土砂が体内に入り込み、空気が限界まで詰められた風船の様に膨れ上がっていた肉体が完全に萎んでいる。眼窩に詰め込まれていた砂も、切り離された胴体から零れていた砂粒も全てが死骸の体内から排出されていた。


 テメエは中身ってわけか……。


 クライスは右側で悠然と自分を覗き見る人型の土砂に《夢想銃》の銃口を向ける。一切の迷いはなく、一切の戸惑いも無い。クライスは銃口を向けたと同時に引き金を引いた。


 銃口から放たれる、晴れ渡る御空の様な天色の弾丸。弾丸発射の衝撃、反動によってクライスの体は後退し、クライスと共に落下を始めている人型の砂の腹部には巨大な空洞が開いた。


 《弾丸装填・(シー・サーペント)》はまだ終わりはしない。砂を貫通した天色の弾丸は空中で突如として方向転換。大きく旋回し、高速で人型の砂の左腕に迫る。


 追尾型高出力魔力弾丸《弾丸装填・蛇》。弾丸の生成者の死亡、停止命令が下るまで追尾が停止することは無く、半永久的に弾丸は対象を追い回す。狡猾に粘着質に陰湿に獲物を捕らえる大海蛇を模した弾丸。


 クライスは再び照準を空中に砂に合わせ、人差し指に力を込める。引き金が徐々に手前に引かれ始め、銃口から天色の光が零れ始める。撃鉄が起こされ、薬莢から弾頭が離れるその直前。


「こんの……邪魔すんじゃねえ!」


 クライスの右腕に巻き付く蜘蛛の糸の様な、絹糸の様な柔く細い白糸。クライスが糸の正体、糸を操っている者の正体を確認する前にクライスは右側に引っ張られ、土砂の上に勢いよく叩き付けられた。


 背中から地面に叩き伏せられ、クライスの右手から《夢想銃》が離れて行く。痛みによって視界が一瞬暗転し、腕を締め付ける強大な力によってクライスの視界は瞬息に色彩を取り戻す。


 クライスは糸を目で追い、その正体を判明させた。


「おい、どういう事だ……」


 糸を操っていた存在を視界に捉え、判然とさせた瞬間にクライスは思わず面食らってしまった。視界の先に存在する意想外の存在。睥睨し、周囲に存在する土塊が見せる挙動、行動にクライスは危急存亡を感じ取りつつ、息を呑んだ。


 糸を操っているのは死体だ。正確に言えば、死体に内包されていた土塊。血液、骨、臓器、筋肉、それら全てを破砕し、分解し、取り込み、死体からは排出され、意思を持たないはずの土塊が大地の上に確かに自立している。

 

 それに放出されているのは糸だけではない。ナチとマギリに視線を移せば、彼等は宙を舞う人型の砂を迎撃し、炎を纏う砂人を破壊し、岩の様に硬化している砂を撃破している。


 クライス同様に戸惑いを隠そうともしない二人は苦笑しつつ、冷や汗を垂らしている。


「どうして複数の能力を同時に使用してやがる」


 土を操る能力と、別種の能力の同時使用。能力者が複数存在するのか。それとも、複数能力保持者なのか。情報が少なすぎる現状では、クライスに能力の同時使用の真相を解き明かす事は出来ない。


 けれど、クライスがユグドラシルに聞いた情報では先天的に保持する超能力は基本的に一つだけ。複数能力保持は極めて稀であり、世界全体で見ても数人しかいないと彼女は言っていた。


 その情報を真実と捉えるのであれば、この光景は異常だ。複数能力保持者が数十人は存在し、それが全て死体から這い出た土塊。異常が上塗りされた異常。この光景を何と呼べばいいのか、その名称すら判然としない怪奇で異常な光景にクライスは舌打ち。


「めんどくせえ……《刃風の裂傷痕(グラス・リッパー)》!」


 刃が付与された竜巻で白糸ごと土塊を破壊すると、クライスは手に巻き付いた糸を地面に捨て、《夢想銃》の下へと素早く移動する。銃を拾い上げると右手で構え、クライスは銃口を土塊に向けた。


「おい、ナチ! ババア! こいつらを片付けるまでテメエらは生かしといてやるよ」

すみません。諸事情で更新が遅れます。本当に申し訳ありません(´・ω・`)

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