二十四 《絶硬》と《絶対零度》
「私達が『世界を救う四つの可能性』なんて大層な名前で呼ばれている理由を、今から教えてあげるわ」
『何それ? フィア・リコード?』
「あんたが命を狙われている理由は?」
『世界を救う可能性を持っている、からでしょ?』
「そう、その通り。けどね。それはマオの能力だけでは不可能なのよ。私の氷とマオの氷。その二つを組み合わせる事で初めて世界を救う可能性に到達できる」
『私とマギリ、どっちかが欠けてもダメってこと?』
「ええ。けど、あんたはまだ自分の氷に気付いてない。まだ不完全なの。だから、少し見学してなさい」
マオは漠然とその話を聞いていた。現実味がないその話を。自分が気付いていない氷。世界を救う四つの可能性。自身が持つ世界を救う可能性の真実。
全く頭に入ってこない。体に浸透してこない。耳の奥で誰かが情報をせき止めているのではないか、と思うほどにマギリの言葉は心に響かない。全く頭に刻まれていかない言葉とは裏腹にマオは少しばかりの寂寥感を心に刻んでいた。本当に少しばかりの。
ナチが求める世界を救う可能性はマオだけではないのだ、という真実にマオは寂しさを覚えていた。簡単に言えばショックだった。ナチの支えになれる唯一の可能性はマオ一人だけでは無かったという事実に。マオ一人では彼の役に立てないという現実に、マオは一抹の寂しさを覚えていた。
マギリは赤と黒の光を放出し続けている鍵を右手に持ち、開目し地面を蹴り続けているユライトスを一瞥しつつ、溜息を吐いた。
「鈍感娘。悩みなら後でいくらでも聞いてあげるから、今は見る」
『……うん』
マギリはまた溜息を吐くと額を右手で優しく小突いた。そして、その小突いた手をユライトスへと向ける。眼前に出現する歪な形をした氷塊。内側すらも見通せるほどに透き通った無色透明の氷。それはマオが作る氷と差異は無い様に見える。だが、それは外側だけだ。内側に内包している冷気はマオが作る氷とは段違いに低い。
内包された冷気が解き放たれた瞬間に天地万象は凍結し、魂という不可視の概念まで氷結する事が出来るのではないかと感じさせるほどに高められた超低温の冷気。こんな桁違いの冷気を氷に付与する事はマオにはできない。これがマオの能力なのか、それともマギリの能力なのか。
どちらにせよ、目の前で生成されていく氷塊にはマオに足りない要素が多分に含まれている。マオは吸い込まれるように眼前で体積を増大させ続けている氷を見つめていた。
『行くわよ!』
マオの上背の三倍ほどの体積を得た氷は歪な形状を保持したまま、ユライトスに向かって直進。ユライトスは目をギョロリと氷に向けると、ゆっくりと艶めかしい挙動で鍵を氷に向けた。切っ先から放たれる、赤と黒の荘厳華麗な光。
無色の氷と黒赤の光が拮抗し、ユライトスの目前で氷は動きを止めた。が、氷は砕けていない。微小な亀裂が発生してはいるが破壊には至ってはいない。それを確認すると、マギリは満足そうに口角だけを上げた。目が全く笑っていないせいで、見慣れた自身の顔だというのに畏怖を微量ながら感じてしまう。
『あんたの氷は私が今までに見てきた氷の能力者の中でも、段違いに硬い。水分子の結合が高いことも、不純物が全く含まれていない事もそうだけど、あんたの氷は異常に硬い。理由は正直分かんないけど、あの鍵の攻撃を防げるほどに』
『それが私の能力なの? 硬い氷を作れる事が?』
『そう。あんたの氷の特性は比類なき硬度《絶硬》。この世界には多種多様の超能力が存在する。その中には当然同系統の能力も存在するわ。さらに細分化すれば、その同系統の能力には若干の違いがあるのよ。それが能力特性。あんたで言えば《絶硬》になるって事』
マギリは破損せずに拮抗を保つ氷を操作。歪で分厚かった氷塊を雪の結晶に類似した六枚の花弁をもつ氷花へと形状変化させる。氷塊に比べると厚さが極薄。当然、薄くなった分だけ硬度は低下する。
そして、マオの氷がどれだけ類稀なる硬度を有していても、低下した硬度では鍵の攻撃を受け止めることは不可能。予測通り氷花は粒子の様に細かく砕け散り、霧雨のようにユライトスに降り注ぐ。その細かく飛散した氷をマギリは再結晶化。ユライトスの左腕に蛇の様に氷を巻き付かせる。
『見てなさい、マオ。これが私の能力特性。これが私の氷』
マギリが左手の親指と中指を勢いよく弾き、乾いた音を戦場に響かせる。マオはその音には反応を示さず、ユライトスへと視線と意識を集中させた。彼女が起こす変化を見逃さない様に神経を尖らせる。
変化は唐突に表れた。けれども、ナチの符術や鍵が発現させている黒い渦に比べれば、かなり地味に。
ユライトスの左腕に巻き付いていた氷結範囲が急速に広がっていく。黒服も指先も一瞬で凍り付き、その範囲は瞬く間に肩にまで及ぼうとしていた。それを防ごうとユライトスが左腕を肩に付着した埃を払う様な微弱な力で動かした瞬間、マオもユライトスも目を見開いた。絶叫するユライトスと沈黙するマオ。
地面に転がり落ちるユライトスの左腕。落下した左腕は粉々に砕け散り、舞い散る血液は瞬間凍結。また左腕の破片が地面と接触した瞬間に大地は氷結。範囲を拡大し始める。拡大を続ける透明の寒冷大地に飲み込まれそうになったユライトスは鍵が生み出す黒い光で、マギリの氷を破壊した。無駄に広範囲に乱雑に彼は光を放ち続ける。
『あれが私の能力特性《絶対零度》。生成した氷の温度をマイナス二百七十三度にまで下げ、あらゆる環境においても氷の融点を上回る事が無い永久凍結』
肩から先を消失し大量に出血しているユライトスは顔を地面に埋め、子供の様に泣き喚いている。頭を地面に何度も打ち付けるユライトスを鬱陶しそうに見つめるマギリは頭上に巨大な氷の剣を出現させる。刃渡りは長く、幅広の両刃の剣を。
『あんたは今まで私の特性と自分の特性を上手く引き出せてなかった。だから、あんたの氷は私から見れば酷く不安定で危なっかしく見えてた』
そうだったんだ、とマオは下唇を噛んだ。
『だから認めなさい。あんたは弱い。ナチよりも、あの叫んでるガキんちょよりも、私よりも。その事実をしっかりと受け止めなさい。ナチの隣に立ちたいと思うんならね』
ブラスブルックでナチに敗北し、胸に抱えていた自信や自惚れは打ち砕かれていたのだと思っていた。弱さを認め、強者になる為に覚悟を決められたのだと確信していた。
けれど、それは違った。
氷を主に使わないナチに敗北した所で、それは真の意味での敗北とは言えない。氷の能力だけならばナチに勝っている、と言い訳を繰り返せるからだ。やはり自分は自惚れていた。慢心していた。自分の弱さと向き合うことから逃げ続けていたのだ。
だが、もう逃げることは許されない。弱さからもマギリの言葉からも。マギリの背中に隠れて今は見ているしかできないけれど。もう進まなくてはならない。立ち止まっている事は許されない。マオの心がそれをもう許さない。
彼の隣に立つ為に私は進まなくてはならないのだ。今度こそ。
『はい! 師匠!』
『その呼び方は止めて。むず痒くなるから。でもまあ、強くしてあげるわよ。だから、まずは自分の力を知りなさい。私はあんた。あんたは私。覚えることは人の二倍あるんだから、集中しなさい』
『はい!』
『返事だけは一丁前ね。まあいいわ。じゃ、そろそろトドメといきましょうか』
マギリは氷剣を高速で射出。極薄の氷の剣は地面でのた打ち回っているユライトスに真っ直ぐに進んでいく。慈悲は無い。胴体を真っ二つにすること以外マギリは考えていない。言葉にしなくても彼女の思考がマオに流れてくる。
同じ体を共有しているせいなのか、彼女がマオの心に住みついているからなのか。茫然とそんな事を考えながら、マオは剣の残影を目送した。ユライトスは苦痛を表情に浮かべ、飛来してくる氷の剣を視認すると鍵を乱暴に振るった。
黒い光と渦が氷剣を迎え撃つ。が、左腕を失った事による痛みが原因なのか、彼が放つ鍵の力は明らかにに貧弱。マギリが放った剣を砕く事さえ敵わない。
『今のあいつに私達の氷は止められないわよ。鍵が最強でも担い手が大したことなければ最強の名も霞む。これで終わり』
マギリが冷淡に、冷血にそんな事を言った。彼女が言いたい事はマオにも分かる。彼はマギリとの戦闘で鍵の能力しか使用していない。彼自身の能力を一度も使用していないのだから。
鍵の力は恐ろしいほどに強力だ。だが、彼自身は大したことはない。マオよりも高い実力を有しているのは明白だが、鍵を抜きにすればナチには敵わない。そんな気さえする。
剣が突き刺さる直前に鍵の柄が禍々しく輝き、膨大な量の黒い渦が出現。それは氷剣の移動速度を緩慢にさせ、ユライトスを飲み込むと一瞬の内に霧散して消えた。黒い粒子の様に細かい光粒が大地に降り注ぎ、無人の大地に氷剣が緩やかな速度で突き刺さる。
マオがユライトスの姿を懸命に探しているとマギリが「もうどこにもいないわよ」と疲労と悔恨が滲む声で言った。
「鍵の力でこの世界の何処かに移動したか、お家に帰ったかのどっちかでしょうね。まあ、どっちにしても敵は去ったってことよ」
マオは地面に突き刺さった氷の剣を見つめた。自身が作り出す氷剣よりも装飾が凝っており、外見も優美。それでいて剣の刃となる部分は女性の引き締まった腰を彷彿とさせる美しい曲線を描いており、薄く研ぎ澄まされた氷は刃物としても一級品。
彼女が作る氷はマオが作れる氷よりも段違いに薄く、頑丈。他者の特性を行使しているというのに彼女はマオよりも硬い氷を生成している。見た目の冷艶さや特性を巧みに使いこなす技術も去る事ながら、それらを一瞬で作り出す想像力には素直に感服するしかない。
豊かな想像力や複数のスキルを同時に扱う器用さは今のマオには無いもの。そして、これから養っていかなければならない技術でもある。その為には見て学習するしかない。容量の悪い自分は先人の知恵を見て、その度に吸収し自身の糧にするしかない。
『マギリってほんとに強かったんだね』
「今のあんたよりはね。それに今回、勝てたのはぶっちゃけマグレよ。あいつは自慢の毒を私に破壊された事で動揺してたし。だから、鍵の使い方も単調だったし私の技もあっさり受けた。その結果が左腕の損失じゃあ笑えないけどね」
ふん、と鼻で笑うとマギリは地面に突き刺さっている氷の剣を粉々に砕いた。細かく破砕した氷片は戦火に包まれたレヴァルにようやく終戦を告げるかの様に、白みを帯び始めた夜明けの空に降り注いだ。
終わったんだ……。
氷結した地面。今もなお燃え盛る炎。積み重ねられた瓦礫の下には逃げなかったのだろう。真っ赤に染まる人の手が、天に向かって伸ばされていた。この街に到着したばかりの時には溢れ返っていた活気も、多くの人が行き交い笑顔に満ちていた街はもうどこにも見られない。見渡す限り焔と瓦礫。
この街が元の姿を取り戻すにはどれだけの時間が必要なのか。むしろ、この程度の被害で済んで良かったと考えるべきなのか。マオがそんな事をぼんやりと思っていると、イズとナチの下へと歩みを進めているマギリが淡々と言った。
『どっちにしても、この街は街としての機能を完全に失った。復興には少なくとも一年は掛かるわよ。ま、それもあんた達が世界を救えなければ無意味に変わるけどね』
『大丈夫だよ。私達なら。マギリも一緒だし』
『マオが言うと説得力ないわね』
『えー、そんな事ないでしょ』
『そんなことあるわよ。あんたには説得力に足る実績が無いんだから。あんたの言葉に説得力が生まれるかはこれから次第よ』
『確かに……。さすがは先人』
マギリがイズの前に立ち、しゃがみ込むと盛大に笑った。イズもマオも突然の大爆笑に困惑しつつも、彼女を見守る。
「謙虚なのか自信過剰なのか。忙しい奴ね、あんた。でも素直な子は嫌いじゃないわよ」
『それじゃ、そろそろ交代』
その言葉に引っ張られたかのようにマオの意識は急に前面に押し出されていく。俯瞰だった視界が急に狭まっていく。普段と変わらない現実が鮮明に視界に現れる。マオは数回瞬きながら自身の両頬をつねった。痛い。夢じゃない。
『ほら、ボケっとしてないで、さっさと安心させてやんなさい』
マギリに言われてハッとなったマオは目の前で困惑しているイズへと意識をむける。「瞳の色が……」と小さくぼやいている彼女は見るからに絶句していた。マオはよく見れば傷だらけの彼女を優しく抱き抱えた。
マギリが見ていた景色。それが急速にマオに流れてくる。マオが知らないナチとイズの共闘。二人の涙も、覚悟も。全てがマオに流れ込んでくる。
仲間を失いたくない一心で命を懸け、その為に血を流し、涙を流し、何度も絶望しては強敵に立ち向かって行った二人の姿が目を閉じれば鮮やかに浮かび上がる。全ては仲間の為。全てはマオの為。二人はマオの為に死を選ぼうともしていた。
世界を救う目的を捨ててでも。故郷への帰還を諦めてでも。二人はマオを一人にしない為に確かに死を選択しようとしていたのだ。マオは彼女の負担にならない様に本当に少しだけイズを抱き締める力を強めた。
「マオ?」
イズが顔を上げ、マオの表情を心配そうに見つめている。
「ごめんね、心配かけて」
「全くだ。心配ばかりかけおって。お前は本当に大馬鹿者だ。……だが、お前が生きていてくれて、よかった。本当によかった」
イズが上げていた顔を下ろした。脇の下を通るマオの腕に自身の腕を添える。そして嗚咽が混じった声を漏らしながら、彼女はマオの腕をぺチぺチと叩いた。生きている事を確認する為なのか彼女はマオの腕を震えた腕で何度も触れる。
「ありがとう、私のために命を懸けてくれて」
イズは顔を下ろしたままマオの腕を優しく撫でた。
「当たり前だ。お前は我等の大事な仲間なのだから。命を懸けるのは当然の事だ」
「うん……」
マオが小さく頷いているとイズがマオの胸に後頭部と背を預けた。まじまじとイズに視線を送ると脆弱な息を吐いている彼女は薄目で水平線を眺め、安穏と瞬きを繰り返している。完全に瞼が下りるまで、もはや時間の問題だろう。
「マオ……」
眠そうな声。イズのそんな声を聞くのは珍しい。彼女の爪が優しくマオの腕に食い込み、心地よい痛みが腕を通して伝わってくる。
「うん……」
「我は怖かった……。お前とナチが、我の前から消えていなくなってしまうのではないか、と。また我は一人になってしまうのではないか、と。なによりも、何も出来ぬ自分が悔しかった……」
腕に落ちる水滴。温かい落涙はゆっくりと腕を伝って行き、地面を濡らす。それは断続的に続き次第に大粒になっていった。眼下に映る大きな耳が小刻みに揺れている事からは目を逸らし、マオは彼女が見ている水平線に焦点を当てる。
「何も出来ないなんてことは無いよ。イズさんがいたから私もお兄さんも今こうして生きていられる。全部イズさんが居てくれたからなんだよ?」
ナチはこの戦闘で三度、死を選択しようとしていた。その一度目の死を迫られた時ナチは完全に諦めていた。敗北を確信し逃れられない死を受け入れる覚悟を決めていた。けれど、その覚悟を折ったのはイズだ。イズが彼を鼓舞し、奮い立たせ、再び立ち向かう勇気を与えた。それは紛れもない事実。
あの場にイズが現れなければ、ナチはあのまま死を選び、命を落としていた。この穏やかな状況が生まれることも無かった。ナチの命を繋ぎ止めたのはイズなのだ。
「そうか……そうだとよいなあ……」
イズの瞼が下りていく。そして三回瞬きをした後、彼女の瞼はそのまま上がることはなく深く閉ざされた。すぐに穏やかな寝息が聞こえてくる。穏やかに眠るイズとナチ。その二人の頭を優しく撫でる。愛しい者に触れる様にそっと触れる。
「おつかれさま、お兄さん、イズさん」
冷気を多分に含んだ潮風が支子色の髪を揺らし、大気に滴を運んでいく。煌めく雫を追って、視線を彷徨わせれば空は白み、水平線の向こうからは朝の訪れを告げる存在が姿を現そうとしている。
マオは深く濃い息を吐き出すと不意に口角を上げた。穏やかに、安堵する様に眠るナチとイズが喜色を浮かべているのを見て、マオは自然と慈顔を浮かべていた。それはずっと見たかった笑顔。喉から手が出るほどに求めていた表情。その温柔な光景を見て、ようやくマオの心からも緊張が解れていく。
戦闘は確かに終わったのだ。辺りには死臭が漂っているけれど。死闘が行われた名残は明確に残っているけれど。命と命を削ぎ落し合う戦いは確かに終わりを告げた。
これは新たな始まりでもある。この戦闘で学んだことは多い。新たな出会い。力。自身の弱さ。それらを使いこなすには、克服するにはマオの力はまだまだ弱い。
そして、この戦闘で気付かされたマオの根幹を揺るがす大事実。世界を救う可能性をマオは持っている。だが、世界を救う力は持っていない。マオはこの戦闘で初めてそれを知った。思い知らされた。いや、気付いてはいたが目を背け続けていた、といった所か。
とはいえマギリによって、ナチとイズの奮闘によって、マオはようやくその事実に焦点を合わせることが出来た。焦点を合わせる事が出来たのなら後はそこに向かって突き進むだけだ。それがどんなに茨の道でも先を行く者達にまずは追いつく。
私は今日ここから新たなスタートを迎える。弱い自分に決別を付けるために。
『マギリ。これからよろしくね』
『……今日は特訓しないわよ。疲れたから』
『なんかおばあちゃんみたいだね』
『今なんて言った?』
芯から凍り付いてしまいそうな程の冷たい声音にマオは思わず苦笑。申し訳ない程度に笑い声も上げる。
『……お姉さんって』
『嘘つけ! あんたの教育方針はたったいま超スパルタに変更したから』
『あ、それパワハラって言うんだよ。お兄さんが言ってた』
『うっさい。あんたも早く休みなさいよ。毒を破壊したとはいえ、毒があんたの体を侵していたことには変わりないんだから。本当は要安静なんだからね』
『マギリって口は悪いけど、実は優しいよね。ツンデレ?』
『早く寝ろ!』
それ以降、なんと呼び掛けてもマギリは応答しなくなった。けれど、それを寂しいとはあまり思わない。彼女が心の中で確かに息をして、マオを見守ってくれている。その感覚が確かにある。彼女が隣で手を握ってくれている様な温かさを確かに感じる。
だから、寂しくはない。
むしろ、少しワクワクしている自分が居る。こんなにも明日が楽しみだと思えるのはいつぶりだろうか。
マオは晴れやかな気持ちで、明ける空を見つめた。
きっと、すぐには変われない。けど、必ず変わってみせる。
マオは胸に抱いた決意を空に向かって告げる。空に渡った父と母に向かって。
返答は当然ない。だが、それでいい。
マオの決意はちゃんと伝わったはずだから。マオの想いは二人に届いたはずだから。
背後から聞こえてくるのは多くの足音とマオ達を呼ぶ声。
マオは立ち上がり、背後へ体を向けると右手を大きく振り返した。




