軍議
三蔵寺の本堂には、忍者である藤林様が配下数人を連れて座っており、その対面には日焼けして筋肉を全身につけたこれぞ海の男と言える風貌の九鬼様が、これも海賊然とした配下を連れて座っていた。
彼らの前には1枚の絵図面が広げられており、辺り一面にある種の緊張が漂っていた。
その場には俺もいたのだが…
「あら、空さん。
ここにご飯粒がついておりますわよ。」
「空さん、お茶をお持ちしました。」
「あ~、ずる~い。
私がやるって言ったのに。」
「早い者勝ちだものね。」
などと、先ほどまでのハードボイルド風の空気を一変させる会話が俺の周りで起きている。
見事につい先ほどまで漂っていた緊張感は一発で霧散した。
と言うのも、俺の周りには、美人の張さんや美少女の葵と幸がせっせと俺の世話を焼いていた。
一言で例えるのならば、大画面で戦国物の大河ドラマを見ているリア充って感じかな。
リア充もげろ…あ、これって俺の事か。
現実に戻ろう。
「それで、だいたいどこまで掴めたの。」
俺の問いに、九鬼様の配下がすぐに答えてくれた。
「どんなに多く見積もっても、500は越えることはありませんぜ。
海上戦力としては、安宅が3も出れば上出来ってところかと思います。」
「兄が家督を継いだ時でも最大戦力が1000を超えることが無かったし、その半分は我々側で田城城に詰めていたのが400もいなかったので、そんなものかと思います。」
「その城が落とされたときに詰めていた連中の大半はその場で殺されたか、さもなければ我々のように散り散りに逃げ出したので、敵全体でも500がせいぜい、問題の田城城には付近から駆けつけても300いや250も入ればいいとこかと考えております。」
すると、藤林様が補足してきた。
「配下が掴んだところ、250もいないそうだ。
せいぜい200、攻め時の塩梅では150くらいかもしれないな。」
「へい、それも最大戦力って事で、そこから船を出しますと、城には100も残らないかと思います。」
「へ~、では、まず、海上での戦に勝利すればほぼ間違いなく城は取れそうだね。」
「敵が海上に出てくればの話ですが、どうなりますかね。」
「我々が威嚇すれば絶対に出てくる。
出なければ、あいつらは終わりだ。
付近の海を仕切れないとなれば誰も銭を払わない。
出たくなくとも奴らは出てくるさ。」
「となると、敵の海上戦力の見積もりが重要になってくるけれど、どんな感じかな。」
「兄が家督を継いだ時の最大戦力が安宅で10もあればって感じで、関船が20、それ以外も含め全部で100がやっとってところだった。
前の騒動では、船戦は無かったので、船はそのままあるのだろうけれど、動かす人が居ない。
敵戦力が最大で500としてもその全てが城に詰めているわけじゃないので、250と考えても出せて安宅で3が良い処じゃないかな。」
「もう少し具体的にはどんな感じかな。」
「予想なので、どうなるか分からないが、安宅が3、関が5~10、小早で20って処も出せば城ががら空きになる。
こちらの奴らに見せる戦力によるが、多分今の半分って処だと思う。」
「で、空さん。
こっちはどこまで用意できるんだ。」
「船の事なら、この間、武器と交換で2番艦を出したから、今あるのは3番艦だけだ。
今4番艦の造船に入っているが、当初の目標の10隻は難しい。
確実の所、2番艦と同様の船が5隻って処だと思う。
そのつもりで作戦を考えないと。
あ、でも、雑賀党のみんなの協力も仰げるので、地上戦力は雑賀党の100それも全て鉄砲隊が加わるよ。
それに、藤林様の所の伊賀衆も加わるし、この前手に入れた鉄砲10も持たせるので、火力はかなりあると思う。」
「うちから、50を出すので、九鬼さんの地上組とうちの50、それに雑賀の100が全戦力だ。
城の見積もりが200ならばそのまま城攻めでもどうにかなるしな。
硬い処の見積もりで150なれば、ほぼこっちが無傷でも落とせそうな贅沢な火力を用意できた。」
「なら、海戦を止めて、地上戦力だけで行くの?」
「それは、お勧めできない。
これから海で生きていくには、海上で武威を示さなければ他から舐められる。
海上で商いをするうえでも、絶対に海戦は避けられない。」
「「「う~~む」」」
「九鬼様、一つ聞いてもいいですか。」
「何なりとお聞きくだされ。」
「安宅舟は沈ませなくても城に逃げ帰らせれば、こっちの勝ちってことになりますか?」
「逃げるなんて、そんな恥知らずなと言いたいのですが、割とあるのですよ。
当然、その場合には我々の勝ちとして他所の海賊勢力に喧伝しても大丈夫です。
と言うより、喧伝して周りに武威を示さなければなりません。」
「となると、少数で大部隊を破ったことは十分な宣伝になるよね。」
「はい、それは付近の海賊衆から尊敬すら集めることになるかと。」
「なれば、一つ良い作戦が思いつきましたので聞いて頂けますか。」
と言って、俺はある作戦をみんなに話してみた。
一言でいえばアウトレンジ作戦で別に目新しくもないのだが、これは、船に大砲を載せ、射程距離ぎりぎりから敵の安宅舟に向けて打ち払うだけだ。
敵が砲弾の飛来に驚いて逃げればそれでよし、逃げずに向かってきたら、こっちは風上に距離を取りながら敵の攻撃を受けないようにして、それを繰り返す。
時々、船に乗せた雑賀党の人に鉄砲で人を狙ってもらう。
この場合には敵に近づかなければならないので、同時に大砲でも打ちながらってことになるとは思うけれど、流石にここまですれば、数発の大砲の弾は当たるだろうし、1発でも大砲の弾が当たればどんな船でも大破は免れないので、数回これを繰り返せば敵は逃げたりしないかなっという話だ。
同時に城攻めを行い、陸上にも大砲を準備して、もし、安宅舟が射程に入ってくれば陸地からも打つのも面白いが、目的は敵の居城である田城城の砲弾での破壊だ。
的が大きいので、こちらはほぼ確実に城には当てることはできそうだが、九鬼様ゆかり城の破壊なので、一応九鬼様の気持ちを聞いてみた。
「気持ち的に何もないとは申せませんが、戦になれば城が焼け落ちてもやむを得ないと考えております。
空様のお好きなようにご采配下さい。」
何だか素人の俺の意見がそのまま作戦の骨子となった。
作戦が決まればあとは準備だけだ。
浜の造船所にはそのまま船を増産してもらい、5隻は戦船を用意させる。
3番艦から8番艦までの5隻には手に入れた大砲を2門ずつ搭載させ、5隻で計10門。
残りの10門の運搬だが、これは今、浜に打ち上げられているキャラベルを簡単に修理して雑賀党の運搬にも使う予定だ。
あのキャラベル船はと言うより、この時代のヨーロッパの帆船すべてがそうなのだが、マストをクレーン代わりに使えるのだ。
前に浜に作ったクレーンでは強度が足りなく大砲を降ろすのに簡単に壊れたのだが、そもそも設計時点から荷物の搬入搬出にマストをクレーン代わりに使うことが考えられていたのだ。
当然、その積み荷には搭載される大砲も考慮されている。
なので、今回のような作戦時ではもってこいの船となる。
最悪上陸時に座礁しても人的被害が出なければ構わないので、キャラベルでの移動は作戦決行時に海戦組から先行して夜間に移動することになる。
なので、このキャラベルの修理も行うことになった。
この冬の準備の間、雑賀埼の孫一氏とは頻繁に手紙でのやり取りを行い、堺への商いついでに何度も訪問して、協議も行っていた。
報酬はかなりぎりぎりになってしまったが、堺での商いが順調であったので、借金せずにどうにか作戦決行までには用意できた。
もっとも孫一氏にはかなり傭兵報酬を負けて貰ったのだ。
できれば彼らとも仲良くやっていきたい、そういったこちらの気持ちが通じたのか、彼らも同様であるようだったのだ。
夢は広がる、この紀伊半島に我々共同で一大勢力を作り出せればかなりの規模の戦国大名が攻めてきても跳ね返せそうだ。
ま~、俺の中の夢の話だけれども、少なくとも志摩を皮切りに伊勢を取る。
伊勢の北畠一族は古くからある有力大名の一つで攻め滅ぼせば幕府や公家から色々といちゃもんが入るだろうが、こっちの方は言い訳を準備している。
九鬼様の仇討ちと言うことで、伊勢にいる北畠の一族を討ち取るのだ。
逃げ出せば追うことはないが、まず男衆は討ち取るつもりだ。
後で、いちゃもんがついたのならば九鬼一族の仇討ちだったと説明し、やりすぎたかもしれないならば、ごめんとでも言っておく予定だ。
また、この地の支配に関しては民衆の保護を理由に一時的に九鬼様が担い、その後権力は絶対に返さない方針を持っている。
なにせ戦国時代だし、どこも同じようなことをしているのでうちらも見習うことにした。
大義名分は持っている。
後は武力で制圧するだけだ。
そのための第一歩の志摩の奪還だ。
田城城の制圧を1日で片づける計画なので、志摩全体でも1週間で完了させる。
で、全力を挙げて、志摩の国力を充実させ、遅くとも志摩奪還の翌年の永禄9年には伊勢を落とす。
まだ、永禄9年では尾張の信長は美濃の攻略中で伊勢には出張れない。
そこまでした後に地盤を固めて、長嶋の一向宗や尾張の織田に対抗する。
信長と同盟を結んでもいいとも思っている。
あくまでも目的は我々の考えに同調してくれる庶民の戦被害の防止なのだ。
ま~先の話だ。
今は志摩の奪還の準備に全力を入れていく。
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