桑名での散策
今日も、徒然つれづれなるままに、思い浮かぶたわいもない話を綴りました。
お楽しみください。
時代小説風の話になりますので、表現など十分に注意しておりますが、誤字・脱字・言い回しのおかしな箇所があれば、ご指摘お願いします。
また、面白いとお感じになれば感想や評価をいただけましたら励みにもなりますのでよろしくお願いします
本当に久しぶりに林を出た。
俺と張さん珊さんの3人は玄奘さんについて願証寺に向かうべく林を抜けて浜辺を北上して歩いて行った。
途中に桑名の港町がある。
玄奘さんの言うことには今日あたりには港の町で市が立っているそうだ。
炭の相場を調べるのにちょうど良かった。
張さんも久しぶりの町なのか何だか楽しそうだった。
珊さんは背負子に俺の作った木炭をいっぱいに積んでいた。
目分量だが1俵はあるだろう。
この時代の木炭の相場までは覚えていない。
ネットでもあれば簡単に調べられるのに、やはり情報は命だ。
足を使ってでも調べないと生き残れないだろう。
そんな意味でも目的地の寺の途中に市が立っているのは本当に都合がいい。
それでも、玄奘さんも不思議な人だ。
市で買い物をするでもないのに、市についてやたらに詳しい。
それとなく聞いてみたところ、市は民の暮らしに直結しており、民の暮らしぶりが良く分かるそうだ。
それで、市の立つ場所にはちょくちょく顔を出すとのことだった。
やっぱりこの時代の人としては変わり者の部類だろう。
玄奘さんは最後に、市で説法するほうがお布施の入りがいいそうだとも加えて教えてくれた。
そっちが本音か。
玄奘さんは商売人だわ。
そんなこともあり、桑名の市でしばしの自由時間だ。
早速相場を調べよう。
俺は桑名の港に立つ市の中に入っていった。
人でにぎわってはいるが、渋谷のスクランブル交差点を知る俺としては少し寂しい。
でも、道幅も狭いことからこの人出でも活気はあった。
出店が出てはいるが、売り物としてはあまりめぼしいものはなかった。
中古の甲冑や蓑、港で水揚げをした魚類、お~~伊勢海老もある。
とてもおいしそうだが、今は関係がない。
やっと目的の木炭を販売している出店を見つけた。
何々、え~~~といくらかな。
木炭が一俵で銀1匁と30文かな、だいたい1俵が15kgくらいだ。
以前に研究室でBBQをした時に買った炭が5kgで1000円だったから、1俵分で現代日本では3000円くらいかな。
少し話がそれたが、前に玄奘さんに聞いたときにはまだまだ木炭の相場が高めに推移しているとことなので、まだ高めの値段だろう。
ところで銀1匁って何文に当たるのかな、後で玄奘さんに聞いてみよう。
半値で売ると言った手前やっぱり、きちんと知らないとまずいよね。
などと楽しく散策していると、あたりが急に騒がしくなってきたのに気がついた。
何があったのだろう、あまり関わりたくないのだが、知らないと変なことに巻き込まれたらもっと大変なので、遠目に確認だけはしようと、騒ぎのある辺り近づいてきた。
あ、まずい、珊さんが騒ぎの中心になっている。
どうしたのだろうと、周りの話し声に聞き耳を立てたら、神戸家の家来が珊さんに因縁をつけて絡んでいるらしい。
珊さんの持っている木炭を自分たちの城から盗んだのだと言いがかりをつけて掠め取ろうとしているのだとか。
何でもガラの悪い家来が多く、市のあるたびに度々問題を起こしているご家来だとか。変なのに絡まれたな~~。
でも、そのまま放って置く訳にもいかないし、玄奘さんを探して助けてもらわなければならないと急いでその場を離れようとして駆け出した時に、一人のお侍さんにぶつかった。
まずい。無礼打ちだよね、このパターン。思わず土下座して、
「すみませんでした、お武家様」と謝った。
「あ~、気にするな、それより、ちょっと急ぐので」
と言って、お侍さんはここから離れ、騒ぎの中に入っていった。
あ、やばいな。
そう思ったが、あのぶつかったお侍さんが因縁をつけているお武家さん向かって、
「オイオイ、最近の神戸家の炭は、こんな質の悪い炭を使っているのか。
お前たちは、城の炭を見たことがあるのか。
三河の貧乏大名の使う炭でも、大きさの揃ったものを使っているぞ。
神戸家の炭は不揃いな、およそきちんとした商家から買っていないのか。
そんなに落ちぶれているのか」
さっきまで威勢良く絡んでいたお武家さんたちの勢いが弱まってきた。
すると、遠巻きにしていた民衆たちがそのお武家さんに向かってヤイノヤイノと一斉に文句を言い始めた。
相当に嫌われていたのだな。
これにはたまらなくなってきたのか、逃げ出すタイミングを図っていたところに玄奘さんが近寄ってきた。
「これ、何があったのか。
うちの知り合いが、なにかしたのか」
「この者が城の炭を盗んだのだ。
それを取り締まろうとしただけだ」
まだ言うか、収まりがつかなくて引けなくなってきたのだな。
すると玄奘さんが、
「この者は我の知合いでな。
この炭はこの者の知人が作ったもので、これから願証寺の霊仙上人に納めに行くのだが、それを神戸家がかすめ取ると申すのか。
神戸家は寺と戦でも所望するというのだな。
それならば、我も寺に戻り、上人様にご注進しないとならないが」
「わ、わ、我らの勘違いだったようだ。
て、手間を取らせたな、行ってよし」
と言って、這う這うの体でこの場から逃げ出していった。
「玄奘様、お助けいただきありがとうございました」
「いや、何、大したことはしとらんよ。
このあたりでは、ちょくちょくあのような輩が弱そうなやつから金品をかすめ取ることが起こると聞いていたが、見たのは初めてだ。
何事もなくて良かった。
珊さんならばあいつらには荒事でも負けないだろうが、荒事に及ぶと、ちと面倒でな。
そうならなくて良かった」
「そういえば、最初に助けてくれたお侍さんが見えなくなりましたね。
きちんとお礼をしてなかったのですが、どこに行ったのでしょうか」
「なにか事情があるのだろう。
縁があればまた会える。
その時にでもきちんとお礼が言えれば良しとしよう」
「はい、そうします」
「これ以上、騒ぎに巻き込まれては面倒じゃな。
空や、市には満足したか、また来れるから、満足できなくともそろそろ寺に向かうとしようか」
「はい、市にはまだまだ居たくもありますが、この距離ならば一人でも来れますのでお構いなく。
玄奘様の言うとおり、寺に行きましょう」
「お、俺には、だ、大丈夫、向かう」
「そうですね、遅くなると厄介ですので、向かいましょう」
また、一行は今度は伊勢街道を通って長島の願証寺に向かった。
願証寺の門前にも市は立っていたが、桑名ほどではなかった。
そこそこ賑わっていてここも楽しそうだったが、もう時間を潰すわけにも行かず、玄奘さんについて山門をくぐって中に入っていった。
宿坊のところまできたところで、宿坊の前を掃除している男性に玄奘様は声をかけた。
「霊仙上人はおられるか」
「はい、上人様はご自身のお部屋におられます」
「ありがとう」
と言って、玄奘さんはどんどん中に入っていった。
「上人様、霊仙上人様、玄奘が戻りました」
「うるさいぞ、玄奘
そんな大声で叫ばなくとも聞こえるぞ」
と部屋の中から声が掛かった。
「何しとる、早よ部屋に入らんか。
客人も一緒に入られよ」
「失礼します」
俺たちは玄奘さんについて部屋の中に入っていった。
部屋の中央には徳の高そうな一人の老僧が座って待っていた。
「よく戻ったな、玄奘。
市中に変わりはないか」
「はい。相も変わらず、戦乱で焼け出された民たちがそこかしこにいます。
まだまだこの世の地獄のような状況には変化はありません」
「そう簡単に世の中はかわらんよ。
焦らずに変える努力を続けることこそが重要だ」
「上人様、心得ております」
「して、そこの坊主が玄奘の話していた変わった坊主か。
本当に変わった面構えをしとる。
成はまだまだ子供だが、内に秘めたるものは、なにやら大人の匂いを感じる」
「へ、俺のこと?
玄奘様、俺のことについて話してあったのですか。
ただの身寄りのない子供なんかこの時代には珍しくもないでしょうに」
「ほ~~、やはりな。
お主には、なにか別なものが見えておるな」
「な、上人様、お、私はそんな大層なものではありません。
そこらに居るただの子供です」
「ハハハ、確かに脇が甘いわ、そのような意味ではただの子供とも言えるな。
本当に市中にいるタダの子供が、この時代だの、そこらに居るなどとは絶対に言わぬわ」
俺は、心の中で『しまった』と呟いていた。
確かにそうだった。
それもそうだ。俺は転生される前までは、そこらに居たただの大学生で社会人の経験すらない、まだまだ子供だったのだ。
これからは、人との対面において言動には特に気をつけないとと、心に決した。
俺はすぐに観念して、以前に玄奘様に話した内容を上人様にも話した。
「上人様、私はただのかどうかはわかりませんが、少し訳を持っており、この場にて全てを明かすわけには行きません。
玄奘様に助けられた折にも同様にお願いをして許しを得ております。
訳の詮索は控えていただけるようお願いします」
「ほ~~、初めからそう申せば良いのだ。
ところで、その方の名は聞かせてもらえるのか」
「上人様、これは大変失礼しました。
私は空と申します。
生まれも育ちも訳の範囲に入りますので、これ以上はご容赦くだい」
「わかっとる、わかっとる」
すると、先ほど会った寺男がひとつの炭を持って入ってきた。
それを上人様に渡し、何やらぼそぼそと話し込んできた。
「ほ~、これをとな。
相分かった、下がってよし」
と言って、先ほど渡された炭を寺男に返して下がらせた。
その後、俺の方をじっと睨み、
「空と言ったな、帥の希望は分かった。
寺男に聞いた。
それで、この炭だが、今の相場だといかほどかな」
すると玄奘さんが、
「桑名での相場ですが、一俵で銀1匁半くらいです」
「そうか、ん~~。
空、この収められた炭を銀2匁で買い上げるとしよう」
「え、それは見本としてお納めしようかと考えておりましたのに」
「いいから、よく聞け。
帥の希望である門前の市での商いもワシが許可しよう」
「あ、あ、ありがとうございます、上人様」
「だが、ちーとばかりワシの我侭を聞いて欲しいのだ」
そら来た、大方そんなことだと思った。
随分こちらに都合がよすぎるしな。
「で、その我侭とはなんでしょう」
「ここで話してもラチが上がらんので、ワシと一緒に外まで出よう」
と言って、玄奘さんも含め全員が上人様について外まで出ていった。
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