俺の気持ちと上人様のお考え
俺が上人様を連れて本堂に入っていくと、遅れて張さんがお茶を入れた器を持って来た。
抹茶ではなく煎茶のようなお茶なので、口の細い器に入れて持ってきて、上人様の前でお茶を茶飲み用の器に注ぎ分けてくれた。
ゆっくりと丁寧にお茶を入れてはくれるのだが、どうしてもお茶っ葉が湯呑に入る。
どうにもならないかなといつもこの瞬間に感じてしまう。
お茶っ葉は毒ではないし、別に食べても何ら問題はないのだが、むしろ抹茶などはお茶の葉をすりつぶしているので、そのまま体の中に入っているし、上人様を始め周りの人は誰ひとりとして気にしていないようだが、どうしても俺が気になって仕方がない。
今度急須を作ることで俺自身を納得させた。
どうでもいいことだが、早速俺は上人様に今後について話し始めた。
俺が、俺らが皆して避けてきた戦を、俺自身が始めることについて上人様に包み隠さず話を始めた。
上人様は静かに表情一つ変えずに聞いてくれた。
俺の話を終えても、上人様は賛成とも反対とも言わず、静かにお茶を飲んでいた。
俺は、上人様が怒っておられるように感じ、恐る恐る上人様に聞いてしまった。
「上人様は、俺らの計画について、どのようにお感じですか?
好き好んで戦を始める俺らを軽蔑しますか?」
と思わず聞いてしまった俺に対して上人様は優しく言い聞かせるように話してくれた。
「佛の教えの中に三毒の話がある。
貪・瞋・癡の3つだ。
貪は貪欲ともいう。これは必要以上に求めることだ。
瞋は瞋恚ともいう。これは怒りや憎しみの心のことだ。
癡は愚癡ともいう。真理に対する無知の心。「おろか」と言えることだな。
それらから発する理由であるならばワシは空を強く戒めたことだろう。
しかし、今の話はそれらのことから発したことではないな。
今の時代に、望まないことでもどうしても巻き込まれることもあるだろう。
現に、今の空が村を率いているのだって、ワシらから巻き込まれたことだろう。
よいよい、何も言わずとも良い。
空が考えてどうしても必要だからだということは解っておる。
ワシのことなど気にするな。
空の思うとおりにやってみよ。
ワシは空を信じておる。
今までと変わらぬようにワシにできることは協力するでな。」
俺は、上人様の言葉を聞いて、思わず泣きたくなってしまった。
上人様は無条件に俺を信じてくれる。
俺自身をそのまま受け入れてくれているのが解って、嬉しいやらありがたいやらで、思わず目に涙を浮かべてしまった。
「上人様、ありがとうございます。」
少し落ち着いてから、俺はその後についてお願いを含めて上人様に話した。
「なので、上人様にどうしてもお願いの義があります。」
「なんじゃ、改まって。
願いとは何じゃ。」
「はい、上人様には、願証寺の暴発をどうしても抑えてもらいたいのです。
長島での一揆を防いでください。
最低でも、5年は抑えきってください。
さすればこの地に受け入れ先を用意できます。
俺が絶対に受け入れ先を作ります。
でないと、とんでもないことになります。
三河での被害の比ではなくなるような悲惨な結果が待っております。
長島が根絶やしになってしまいます。」
「うむ、それはワシも同様の懸念をしておるでな。
しかし、わしらだけでどこまできゃつらを抑えられるかのう~。」
「無理でもどうしても抑えて欲しいのです。
尾張の殿様は苛烈な人だと聞いております。
しかし、道理をわきまえた人でもあります。
嫌いだからといって、むやみに人を殺めたりはしないでしょうが、一度御政道に逆らうようならば遠慮なく非道な行いも出来る人だと聞いております。
一揆など起こそうものならば、それこそ、この地に長島という地がなくなるようになるまで攻められるでしょう。
5年あれば、俺らがここ伊勢に基盤を作ります。
まっとうに生きていく人だけでもこの伊勢に引き取れるようにします。
最悪、その人たちだけでも助けますので、5年は堪えてください。」
「どういうことかな。」
「はい、来年の春までに、我々の仲間である九鬼様の奪われた地盤を取り返します。
さすれば九鬼様が志摩の国の大名となれます。
なってもらいます。
その後、力をつけていただき。九鬼様にここ伊勢も領してもらうことになっております。
さすれば、十分に彼らを保護できます。
我々小さな個々人の力だけでなく、武力を背景とした政治力を有して保護ができるようになります。
全力でそうなるようにしていきますので、それまでは堪えてください。
でないと助けられる人の数が限られてしまいます。
よろしくお願いします。」
と言って俺は深々と上人様に頭を下げた。
「相分かった。
ワシがどこまで頑張れるかわからんが、空の頼みだ、ワシの命を賭して頑張ることを約束しよう。」
「ありがとうございます。」
「それにしても、まだ1年も経っていないのに大きくなってきたな。
すでにわしの耳にまで三蔵の衆についての噂を聞いておるぞ。
急に力をつけてきた謎の商人集団の話としてな。
足元を掬われる事のないように気をつけるのだぞ。」
「上人様の御陰か佛の加護の御蔭かは分かりませんが、人の縁には恵まれております。
日々新たな縁を得ることが今に繋がって来ております。
とてもありがたいことだと日々感謝しております。」
「それは良かったことじゃな。
お~、そうだ、報告を忘れておったが、玄奘の副住職の話が正式に決まった。
ワシの住職の話は色々と面倒事があり決まらずだがな。
とりあえず、玄奘の副住職の後見としてワシが住職不在の寺の管理をすることで一応話をつけた。
どこでもスキあらばと狙っている奴はおる。
こんな立派な寺じゃ、住職の座を欲するものが多くてな。
連れてきた連中も、ここで新たに就けるであろう上級の役職を狙っておったようだがな。」
「あのような連中まで助けようとは思ってはおりません。
でないと、共倒れになってしまいます。
この地では絶対に一揆など起こさせません。
なので、あの連中だけは受け入れませんよ。
絶対にあの連中はこの地では問題を起こしますので、無理ですよ。」
「解っておる。
ワシとてあそこまで酷いとは思わなんだ。
ちゃんと連れて帰るでな。
しかし、空よ、これほどの規模の寺じゃ。
修行僧や学僧は受け入れて貰わなんとならんのじゃ。
そこのところはわきまえてくれや。」
「分かっております。
現在は、この寺で生活しておるのは我々と子供たちだけで、大人たちは浜や林の中の村に生活の基盤を移しておりますので、宿坊のひとつは空いております。
その規模くらいまでは大丈夫です。
でも、人選だけはしっかりお願いしますよ。」
「は~、わかっておるよ。
あんな連中だけじゃないから安心するが良い。
しかし……そうなると願証寺に残るのはあんな連中ばかりじゃな。
寺の雰囲気が悪くなるな~。
は~、どこまで暴発は抑えられるかの~。」
上人様が頭を抱えていると、そこに玄奘様が入ってきた。
「上人様、とりあえず奴らを落ち着かせました。
で、この後どうしますか。」
玄奘様が入ってこられたのを確認すると、
「どうもこうもあるか、この寺の檀家の代表が奴らを連れて帰れと言っている以上残すわけには行かんじゃろう。
我々と一緒に連れて帰るぞ。」
「やはりそうなりますかね。
しょうがないでしょうね。
我もそうなるかなとは感じましたが、地元の代表者に嫌われてはしょうがないでしょうね。
やつらには、空がここの代表だと伝えておきましたから、ここに残れないことは覚悟していることでしょうね。」
「「は~~~、」」
上人様と玄奘様とが一斉にため息をついていた。
「あ、そうだ。
玄奘様、ここの副住職に正式に就任が決まったそうですね。
おめでとうございます。」
「あ、あ、ありがとう。
空も聞いたのだな。
まだ準備があるので、すぐにはいかないが、準備が出来次第ここに住む事になる。
その時には頼むな。」
まだまだこのあたりの問題も前途多難だという感じだが、少しづつ前に進んでいる感触を得ることができただけでも朗報だと思いたい。
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