嵐の被害
翌日は昼過ぎまで本堂でまったりと時間を過ごしていた。
と言うのも、ここを襲ってきた嵐がなかなか止まず、雨が止んだのは結局正午を少しばかり過ぎたあたりになっていた。
まだ、外を吹く風は時折ものすごい強さを持って襲ってくるが、それさえ気を付ければ片づけるのには支障は出ないくらいにまで天候が回復していた。
なので、ここに避難していた村の連中も、隣の部落の人たちも、しばらくは外の様子をうかがっていたが、ここまで天候が回復をしたのを確認した後、三々五々に自分たちの家の被害状況の確認に向かって散っていった。
本堂には、ここに居住している子供たちを残して、大人たちが出払った格好になり、今までがにぎやかであったのもあってひときわ寂しさを漂わせていた。
外は、まだ、時折吹く風が強いこともあって子供たちに日常生活に戻らせることは安全面で心配が残るので、俺は、子供たちのまとめ役である年長者の少女を呼んで、今日は字の勉強などをして過ごしてもらうように頼み、俺は、村の被害状況の確認に出かけた。
今まで嵐の中で俺のことをしっかり見守ってくれた藤林様が一緒に居てくれ、また、張さん、それに今回もなぜか葵と幸までもついてきた。
俺としては、子供達と一緒に勉強でもしていてくれた方が安心できるのだが、俺らから離れないのならば、さほど心配もなさそうなので、同行を許した。
最初に、一番近くの林の中にある部落の様子を確認しに行った。
最近舗装して貰った道には被害は出ていなかったが、倒木などで所々塞がれていた。
これならば、すぐにでも復旧できるので、気にせずに倒木で塞がれた道を木を避けながら部落に向かった。
俺らの姿を確認した与作さんが奥さんのお菊さんを連れて俺らのところまで近づいてきた。
「長、家には大きな被害はありませんでした。
それ以外としては、ここまでくる道が倒木に塞がれていたくらいですかね。
この後、付近をもう少し調べてみます」
と嬉しい報告をしてくれた。
人的以外にも被害は出ていなさそうでよかった。
と安心していたら、部落の一人が河原の方に向かっていくのが見えた。
俺はすぐに彼を呼び止め、与作さんに「今日明日は絶対に川に入らないように」と部落員に徹底させるようにお願いをした。
災害大国日本の防災教育をなめるなよ。
今日のように酷い嵐のあと数日は川はとても危険だ。
多分、水位もまだ高いままだろう。
いつ何時急に水位が上がって流されないとも限らない。
嵐が過ぎたことにより油断している時に鉄砲水でも出たら最悪だ。
なので、くれぐれも川には入らないように、何か特別な用でもない限り近づかないように徹底させた。
川の水位の監視も当分はしなければならないので、安全なところでの監視も合わせてお願いをしておいて、俺らも一度川の状況の確認に向かった。
当然、河原は増水した水で無くなっており、俺らが一番最初に作った炭焼き窯が跡形もなくなってしまった。
窯そのものは、すでにその役割を終えていた。今はもっぱら俺の趣味で時折使われるくらいにしか使われていなかったので、実質被害にすら当たらないのだが、最初の作業で作ったものだったので、思い入れは少なからずあった。
とても悲しそうに窯の跡を見ていたら、張さんが優しく慰めてくれた。
いつまでも感傷的な気分に浸っているわけにはいかず、俺らは、ここを離れ、浜に向かった。
浜に着いたら、その見える風景が一変していた。
多分高潮にでもあったのだろう。
少しばかり高い場所に作っていた家は、どうにか被害にあわずにいたようだが、最初に作った小屋や、塩の生産用に作った装置や干物作りのための作業台など、浜に近いものはほぼすべてが無くなっていた。
「これは酷いな。
復旧まで時間がかかりそうだな」
酷い状況に一同が呆然としていたら、実質的に浜を束ねている幸代さんが旦那の善吉さんの尻を叩きながら付近の状況の確認にあたっていた。
俺らに気が付いた幸代さんが傍まで来て、
「空さん、かなりの被害が出てます。
塩と干物は当分は作れません。
それ以外にも飲み水のための水路にも被害が出ており、最初にこれをどうにかしませんとここでの生活はできそうにありません。
当分は寺での暮らしに戻りますね」
「家は使えそうですか」
「小屋は見ての通り無くなりましたが、後から作った家は大丈夫です。
問題としては、水だけですかね」
「一度村全体として復旧の方法を話し合いましょう。
ここを片したら、寺に集まってください」
「はい、判りました。
でも、ここまで酷い被害が出ていると、お隣さんも酷そうですね。
魚は大丈夫ですかね」
幸代さんの漏らした一言はかなりのインパクトを持って俺を襲ってきた。
ただでさえ魚の入手が問題視されていたところでの被災だ。
隣の部落が全くの被害なしとは考えられない。
最悪建物など全滅もありうるのだ。
俺らはすぐにここを離れ、隣の部落に向かった。
浜はその見せる風景を一変していて、色々と流れ着いたものや、大きくえぐられた場所などもあり、見慣れない景色の中の移動で、大して離れていない隣の部落までかなりの時間を要したように感じた。
実際にはさほどかかった時間は変わらなかったのだろうが、でも、なかなか隣の部落に着かないので、イライラしていた。
隣の部落になかなか着けない原因が直ぐに判った。
今までは、かなり遠くから浜に立ち並ぶ家々等で部落を確認できたのだが、最悪の予想が当たって、部落のあった場所に何もなかったのだ。
なので、かなり近づかないと、部落の場所が分からなかったのだった。
そこには部落の人たちはその場にて呆然と立ちすくんでいたのが見え、ここが部落のあった場所だというのが初めて分かったのだ。
「ここは酷い。
浜の部落以上に被害が出ているな。
ここで、この部落は復旧できるのか」
正直な感想だが、だれとはなしに俺は独り言を漏らした。
俺らの姿を確認した部落の長は力なく俺らの方に近づいてきた。
「空殿か。
せっかくいらしたのに、ここはこのありさまじゃ。
何もかも流されてしもうた。
家も船もみな流されてしもうた。
…………
ここは、もう終わりじゃな。
我ら漁師が、船ものうなってはどないすれば良いと云うのじゃ」
村長の心の中から出た言葉は重かった。
しかし、俺はあえて村長に言った。
「人は誰一人、犠牲にはなっておりません。
人がいれば、どうにかなります。
人は生きてさえいればいくらでもやり直せます。
ここで何もしなかったら、待つのは死ばかりです。
一度皆を連れて寺に戻りませんか。
我々も被害の状況を確認したなら、皆で今後について話し合う事に成っております。
皆も一緒に再建について話し合いましょう。
これだけの人がいれば、いくらでもやり直せます」
………
しばしの沈黙ののちに村長が決心したかのように言葉を奥底からひねり出した。
「空殿の言う通りじゃな。
まだ、だれ一人死んではおらなんだ。
このままでは待つのは死ぬ未来しかない。
せっかく助かった命じゃ。
空殿の申すようにあがいてみよう。
また、ご厄介になるがよろしく頼む」
と言って、村長は呆然と立ちすくんでいる村人をまとめに行った。
すると、九鬼様が自身の配下を従えて俺のところまでやってきた。
「空殿。
ワシらは此処でお別れじゃな」
「九鬼様、大変失礼ながらお聞きしますが、このような状況で行く当てはありますか」
「いや、ないが、我らは流れ者故、どうにかするし、どうにかできるだろう。
ここにいては世話になった村人たちの足かせになってしまう」
「九鬼様、先ほど村長に申し上げましたが、一旦寺に皆を連れて戻ることになりました。
行く当てのないのならば、九鬼様もご一緒してください。
これからは、どうしても力ある人たちの協力が必要になります。
九鬼様方は足かせどころか復旧の要となりましょう。
ぜひご一緒してください」
……
九鬼様はしばらく考え込んでからおもむろに返事をしてくれた。
「空殿にはかなわないな。
本当に空殿は子供か。
目をつむり話していると、大名やその重臣の方と話しているようじゃ。
我らは、また空殿にご厄介になり申す。
よろしく頼みます」
「それは良かった。
私どもも、これからよろしく頼みます。
すぐにどうこうなる訳じゃありませんが、一度寺に戻って今後について話し合うことにしておりますので、九鬼様もここでの用事が済み次第、寺の本堂にお越しください。
泊まるところなどの心配は無用です。
あの寺には使っていない宿坊がまだたくさんありますから、皆様方はしばらくはそこでの生活になるのでしょうが、すぐに海に戻れますよ。
まずは、寺に戻ってから話しましょう」
と言って、俺らは部落を離れ寺に戻ることにした。
戻る途中で、俺は藤林様に観音寺や峠に様子伺いの使いを出してもらった。
寺に着いたら、付近の様子を確認していた珊さんも戻ってきていたので、珊さんの部下に願証寺の上人様に皆の無事を伝えてもらうように使いを出した。
当分は商いはできそうにないが、どこも商いどころじゃないだろう。
冬までには完全復興するつもりで頑張るつもりだ。
幸い蓄えはそれなりにある。
全部吐き出しても、この冬を乗り切るように計画を作っていくことを俺は心の中で決心したのだった。