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嵐の夜の宴会

 外の様子は、ますます嵐が酷くなってきている。

 先ほどより時折吹く強風が、その吹き付ける間隔を狭め、かつ、その威力を強めて、頑丈な造りのこの本堂を幾度となく揺らしていく。


 いよいよ危なくなってきたが、浜に向かった連中はまだ誰も戻ってきていない。 

 俺は、脳裏に浮かんだ良くない想像を払いのけた。

 ただ待つばかりの俺は、2次被害の心配も出てきて、すぐにでもここを出て浜に向かいたくなっていたが、俺の横で厳しい顔をしながらひたすら待っている藤林様に、目で俺の行動を諫められた。

 ただ待っているだけの、仲間を心配するしかないだけの辛さは、年齢や経験にかかわらず同じだということが藤林様の様子から見て取れた。

 これは、長にしかできない仕事だと、長の責任において、最悪に備えて、万が一には厳しい選択を取らなくてはならない長の仕事だと、藤林様の態度から教えられた。


 実際にはほんのひと時だったかもしれないのだが、その一瞬が異常に長く感じていた。

 本堂に吹き付ける強風による、恐ろし気な騒音の合間にかすかに人がこちらに向かってくる気配を聞くことができた。

 山門あたりだろうか、人がそれも複数の人がこちらに向かって来るのが強風の合間のひと時に聞こえる音で伝わった。


「長、浜の連中と、隣の部落の人をお連れしました」

 与作さんと一緒にここを出ていったうちの一人が幼子を抱えてこちらに避難してくる女性たちを本堂まで連れてきた。

 彼女たちは吹き付ける雨の中を必死でここまで避難してきたのだった。

 かなり怖かったのだろう。

 ここが安全だと分かった瞬間から、今まで感じていた緊張の糸が途切れたかのように腰を抜かし、震えていたのだった。

 ずぶぬれの体では、その体温も奪われるのだろう。

 非常に弱弱し気な様子に、まずいと思った。


「葵、幸。

 すぐに彼女たちに体をふくものを渡してくれ。

 張さん、申し訳ありませんが、彼女たちに暖かいものを出してくれませんか。

 体が異様に冷えているようです。

 すぐにでも温めないと、病気にでもなってしまいます」

「「「判りました~」」」


 と言って、彼女たちが庫裏に向かって準備していた汁などを取りに戻った。

「五平さん、お疲れさまでした。

 無事にお連れできて良かった。

 五平さんも、冷えた体を温めておいてください。

 まだ、嵐は始まったばかりです。

 いつ何時、五平さんの協力が必要になるか分かりませんので、それまでは体を休めておいてください」


「長、判りました。

 俺も庫裏に行って、何か食べてきます。

 ほかの連中もすぐに戻ってきますので、こちらに着いたら、庫裏まで寄こしてください」

「判りました、着いたらみんなを庫裏で休ませますよ。

 おなかが膨れたら、ここに戻ってきてくださいね」

「へい」


 女性たちをここまで案内してきてくれた五平さんが庫裏に向かったとほぼ同時に、浜に向かった連中が浜の女性や、隣の部落の女性たちを嵐から守りながら、ばらばらに本堂に到着してきた。

 本堂に避難してきた女性たちは、だれもが一様に仲間の安全を確認して、喜びあっていた。

 ここまでの避難でかなり怖い思いをしたことだろう。

 大した距離は無いはずなのだが、既にまともに正面を見ることもできないくらいの強風と豪雨、それに倒れこむ木々が発する恐ろし気な轟音、単純に避難するだけでも危険だったのだろう。


 どうも、避難を呼びかけるタイミングとしてはぎりぎりだったようだ。

 もし、あの時ぐずぐずして居たら、みんなを安全にここまで避難させることができたか、それほどまでにここを取り巻く状況がものすごい勢いで変化していた。


 避難してくる女性たちの後に、少し遅れて、隣部落の男たちが浜の男衆について本堂まで避難してきた。

 連れの安全が確認できた夫婦などは、抱き合って避難できたことを喜んでいた。


 しかし、まだ、避難を呼び掛けに行った与作さんと、浜の長、それに隣の部落の長たちが戻ってきてはいない。

 戻ってこない連中の顔ぶれからして、最後に逃げ遅れの確認をしているのだろうとは解るが、外の様子も刻一刻と嵐の激しさを増していることもあって、心配でしょうがない。

 それでも、俺のやることは変わらない。

 唯々ここでみんなの到着を待つしかない。

 隣の部落も含めて女性たちの避難が済んだことを喜んではいるが、まだ帰還していない人たちの安否を考えると、心配で心が折れそうになる。


 先ほどまで避難してきた人たちの世話をしていた張さんが、そっと俺の脇にきて黙って手を握ってくれた。

 先ほどまで心配で心が潰されそうになっていた俺だが、張さんの優しい心遣いで、やっと平静を取り戻すことができた。

 その様子を避難女性たちの世話をしながら見ていた葵と幸は、悔しそうな顔を俺に向けてきた。


 え?え?

 なに、何の事と思って脇を見たら、何だか張さんは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべて葵たちを見ていた。

 よくわからないけど、男の俺が立ち入ったら絶対にいけないことだと本能が教えてくれるので、俺は張さんの優しさに感謝しながら見なかったことにした。


 しばらくすると、力強い男たちの一行がここ本堂に無事避難してきた。

 与作さんが、笑顔で、無事に全員避難させてきたぜと言った感じで頷いていた。


 本堂正面に座って待っている俺のところに隣の部落の長がお侍さんの一行を連れて挨拶にやってきた。


「三蔵村の長殿。

 此度は我々の避難を受け入れてくれ、大変感謝しております」

「村長殿。

 頭を上げてお直り下さい。

 困ったときにはお互い様です。

 我々三蔵村はかなり前から村長殿には助けて貰ってきております。

 我々ができる事など些細なことばかりです。

 この嵐が収まるまでは、この寺にてお待ちください。

 どうせ、明日か、遅くとも明後日にはこの嵐も収まりましょう。

 それよりも皆様、ずぶぬれのご様子。

 体の雨をふき取り、暖かなものでもお召し上がりください。 

 すぐに用意させます」

 と俺がここまで言うと、脇にいた張さんがサッと立って、椀に暖かな汁も持ってきた。

 葵と幸が続いて、みんなに配っていた。


 長の横にいたお侍様が、椀を受け取りながらお礼を言ってきた。


「我は、志摩国の住人で九鬼と申します。

 訳有ってこの村長に厄介になっておりましたが、我たちも快く受け入れてくれ感謝しております」

「お侍様、ガキの私に過分な口上、私には要らぬ心遣いです。

 先ほども村長に申した通り、たかが数日の辛抱です。

 ゆっくり語り合いながら嵐が過ぎるのを待ちましょう。

 この嵐の中で仕事をしてくれた与作さん達に褒美を出さなければなりませんので、そのついでで失礼かとは思いますが、酒もお出しします。

 私は何分このようななりですので、酒を飲むわけにはいきませんが、お嫌いでなければ村長とご一緒にいかがでしょうか」

「なに、酒をと申すのか。

 俺もそうだが、みんな好きなので、それはありがたい。

 迷惑をおかけしているので、心苦しいのだが、ぜひご一緒させてください」

「村長、お聞きの通りです。

 ほかの村人も一緒にで、良いですか」

「九鬼様じゃないが、本当にご迷惑をおかけします。

 みんなも酒には目が無い物ばかりじゃ。

 ありがたく頂戴しよう」

「ぜひそうしてください。

 子供達や女たちには食べ物もきちんと用意しますので、暫く、ここでお待ちください」

 と避難してきた村長と九鬼様に言うと、張さんに向かって酒盛りの準備をお願いした。


 ちょうど良い機会だったかもしれない。 

 今まで色々としてくださっていた隣の部落の人たちとゆっくり話し合える。

 心を通わせることができるのならば、これに越した事は無い。

 藤林様も俺の考えを理解して、笑顔で賛意を伝えてくれた。


 どうせ、これからは嵐が過ぎるまで何もできないのだから、唯不安に嵐が過ぎるのをじっと待つくらいならば、宴会を開いて、より一層仲良くなった方が、これからについてもその方が絶対に良い事に繋がる。


 今まで、震えていた隣の部落の女衆も三蔵村の女衆と一緒に宴会の用意を手伝うようになっていた。

 どの村の女たちも、どうしようもない男どもだという、呆れたような諦めたような眼を向けながらであったが……。


 その夜は、いつまでもものすごい勢いで吹き付ける雨や風による騒音も無視するかのように二つの村のにぎやかな宴会は遅くまで続いた。


 


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