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参(完結)



その夜半過ぎ五兵衛が厠へ起きると、

さなの姿がなくなっていた。


とりあえず厠へ行って見たが居なかった。

たまに寝相が悪くて押入れに入っていることもあったと思い出し、押入れも見たが、やはり居なかった。

家中、手当り次第に探したが、何処にも

さなの姿は見当たらない。


五兵衛は村の名主に言って村中総出で探してもらおうと、羽織りを着ておもてへ出た。

外は今年一番の冷え込みようで、

雪がチラチラと舞っていた。

五兵衛がふと白く染まり始めた地面に目をやると、玄関の戸口に飯粒が幾つか落ちているのが見えた。


それで五兵衛はピンと来た。


「あの、バカタレ」

と呟くと五兵衛は一目散に駆け出した。


里山を一息に突っ切り、険しい山道を飛脚並みの脚力で駆けあがった。


「さなー、さなっこ、どこさいったー」


叫びながら、《デンデラ野》へ辿り着くと、辺りは麓の村より一足早く雪に覆われていた。


「さな、」

と呟く、五兵衛の息が白く広がった。


林の中に雪を被った屋根が幾つか見えた。

五兵衛は林に分け入り、今にも雪に潰れそうな小屋を一軒一軒隅々まで改めた。

一番奥の小屋の中、月明かりの届かぬ暗がりに、五兵衛は、さなの姿を見た。


さなの小さな身体は吹きこむ雪に半分覆われ、既に冷え切っていた。


「駄目だ、駄目だ、さな……」


五兵衛は泣き叫びながら、さなの身体を抱きあげた、

さなの手は以前清兵衛に持たせた担税を掴んだまま硬直している。


さなを抱き上げた弾みで引っ張られた担税の中から黒く腐爛した肉塊を纏った髑髏(しゃれこうべ)がゴロンと転げ落ちた。

それは、白骨化した清兵衛の(むくろ)であった。


「おやんじ、まだ、そこさ居んだか、さなば、連れて行かねぇでけれじゃ、さなまで連れてかねぇでけれじゃ、オレが悪ぃんだ、さなは悪ぃぐねぇ、聞こえてんだべ、おやんじ……連れてくんだらオレば連れてけばいいべ、おやんじ………」


五兵衛の脳裏に、一瞬1ヶ月前の清兵衛の姿がよぎった。

「《デンデラ野》さ、連れてってけろじゃ」

と自ら懇願する清兵衛を、五兵衛は、

「3人だら、切り詰めれば何とかなるべ」

と諭した。


「他の村のもんの手前もあるべし、そったら訳さ、いがねべっ……さなば守ってやんねば」


清兵衛の意志は固く、五兵衛がどんな代案を出そうとも彼はガンとして聴き入れようとはしなかった。


五兵衛は、人前で涙を見せる男ではなかった。

しかし、背中に背負った清兵衛の余りの軽さに、目の前が曇り、山路を行く足元がくるった。

「おっとー、ごめんな……」

デンデラ野までの道すがら、五兵衛は口を開けば謝ってばかりいた。

手入れの行き届いていない険しい道を一歩ずつ踏みしめる度に、父との思い出が蘇り、

五兵衛の目からは大粒の涙が溢れ出た。

「オラが、決めたことだ、おめぇは気にすんな」

そう言って背中で優しく微笑んでいた清兵衛。


いまは蛆の湧いた土気色の髑髏となって、泣き崩れる五兵衛を無言のまま見つめている。


五兵衛は、冷たくなったさなの身体を力一杯抱きしめ、必死でさすった。

そして、自分の着て来たワタ詰の羽織りでもって、さなを包んだ。


五兵衛はまるで、自分の魂を吹きこむかのように、さなの手や顔を両手で覆っては、己の熱い息を吹きかけた。


「さな、ずっと一緒にオラと暮らすんだべ、オラの側さ居んだべ、どこさも行かねんだべ……さなっこ、返事せじゃ」


五兵衛が、涙ながらにそう囁くと、

さなの目が薄っすらと、開いた。


「おっとー」

力ない小さな声だったが、五兵衛の耳には、さなの声がはっきりと聞こえていた。


「……帰るべが」

五兵衛は、さなの身体をしっかり抱きかかえて立ち上がると、雪の降りしきる山道を一歩一歩踏みしめながら下って行った。


その後、五兵衛が、さなを人買いに売ったと言う話は聞かない。

ただ、

《デンデラ野》をはじめ、姥捨という風習は、江戸時代末期まで続いたと言う。


終わり

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