壱
「さなっ子、《デンデラ野》にゃ、もう行っちゃなんね」
五兵衛は囲炉裏端で、藁を依ながらポツリと言った。
「おら、行ってねーだ」
と、さなはそう言って隣部屋の戸口にひょいと隠れた。
「嘘言うでねぇ、見たと言うもんがあるだ……じっちゃさ、会いに行ったんだべ、怒んねぇさけ本当の事言え」
五兵衛は、隣部屋へ背を向けたまま、囲炉裏の中で赤く光る炭を見つめた。
五兵衛は一カ月ほど前、父清兵衛を背負って、山を登り《デンデラ野》と呼ばれる森の中へ清兵衛を置いて来た。
この辺りの村では、60歳を越えた老人を口減しの為、山へ捨てると言う習わしがあった。
《デンデラ野》を漢字で表記すると、
「蓮台野」読みは「れんだいの」に相違ない。東北一部地域ではそれが訛って《デンデラ野》となったと伝えられている。
死者を森林の一角に合葬する習わしは、東北のみならず全国の村で見られる。
しかし、老人を生きたまま“墓地”へ追いやる事は余りに早急である。
それほど東北や北陸を襲った冷害、飢饉と呼ばれるものが、この時代の農民たちにとって甚大な被害をもたらしたものかが伺える。
五兵衛は、3年前、飢饉が元で妻を亡くし、数え年で12歳になった息子も3年の年期で遠方へ奉公に出した。
いまは、6歳になる娘さなと2人で暮らしている。
以前は他にも子供はいたが、やはり飢饉が元で、もうこの世にはいない。
清兵衛は《デンデラ野》へ放たれた後も、しばらくは《はかくだり》と言って、山から下って来ては野良仕事を手伝った。
五兵衛は、そんな時も清兵衛とは口をきかぬどころか、目も合わせはしなかった。
野良仕事が済むと清兵衛は、用水の溜池で喉だけ潤し、飯も食わずに山へ戻って行く。
ここいらの部落の老人たちは皆そうやって、
《はかあがり》と《はかくだり》を繰り返しながら、根気強く気長に最後の時を待つ。
《デンデラ野》で暮らす清兵衛は、生きながらにして、もうこの世の者ではないのだ。
さなは物言わぬ清兵衛と、五兵衛の背中を見つめながら、次第にそう感じるようになった。
それでも清兵衛が、まだそうやって山を降りて来られるうちは良かった。
毎日、祖父の清兵衛と会うこともできた。
清兵衛とたまに目があうと、家で暮らしていた頃と変わらぬ優しい笑顔を、一瞬ではあるが、さなへ向けてくれた。
その度、さなは大っぴらに喜びはしなかったが、胸が空くような思いがした。
それがこの頃は、清兵衛がとんと姿を見せなくなった。
朝晩は霜が降りるようになり、
野良仕事に精を出す日中でも段々風が冷たく手が悴むようになってきた。
そんな時、さなが思うのは祖父のことだった。
《デンデラ野》でどう過ごしているものか、何か辛い目に遭ってはいないか、腹を空かしてはいないか、毎日毎日気になって仕方がなかった。
ある夜の事だった。
さなはかねてより想いを馳せていた
《デンデラ野》へ行ってみる事にした。
父だけでなく、村の大人たちに見つかれば、咎められるのは間違いない。
さなは隠れて拵えておいた にぎりめしと塩漬けの野菜を少し包んで、
五兵衛が寝息を立てるのを待ってから、そっと家を出た。
さなは寒空の下、くっきり光る月や星の明かりだけを頼りに、険しい山道を小さな足を泥だらけにして登って行った。
つづく




