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第九十六話  冬季攻勢

 昭和二十七(1948)年一月、予想した通り、バイカル湖が凍結するとソ連軍が再び侵攻を開始した。


 半年かけて備蓄した物資と兵員を惜しみなく投入しての力押しだった。

 対する日ロ軍は当初、非常に消極的な攻撃に終始していた。空の上でこそ日ロはソ連と互角だったが、航空攻撃以外、日ロ軍はまともに反撃できていなかった。

 ソ連はこの機を逃すまいと前進を続ける。後続部隊もどんどん凍結したバイカル湖を渡り押し寄せてくる。


「よう、元気かい?」


 現在、ソ連側の鉄道終着点であるバイカルには凍結した湖面へと進む車列が延々と続いていた。ここから対岸までトラックで輸送している、来月には簡易の線路を敷いて鉄道輸送も始めようとしていた。

 そこに現れた小柄な東洋人が一人。


 ソ連兵は飄々としたその東洋人を気にする暇もなくトラックへの積み込みを続ける。

 気が付いたら東洋人はいなくなっていた。ソ連兵たちは思っただろう。


「このクソ忙しい時に暇な奴もいたもんだ」


 と。


 何か所かで同じように東洋人が目撃されていた。そのいずれもが全く怪しいそぶりも見せず、地元の少々訛ったロシア語で挨拶していったという。


 同じころ、バイカル湖南岸では鉄道延伸工事が行われていた。

 湖上を進撃する主力と共に南岸の険しい山岳地帯でも進撃は行われ、夏の補給路を構築しようとしていた。

 そこに小部隊が走り寄ってきた。


「日本軍が来るぞ!」


 そう言って後方へと走り去ったかと思うと、部隊がやってきた方角で大爆発が起きた。

 驚いた面々が警戒態勢を取ろうとしたときには後方で爆発が起きていた。


「ま、日本軍というのは俺らの事なんだがな?」


 どこからともなく現れた一人の東洋人がそう言ったかと思うとまた周囲で爆発が起きていた。

 たった二日のうちにバイカル湖畔のソ連軍兵站は寸断されてしまった。勢いに乗って進撃したソ連軍は補給が枯渇していくこととなる。


 北岸での状況はそれどころではなかった。その戦闘は後に「バイカルの射的場」と言われることになる。

 当時、戦場にいた日本兵は後にこう回想している。


「私はバイカル北岸で防御陣地に潜んでいました。白い雪原と湖面が真っ黒になるほどのソ連軍が攻め込んできたので、ここが自分の墓場だと覚悟を決めた時に撤退命令が出たんです。耳を疑いましたが、上官がさっさと撤退しろと言うのでそれに従いました。それから散発的にソ連軍に撃ち返すことをしながら三日にわたって撤退をしていた時です。見慣れた、どちらかというと旧式の部類に入るSタンクの一団の間をすり抜けました。そこでようやく停止の命令が下り、私は疲れのあまりそこに腰を下ろしたのです」


「それからしばらくすると、雷神が上空を飛びぬけて、敵のはるか後方を爆撃していました。この三日、消えては現れる黒い波は止まることなくこちらへ進んできていました。そろそろ戦車砲の射程内かなと思ったのですが、Sタンクは全く動こうとすらしませんでした。私は恐怖心から小銃の引き金に指をかけたところを上官に止められました」


「私としては、もうSタンクから敵兵の顔が見えるんじゃないかというくらいに接近した時、ようやく射撃が始まったんです。それからは本当に不思議な光景でした。我々も射撃命令が下り、小銃を撃ちまくったのですが、Sタンクは一切その場を動くことなく、まるで射的でもやるかのように次から次に敵を撃破していくんです。しかも、敵が自らSタンクの射線に入ってきているようにしか見えませんでした」


 射的を行っていたのは他でもない、近衛師団戦車第一連隊の面々。通称「新選組」だった。彼らは近衛ゾーンと呼ばれる独特の戦術によって敵を自らの射線へと導く術を会得しており、いかなる場面においても砲の先には敵がいるという状況が作り出されていた。

 敵戦力の多さから、バイカル北岸では敢えて搭載弾薬の多い旧式のSタンクを使用したわけだが、無砲塔であろうと全く関係なくそこには近衛ゾーンが出現しており、まるで理由の分からない一般兵からしてみれば、それはまさに射的でしかなかった。そして、その射撃を支えていたのは、工兵中隊、通称「攘夷志士」の偽装、破壊の巧妙な工作だった。

 ソ連軍からすれば、どこから撃たれているのかわからないだけでなく、横や後ろからも攻撃されていたのだからたまったものではない。


 こうして冬季攻勢はわずか一か月で補給を失った南岸部隊と、敵の位置をつかめずフィンランドより酷い包囲殲滅戦により犠牲を山積みにして行った北岸部隊という、例えるえる物のない消耗によって、早々に幕を閉じることとなった。




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