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第七十六話  とある首相の激昂

 1945年1月。ドイツでは今のところ全く戦争の影もなく平和な日々が続いていた。


「首相、新年おめでとうございます」


「ああ、おめでとう。で、どうしたんだ?」


 年明け早々に側近がやってきたことに少々驚いていた。


「先月日本で起きた地震についての報告をまとめてまいりました」


 そうだった。昨年末、12月に入って一週間というところで日本で地震が起きたのだった。昨年の日本は夏からゴタゴタ続きだ。クーデター騒ぎが起きたかと思うとそれが実は政府と軍中枢による出来レースであったというなんとも締まらない状況だった。まあ、所詮は東洋の猿、その程度だと安堵もした。


 そして、政治と軍のトップが辞任し、選挙が終わった直後にいきなり地震が起きたというのだから何ともツイていないな、あの国は。


 エンシュー大地震というらしい。我が国でも観測されており、大地震であったことは把握している。報道によると日本の中央部に当たる地域の太平洋岸に津波があり、多大な被害が出ており、そこにあった工業地帯も壊滅的打撃を受けたとのことらしい。


 今手渡された報告書によると相当な被害であることがよく分かる。


「ん?どういうことだ、これは」


 報告書を読み進めていくと、総合評価の部分には『この地震による日本の国力への影響は軽微』と書かれていた。

 大地震が起きたことは間違いない。工業地帯も一つ潰れているという。それでなぜ軽微なのだろうか?


「はい、現在日本における工業地帯の中心は今回被害を受けたナゴヤではなく、民需の中心はニーガタ、軍需はトーキョーワンにあります。ニーガタは日本海側であり全く被害を受けておらず、トーキョーワンについても大きな被害は受けておりません。せいぜい、長官愛用のコップが割れたり、社長の愛車に植木鉢が直撃したと言った程度のものにとどまっております」


 長官が誰か分らんし社長に至ってはそれこそどうでも良い。そいつがベンツやワーゲンに乗っていた可能性など皆無だ。フォードかトヨタだろう。


「そうか、では、この地震で日本が破滅的被害を受けて、今後の行動が数年にわたって停滞するなどということは無いのだな?」


「はい、その可能性はございません。チャイナに対する侵攻計画が地震の影響で遅れることは確実ですが、ソ連や我々の挑発や工作に乗ってくるのはほぼ確実かと」


 なるほど、それなら問題ない。あのハゲ猿の泣きわめく面が見られるのであればそれで良い。奥地に逃げ込むから問題ないと言っているが、その前に我が国が手を下したい気分だ、あの傲慢ハゲ猿が。

 

 あの野郎、我が国に支援を求めてきながら、どうやら銀行強盗の使い猿と結託する気だと情報部が掴んでいる。クソ忌々しい。装甲艦を与えたにも拘らず、バカみたいな部下の暴走で失いやがった挙句に追加を要請したたかと思えば、マカオに引きこもりとか何がやりたいんだ。我が国の装甲艦は海上テーマパークではないわ!

 あ、そうだ。あいつら50年前にも日本に負けてるじゃないか、我が国の戦艦持っていながら。本当にあてになるのか?



「首相?」


 側近が声をかける。しまった。報告書がめちゃくちゃだ。


「済まないが記録用にもう一部タイプしておいてくれ」


 そう言っていると廊下から騒がしい音が聞こえてきた。新年から騒がしい奴らだ。そういえば空軍の問題児がどうとか聞いたが、とうとうそのミルク男が街中にでも墜落したのだろうか?


「首相!ソ連がフィンランドに侵攻を開始しました!!」


「あんの銀行強盗は!!クリスマス前の会談は何だったんだクソ野郎。あと二、三年は我慢しろと言っただろうが、何を考えている!!」


 手に持っていた報告書は既に紙吹雪になってしまった。そういえば何が書いてあったろうか。今はそれはどうでも良い。


 それからそう時間を経ずにソ連側から連絡が入った。


 曰く、日本が大地震で破壊されている今こそがタイミングだと言ってきた。バカなのか?何を言ってるんだ?あいつらは。米ロの兵站基地である日本海工業地帯は無傷だ、全く何の影響もない。米国を煽り立ててチャイナで消耗させてはいるが、連中がその気になれば何が起きるかわからん。ロシア軍もいるし日本はチャイナ侵攻を取りやめる好機と見るかもしれん。よりにもよって自分勝手な事ばかりしやがって!!



 二週間が過ぎると戦況も徐々にドイツでも入手できるようになった。


「どうやらソ連軍は前回同様国境全域から侵攻している様ですが進行速度はたいして高くありません。オーランド諸島を目指した船団がすべて撃沈されたとの情報もあります」


「それで、その船団についてソ連は何と言っている?」


「ソ連にはそのような船団は存在しないそうです」


「ならば、そうなんだろう。船団は全て沈んだ。銀行強盗にとって、批判される将兵が一人も生残っていないならば、無かったという事だ」


 あいつの事だ、全滅した部隊など初めからなかった事にしているに違いない。


「まて、オーランド諸島を狙っただと?そいつらはどこから出港したんだ?」


「はい、ソ連は既にエストニアを支配下に置いており、その首都タリンの港からではないかと」


 何という事だろうか、というか聞いてないぞ、その話は。


「おい、私はその話を聞いていない」


「いえ、先日、日本の地震について報告した際、合わせてバルト諸国についても・・・・」


 あのハゲについて考えていた時に何か言っていた気はするが、アレか、その時の話か。


「そうだったか。で、リトアニアはどうなっている?」


「リトアニアにもソ連の工作の手が伸びております。政治工作により、リトアニア政府によるソ連軍の引き込みはすぐにも始まるかと」


 銀行強盗がバルト海で何やらこそこそやっているのは報告を受けていたが、そこまでやっていたか。あんのクソッタレ!!以前の惨敗で全ての工作を止める約束だっただろうが!!


「今すぐ用意しろ、リヴォニアの地を今更銀行強盗にくれてやる必要はない。外務大臣はスウェーデンの尻を叩け、英国貴族とも話を付けてこい」


 ソ連との共謀もここまでだ。このまま放置したら連中は東欧にまでなだれ込んできかねない。ムルマンスクを開発したから今更極東には興味がないとは誰が言っていたか。奴は日本が動かないと思っている。


 ならば、極東を無視してフィンランドどころかバルト海支配をもくろむのも目に見えている。そんな事を許すわけにはいかん。英国貴族との約束もそこにある。今なら英国も我が国を支持するだろう。欧州は私のものだ、銀行強盗などには渡さん!!


この世界、ハリファクス卿が英国首相やってます。

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