第七十二話 続・国会は踊る
「参謀長に与えられた兵権を使えば、蒋介石に威容を見せつけることは簡単な事でしょう!それが出来ないというのならば、参謀長、あなたは腰抜けか、さもなければ職務怠慢ではありませんか?」
この鶏、俺がさっき何を言ったか理解しているのだろうか?拍手する議員たちにもあきれ返るしかない。
確かに、今現在新聞には威勢の良いスローガンが躍っている。まるで前世の昭和ヒトケタ化というような情勢だ。幸いにも、厳しい取り締まりで過激派の大半を排除できているので前世のような暗殺や脅迫はほとんど起きていない。しかし、目先の威勢の良さに惑わされて浮ついた世論が沸き起こっているのは変わりがない。
「統合参謀長」
淡々と、本当に淡々と議長が俺を呼ぶ。
「議員、あなたは何か勘違いしておられるようだ。先ほども答弁したように、私が指揮しているのは常備師団十六個にすぎません。詳細は軍機ではありますが、ロシアに派遣している六個師団以外の十個師団をシナ大陸へ派兵することは出来かねる話です。先ほど言ったように三個師団がせいぜいでしょう。そのような兵力では、威容を見せつけることも平伏させることも叶いますまい」
なぜこんな常識がこの鶏には理解できないのだろうか?
「そんなはずは無いでしょう!!あなたには帝国陸軍二百万の兵権が与えられている!!それをたかが三十万少々と仰るか?そのような怠惰な事では困るのです!!」
何を言ってるんだ?この鶏は。俺の兵権とやらは平時の常備師団十六個、約三十万の指揮と運用だ。予備役を主体とした残りは総理の戦時宣言が必要で、半年以上その体制を継続するには国会議決を経なければならない。つまり、二百万の兵権を俺に与えたければ、この鶏が予備役招集決議案を国会に上程すればいい。議決されれば、俺にはその兵権が与えられる。
それが本来、国会議員である目の前の鶏には常識であるはずだ。
「統合参謀長」
俺は議長への心配を振り払い答弁席へと向かう。
「わかりました。では議員。あなたが予備役招集決議案を国会に上程し、可決された暁には、二百万をもってシナを平定いたしましょう。ただ、議員、あなたの地元もそれでは困るのではないですか?ここに居る議員の多くは産業振興に尽力し、その功績でその椅子を手に入れていると理解しておりますが、私に二百万の兵権を持たせるという事は、議員の功績を半ば突き崩すことになりかねません。せっかく国会の椅子を与えてくれた投票者を私に委ね、肉弾として戦場へ送り、その妻や娘を工場へと連れだすというのですから、よほどの覚悟あってのことと推察いたします。私もその覚悟を背に、指揮を執らせていただく所存ですが、如何か?」
前世、もっとも勘違いしていたことと言えば、学徒出陣などに惑わされて、実際に戦場に行った兵士は既に手に職を持つ労働者という事実を失念していたことだろうか。
工場の、商店の働き手である二十代の「戦力」を戦場へと追いやったら工業生産や流通はどうなるだろうか?
労働人口が減る分を未熟な者で補う事で経済が維持できるというのは空論だった。それがあの敗戦の答えだと言って良いだろう。悲劇を演出するために一番見るべきところから視線が逸れてしまっている。この鶏もそうした一人なのだろう。まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「そ・・・・それは・・・・、今参謀長が出来る範囲でその・・・・」
まあ、そんなもんだろう。今の日本は好景気だ。それは多くの若者に十分な所得があることを意味すると同時に、「戦力」を他に割くと景気が落ち込む可能性すら示している。当然だが、戦争に犠牲はつきものだ。予備役招集決議案を上程した議員が戦死者遺族の票を得て再び国会の椅子を手にする確証などない。犠牲が多ければ間違いなく推進者は糾弾される。この鶏にそこまでの覚悟は当然ながら備わっていなかったらしい。
「とはいえ、何もしないで良いという訳にはいかないのではないかな?参謀長」
国会の喜劇を終えて総理と懇談した際にそのように釘を刺された。確かに、何もしないで済むとは思えない。
あの鶏は自己への責任の重さを察して黙ったようだが、責任がない新聞やそれを支持する世論が黙ったわけではない。何もしなければ第二の鶏が現れるだろうし、次も同じように黙ってくれる保証もない。次に騒ぐのはもっと責任を自覚できないか偏った正義感を持つ人物だろうから、より困難な討論となりかねない。
「参謀長と私のクビが飛ぶだけならともかく、世論に迎合した意見が支持を集めてしまえばどうなるか。参謀長、いや、上総宮殿下の『予言』と変わりなき未来が待ち構えているやもしれませんぞ?」
それは見方によっては脅迫ともとれる。しかし、俺自身も危惧している。このままでは前世の泥沼が再現してもおかしくない。このままじっと嵐が住むのを待つという訳にはいかなそうだ。




