第四十七話 とある首相の憂鬱
「おめでとうございます、首相。これで我が国はまた大洋艦隊の復活が可能になりますね」
「ああ、ありがとう」
今回の英国との協定により我が国は大幅な海軍再建が可能となった。ここまでは良い。これは記憶をもとに慎重に動いた結果だ。問題はこれからだ。
私が死ぬ瞬間の記憶に目覚めたのは毒ガスにより失明したあの時だった。催眠療法による治療の際、突如として狭い地下室で自らの頭を打ちぬく光景が頭に飛び込んできた。
それを切っ掛けにして多くの記憶が私の頭の中に湧き出てきたが、それらはすべて二十年以上先の出来事であった。正直、自身を疑った。しかし、それを受け入れるしかなかったのだ。
あれから私は慎重に事を運んだ。最後の瞬間を覆すために、少しでも誤りを修正していこうと慎重に事を運んでいる。
しかし、そもそも、私が世界に目を転じた時、本当に私の「記憶」が正しいのか疑問がわいてきた。
記憶の中ではロシア帝国は1918年には滅び、皇帝一族の多くは殺害されている。しかし、現実はどうだ。極東に逃げ延びそこに国を存続させているではないか。しかも、悲劇として語られていた皇帝一家の四姉妹は生きており、三人までが外国へ嫁いでいる。これで全く「記憶」と国際環境が変わったのは間違いない。
更に見渡せば、「記憶」の中では私の足を引っ張った極東の小国は、勝つはずのロシアとの戦いに敗れている。これは良い事かもしれないが、おかげで先が読めなくなっているのも確かだ。
「記憶」によれば、ロシアに勝ち、世界大戦後にはドイツ領であった大陸の利権を奪い取り、その後はさらに植民地拡大に走り、我が国が支援するチャイナと戦っていたはずだ。あまつさえアメリカに睨まれ、窮して我が国と同盟したかと思えば勝手に戦端を開いておきながらあっけなく太平洋の藻屑と消えてしまった。おかげで我が国は多大な被害を受け、私は地下室で自ら頭を撃ち抜いたのである。
それがどうだ、あの間抜けなサルどもは英国の番犬よろしく大人しくしている。「記憶」にあるような野蛮猿ではない。おかげで全く極東情勢がつかめなくなってしまったではないか、チクショウメ!!
問題はそれだけではない。
「記憶」によれば我が国が戦時中に開発したはずの内燃機関を十年早く猿共が開発している。実際には英国があの国を隠れ蓑にしたのだろうが、完全に「記憶」とは違う歴史を歩んでしまっている。
本来、内燃機関は我が国で生まれ、我が国で発達し、私が戦争で上手く使うはずであった。
いや、もちろん、「記憶」では大きな失敗をしている。ポーランドは私の思うに任せず、準備不足のまま開戦する事になってしまったが、発想と技術の蓄積はモノを言った。
自動車による迅速な移動はポーランド制圧に効果を発揮し、対フランス戦では小モルトケが失敗したシュリーフェンプランがほぼ成功したのも自動車と装甲車あっての成果だった。我が国が生んだ飛行機の存在も忘れてはならない。
だがどうだ、そもそもライト兄弟って誰だ?そんな奴は電球でも作っていればよかったんだ!!あ、自転車屋か。クソッタレ!!
おかげで色々と軌道修正を余儀なくされている。
まず、「記憶」と様変わりしてしまっている世界情勢を理解する必要があったが、ドイツ国内はほぼ変わりなかったので助かった。危険思想として英仏に危険視された著作の発表は控えた。表立っての暴力的な活動も極力控えている。おかげで「記憶」よりも対英外交は成功している。代わりに対仏はより険悪ではあるが、これはどうでも良い。
もう一つ幸いなのは、極東にロシアが生き残っていることでモスクワの銀行強盗野郎は西への興味が薄い。連中にとっての関心事はシベリアの奪還とラップランドの回収である。東欧への関心は薄く、二正面作戦を強いられる危険性が下がっている。
そして、「記憶」では極東の猿共を一年で焼き尽くしたアメリカがソ連を援助し我が国を押しつぶしたが、ソ連とアメリカはロシアというイレギュラーの出現によって対立関係にある。アメリカがソ連を支援する可能性は限りなくゼロに近いだろう。英国が支援する可能性もない。まるで童話か映画のような貴族の大恋愛劇を演じた英国貴族とロシア皇女の結婚はソ連にとって目障りで仕方がないのだから。
この調子でいけば「記憶」のような失敗は起きないだろう。まず、ソ連をロシアと戦わせてアメリカをソ連とぶつかる様にすれば、我が国は易々とフランスを打倒できることだろう。そのためには、英国に邪魔をされないだけの海軍力を備える必要がある。最低8年、出来れば12年は戦争なんぞゴメンだ。




